「ダンテくん、次はこっちもお願いね」
背後から、替えの電球を手渡される。
「ハイ」
両の手を重ねて受け取り、ダンテは感じ良く頷いた。
全語を聞き取ることはできなくても、頼まれた内容は分かる。
(さてと)
真上の照明に顎を上げたとき、視界の端にの姿が見えた。腰に手を当て、怒っている。
「お姉ちゃんたら、またダンテ扱き使って……」
「だってダンテくん、背が高いし頼みやすくって。ねえ?」
何か問われたらしい。理解できないまま、ダンテはまたこくりと頷いた。
「ハイ。」
「もう!」
彼女は差し入れに来てくれたところらしい。盆の上のアイスコーヒーをひとたび目にしてしまうと、疲れているような気になってくる。
「すぐ片付けるよ」
照明を指差してウインクしてみせたところで、ようやく彼女は笑ってくれた。





caffeine






に会いに来て、一週間。ダンテは彼女の家に宿泊している。
日本の住宅事情は初めて知ったが、確かに住んでいる人数の割に部屋は狭いし数も少ない。
キャクマとやらは現在帰省中の彼女の姉が使っていて、残りのオブツダンのマとやらは空いているらしいのだが、さすがにそこはということで、ダンテは居間のソファで寝起きしている。ベッドにならないタイプのソファは、長身の彼には長さも幅も足りていない。(が、の父はそれでも充分に寛大な対応だ!と思っているらしい。確かにそうかもしれない。の姉と母とも仲良くなって、許しを請う敵はあと一人——この父親を早く陥落させたいと思っているのだが)
好きなように使ってと用意されたリモコンも、言葉の分からないテレビ番組を見る気にならなくて、使われることなくテーブルにきちんと置かれたまま手付かずだ。
ちゃんと話が出来るのは恋人とだけ。それでもダンテはこのお泊まりを楽しんでいた。
普段遠く離れて暮らす彼女が、呼べばすぐ来る、手を伸ばせばすぐ触れられる。充分だ。
(そろそろか?)
ダンテは壁の電波時計を見た。
ここは家族みんなで使う共通の部屋。誰が何時に来ても、さほど怪しまれない。
程なく、とんとんとんと靴下の足音が耳に触れた。
スリッパを履かず彼女なりに忍者のように足を忍ばせてきても、狭い家のこと。耳の良いダンテには丸分かりだ。
「ダンテ……?」
深夜の訪問者。
「起きてるよ」
立ち上がれば、薄く開かれたドアの隙間から彼女がひょっこり顔を見せた。
「眠れなくて……」
「オレも」
それは一種の合言葉。
ここ三日、どちらが言い出したわけでもなく、深夜にこっそりふたりで会っている。
横に座らせて抱き寄せると、彼女が手ぶらではないことに気付いた。
「眠れない奴が缶コーヒー?」
「誰か来た時のために、言い訳がないと」
「察してくれんだろうけどな、っと」
ダンテが爪を立てると、ぷしゅっとプルタブがいい音を立てた。
「しー!」
大慌てで飛びつく彼女に、ダンテは吹き出した。
「これくらい平気だって」
「結構響くんだよ?」
「じゃあ大人しくしとく」
開けたコーヒーには口を付けず、代わりにダンテは彼女の唇を啄んだ。ひとくち、ふたくち……飽きることなく何度も味わう。
……と。
かたり。
「!!」
上からの物音に、ふたりは勢いよく互いから離れた。
が、しばらくじっと待っていても、誰かが起きたような気配はない。
照れ隠しにちいさく笑って、彼女は再びダンテにぴたりとくっついた。ダンテが頭のてっぺんにキスを落とす。ゆっくり触れられる体温が心地よい。
「そういえば……明日こそ早起きしないとね」
「何で?」
「夕飯のとき、スカイツリー見に行くって話したでしょ」
「あー。オレは別に行かなくてもいいんだけどな……」
「でも、旅行に来てて、ダンテはろくに外出してないんだよ。そろそろ怪しまれるよ」
「んー……でもなぁ」
彼女の髪を指で弄びつつ、ダンテは斜めを見上げた。
最初は一応あちこち出掛けていたのだ。だが何処へ行っても大混雑、こんなに人間がいても銀の髪は珍しいのか、いちいち人目を引きすぎることに辟易していた。
それに夜遅くまでこうしてふたりで過ごしていると、どうしても朝早く起きられない。のんびりと昼食を食べているうちに、誰かに何か仕事を頼まれ、それも楽しいので引き受けて、次々こなしていると夕方に。
そんなわけで、ダンテは家に落ち着いてばかりいる。
観光に来たわけではないので、ダンテとしては何の不満もない。だが、それが怪しいと言われるのなら……
「じゃあ、明後日以降、オレは風邪を引く」
「……はい?」
「そうしようぜ。慣れない海外で、オレは体調を崩した。そういうことで」
そうすれば看病の名目で、ずっと彼女に傍にいてもらえるのだ。名案すぎる。むしろ滞在1日目から風邪を引くべきだった。
うんうんと満足気に提案され、彼女は笑いを堪えて頬を窄めた。
「ダンテが風邪ー?」
「ハイ。」
誰もが騙されるであろう片言の返事と、人好きのするその笑顔。
「それでお姉ちゃんを騙せたら、後は余裕かな……?」
「ってことで、今日も夜更かし決定な」
今度は種類の違う笑みを刻んで、ダンテはおかわりに手を伸ばす。
濃くなればなるほど魅入られて手放せなくなり、そしてついには眠れなくなる──カフェインよりも速効性があって中毒性が強い味。
(……これはちょっと、今夜は大人しくしてられねぇかも)
キスの合間、彼女に言ったら絶対に怒られることを、ダンテは割と本気で考えた。







→ afterword

拍手お礼文にしていたダンテと日本人ヒロインの短文でした。
この二人の日本滞在もじっくり書きたいです。また長くなってしまいそうですが…;

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました!
2011.11.24