「飲み物くらいは出るんでしょうね」
「お前が選り好みしなけりゃ、何かある」
軽口と共にダンテが身を引いて、中に通された。
ジュークボックスにビリヤード台と酒場のような調度品があるのに、煙草の類の香りが全くしない部屋。
いつ来ても奇妙な空間だ。家具だけでなく不気味なガラクタまでもが我が物顔でひしめき並んでいるのに、部屋主が居るときにはそれらはまるで自己主張せず溶け込んでいる。ただ単に、主の存在が強烈なだけかもしれないが。
「相変わらず綺麗に暮らしてるのね」
はデスクの上でカピカピに乾いている、いつの物か分からないピザの箱を見下ろした。
「整理整頓が俺の身上でね」
嘯き、ダンテはごみを持ち上げた。
「オリーブは食べられるようになった?」
「いいや」
食べられるようになる訳が無いとばかりに不敵に笑い、ダンテはキッチンへ足を向けた。
「冷蔵庫を漁ってくる。腐った牛乳でもてなされないよう祈っておけよ」
「はいはい」
手持ち無沙汰になったは、家主に断る手間を省いてソファに座った。
模様替えしていないのか、はたまたしていても大して変化していないのか。ソファから見る室内は、がらくた一つ一つに至るまで見覚えがある。
(そんなに入り浸ってなかったのに)
インテリアに興味がある訳でもない。ただ、ここの主と真っ向から向き合うのが当時から苦手で、よく壁やらがらくたやらを見ていたのだ。視界のほんの隅っこに、銀と赤の彼の姿をちらりと入れる、卑怯なアングルで。
ここに来ると、いつもは落ち着かない気持ちになっていた。同時に、一度ソファに座ったら立ち上がりたくなくなるような居心地の良さも──相反する気持ち両方を、今ふたたび味わっている。
静まり返ったこの空間に、今はダンテ一人のようだった。
「喜べ、トマトジュースがあった」
「賞味期限は?」
「大丈夫だ。俺が今朝のんで平気だったから」
「それって全然安心できない」
雑誌が雪崩を起こしている机の横に、は携えた鞄をどんと置いた。
ダンテは無造作に椅子に収まり、ぞんざいにデスクに足を上げてふんぞり返った。きゅぽん、とジュースの蓋を開く。
「……久しぶりだな」
せっかく封を開けた飲み物は口にしないまま、ダンテが切り出した。
はいよいよかと身体を強張らせた。がいちばん苦手な、『この数年、何してた?』というキャッチアップだ。
「そうね。ダンテも相変わら」
言葉は途中でノックの音に遮られた。ドアをごんごん叩いて家主を呼ばわる、何処かの誰か。ホッとしたのはだけか、それともダンテもそうなのか。
「……お客みたいよ」
「あぁ……」
ダンテはデスクから足を下ろした。
「ピザだよピザ。宅配。さっき注文してたんだ」
「はぁ?」
「だから実はさっきが外に来た時、ピザが届いたのかと思ったんだ」
コートのポケットから剥き身のお金を出し、デスクに乗せる。
「23あるか数えてくれ」
ダンテはまだポケットを探っている。
呆れながら、はソファから立ち上がった。
「人使い荒いんだから」
「悪いね。……で、これでラストだ。今の俺の全財産」
ポケットを裏返す勢いですっかり全部取り出した札の中央に指を突き立て押さえて、に向けて差し出す。面倒くさそうにダンテが手を離すと、紙幣は綿のように空気を孕んで膨らんだ。
「あんたのビルってしわくちゃだから多いように見えるけど、数えると少ない。わざと?」
の嫌味に、ダンテがそっと笑った。
「いや。その辺に適当に突っ込んでるからな、ぴかぴかしたヤツもすぐぐちゃぐちゃになる」
「造幣局の敵」
「あぁ、だから金が貯まらねぇのか」
「22、3……丁度ね」
