「申し訳ございません、お客様。こちらは5からの取り扱いとなっております」

……まただ。
気に入って、これは絶対に欲しい!という靴に限って、サイズがない。
いい加減慣れたけれど、やっぱりどうしてもいちいち傷つく。
「こちらでしたら、お客様にもぴったりでございますよ」
店員に差し出されたのは、子供じみたデザインの靴。
ちっとも心引かれない。
首を振ってそれを突っ返し、は最初の靴を購入した。




4の憂鬱




中敷きをぱんぱんに詰めて無理矢理合わせた靴は、高いヒールのせいもあって歩きづらいことこの上ない。
本格的に外出に使う前に、履き馴らしておくべきだった。
でもやっぱりぴかぴかの靴を履くのは、特別な日にとっておきたいもの。
家に帰る頃には、足が豆やら擦り傷やらで悲鳴を上げているだろう。
けれど、は大満足している。
その理由──彼女がぴかぴかの靴を見せたい大切なひとが、待ち合わせに現れる。

「悪い。遅れた」

ふわりと銀の髪を揺らし、その彼の登場。
「ダンテ!」
身長が高い彼と視線を重ねるには、ぐっと顎を上げなければいけないのだが──今日は、見上げたダンテとの距離がずいぶん近い。
「ううん、待ってないよ」
はにっこりと彼に並んだ。
「それ、買ったのか?」
ダンテが楽しそうに足元を眺めてくる。
「うん」
「いいな。よく似合ってる」
それに。
ダンテが素早く振り返った。
「キスもしやすい」
いつものようにが背伸びすることもなく、ダンテが屈むこともなく、ふたりは今日一回目のキスをした。



「さ、これからの時間、何にでも付き合うぜ」
何がしたい?
ダンテがおどけるように、ぐるりと瞳を回してみせる。
「んー……」
ダンテと過ごせるなら、なんだっていい。
でも、今日は──
「ぶらぶら一緒に歩きたい」
「お気に召すまま」
ダンテはおおきな笑顔で手を広げた。
自然に手を繋いで、ふたりは歩き出す。



見事に晴れ上がった空のもと、ひとびとが集まってにぎやかな通り。
他愛ないおしゃべりをダンテと重ねながら、ときどきは立ち止まる。
横の綺麗に拭かれたウインドウ、中の洋服や小物を興味深く見るふりをして──本当は、ぴったり並んで映っているダンテと自分を見ている。
(どこから見ても、恋人どうし)
意識するたび、胸の奥がうれしさでさわさわと揺れた。
ヒールのおかげで、ほんのちょっと視線を上げるだけでダンテと目が合う。
何故だかいつもよりもよく見つめあっている気さえする。
合わない靴の代償も、まだそれほど気にはならなかった。



実際、ダンテとの外でのデートは久しぶりだった。
彼と他愛無い話をしながら歩いているだけで幸せ。
……だったのだが。
(この靴でなければ、ね)
はそっと顔を顰めた。
薬指と小指、そして踵に水膨れができている感覚。
じんじん痛む。
けれどそんなの足の状態を知るはずもなく、ダンテはどんどん歩いていく。
(ダンテってば、こんなに歩くの早かったっけ?)
風を切るようにしてすいすいと、どんどん前へ歩いていってしまう。
必死にヒールを鳴らしてついていかないと、置いて行かれてしまいそうな程。
すこし、休みたい。
「……ダンテ」
「ん?」
ぴたっと立ち止まったダンテのその後方に見えた看板を、は指で示す。
「映画。あの新作、観たいな」
さして興味もないアクション映画。
「あんなの好きだったか?」
「今日はそんな気分なの!」
軽く顔を傾けたダンテの背中を両手で押して急かす。
「わかったよ。ちょっと待ってな」
「うん」
散歩したいと言っていたのに急に映画を観ると言い出したの心変わりを大して気に留める様子もなく、ダンテはチケットブースに大股に歩いて行った。



