bathed in love




ダンテがすっかり衣服を脱ぎ終えた頃、ちょうどバスルームの水音も止まった。
「入っていいかー?」
一応、確認する。
「どうぞー!」
中からの、不自然に元気な声がリバーブを伴ってこちらに届いた。
一緒に風呂に入る──というよりダンテが彼女の入浴に押し掛ける──のも、まだ片手で数えられるほどの回数。
中に入ると、視界いっぱいにもうもうと湯気が立ち込めていた。
バスタブには並々と湯が張られ、シャワージェルの泡がもくもく山を作っている。
やはりというか何というか、ダンテが予想していた通り、彼女の身体は濡れた髪の後ろ頭しか見えない。
せめてこっちを向いていてくれてもいいのにとは思うが、これが現時点で彼女なりの限界らしい。
初めて一緒に入った時は、明かりさえ許してもらえなかったのだ。だが、そのときダンテが「窓からの月明かりだけの方がそそられていいな」と発言したことにより、今は電気が点けられている。
「いい匂いがする」
ゆっくり身体をバスタブに沈めると、ダンテの体積分だけ泡が零れた。
「苺の匂いのジェルだよ」
壁を見ながら、は言った。
立て掛けていたシャワーを引っ張って、ダンテはの背中を洗い始めた。最初に手が触れたときこそ彼女はぴくりと身じろぎしたが、後はされるがままになっている。
「今日はあちこち遊び回って疲れたろ?」
「うん。でも楽しかったから、遊んでたときは気にならなかった」
「そうか」
水音は霧雨のようにほそく絞られ、ふたりの会話を邪魔することはない。
あまい香りの泡が、ダンテの動きにつれてタブを伝って落ちていく。
ダンテのてのひらが首筋を撫でて肩に置かれると、はそこに頭をことりと寄せた。
「ダンテの手、好き」
ダンテはシャワーを止めた。すべすべの恋人の背中にぺたりと頬をつける。とくとくと一定の、だが互いに服を着ているときよりは速い鼓動の音が耳朶に触れて、彼は心地よさに目を細めた。
ダンテが多少無理を通してでもと一緒に風呂に入るようになったのも、すこしでもふたりでくっついていられる時間を増やしたいからだ。
そう、実は彼女が身構えているほどにはここでは下心は無かったりする──今のところは。まだ。
「……ゲームするか」
不意にダンテはの肌から顔を上げた。
「ゲーム?」
「英語の勉強」
「今からー?」
「今から。楽しいぜ」
特に俺が、と口の中で付け足して、ダンテは特に開始宣言をすることもなく“ゲーム”を始めた。
指先で、恋人の背中を黒板か何かに見たてて、文字を書く。
「ちょっと、くすぐったいっ!」
不意を食らったは水をばしゃりと跳ね上げた。思い切り身を捩る。せまいバスタブの湯がおおきく波立った。
「じっとしてねえとスペル分かんなくなるぞー」
「ね、ほんとにくすぐったいんだって!だめ!」
「舌の方がいいか?」
「……。もう何か書いた?」
「書いたよ」
「ほんとに?ダンテは悪筆だから難しいよ。普段の文字も読みにくいのに」
「いいから集中しろって。……ほら、分かったか?」
うーん、と彼女は天井を見上げた。右手を持ち上げて、自分でもスペルを再現している。
の腕を伝う泡を見ながら、ダンテはじーっと待つ。
「結構長かったよね。……s、tかな……それから、r?aと……w……あ!分かった!strawberryだ!でしょ?」
「正解」
満足げににっこり笑い、ダンテは“黒板”に水を掛けて手でわしわし消すような動作をした。
「第一問にしては長くない?次はもうちょっと短いのでお願い」
首を反らしてクレームをつけてきた恋人に苦笑しつつ、ダンテの手は早くも文字を書く準備をしている。
「んー。じゃあ、サービス問題いくぜ」
「いつでもどうぞ」
先程は意外にもあっさりとクリアされてしまったので、ダンテはサービス問題を出すことにした。
「一文字目」
の背中から腰まで広く使って、指ではなくてのひら全体で特大の文字を書く。
「ええっ?何いまの!」
