一種のポーズだと思う。
煙草を指に挟み、火を点けて、口元に運ぶ。
この意識せずとも容易くこなせる一連の行為は、煙草の成分が切れると苛々するから行うというものではなく、ただ単に、ポーズ。
特に──ダンテという名の男の前では。




w r e c k l e s s




二十年ぶりでも、さすがは故郷。だらだら歩く足は未だ道を覚えている。
「……まずはここか」
重い頭で目の前の建造物を見上げる。
パッと見、煤けた壁の古い建物。地元でも一部の人間しか来ない酒場だ。
まだ太陽がでしゃばっている爽やかな時間帯、酒が売り物の店がオープンしている訳がないのだが、は頓着せずに扉を開く。ここは店主が中にいれば、閉店時でも扉に鍵を掛けないことも知っている。
案の定、抵抗する気配もなくするりと軽くドアが開いた。と同時に、奥からだみ声が飛んで来る。
「おーい、悪いけどまだ開いてな……」
はハイハイと左手を振った。
「……かい!?」
こちらの顔を確認するや、店主はカウンターから身を乗り出した。樽のような恰幅のよい腹が、切り出しの卓に引っ掛かる。見た目には苦しそうだが、彼はまるで気にしないようで更にぐぐいと身を寄せた。
「ほんとにほんとに、なのか!?」
照れ臭さに軽く目を伏せながらも、は大きく頷いた。
「ええ。ほんとに私」
「いやあ……こりゃあ驚いたなぁ」
マスターはついにテーブルを回り込み、の前に立った。
久方ぶりの再会には違いない。
まじまじと見つめられてしまい、はぶんぶんと手を閃かせて視線を振り払うような仕草をしてみせた。
「そっちは変わらないね」
「そりゃあ、お前さんが酒の飲めないガキの頃から冴えないオジサンやってるからなぁ。けど、は……」
昔ながらの軽口を叩きそうな乗りだったのに、店主も照れてカウンターの奥へ戻ってしまった。
「私が、何よ?」
は笑ってカウンターに着く。
「いや、まあ、大人になっちまったなあって思ってさ」
マスターは、まだあまり冷えていないビールの栓を抜いてくれた。
瓶を軽く持ち上げて礼をし、は遠慮せずそのまま口をつけた。
「大人にもなるよ。二十年も経てば、ね」
「そうか……最後に会ってから、もうそんなになるかぁ」
「残念ながら」
ぬるいビールを飲みながら、は店を見回した。
Bull's Eye。赤ん坊が成人になる程の歳月が流れていても、ここはマスター同様あまり変わっていない。かつては酒が入っていた木の樽をそのまま椅子に使っている、気取らない店。
樽椅子を見ていたら、そこに座る姿が何故かよく似合う男のことを思い出した。
「……あいつ、まだここに来てるの?」
の質問に、マスターはにやりと口角を上げた。あいつとは誰かなどと野暮なことは聞かない性格だ。
「来てるともよ」
言うなり、冊子のようなものをに滑らせて寄越す。
「何?」
手に取って眺め、の心がふつふつと泡立った。
「……あいつ、Blondyが趣味だったのね」
薄っぺらな表紙を飾るブレて荒い印刷の写真には、のよく知る男。ショットグラスを片手に、サングラスを掛けた金髪美女と仲睦まじく写っている。更に、彼の背後には美女の取り巻き。
見出しには『DANTE IN LOVE? ── or had one too many』と、ゴシック体が踊っている。は呆れて本をカウンターに投げ出した。
「恋か、飲み過ぎか、ねぇ」
どさっと響いた豪快な紙の音に、マスターが眉を下げた。
「他の客も読むんだから、手荒にしないでくれよぉ〜。それ、最新号なんだぞ」
「そこよ!」
はビール片手に身をずいっと乗り出した。
