Burst!
「ダンテなんて、だいっきらい!!!」
大喧嘩の末、はダンテの事務所を飛び出した。
「待てよ、!!」
制止するダンテの声も、全部、無視。
どすどすと足音高く向かった先は、ダンテの双子の兄の家。
バターン!と遠慮せずにそのドアを開け放つ。
「聞いてよバージルさん!」
賑やかに訪問してきた弟の恋人を、バージルは溜め息で出迎えた。
「今度は何だ?」
こんな状況は既に慣れっこなのである。
「お邪魔しますっ」
も勝手知ったる様子でキッチンに入る。
長話にはまず飲み物が必要だ。
一応、相談相手たるバージルの好みを尊重して緑茶を淹れる。
かっちゃん!と荒々しくカップをテーブルに置いたら、準備完了。
「もう耐えられない!」
ぷるぷる震えているの拳。
それを見ながら、これはいつもよりも時間がかかりそうだな、とバージルは憂慮する。
「何があったんだ?」
訊ねれば、途端にの眦が上がる。
「……朝帰りよ」
はぁ、と二人の溜め息が重なる。
「昨日もブルズアイで飲み明かしたらしくて、お店の可愛ーい女の子が連れてきてくれたの」
ズズッとお茶を啜る。
「『ダンテさんたらぁ、昨夜はホント盛り上がっちゃってぇ』とか言われて、もう最悪!」
「……」
「だいたい、依頼の帰りに酒場に直行なんて、心配して帰りを待ってるこっちの身にもなって欲しいよ!」
「…………」
「帰れば帰ったで、あたしが怒ってるの知らんぷりで『ストロベリーサンデー食いたい』なんて!あんたに必要なのは水と、二日酔いの薬でしょ!」
「………………」
「ちょっと何とか言ってよ、バージルさん!」
「……少しはスッキリしたか?」
やっと喋る間を貰えたバージルが、を気遣う。
が、の怒りは収まらず……形を変えた。
それも、涙という形に。
「あたし……もう、無理……」
かくんと項垂れる。
その動きにつられて、ぽたりと雫が落ちた。
「ダンテのことは大好きだし、別れたくない。でも、もういや……疲れたよ……」
バージルが顔を顰める。
「早まるな。彼奴の大酒飲みは今に始まったことじゃないだろう?」
「だけど、朝帰りだって、もう両手両足で数え切れないくらいしてるんだよ?」
「朝帰りとは言っても、酔い潰れて帰れなくなるだけだろう」
「そんなの……わからない。本当に女の子と過ごしてるのかも」
ひっく。ひぃっく。
の嗚咽は深くなるばかり。
──これは、ダンテに灸を据える頃合いか。
バージルは物憂く立ち上がる。
「確かめてみるか?」
ひっく。
が上向く。
「なにを?」
「彼奴の気持ちを」
「ダンテの気持ち……」
知りたい。
とても怖いけれど、すごく知りたい。
今も、彼の気持ちがちゃんと自分に向いているのか……
「確かめたい!」
コクッと頷いたに、バージルが目を細める。
「どんな結果になろうと、俺に八つ当たりするなよ」
「!ここにいるんだろっ」
バイクの轟音が止むと同時に、バターン!と盛大にドアが開かれる。
やってきたのはもちろん、ダンテだ。
やれやれとバージルがこれまた慣れた様子で出迎える。
……だが、いつもと違うのは、ここからだ。
「彼女なら寝ている」
「何だよ、不貞寝か?」
「確かめて来い。俺の寝室だ」
「……あ?」
ダンテが僅かに表情を変えた。
喧嘩で家出したが不貞寝するのは、決まってこの家の客室だったのに。
腑に落ちないことはあるが、とにかく、に会うしかない。
いつものように悪かったと謝って、それで一件落着だ。
だんだんと足音を響かせて、階段を上がる。
「!いるん……」
寝室のドアを開けて、ダンテはぎょっとした。
目に飛び込んできたのは、バージルのベッドで幸せそうにシーツに包まっている。
しかも、彼女が素肌に着ているのは、男物のぶかぶかのシャツ。
この状況はどう見ても……
思考が停止する。
気だるげにが身動きして、漸くダンテのフリーズが溶けた。
「……お、おいっ!どーなってんだよ!?」
「なにが?」
しれっとが伸びをする。
その満足そうな表情。
「ちょ……待ってくれよ……」
混乱。
まさかに限ってそんなことは、と信じていたのに。
つんとはそっぽを向く。
「バージル、優しくしてくれたよ」
いつのまにやら、丁寧に「バージルさん」と呼んでいたはずの「さん」まで取れている。
——何だこれ。
ダンテの視界が真っ暗になった。
想像もしていなかった、ややこしすぎる展開。
「謝りに来てみれば、何なんだよこれ……当てこすりのつもりかよ……」
「さぁ」
ご機嫌斜めのは、あくまで素っ気ない。
だが。
ベッドからそっと下ろされた、のしろく剥き出しのかかとが覗いた、その瞬間。
ぶつん。
ダンテの限界が来た。
背に負ったリベリオンを抜き放つ。
「VERGIL!!!!!」
がしゃーん!!!
