てのひらダンテ
今日はバレンタインデー。
ぱっと見、部屋にはわたし一人。
一人寂しく過ごしているように見えるかもしれないけれど……実は違う。
よーく探さないと分からない、てのひらサイズの同居人(同居小人?)がいるのだ。
「ダンテ〜。用意できたよ」
弾んだ声で、その同居人を呼ぶ。
すると思いもよらない所からその彼、ダンテがすっ飛んで来た。
スライディングしそうな勢いに、わたしは思い切り吹き出す。
「そんなに急がなくても、あなたの分もちゃんとあるから」
なだめてみても、ダンテは刻んだいちごの隣に座って動かない。
彼はいちごが大好きなのだ。
果実はそのままではダンテの顔よりもまだ大きいので、かなりちいさく切ってあげてある。
ダンテはそれをぱくぱくと……
「ちょっと待って!それじゃチョコレートフォンデュを用意した意味がないじゃない」
テーブルの真ん中で、つやつや美味しそうに溶けているチョコレートの鍋を指差す。
がっついていたダンテは『あ』と手を止めた。
まあ、ちいさい彼からしたら、鍋なんて目に入らなかったかもしれない。
「はい、お待たせ」
ディップしたくてそわそわしているダンテに、ピックを渡す。
ぶすっと勢いよくいちごを三個も串刺しにして、ダンテは元気に鍋に上がった。
鍋肌は熱いけれど、ダンテの足場部分にはタオルを掛けてあるので大丈夫。
「気を付けて」
小人サイズで、よくあんなに重いのを持てるものだ。
せいいっぱいチョコを絡めて、ダンテはいちごを頬張る。
……そのしあわせそうな顔ったら。
「じゃ、わたしも」
バナナをついーっと浸して食べる。
「……ん、美味しいね」
ほくほくしていると、ぐいっと服の袖が引かれた。
目を向ければ、いつの間にか下に降りていたダンテが空のお皿をアピールしている。
「もう全部食べたの!?」
いちご三粒は刻んだのに。
「呆れた」
溜め息をつくと、ダンテはむすっと唇を尖らせた。
可愛い。と、すぐにほだされてはいけない。
「もうちょっと待っててよ。わたし全然食べてないんだから」
ろくに手をつけていない自分用のフルーツを見る。
どれも美味しそうだけど、中でもやっぱりいちごが目を引いた。
「いちご、甘かった?」
ピックで一つ刺して、鍋に入れる。
たっぷりチョコを付けて、いざ持ち上げようとしたとき。
赤い影が飛び掛かって来た。
「わ!」
びくりと手を避けると、
とぷん
「あああー!」
目標を見失ったダンテが、鍋に落下した。
「だ、ダンテー!!」
もがけばもがくほど沈んでいく彼を、親指と人差し指で釣り上げる。
無事に捕獲されたダンテは、けほけほむせている。
あんな粘度の高い液体に落ちれば当然だ。
「もう、食い意地張るから」
ぐいっと顔のチョコレートを拭ってあげると、さすがのダンテも気まずそうに横を向いた。
……それにしてもこれはまた見事な、
「ダンテのチョコレートがけ。」
頭をぴこんと押してみる。
ダンテがわたしを見上げた。
『うまそうだろ?』、そんな得意気な表情。
「一瞬心配したんだから、調子に乗らないで」
油断も隙もない。
わたしはさっきと同じようにダンテの首根っこを摘んで持ち上げた。
そのままキッチンのシンクに連れて行く。
「綺麗になっておいてね」
じゃぶじゃぶチョコを落とすダンテの横で、わたしは残りのいちごを切る。
──今度はたくさん用意して、ちいさな欲張りさんがまたまたフォンデュになってしまわないように。