恋人たちの夜のひとときはしめやかに
はじめは優しく、余裕たっぷり
「長く楽しませてくれよ?」
「すぐ音を上げられてはつまらんからな」
だんだん呼吸は荒く激しく
「く……まだまだっ」
「……もう一度……」
そうして、最後に追い詰められたのは。
「何でおまえらそんなに強いんだよ!!」
「信じられん……」
双子はの前にトランプを投げ出した。



steamy, dreamy




「やったー!また勝った!」
「二人とも弱すぎ!」
本日、カードゲーム勝負に勝って手に入れたもの。明日の夕食、ケーキバイキング、ショッピングの荷物持ち&運転手、一週間の皿洗い、お掃除。それらのメモをにんまり見つめ、改めてはハイタッチで喜びを交わした。
「トランプに何か仕掛けてんじゃねぇだろうな?」
猜疑心に駆られたダンテが、恨めしそうにカードを裏表する。しかし当然のことながら、そこには仕掛けどころか記憶の手助けになりそうな傷もない。
「運だろうな……」
疲れ切ったバージルは重く溜め息をつく。
(個人戦なら負けないんだが)
なら絶対負けない。それはもう何度も経験済みだ。おそらくダンテも同じはず。
それがこうして二対二では、彼女達に手も足も出なくなる。
双子のチームワークが悪いのか、それとも彼女達のチームワークが良すぎるのか。
いずれにしても、完敗。
はしゃぐ達にバージルは軽く苦笑した。
「明日、俺が夕食を用意するというのでは駄目か?」
「明日?」
はカレンダーを見上げた。……本当は確認しなくても分かっている。リビングにどんと主張している樅の木と目映い飾りが主役の日。
「クリスマスに?」
「そうだ」
明日は四人で外出しようと話していた。
車で少々足を伸ばした先のショッピングモールにを連れて行きたいというのがの計画だったのだが。
「レストランの予約は?」
「キャンセルか、日を改めてもいい」
二人の会話に、はきょろきょろ視線を動かした。バージルがそれに気付き、彼女の方を向く。
は?」
「えっ」
「明日の外出は延期でもいいか?」
はこくりと頷いた。
「もちろん、構わないけど」
もう一度頷いて、それからダンテを見る。
「……ダンテは何もしないの?」
「え?」
急に水を向けられ、ダンテはきょとんとを見つめ返した。
「何の事だ?」
「だから、明日の……バージルさんが何か用意してくれるって」
「いや、オレは」
ぶんと首を振ろうとしたものの──『何かしてくれるんでしょ?』とのの期待の眼差しを裏切ることは難しい。
「……オレも手伝うよ」



この夜もたっぷり話し込んでから、ダンテはの部屋を後にした。
は冬休みを利用してアメリカに来ている。
いくらバイクのキーを回しても越えられない障害はあるわけで、ダンテは彼女の冬休みを首を長く長くして待っていたのだった。
待ち望んだとの再会を果たし、けれど彼女はのところにステイすると言い……家族の手前もあるし、渡米させてくれるだけ有難いと理解していても、やっぱり物足りない気分がぐずついている。 そもそも、ダンテの滞在に文句を言いたげな人物が一名ほど。
「……あんたも来てたのか」
小腹が空いて盗み食いに寄ったキッチンには先客がいた。
「俺の家だからな」
バージルはいつもよりきつい態度で切り返す。その手には、ゆたかな香りのホットドリンクが二人分。
「ホットバタードラムか」
隠せなかったことに、嫌そうにバージルは目を逸らした。ダンテも釣られるように視線をずらす。
(気まずいよな)
彼女のためにあたたかい飲み物を用意する姿など、まして自分には見られたくなかったに違いない。
「マメだな」
からかう訳でもなく感心する。
バージルはとん、と片方のグラスをテーブルに置いた。
「これはカウにした。飲みやすいから、に持って行ってやれ」
もう一方よりふんわりした湯気のそれは、バージルがのために作ったもの。
ダンテはやんわり断った。
「いや、いい」
代わりに、ラムのボトルを持ち上げて振ってみせる。
「作り方を教えてくれよ。自分で作る」
意外にもバージルはあっさり頷いた。
「その方がも喜ぶだろう」
手持ちの分が冷めてはいけないと先にに届け、それから足早にもう一度キッチンに戻る。
「お前は?」
「勿論飲む」
「両方カウでいいか?」
「面倒くさいからそれでいい」
兄の指示通り、ミルクパンに牛乳を注いで温める。
「……なあ」
「何だ」
「明日、何作るつもりだ?」
ダンテの問いに、バージルは冷蔵庫を顎でしゃくった。
「何とは?」
「げ。本気でクリスマスのご馳走を考えてんのか?」
「お前は適当に皿でも用意していろ。邪魔はするな」
「……それも酷ぇ」
ミルクが甘く温まって程よいところでグラスに分け、ダークラムと蜂蜜を垂らしてよく混ぜる。どぼどぼとラムを投入したところで、バージルがストップをかけた。
「おい!入れ過ぎだ」
「こっちはオレが飲む分だからいいんだって」
「……。」
呆れる視線を無視してそれぞれのグラスにバターを適宜浮かべれば、ホットバタードラムカウの出来上がり。
「マジで、明日のレストランはキャンセルしちまうのか?」
「ケーキや買い物に延々付き合いたいのか?」
「ケーキバイキングなら構わねぇけど」
「なら、明日の料理が散々だったらお前が足になってくれ」
「プランBか」
オレはどっちでもいいな、とダンテは呑気に欠伸した。