が二呼吸する間に、寝室から階段、そしてリビングへ嵐が駆け抜けた。
凄まじい破壊音。
「バージルてめぇ何しやがった?!」
この展開を予想していたのか、バージルは別段、驚きもしない。
逆に落ち着いてダンテに向き直る。
「傷心の彼女を慰めたまでだが?」
「ッ、ふざけんな!!!」
ダンテの怒号を、振り下ろされた大剣と共に受け止め、バージルはひらりと身を翻す。
「貴様も随分楽しんだだろう?同じことをがして、何が悪い?」
「オレはやってない!!」
がつん!リベリオンと閻魔刀が激しくぶつかる。
ちちち、と金属が苦しげに鳴いた。
それを牽制しながらバージルはちらりと階段の方に視線を送る。
何かを視界に認めると、すぐに目の前の弟を厳しく睨む。
「今までは?前科が数え切れない程あるくせに」
ダンテがカァッと瞳を燃やす。
「ぜんっぶ、シロ!!依頼帰りに酒飲むと、疲れてっから酔いが早くて、店で寝ちまうんだよ!!」
「本当か?」
「カミサマにだって誓ってやるよ!っつか、何であんたに弁明しなきゃいけねぇんだよ!?」
「……だそうだぞ、」
不意にバージルが刀を引いた。
「あ?」
急に力の支点を失い、ダンテがガクリとよろめく。
その後ろから、音もなくが現れる。
もう既に、バージルの服は着ていない。
彼女の表情はいつもと同じ……だが、傍目にもはっきりと分かる程、細かく震えている。
「おい……大丈夫か?」
ダンテが思わず駆け寄る。
差し出された腕に、しかしは身を寄せず、ただじっとダンテを見つめる。
「ダンテ……さっきの、信じていいの?」
ゆっくりと確かめるように囁かれた言葉に、ダンテの動きが止まった。
まっすぐなの瞳は、自分にしか向いていない。
そんなこと、最初から分かっていたのに。
彼女を疑うようなことを、そして自分の想いを疑わせるようなことをしでかしたのは、自分か……
そのまま見つめ合うこと数秒。
ダンテがの肩をぎゅっと掴んだ。
「……本当だ」
間近に視線を重ねる。
「本当だ。オレが好きなのはだけだし、浮気なんて考えたこともない」
出来るなら、この瞬間だけでも心が全部彼女に筒抜けになったらいいのに。
それが出来たなら、下手な言葉を重ねなくても、丸ごとこの心が伝わるのに。
「不安にさせて、悪かった……」
ダンテはただひたすら、祈るようにを見つめた。
が自分を想うように、自分もしか想っていない。
もう一度、腕を広げる。
「……ダンテ……」
一気に胸へ飛び込んで来たを抱き締める。
ダンテは限りなく溢れて来る愛おしさを感じた。
酒を飲むのは楽しい。
女の子にちやほやされるのも、楽しい。
だけど、その時間の分だけ、を抱き締める時間が減っている。
いちばん楽しいと、大切だと思うのは、と過ごす時間だというのに。
(オレ……何やってんだ)
今更ながらに後悔を覚えた。
頭痛を堪えて顔を持ち上げると、疲れ切った表情のバージルと目が合った。
「家具代はツケておくぞ」
「……ひっでぇ」
弟には優しくしてくれねぇのかよと噛み付こうとすると、腕の中のがぐすんと顔を上げた。
「バージル。ありがとね」
バージルがフンと鼻を鳴らした。
「次はないぞ」
どことなく、優しさが滲む声音。
「……うん」
もちいさく微笑んだ。
何やら、妙にいい雰囲気。
ダンテの第六感が、よからぬ悪寒を感じ取る。
「帰るぞ、!仲直りの続きはここじゃ出来ねぇし!」
「あっちょっとダンテってば!痛いよ腕!」
「じゃーなバージル!」
賑やかな二人を見送りもせず、バージルは溜め息と共に踵を返した。
「おっお邪魔しましたぁ」
ろくな挨拶も許されないまま、ずるずる引かれていく。
その痛み加減が、ダンテの本気度を示しているようで……は痛いながらも、くすぐったい気持ちになる。
そうして、二人は仲良く(?)事務所に戻った。
……のだったが。
「おいっ!!!」
ダンテが唐突に叫ぶ。
「なっ何どうしたの?」
ぎょっとしたの肩をさっきより強く掴んで、ダンテは目を吊り上げる。
「おまえらこそ、本当に何でもなかったなんて言えんのか!?」
「……何が?」
訳が分からない表情のを、ぐいぐいとバスルームに連れて行く。
見ろっ!とばかりに鏡に彼女を押し出して……
「キスマークぅ!?!?!」
今度はがひっくり返りそうになった。
彼女のしろい首筋には、確かに紅い、艶かしい痕。
「ななな何コレ、ほんとに知らないよ!!いつの間に!?え!?どうなってるの!?」
目を白黒させるに、ダンテが拳を戦慄かせた。
「……VERGIL……」
その頃、バージルは。
「……美味い役だったな」
偶然に転がり込んで来た幸福に頬を緩め、己の唇に指で触れる。
最初は本当に、ただ芝居を打っただけだった。
だが、自分の服を着てすやすやと眠るを目にしたら、知らない内に行動を起こしていた。
唇がやわらかな頬に触れた瞬間、そのとき確かに、自分の体温が上がったのを感じた。
『次はない』
その本当の意味に、彼女は気付いているのか?
「次、泣いて飛び込んで来たら、帰さない……」
仄かに兆した、その想い。
(面白くなりそうだな)
ごちゃごちゃと散らかった部屋の中、バージルはそっと微笑んだ。
- → afterword
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ダンテとケンカをして、仲直りしたい!という話でした。
でも、終わってみれば、何やらバージルがいちばん美味しいところをかっさらっていっている…これは『Twins』行きじゃなくていいんだろうか…
最後のバージルのセリフは、「This may be fun」にしようか、携帯にUp時も今回も散々悩みました。
なんとなーく、結局そのままにしました。
日本語も英語も美味しいとこどり!…が、野望です。
ここまでお読み頂きまして、ありがとうございました!
楽しんで頂けたなら幸いです。