「ゴシップ誌を置くなんて。ここは場末だ場末だと思ってたけど、店主自ら認めなくてもいいじゃない」
「んなこと言われてもさ。それ、もともとタダのクーポン誌だし、地元の連中が勝手に置いていくんだよ。……アイツの記事につられて読む人間はたくさんいるしよ……」
「ああそう。それに、どうやらここの宣伝にもなってるみたいだし?」
はカウンターを指でつついた。彼女の指摘通り、写真が撮られたのはこの店だ。更に、記事の片隅にはご丁寧にアペタイザー全品30パーセントOFFのクーポンも添えられている。
マスターはハハハとこめかみを掻いた。
「不況なもんで、使える手段は何でもやらんと酒を仕入れるのも上手く運ばんくてなー。事実いい宣伝だよ、アイツは」
「ふうん」
「……アイツ、まだよく来てるよ」
探るようなマスターの声音。
は、ちらと目を上げたが、それもほんの一瞬のこと。頬杖をついて、もう一度クーポンに視線をやった。
「そう。……ダンテ、変わったね」
ダンテ。それがの言う“あいつ”の名前だ。
故郷を思うと必ずセットで頭に浮かんでくる、の古い“悪友”。
その彼は、顎の丸みとか肩幅の厚みだけでなく、何かどこかが決定的に変わってしまったように思う。
長い間会わずにいれば、当然か。
「ところで
「んー?」
「こっちにゃ帰って来たのかね?」
「さぁ。とりあえず、根無しの放浪かな」
「おいおい、妙齢のレディがそんな物騒な……。せめて今夜の宿は決まってるのかい」
問われて、は一瞬ぽかんと口を開けてしまった。
「……ま、ね」
歯切れ悪く答える。実はまだどこの部屋も取っていない。
寂れたこの街のことだ、ホテル全軒全室満員御礼ということはないだろう。そう考えて、本当に鉄砲玉のように飛び出して来たのだ。
の様子を察したらしく、マスターはレジの横の物入れをごそごそ探った。
「決まってないんなら、ウエストハイランドモーターに泊まってやってくれ」
灰色にくすんだ名刺サイズの紙を示す。そこには古風な文字で、宿名と地図が印刷されていた。が、その地図をしげしげと見るまでもなく、名称でにはぴんときた。
「ウエストハイランド……27号線のモーテルよね?」
「お、知ってたか。そんなら話は早い。そこは友人が経営してるんだが、この不況のせいで部屋がカビそうだってボヤいててねぇ」
はうーんと腕を組んだ。
微かに残る記憶の中でも、そのモーテルには綺麗で清潔なイメージはない。そもそも、女にそんな宿を勧めるのもどうかと思うが──まあ、自分は三ツ星ホテルにしか泊まれないお高い女なのよと主張するには、目の前の相手は自分を知り過ぎている。
「あまり良い環境とは言えなさそうなんだけど」
口を尖らせた彼女に、マスターはちちちと指を振った。
「どうせ金ないんだろ?贅沢は言いなさんな」
痛いところを突かれてしまった。
は苦笑して、空になったビールを卓に置いた。
「……じゃあ、そこにする。お友達を助けてあげるんだから、今度は上等なお酒でも奢ってよね」
「ウチの酒にそんな期待するなよお」
苦笑しながらも、マスターはまた来なと手を振った。



はルートセールスで日々の糧を稼いでいる。いや、今は商売から手を引いたのだから、稼いでいたという過去形が正しい。
セールスと言っても、が売り込んでいた商品は生命保険や化粧品ではなかった。
治安が悪い辺り一帯、危険な地域だからこそ成り立つ売り物──武器。それも、許可証があれば一般人でも買えるような口径の銃などは扱わなかった。
表通りを歩ける商いではないことは百も承知、何かトラブルに巻き込まれても自己責任。だから売る側と言えど、は客を選んでいた。