天気がよくてみんな外に出歩いているのか、館内はあまり混み合っていなかった。
「やっぱポップコーンだよな」
「ちょっと、そんな大きいの食べられないよ」
「意外といけるって」
「あーぁ」
いちばん大きいバケツサイズのポップコーン(キャラメル味にしようとしたダンテを、は全力で塩味に押し留めた)、コーラを買ったら、映画鑑賞の準備万端。
ダンテが買った席は、二人掛けのカップルシートだった。
「邪魔な肘掛けはない方がいいだろ?」
さっそくダンテはの肩にもたれる。
「せめて館内が暗くなるまで待ってよ」
周囲の視線が気になって、は首元をくすぐる銀の頭を指で押した。
しかしダンテは引かない。
「やだね」
意地を張るように、ぴったりくっつく。
「もう、ダンテ」
「あ、次はあの映画観てぇな」
のお咎めも、始まった予告を指差し受け流す。
「ポップコーン食べようぜ」
「はいはい。コーラは?」
「いる」
ようやく照明が落ちて周りが暗くなったのをいいことに、すっかり甘えきってくる。
うれしいが、その分恥ずかしい。
こそこそと肩を竦めたの口元に、ダンテが指でつまんだポップコーンを差し出した。
「ん」
「……。」
悪戯っぽく見上げてくる青い瞳。
上機嫌なダンテにつられて、引き締めたつもりの口元もついつい緩む。
1回だけだよと囁いて、はそれをぱくりと頬張った。



映画が始まると、ダンテはあっさりと眠ってしまった。
スクリーンは、アクション映画特有の光の明滅と激しい物音。
(よくこんな中で寝られるね)
まあ、普段本物のアクションの中に身を置いている彼からしたら、こんな偽物だらけの映画は退屈そのものに違いない。
(もっとも、恋愛映画でも寝てたと思うけど)
ずしりと重くなった肩を微笑んで見つめ、すこしだけ迷い……はそっと靴から足を抜いた。



映画が終盤に差し掛かった頃。
「……?」
ダンテがむくりと起き上がった。
軽くなった肩に、こっそりとは靴に足を滑り込ませる。
「おはよう」
「あー。どんくらい寝てた?」
「1時間半くらい」
「げ」
スクリーンを見れば確かに序盤とは登場人物が入れ替わっているようで、もうストーリーの流れも何もあったものではない。
が、一応ダンテは聞いてみる。
「あのブレイドにタトゥーの男は?」
「あの人はダブルスパイだったよ。それどころか、トリプルクロスかも」
「……いつの間にそんなややこしいことになってんだ」
眉根を寄せたダンテに、はくすりと微笑んだ。
「もう最後まで寝てたら?」
「そうする」
ダンテは素直に頷く。
オヤスミ。
首を伸ばしての頬にキスして、再び彼女の肩を枕に眠りについた。