翌朝。
広いベッドの端っこでが起きたのは、七時を軽く過ぎたあたり。
寝足りない目を擦りながら洗面所へ向かうと、ダンテが歯磨きしている後ろ姿が見えた。
「おはよ。珍しく早いね」
ぺたりと体重を預けるようにパジャマの彼に抱きつく。甘えてすりすりと頬を寄せ……するとダンテは手を止めて、ゆっくりと振り返った。
「……、悪いが俺は」
「何やってんだバージル!!」
凄まじい勢いで、影が洗面所に飛び込んで来た。腕を引かれて、は抱きついた相手からもぎ離される。
「いったい何が……」
離れてみれば、が今抱きついた相手は、
「ぅ、あれ!?バージルさん!?」
前髪がすとんと下りた、の彼氏の兄の方だった。



「ごめんね……」
むっと拗ねたままのダンテに謝る。
「オレがパジャマなんて着ると思うか?」
それは怒るポイントなのだろうかと内心突っ込みを入れつつ、は今度はバージルに向き直る。彼はもう着替えを済ませ、いつものように前髪を上げている。
「バージルさんも、本当にごめんなさい」
「いや。これでダンテにも、以前の俺の気持ちが分かっただろう」
「まだ根に持ってたのか。ねちっこいな」
バージルにちらりと睨まれ、ダンテはまた唇を尖らせた。
「……何があったの?」
何やら過去にあったらしい彼らの様子に、は身を乗り出す。
ダンテは腕を組んでそっぽを向いた。
「別に何でも……」
「俺の振りをしてに近づいた事があってな」
「ええっ!?」
「大袈裟に言い過ぎだっつの!ただちょっと、をからかってみただけで」
「お前はただ少しでキスまで」「黙れって!!」
「キスぅー!?」
「ああ、そんなこともあったよね」
朝から騒がしいリビングに、が顔を覗かせた。
未遂だから安心して、とに苦笑してみせる。
「それより、ご飯できたよ」



バージルとはご飯にお味噌汁の和食が並べられ、ダンテとにはピザトーストとサラダの洋食が饗された。
「すごい、手際いいんだ!」
「それは毎日作ってればね」
「“毎日”か?」
「“ほぼ毎日”と言い直せば宜しいですか」
は料理作れんのか?」
バージル達の不毛な会話に引きずられる前に、ダンテが割り込んだ。
はどきりと肩を揺らす。
「えっと……その、まあ」
「OK、よく分かったぜ」
彼女のあまりの焦りっぷりに片手を挙げて笑った。
「オレも得意じゃねぇから気にすんな」
変な慰められ方をして、はむっと拗ねる。
「それで今日大丈夫なの?」
「任せとけって」
どんと胸を叩くダンテの反対側で、バージルが重く息をついた。



お昼を回る少し前から、双子は夕食の支度に取りかかった。
「こんなに早くから?」
「何かデザートのレシピも持って行ったから、それも作るんじゃないかな」
「ええっ、デザートまで?できるの?」
「バージルは決めたらやり通すよ……」
「そっか……」
確かに中途半端なことはやりそうにない。
キッチンから危険な匂いがしてきたらデリバリーにSOSを頼もうとのの提案は、口に出す前に消えてしまった。
「ま、バージルさんがいたら平気かな?」
「ダンテさんも、料理できなくはないと思うんだけど」
は前、ダンテの手を借りたことがある。もともと器用そうではあるし、調理の方に興味を持てばみるみる上達しそうだとバージルに言ったのも彼女。
「……あ」
嫌なことを思い出してしまった。
「どうしたの?」
がきょとんとを見る。
「基本的なことを忘れてた」
「?」
キッチンには、バージルとダンテがいる。何かと張り合い、衝突が多い双子。二言三言で喧嘩寸前になる上、手元には刃物や鈍器がずらり……
「て、手伝おう!家が危ないかもしれない!」
「……?ああ、うん!」
結局、お客様気分を味わったのも数分間だけ。FBIの家宅捜査が入る前に、は大慌ててでキッチンに走ったのだった。
幸いにも現場にはまだ火災も血痕もなく、料理本を広げてあれこれ話しているエプロン姿の双子に、逆に達が驚いた。
が、「暇だから手伝う」「みんなで料理した方が楽しい」という声に、いちばん胸を撫でおろしていたのはバージルだった。