そうくるとは予想していなかったらしい彼女は、虚を突かれて動揺した。
「もう一回書いて」
「それはナシ。次」
「……もー」
二文字目からはすこし落ち着いたようで、はさっきのように空に文字を書いている。
「一文字目は分からなかったけど、4文字だし……たぶん、bath?」
「さすがに簡単すぎたなー」
ダンテは上機嫌だ。それもそのはず、何の文句も言われずにの素肌を撫で放題なのだから。
「んじゃ、次」
「次でラストにしない?のぼせそう」
言われ、ダンテは手を止めた。確かに自分よりも早く入浴していた彼女の襟足は、しっとり汗をかいていて暑そうだ。 長く湯船で遊んでいたいが、倒れられては困る。
「……OK。ラスト。最後だから、難易度上げるぜ」
「どうぞ!」
「へえ、やる気あるな」
書き始めようとした手を止め、ダンテはの背中に唇をつけた。くすぐったさに、彼女はうふふと笑って背を丸めた。
「意外と楽しいな、って」
「そりゃ良かった」
弾んでいるその声に、ダンテの口元が自然と弛んだ。これなら明日も同じように過ごせそうだ。
それから──書こうとした単語を、更に変更することにした。今度は、自分にとってのサービス問題。
「一文字目」
「……ん?L?」
「大文字」
「じゃあ、Iだ」
「次から4文字、一気に書くぜ」
「……今度こそLでしょ……、それから……」
「これで4文字」
「……分かった。これで終わり?」
「次も3文字、まとめて書くよ」
「ん。今のは……Y……」
「これで全部書いた。繋げると?」
「" I LOVE YOU "」
「俺も」
ダンテはをぎゅっと抱き締めた。
一瞬の間があって──それからは飛び跳ねた。
「え、ちょっと!今のって何かずるい!」
がばっと振り返られて、ダンテに盛大に水飛沫がかかる。浴びせられた湯水がぽたぽたと滴るまま、彼は悪戯っ子さながらに笑った。
「やっとこっち向いた」
「あ……」
再びくるりと前を向いてしまう前に、ダンテはにキスをした。普段よりも濡れた唇の感触。
「長風呂っていいな」
「ほんとにもうのぼせちゃうよ」
「じゃ、残念だけどそろそろ上がるか」
シャワーで身体に髪についた泡をまとめて流す。湯をだいぶ足したせいで、苺の香りはもう薄い。それでも身じろぎするたび、肌からはとてもあまい匂いが立ち上る。
未だ恥ずかしがる彼女のために、ダンテはタブから先に立ち上がりかけ──そっと肩にキスを落とした。
「明日もしような」
「引っ掛け問題は無しでね?」
「考えとくよ」
「あ!」
「ん?どした?」
思いがけず響いた声に、ダンテはぴたりと動きを止めて恋人に視線を戻した。
の顔は、もうかなり赤く火照ってしまっている。
「……明日は私が問題、出していい?」
ダンテは目を瞠った。
「わ、私だって引っ掛け問題出したいし!」
「そりゃ構わねえけど、オレを引っ掛けるのは初心者には難しいと思うぜ?」
「……だよね……」
たぷん、と湯に鼻まで風呂に潜ってしまった恋人に、ダンテはぷっと吹き出した。
「まー、回答者は気まぐれだから。期待しとくくらいいいんじゃねえか?」
「気まぐれ、ね……」
「ほら、もう上がれよ。恥ずかしがってる間にのぼせちまったら、もっと恥ずかしい思いすることになるぜ」
怒る後ろにバスタオルを投げてやりながら、ダンテはもう明日の入浴が待ち遠しくなってしまった。







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双子愛人生はまだまだ先が長いです。
これからもどうぞよろしくお願い申し上げます!
また、心ばかりですが、ダンテさんと日本人ヒロインの短文を書かせていただきました。ダンテさんとの(健康的な)入浴、すこしでも楽しんでいただけたら幸いです。

ダンテさんはさ……ちゃんが「あ、ここではしないんだな」って気を抜いたところあたりを美味しく襲えば楽しいと思うよ!(殴

2013.1.5