健気に外で待ってくれているであろう配達員のもとに、それを届ける。代わりにピザと、それからサービスだというコーラのボトルを受け取って、は部屋へ戻った。
「全く、なんで私が受け取ってやらなきゃいけないのよ」
「釣りは駄賃にしていいぜ」
「それを早く言ってよね。全部チップであげちゃった」
子供のような冗談に笑い合う。
ダンテがピザの箱の蓋を開け、テーブルに乗せた。寄り道せず真面目に宅配してもらえたらしいピザは、まだ熱々でチーズがとろけている。もちろんトッピングにオリーブはない。
「うまそうだ」
よほどピザの到着を待ち望んでいたらしいダンテが、真っ先に手を伸ばした。
「食生活は相変わらずみたいね」
呆れつつも、も手を伸ばした。ダンテが取った隣のピースを摘み上げる。
「それでも無事に成長できたんだから問題なしだろ」
「これから横への成長が怖いけどね」
がちくりと呟いた皮肉も全く意に介さず、ダンテはむしゃむしゃとピザを胃に納め続けた。
(変わらないな)
はダンテの様子を盗み見ながら思った。
ピザを頼んで一緒に食べて、先にお腹いっぱいになったは、ダンテの食べっぷりを飽きることなく観察していた。よく食べるねとか、成長期なんだとか、いつも同じような会話をしながら。そしてピザがすっかりなくなると会話が途切れて、コーラでも飲み下せない沈黙が続いた──ちょうど今と同じように。
「……もうなくなっちまった」
空の箱を持ち上げクルリと回し、ダンテはそれをゴミ箱へシュートした。
「お前が来るの知ってたら、もう一枚頼んだのに」
「まだ足りないの?冗談でしょ」
紙ナプキンで手と唇を拭って、はポケットを探った。シガレットケースから煙草を取り出し、口に挟む。ちらりとダンテを見るが、彼が火を持っていないことは知っているので自分で灯す。
ほどなく、二人の間に白い緊張がふわりと浮かんだ。
ダンテはそれを目で追い、ついでに鼻をひくひく動かした。
「煙草、変えたんだな。また変なドラマに影響されたのか?」
ダンテはが映画の影響を受けて喫煙を始めたのを知る、ただ一人の人物だ。
「別に。好みが変わっただけでしょ」
他人事のように答え、は大きく息をついた。
ダンテも“一服”に当たるものを求めてテーブルの上を弄った。が、見つけ出したのは空になったチョコレートの箱ばかり。
「食後の楽しみがなくて残念ね」
「お前もたまには煙草じゃなくてチョコレートでも買ったらどうだ?」
は思い切り顔を顰めた。
「あんたこそ、変なドラマに毒されてるんじゃないの?」
「いいや。チョコレートの方が俺の好みに合うだけだ」
「あっそ」
まだ長く残る吸い差しを、は指で摘んだ。興が削がれてこれ以上喫う気を失くした。が、すぐ気付く。この事務所には灰皿がないのだった。
「そら」
ダンテが銀色の皿を投げてきた。
「何これ」
「灰皿」
彼の言う通り、それは確かに灰皿だった。スーベニアショップの片隅で埃を被っているような、地名が円周にぐるりと彫られている、ありがちな物。
「“Fortuna”?旅行でもしてきたの?」
「只のみやげもんだよ」
「そう」
注意して見れば、部屋のそこかしこにはフォルトゥナと書かれたペナントやらペンスタンドやら、二十年前には無かったはずの物がぽつぽつと置かれている。
「知り合いが出来たんだ」
ダンテは何故か嬉しそうに笑んだ。
「ふうん?」
も目を細めた。
まだ誰にも使われたことのないらしい、鈍色の灰皿の底に煙草を押し付けて火を消す。
「いろいろあったみたいね」
は斜めにダンテを見た。煙草の効能なのか、今はそれほど緊張していない。
は?」
訊きながら、ダンテは用済みの灰皿に指を引っ掛け、さりげなくから遠ざけた。