映画館を出ると、辺りはうっすら暗くなっていた。
「日が落ちるの早くなったね」
「そうだな。、寒くねぇか?」
「うん、大丈夫」
元気よく頷いたに一瞬不服そうに唇を尖らせてから、ダンテは彼女の肩を抱いた。
「だ、ダンテ?」
「一応な。あったかいだろ?」
……あったかいけど。
周囲をちらちら窺って恥ずかしそうにしているを、ダンテは楽しそうにもっとぎゅっと抱きしめた。
「さて。次は何がしたい?」
「えっとね、」
……ぐぅ。
が答える前に、お腹が主張した。
しっかり聞き取って、ダンテはぶっと吹き出す。
「よし、腹ごしらえにしようぜ」
「うん……」
顔を赤くしてがっくり項垂れれば、ひりひり痛む足がとどめのように視界に映る。
映画館で脱いでいた分だけすこし楽にはなったが、長時間歩けばまた悪化していくだろう。
正直なところ、痩せ我慢も限界だ。
「ね。この近くで、おいしいレストランないかな?」
「ここらでか?」
ダンテはの肩を抱いたまま、ぐるりと首を巡らせた。
「分かんねぇな。少し歩いて探すか」
早く良さげなところが見つかればいいけど、とがこっそり祈ったとき。
ダンテはごく普通に彼女を抱き寄せて歩き出しただけだったのだが──
「あっ」
がくんとヒールが倒れ、捻った足首から嫌な音がした。
「おいっ!」
しゃがみこんだを、ダンテも慌てて覗き込む。
「大丈夫か?」
「う、ん……」
は引きつった笑みを向けた。
「だ、だいじょうぶ」
どう見ても無事とは思えない。
ダンテは思いっきり眉を顰めた。
「見せてみろ」
「平気だってば」
「いいから」
隠そうとするの手を強引に掴んでどかす。
見えた足に、ダンテは目を見張った。
捻って赤く腫れ出した足首もそうだが、脱げた靴が今まで隠していた部分……薬指や小指、踵はもっと痛々しくふくれていた。
合わない靴を無理して履いていた証拠。
見ているだけでこちらの指にまで激痛が伝わってきそうなほど、悲惨な有様。
じっと観察され、は居心地悪くもぞもぞ身動きした。
「今日、よく歩いたもんね?」
「……。」
ダンテはむすっと唇を引き結んだまま、動かない。
「ダンテ?」
「帰る」
「え?」
言うが早いか、ダンテはの脱げていない方の靴もすぽーんと脱がせると、彼女の前にしゃがんで背中を差し出した。
「ほら」
「……な、何の真似?」
しゃがんで背中を見せられて……分かっていても、としては聞くしかない。
ダンテがせっかちに振り向いた。
「見て分かるだろ。おんぶだ」
「いや、あの、大丈夫だから、靴返して。事務所に戻るくらいは」
あたふたしていると、ダンテはすっくと立ち上がって両腕を広げた。
「おんぶが嫌なら抱きかかえて帰る。オヒメサマみてぇにな。さ、どっちがいい?」
「どっちが、って……」
「オレはおんぶの方がマシだと思うぜ?」
「……わかった……」
今回の彼は本気で、どうも折れそうにない。
脱力したの前に、ダンテは再び背中を誇示する。
「重いよ?」
ぶつぶつ言いながらその背中に身体を寄せる。
をおぶると、すぐにふわっとダンテが立ち上がった。
やわらかい彼女のからだ。
ダンテはにやりと振り返る。
「役得だな」
「もう!」
「おいっ、あんまり暴れんな」
「ちょっとダンテ、どこ触ってるの!」
「暴れるから不安定なんだよ!大人しくしてねぇともっと触るぞ!」
「ばかぁ!」
ひとしきりぎゃあぎゃあ騒いで疲れて、……はぺたんとダンテの広い背中にくっついた。
恥ずかしいけれど、あたたかくて安心する。
「私のが役得」
そっとダンテに腕を回した。
「そのままずっと捕まってろ」
「うん……」
ダンテの歩く一定のリズム。
そのまま心地よい揺れに身を任せる。
眠くなったから子守唄に何か歌ってとふざけて言おうとしたら、ちょうどダンテがちいさく口ずさみ出した。
元はロックなのだろうけど、テンポが歩く速度と同じにゆっくりだ。
叛逆だの運命だの、重々しい歌詞にまるでふさわしくないメロディ。
気持ちよく揺られて、はことんと頭をダンテに預けた。
「……寝たか?」
ダンテがそっと右を向く。
「……寝てないよ」
ちいさく答えると、ダンテが首を逸らした。
とん、と互いの頭がぶつかる。
「痛い」
「足のこともそうやって最初から言えばよかったんだよ」
「……。」
「ごめんな」
首を前に戻して、ダンテがぽつりと呟いた。
(なんでダンテがあやまるの)
黙っているを、ダンテはあやすように身体をとんとん揺らした。
「帰ったら手当てしてやるから」
「……いいのに……」
首の後ろで押し出した声に気付かないわけなんてないだろうに、ダンテは何も答えない。
かわりに、さっきの歌をまた歌い出す。
ダンテの背中におぶわれて、見える世界は彼の視線よりも更に上。はそれを不思議に思いながらずっと見ていた。