情報を仕入れ、似たような商売の仲間から評判を聞き……最後に当てになるものは自分の直感。疲れる商売なことこの上なかった。
そんな仕事から手を引くと決めたのは、けれど、仕事の危険さや疲弊感からではなかった。
飽きたのだ。
客が好む商品の傾向も掴み、それを捌くルートも確定し、収入も良く。そうして人生に道筋をつけたら、突然なにもかも意味がなくなったようにつまらなくなってしまった。
退屈だと思った商売は、もう続ける気にはならなかった。
辞めると決めたその日に商売道具のほとんどを仲間にタダ同然で投げ売り、手に入れた端金で長距離バスの切符を買った。
行き先が故郷になったのは、バスターミナルで見上げた掲示板のいちばん上に、その地名が書いてあったから。
帰ってみてもいいなと思った次の瞬間に、ある男の顔が頭を過った──いや、過ったというより、ピントが合った。長い、長いこと心の底に押し込めて、考えないようにしてきた人物のこと。
──あいつ、どうしてるかな。あのヤバいスラムで、まだ無事にやってるのかな。
彼の銀色の髪と青い瞳まで思い出した時点で、衝動に背中を突き飛ばされていた。流れるように、はバスの切符を手にしたのだった。



ブルズアイを後にし、はよく知る道を歩いた。
陽射しは健康的にあかるい。こんな気持ちいい時間帯に外を歩くのも、考えてみれば久々だった。
こそこそ丸めていた背を伸ばしてうーんと深呼吸すれば、肺いっぱいに新鮮な空気が飛び込んで来る。
昔と何もかも同じわけなどないだろうに、には、ここの風の匂いは以前と何も変わっていないように感じた。それがいいのか悪いのかは別として。
(あいつ……あの人が恋人なのかな)
さっき見た写真を思い出す。
質の悪い印刷の中でもダンテの人目を引くルックスは相変わらずで、横の金髪女性もまた匂い立つような美しさ。まさに、美男美女でお似合いだった。
(……ま、あいつがどうなっていようと別にどうでもいいけどさ)
ふと胸に兆したのは、まさか寂しさではあるまい。十代の頃に気の置けない仲、或いはもっと複雑で微妙な関係だったとはいえ、自分は二十年もの間ダンテから離れていたのだから。
(こうして歩いてると、二十年も経ったなんて感じないけど)
よくバランスが取れていると感心するほど斜めに伸びている、yの字形の樹。それを横目に、次の消火栓を左に折れる。そこから七分ほど歩けば目的地だ。どれもこれも、自分が街を離れた時のまま。
七分もしないうちに、はそこへ辿り着いてしまった。
感傷にじっくり浸る間もない。いつの間に、こんなにせかせか忙しく歩くようになったのだろう。大きくなってしまっていた歩幅が憎い。
「……あった」
目的地が見えた。
ダンテの事務所。掲げられた派手なネオンサイン──今は消えているが、点灯すると馬鹿げたピンク色で光る──があるということは、今も変わらずダンテの所有する建物なのだろう。
彼が若くしてこれを買い取り、何やら面妖で厄介な仕事を始めた辺りで、自分も街を出た。
だからこの建物の記憶はもっとあやふやだろうと思っていたのだが、実際は「あれ、ここだっけ?」などと疑う余地もない程、しっかりと思い出せた。
この景色もろくに代わり映えしていない。いや、流石に建物自体は年季を感じさせるようにはなったか。
あちこちボロボロだが、扉だけは何度か修理が入っているのか、割と新しい。それが妙にちぐはぐで、の心を和ませた。
「バイクは……これも同じか」
軒先にどっかり停めてある彼の愛車も変わらず。深紅のフレームは砂に塗れて細かい傷だらけ、目立つあちこちの大きな凹みは錆び付き、これで本当に動くかどうかも疑わしい。