「飛び出してった街へいきなり戻って来たんだ、何かあったんだろ?」
「んー。あったというか、なかったというか」
「何だよ、それ」
「話せば長く……も、ならないかな」
は眉を寄せた。
敢えてダンテに語りたいと思うほどの事は無かった気がする。
「長くなるだろ。……二十年だぜ」
ダンテは大きく嘆息した。
「その間、何の連絡もナシで」
の鼓動が跳ねた。
確かに、はダンテに簡単な別れを告げただけで街を出た。その後も連絡は取っていない。
もちろん最初は何度も新しい住所を告げようとしたのだ。だが、その度に「ダンテにとってはどうでもいいことだろうな」と、それを引き留める自分が姿を現した。
葛藤を繰り返しては浮き沈む気分に、次第に悩むことすら面倒になり、そしてそのまま──だ。
「便りがねえのは元気な証、つってもな」
ダンテは軽い声音で、机の上のずいぶん古めかしい電話を見やった。口調よりも物を語る、真剣な瞳。
再びの心臓が早鐘を打った。
「……あら。もしかして、手紙の一通か電話の一本でも待っててくれたの?」
からかうようにしか返せない。
「……さぁな」
ダンテは面倒そうに立ち上がり、窓辺に腰掛け直した。彼の身体を夕陽の名残がオレンジ色に染め上げる。
「もう夜になるな」
「そうだね」
はソファからゆっくりと身を起こした。それは何でもない動作なのに、ひどく労力を要した。
ダンテと同じように窓の外を見る。
まだ積もる話のその上辺にすら手をつけていないが、そろそろ本当に宿の心配をしなければ。
「これからどこに行くんだ?」
暮れる景色に、ダンテも同じことを考えていたらしい。
はさっき貰ったモーテルのカードを見せた。
「ブルズアイのマスターがね、ウエストハイランドモーターに泊まれって。閑古鳥が鳴いてて大変らしいから。で、しばらくはそこに居るつもり。良ければダンテも」
今度遊びに来てよ。
が言い終わる前に、
「ウエストハイランド?」
ダンテが首を傾げた。
、幽霊退治でも請け負っちまったのか?」
「やだ、そんなにボロい所なの?」
「ボロも何も、十年前くらいだったかな。ま、そんくらい前に潰れたぜ」
「……え?」
だってマスターは、と反論しようとして、は口を噤んだ。──あの人もひとが悪い。
ダンテはにやりとこちらもひとが悪い笑みを浮かべた。
「つまりは宿なしか」
「ええそうね、だけど他にどこかあるでしょ。ダンテ、電話帳とか無いの?」
「無い」
きっぱりと言い放ち、ダンテは窓を離れた。
「ルームサービスなしで良けりゃ、泊まって行けよ」
さらりとした誘いについうっかり頷いてしまいそうになったが、は慌ててぶんぶんと顔を振った。
「そんなの……いい。どこか探すって」
「ウエストハイランドなんて勧められるくらいだ、どうせ金ねえんだろ?」
にこり。笑った音まで聞こえそうな大きい笑顔で、ダンテはの弱みを突いた。
「……。」
財布の軽さも切ないが、それより何より久々のダンテの笑顔の訴求力は凄まじい。
はじとりと上目遣いで彼を見上げた。
「……お礼は掃除くらいしか出来ないよ」
「嬉しいね」
「嘘。私が不器用なの知ってるでしょ。物壊すかもよ?」
「ここに壊されたらまずい物があると思うか?」
「……。部屋に鍵ある?」
「ある部屋も……ある」
「じゃあ、そこで」
「OK」
「……綺麗なんでしょうね?」
「ウエストハイランドよりはな」
溜め息と共に、は重いバッグを肩に掛けた。
「……もう休む。何だか疲れちゃったから」
荷物にふらついた彼女から、ダンテがバッグを取り上げて担いだ。
「寝るときは内鍵かけろよ」
「言われなくても」





貸してもらった部屋は、二階の突き当たりだった。