曰く「広い!」とのキッチンも、四人で一斉に作業をするとなればレストランの厨房のように上手くはいかない。
話し合い、バージルとはメインディッシュを、ダンテとがデザートを担当することに決め、なるべく効率よく動くことにした。
、料理苦手とか言ってなかったか?」
泡立て器でしゃかしゃかと生クリームを泡立てるの慣れた手つきに、ダンテは目を丸くした。
手元は休ませず、はにっこり笑んだ。
「お菓子作りは得意なんだ」
「へえ。自分で食うために?」
いかにもダンテらしい考えに、ちょっと吹き出す。
「それもあるけど、バレンタインあるしね。何だかんだで練習したから」
「……そこでどうしてバレンタイン?」
「あ」
口が滑ってしまった。バレンタインに女から男へお菓子を贈るのは、日本だけだったのに……
兄夫妻から聞いていたのか、テレビか何かで知ったのか、ダンテは不機嫌に目を細めた。
「おまえも他の男に何か作ってたのか?」
「それはぁ……」
「ムカつく」
「ぇえ?」
「もう絶対他のヤツにおまえの手作りなんて食わせねぇ……」
“他のヤツ”にバージルが含まれるんだったら大変だ。そう思いながらも、はダンテに向けて笑顔を見せた。
「大丈夫、ダンテのためにしか作らない」
華やかに笑む恋人につられて、ダンテの口元もついつい緩む。
「菓子もいいけど、ピザも食いたい」
「オリーブ抜きで。でしょ?」
「ん」
の答えは100点満点。大満足でダンテは彼女の頭を撫でた。
「あの、ダンテ」
「さっきから手が留守だ」
「……誰のせい?」
「もう邪魔はしない」
そう言うとダンテは背後に回ってを抱き締めた。
「ねぇ、これじゃさっきより動きにくいんだけど」
「手伝うよ」
ボウルをしっかり両手で押さえる。
確かに作業は楽だが……ダンテにぴったり密着されてしまっては落ち着かない。
「あのね。デザートできなかったら怒られるよ?」
「だから早く手を動かさねぇと」
どうあってもダンテは離れそうにない。
「もう」
とうとうは根負けした。ガッツでは到底、彼に勝てない。
「しっかり押さえててね」
「了解」


「……あっちは作業はかどってなさそう」
は首を伸ばして横を見た。
ダンテ&組はさっきから戯れてばかり。生クリームを泡立てているシーンだけで恋愛映画が撮影できそうな程のいちゃつきぶりだ。
「だから完成しなくてもいい方を向こうに回したんだ」
バージルは既に向こうの様子は気にしないと決めているらしい。
「じゃあ、こっちは頑張らないとね!」
気合いを入れ直すに、それはそれで腹立たしいと口の中でぼやき、バージルは冷蔵庫を開けた。
食材の野菜をごろごろ取り出す。
「玉葱、ピーマンをみじん切りしてくれ。俺は肉に下味をつける」
「あ、うん……」
「どうかしたか?」
野菜を手にちょっと固まったに、バージルは首を傾げた。
以前の感謝祭でが生肉の扱いに困ったと聞いていたから今日は野菜を調理させようという、彼にしてみればごく自然な流れだったのだが。
「バージル、玉葱刻んで?」
がおずおずと玉葱を差し出した。
「目にしみるから苦手……」
「冷やしておいたから平気だ」
あっさりと背を向けかけたバージルのエプロンの裾を掴まえる。
「……お願い」
Pleaseと小首を傾げられ──バージルは観念した。
「貸せ」
「ありがとう!」
はにこにこと彼の横に並んだ。バージルの包丁捌きは見事なので、見ていてとても気持ちいい。それだけでなく、手元に集中する横顔を見つめていられるのもまた至福。
「次はピーマンね」
はすっかりバージルのアシスタントになってしまった。
「全く……」
呆れるバージルにしても、の危なっかしい手つきに冷や冷やするよりはと半分納得ずく。
『危険』なみじん切り作業が終わったところで、バージルは包丁をに返した。
「ほら。人参くらいは切れ」
「うん」
「左手、注意しろ」
「……。ねえ。見てられると余計に緊張するんだから、あっち向いてて」
「その言葉、そのままおまえに返す」
つまりはと同じことをバージルもしたいだけ。
二人が二人ともそんな理由で、野菜の下準備はひどく難航してしまった。