骨董品のようなバイクのボディに、おそるおそる寄りかかってみる。何とはなしにシートを撫でてみる。武骨な革のかたい感触が指に引っ掛かった。
「懐かしいな」
はそっと目元を緩めた。
何を隠そう、このシートにいちばん最初に座ったのはだ。バイクが納車された日、ショップからダンテの元へ運んだのがだったのだ。
今でも鮮やかに思い出せる、あのときの彼のにがい表情。
『何でお前が?』
ダンテは不満そうに唇を突き出していた。
『どうせ今日もダンテのとこに寄るんだろ、届けてやれ、って言われたから』
は、これまたぴかぴかのヘルメットをダンテの胸に押し付けた。
『オレが取り行くっつったのに』
『そんなに初乗りしたかった?ごめん』
『まぁいいよ……お前だしな』
結局、ダンテはやれやれと肩を竦めた。逆には胸を張った。
『でしょ。で、慣らすよね?どこ行く?海まで走る?』
『海か、いいな。……っつか、まさか後ろ乗んのか?』
『もちろん』
『いいけど、二人乗りなんてしたことねえから、安全は保証しねぇぞ』
『ん、信じてる』
『こういう時だけだろ』
『そんなことないよ?』
『ハイハイ』
そして、二人で二人乗りを初体験したのだった。
走り出す瞬間は車体が揺れて「これは早まったかも」とはひやりとしたが、スピードに乗った後は、ダンテは意外なほど上手にバイクを乗りこなした。
もっともその後ダンテは「二人乗りは当分しない」と真顔で言い放った。そしてそれは『との二人乗り』という意味では宣言通りになった、のだが。
(ほんとに懐かしい)
このバイクがあるという事は、恐らくダンテは中に居る。すぐ真後ろの建物に。
どうせ遅かれ早かれ彼には挨拶するのだから、さっさと会いに行けばいい。それは分かっている。だが……
は深く息を吐いた。ポケットからシガーケースを取り出し、とんとん叩く。ひょこりと頭を出した一本を摘み上げて口に咥える。
手慣れた素早さであっという間に煙草に火を灯し、は再び深呼吸した。
肩を落として吐き出すと、白い煙が視界を遮るように立ち上る。逆にの思考ははっきりしてきた。
(久々に知人に会うってだけじゃない)
どうしてこうもそわそわするのか。おまけに指先が細かく震えている。今日の気温は過ごしやすく快適、寒くもなんともないのに。
考えに気を取られ手元はお留守、気づけば煙草はだいぶ短くなっていた。
もくもく延々と煙幕を作っていた煙草の背をとんとん叩いて灰を落とし、もうひと吸いしようとした、そのとき。
「俺のバイクは公園のベンチじゃねえぞ」
不意に背後から声がした。
お叱りの語気に反射的に「すみません」と謝ろうとし──、そもそもこのバイクの持ち主が誰かを思い出した。
「……ダンテ?」
ぎこちなく振り返れば、見間違う余地もない、昔から彼のトレードマークたる赤いコートが目を奪う。
「珍しい客だな。夏だってのに、今夜は雪でも降るのか?」
銀の髪の男は、おどけて手の平を晴天に翳してみせた。
「よう、
青の瞳がやわらかく瞬く。
「あ、ああ……ダンテ。そう、ダンテだよ、ね」
自分が何を言っているのか分からない。が、そんなに頓着せず、ダンテはどすんと隣に腰掛けた。
「いつ戻った?」
「今日」
横に並ぶなり、の手から煙草を奪い取って地面に落とす。おまけにブーツの踵で乱暴にぐりぐりと火を消してしまったので、の前に煙幕はなくなってしまった。
何にも遮られることのない、二十年ぶりの再会。
抗えるわけもなく、はただ吸い寄せられるようにダンテの顔を眺めた。
の記憶の中で、ダンテの顔はつるつるで、輪郭は年齢相応に子供じみて丸かった。代わりにあのころ鋭かった眼差しは、今はもう少し穏やかだ。それより何より違うのは──