事務所に着くと、ダンテはをバスルームへ連れて行った。
足をよく流水で洗ったあと、リビングに戻って革のソファに座らせる。
「待ってろ」
がっちゃんがしゃんとあちこちを引っくり返して、もうずいぶん使っていなかったと見える救急箱を手に戻って来る。
ひょいと身軽にの足元に腰を下ろし、まじまじ怪我を観察した。
「ねえ、自分でするから」
「まずは消毒だっけ」
の提案は丸ごと無視し、救急箱から真新しい消毒スプレーを取り出す。
「しみても我慢しろよー」
ぷしゅううう。
「ちょ、ちょっと」
泡と液垂れで、の足は真っ白になった。
「こんなもんでいいか」
消毒液を拭って、それからこれまた新しいガーゼの包みを開けてそれで足をすっかり包み、最後は包帯でぐるぐる巻く。
「……おかしいな」
上手く巻けないのが納得いかないらしく、ダンテは何度も解いて巻いてを繰り返した。
みるみる大袈裟に膨れ上がっていくの右足。
「そんな丁寧にしなくていいよ」
彼女の制止も聞く耳持たず、ダンテはぐるぐる続ける。
やがて慣れて来たのか、あまりぐちゃぐちゃにならずに右足は包帯に包めた。
そのまま左足に移る。
こちらも右足と同じような痛々しさ。
ダンテはふうと溜め息をついた。
「オレのせいだな」
むすっと響いたダンテの言葉に、はふるふる首を振った。
「ダンテのせいなんかじゃないよ。靴が合わなかったんだよ」
「いや」
ダンテは顔を上げずに手元に集中する。
もうガーゼに隠れて見えなくなったが、無数の水膨れ。
あれを作ったのは自分だ。
「今日、おまえとの距離がいつもと違ってたろ」
いつもなら彼女の睫毛を上から見る角度で一方的にを見ていられるのに、今日はすぐに目が合ってしまった。
嬉しいけれど、ちょっと何かが違うようでもあり──何故だか照れた。
そのせいなのかどこか落ち着かなくて、ついつい早足にして、あまり彼女と並ばないように歩いていた。
の歩幅はいつもと変わらない、いやそれどころか合わない靴のせいでちいさかったかもしれないのに。
「……出来たぜ」
ぱんぱんと手を叩く。
包帯一本全部使って、の両足はしっかり包帯に包まれた。
「重症みたい」
ぷらぷらと動かしてみて、は笑った。
「似合ってたけど、当分あの靴は履くなよ?」
ダンテはぽんとの頭に手を置いた。
中腰で、座ると目を合わせる。
「ひとりで背伸びすんな」
オレが屈めばキスも簡単なんだから。
その言葉通りダンテが顔を近づければ、苦もなくあっさりとふたりの唇が触れ合った。
二度、三度。
ダンテのキスは麻酔のように、の足の痛みを取り除いていく。
(怪我の功名)
はふとそんなことを思った。
足は痛くなったけれど、今日はいろんな角度でダンテを見ることが出来た。
おんぶもたまになら嬉しいかもしれない。
「ねえ」
唇が離れた合間に、はダンテの肩を押しながら立ち上がる。
「ん?」
ダンテもゆっくり背を伸ばす。
ふたりできちんと起立してみれば、もういつもの距離。
見上げなければ目の前はダンテの胸だけれど──ダンテが腰を屈めての唇にキスを落とす。いつもとまったく同じに。
はにっこり笑ってみせた。
「やっぱりこの角度が落ち着くかも」
「だろ?」
気付かれずにたくさんおまえを見ていられるし。とは飲み込んで、ダンテは机の電話を取り上げた。
その行動に、はぱちぱち目を瞬く。
「なに?」
「ピザ頼む。腹減った」
色々あって忘れていたが、そういえば夕食はまだだった。
「外食し損ねたね」
「また今度な。次はバイクで」
ダンテの指は馴染みの番号をダイアルする。
「あ、その前に」
ふと受話器を離してを見る。
「どうしたの?」
首を傾げたのその足元をダンテは指差した。

「まずは、靴買いに行こうぜ。歩きやすいやつ」

おおきな笑顔。
つられてくすっと微笑んで、もおおきく頷いた。







→ afterword

55000番を報告してくださった、にらたま様に捧げます!
久々なダンテ夢、かなり緊張しました…甘くなっているといいのですが!!(((((;´Д`)))))
にらたま様、お渡しが遅くなってしまいまして本当に申し訳ございませんでした…!!(土下座)

ダンテとデート、何をしても絶対に楽しいですよね!!
手を繋いでぶんぶん振ってはしゃぐなんてのも、ダンテなら許される気がします!(笑)

それではにらたま様、ここまでお読みくださったお客様、どうもありがとうございました!
2008.11.12