何かありゃ俺はここで寝てるからと示されたダンテの部屋とは、二部屋ばかり離れている。
二部屋。近いと言えば近い。遠いと言えば遠い。
は部屋をぐるりと見回した。いかにも普段は使っていない空き部屋。安っぽいベッドとサイドテーブルと椅子がぽんぽん適当に置かれた殺風景な設えは、恐らくダンテが揃えたものですらないだろう。
かさかさする枕を手のひらで叩いて払って、舞い上がった埃に軽く咳き込んで、はベッドに腰を下ろした。
「マスターめ……」
余計なことをしてくれた旧知の人物に、ぎりりと歯を噛み締める。明日にでも文句を言いに行かなければなるまい。
しかし、勿論、マスターが用意してくれたこの境遇が嫌なわけではない。決して。
は扉の向こうを透かし見るような視線を送った。
「ダンテに……会えた……」
とても──とても、感慨深い。
バスのチケットを取ったときも、正直なところ、会える確率は半々くらいかと思っていた。ダンテが街を離れた可能性や、お互い安全とは言えない仕事の内容からもしかしたら彼が命を落としていた可能性まで考えて。だからこうして、無事にあっさりと再会できたことが驚きなくらいで。
そう、もしかしたら──会えなかったときの方が心の平安を保てたかもしれないのだ。
ダンテは確実にの心を掻き乱す。
「……ほんと、余計なことを」
彼と自分は、十代の微妙な時期をよく一緒に過ごしていた。誰かに二人の間柄を訊かれれば、間髪なく“悪友”と互いを表現していた。そう茶化さなければ、向き合えない関係でもあった。
訳も無くきらきらと光る十代の自信に満ち、それでいて剥がせない影を纏った彼。
はダンテのことを好きだった。
「ああ!」
もやもやそわそわするこそばゆい身体の感覚まで、すっかり昔に戻ってしまった。
(とりあえず、ダンテとは前みたいに軽口を叩き合えることは分かったけど)
ダンテは見た目はすっかり大人の男性になっていたが、ときどき覗く子供っぽさは昔のままだ。そのおかげで、もあまり気負わず話すことができた。
だが矢張り、完璧に以前と同じようにはいかない。そもそも二十年前から“微妙”な空気はあったのだから。向こうはどうあれ、側には。
「……ダンテはどう思ってるんだか」
そもそもダンテは今シングルなのだろうか。
結局あのまま聞きそびれてしまったが、あっさりひょいひょいと女を泊めるくらいだ、すくなくとも妻帯者になったとは考えにくい。
(ま、別居してるとか考えられるけど……でも、それにしても事務所に女の影なんて)
そこまで考え、はぶんぶんと頭を振った。
「……寝よう」
面倒な荷解きは後回し。そもそも長居する訳でもない。今着るものだけ鞄を掻き回して引っ張り出すと、さっさと袖を通す。
靴を脱いで、埃っぽいベッドに潜る。
が、シーツを鼻先まで掛けてみても、ちっとも眠くなっていないことに気付いた。
(眠れるわけない……)
ダンテはさっき自分をこの部屋に入れて、また下に戻って行った。あれから二階へ上がって来ていないのだから、まだ下にいるのだろう。
はそっと身を起こした。
(……下に行ってみようか)
喉が渇いたとか、小腹が空いたとか、何でもいいから理由を作って。
脱いだばかりの靴は、誘うようにの足元に控えている。
「……よし」
煙草が吸いたくて灰皿を取りに来た、ということにしよう。
が靴に足を入れたとき、ごつごつと重いブーツの足音が廊下を歩いた。ごつ、ごつ……この部屋のドアの前でぴたりと止まる。
誰かと悩む必要もない。
(向こうが来たか)
はそっとまた靴を戻した。そそくさとベッドに戻る。
それからたっぷり間を置き……焦れったさにが腰を浮かしかけた途端、どんとドアが叩かれた。しかも、すぐに開かれる。