メインディッシュもデザートも、時間が押しに押し──ともあれ夜食になる前に、全部の用意が出来た。
「このテーブル狭ぇって」
「二人なら問題ないんだがな」
例によってバージルとが向かい合い、ダンテがお誕生日席。これがこの家でよく見かけた風景だが、今はダンテの真正面にはがいる。
「豪勢だね!」
目の前にはみんなで作ったメニューがずらり。
チキンのディアボラソース、温野菜スティック、コンソメスープにバケット。
デザートは簡単美味しいレアチーズケーキのカットフルーツ添え。いちごが目立つのはダンテの好みによるところだ。
真ん中のキャンドル横ではとっておきのシャンパンが、グラスに注がれる時を待っている。
「いただきます!」
「イタダキマス。」
「いたらっきますっ!」
「いただきまーす。ダンテさん、上手になったね〜」
「だろ?他にも日本語教えてもらったんだぜ」
「なになに何を?」
「“アイシ」「、早く乾杯しよう!」
「賑やかだな……」
シャンパンを開け、バージルは苦笑した。
一人暮らしの頃からは考えられないくらい、この家は日を追うごとにうるさくなっていくようだ。
それに慣れ、今では一人の時間が逆に静か過ぎて妙に落ち着かなくなるほど、誰も彼もがここに馴染んでいる。
「えー、やっぱりその一言かぁ」
「もういいからー!ほらっ、乾杯しよう乾杯!」
「いいね!で、何に乾杯するんだ?」
「クリスマスだし……イエス様?」
「他ん家ならともかく、それはねぇかな」
「" For us "」
「オレが言おうとしてたのに!あんたはいつもいつも美味いとこを……」
「まあまあ」
流れるような会話は途切れることがない。
それは多分、悪いことではなく、むしろ幸福なこと。

「For us!」

Merry Christmasよりもしっくりくる言葉で、グラスが4つ重なった。





ぽかぽかと暖かく頬が赤くなる家の中と、きんと寒くて鼻が赤くなる屋外。隔てる窓は、その温度差にすっかり曇ってしまっている。
景色を見ようと、は窓ガラスを撫でた。
今夜はちらちらと雪片が舞っている。
そのけぶるような白い視界を、公園や近所の家のイルミネーションがきらきら彩り瞬く。きっとどの家も、特別な夜を過ごしたに違いない。
「降ってる?」
今までキッチンにいたが、カップをに差し出した。ホットミルクがやさしい湯気を立てている。
ほかほかのカップをありがとうと受け取って、はまた目を外に戻した。
「明日は積もってるかな」
「そうだねー。結構積もりそう。まあ、積もっても大丈夫」
後ろのソファを振り返る。
「頼もしい人たちがいるから」
「力仕事はお任せだね」
話題の二人はそんな期待を露とも知らず、ぐっすりと眠っている。
長ソファの端と端、バージルは右腕を枕に俯いて、ダンテはXの字にのびのびと。
「ダンテ落っこちそう」
「よく寝てるね。よっぽど疲れたんだ、今日」
「慣れないことして張り切るからだよ。バージルさんは?」
「こっちも熟睡中」
このまま二人を放置すれば、「何で朝イチにこいつの顔を見なきゃいけねぇんだ!」と怒られてしまうだろう。
それに、担いで寝室に連れて行くわけにはいかないので、いつかは起こさなければいけない。
けれど──
「もったいない」
「よね」
あまりにも無防備に眠る双子。
「バージル可愛い……」
「ダンテを見てよ、この可愛さ!」
互いにのろけて笑いあう。
「今日、楽しんでもらえた?」
「もちろん!料理も美味しかったし……作ってる時も楽しかったし」
「ちょっと疲れたけどね」
「だねー。でも、出掛けるよりずっと一緒にくっついていられたんじゃない?」
「そうかも」
それからはバージルの額に、はダンテの頬に、『お疲れさま』のキスのプレゼントをした。







→ afterword

メリークリスマス!にしては普通すぎるお話になってしまいました;
4人で(というかペアで)料理するというのは、お友達とのお話の中で思いつきました。S様、どうもありがとうございます!(*´∀`*)

ここまでお付き合い下さいまして、心から感謝いたします。
楽しいクリスマスをお過ごしください!

2009.12.23