「……髭?」
ぷっと吹き出す。
変わらないね、とでも言おうかと迷ったのに、最初に口をついた一言はそれだった。
ダンテは気取って、手で顎を撫でた。
「お嬢さん達には頗る好評だぜ。……そっちこそ、ちゃんと肉ついて良かったな」
しみじみと、彼はの胸と腰あたりに目線を落とした。
「前は鶏ガラみてぇに細かったと思うんだが……」
「ば、ばか!」
は慌ててバイクから飛び退いた。
ダンテはすこしも悪びれた様子もなく、くっくと笑う。
「ちっとは色っぽく切り返してくるかと期待したのに、全然変わってねえんだな」
「そっちだって、不躾に胸とか見るの全然変わってないじゃない」
「そりゃ仕方ねぇだろ。男なんだから」
「自分を基準に考えてるなら大間違いよ」
「間違いどころか、俺はいたって品行方正な紳士のカガミだぜ」
「鏡の前で、胸に手を当ててそれを言うのね」
「そんな簡単な事でいいのか?」
ダンテは胸に手を当てて、きりっと表情を固めた。仕草ばかりは本物の紳士のようだ。
「もう……あんたって、ほんっと、ばかね」
は最初は渋面を保っていたのだが、わざとらしく片眉を上げるダンテのおかしな表情に、結局は相好を崩してしまった。ダンテの前で、不機嫌は長持ちしない。
(……信じられない)
本当に、自分達は二十年も会っていなかったのだろうか。
会うまではダンテは変わってしまっただろうと不安で堪らなかったのに、今はこうして十代のあの頃のようにぽんぽん言葉が飛び出す。まるで二十年の隔たりなど何処にも存在していないかのように。
「このバイク、まだ動くの?」
は、こちらは確実に二十年の時を刻んでいる車体を見下ろした。
「ああ。物持ち良くて感動したか?」
頷き、ダンテはグリップを掴んで捻る仕草をしてみせた。
「どうせ新しいの買うお金ないだけなんでしょ」
「正解」
「……ま、コイツにゃ愛着あるしな」
「私も」
「初乗りしたもんな」
ダンテは皮肉たっぷりに目を眇めた。
「覚えてたの」
は目を丸く見開き、すぐにダンテと同じように眇めた。
「ああ、まだ根に持ってるの」
「そりゃな」
ダンテは大袈裟に腕を組んだ。
「十代のガキが全財産投げ出して買った初めてのバイク、最初に乗っちまった罪は重いんだぜ」
「当時は許してくれたと思ったんだけどなぁ」
「心の中では泣いてたんだ」
「あらそ。二台目を買ったら、真っ先に教えてね」
「勘弁してくれ」
口調とは裏腹に、ダンテは可笑しそうに笑った。
もつられて笑う。
「あれは本当に気持ち良かったなぁ」
「だろうな。……
「ん?」
「帰って来たからには、ゆっくりして行けるんだろ?」
手をシートにつき、ダンテはバイクから立ち上がった。その顔は、不自然に決めた真面目な表情ではない。さりげなく──真剣だ。
何もかも見通してしまいそうな視線。
はゆるゆると目を逸らした。
冗談の応酬から一転、途端に二十年の時間が重くわだかまる。
「……そのつもり」
は下を向いて頷いた。潰れた煙草が視界の端に映る。自然と、はシガーケースに指を伸ばしていた。居心地の悪さを感じた瞬間に出る、癖よりも深く身に染み付いてしまった行動。
が、煙幕を作り出すよりも先に、ダンテがの肩に手を置いた。ぎくりと震えたのは彼に気づかれただろうか。まだ下を向いたままの視界のその更に端、革のブーツが離れるのが見えた。
「じゃ、うち寄っていけよ。色々と積もる話もあるしな」
顔を上げると、ダンテはくだけた表情に戻っていた。親指を事務所に向けて誘う。──いつもの彼だ。
「そうする。こっちも色々訊きたいことあるしね」
金縛りが解けたように、はバイクから立ち上がった。