「どちらさまよ?」
レディの部屋に何たる侵入かと唇を尖らせると、
「俺」
ダンテは両の腕を持ち上げ、携えてきた物を掲げてみせた。酒瓶とコップ。
「今の、ノックする意味がないでしょ?」
「どうせ起きてただろ?」
侵入者は、にぃっと笑う。
「見ての通り、寝るとこよ」
「まだいいだろ」
ダンテは演技がかった仕草で壁の時計を見上げた。しかし時計の短針は5を指したところで止まっている。電池切れで意味を為さないそれの代わりに、は自分の腕時計をダンテの鼻先につきつけてやった。9時。
「長旅で疲れてるんだけど」
「酒が入りゃ、もっとぐっすりだぜ」
ダンテは端から引く気など持ち合わせていない。
呆れるを押し退けるようにつかつかと部屋に入り、サイドテーブルに酒瓶を置いた。
さすがに少しはこちらを気遣っているのかベッドには座らず、そのままフローリングに腰を下ろした。
「ほら」
グラスの片割れをに渡す。
「しょうがない。一杯だけね」
とくとくと美味しそうな水音を立てて注がれる酒に、は首を傾げた。
「ウイスキー?」
ダンテが持つ瓶は、蓋に馬の彫刻が付いている。有名な銘柄だ。
「ダンテ、ウイスキーなんか飲むんだ?」
確かに年齢的にはおかしくないのかもしれない。だが、何だかとても意外だった。
見上げると、ダンテは僅かに困ったように瞳を揺らした。
「仕事で、金持ち親父から貰ったんだ」
妙に素早い仕草で、ダンテは自分のグラスも満たした。
「お前の言う通り、バーボンなんてガラじゃねえから手付かずで……」
「じゃあ、在庫処理?」
「ま、そんな所だ」
「それじゃ遠慮なく」
「ああ、どうぞ」
気取った仕草が何だか可笑しい。
さすがにウイスキーをビールのように勢いに任せて飲むわけにはいかず、は唇をグラスの端につけるようにして、そっと飲んだ。
「……ウイスキーか。大人になったもんだな」
ダンテが感慨深げに呟く。
あまりにもしみじみとした言いように、は吹き出すのを堪えた。
「何を今更。そんなトシになって」
「まあ、そりゃそうなんだが。こうしてお前と飲むのなんて久しぶりだろ」
「確かに……」
今度はも深々と頷いた。
何を思ったか、ダンテがグラスをテーブルに置く。
「そういやさ」
「うん」
もグラスを置いて顔を上げた。自然と顔を見合わせる。
しばらく見交わしているうち、
「……思い出すよな」
「……思い出すよね」
二人、瞳に同じ色が浮かんだ。
場の空気が、一気に二十年前──お互いまだ未成年で、アルコールを買えなかった頃に戻る。
ダンテがくしゃりと頬をゆるめた。
「サングラス掛けて、ブルズアイに潜り込んだよな」
「あの時は緊張したよ」
ふと通り掛かった酒場、何事にも背伸びしたくなる年頃の二人。酒場の裏に積まれたビール瓶のケースは、やたらと魅力的な色をしていた。
『行くか?』
『行こう』
悪巧みの閃きは一瞬、阿吽の呼吸が悪友の証。
そうして適当にサングラスを用意して、ブルズアイの戸を開いたのだ。
「けどあいつ、意外と頭かてぇんだよな」
「そうそう。あんな店で、治外法権かと思ったのにね」
マスターは未成年二人の「とりあえず、ビール!」を鼻で笑って却下した挙げ句、羞恥心と意地で引くに引けなくなっていた彼らにホットミルクを出してくれた。莫迦にするでもなく、かといって、すげなくあしらう訳でもなく。「酒が飲めるようになったらまた来な。そんときゃ歓迎するよ」という言葉を添えて。
だが結局の所、彼らはその言葉には従わなかった。人の好い店主にすっかり懐き、ちょくちょくと店に顔を出すようになったのだ。以来、ダンテとはブルズアイの常連になった。が街を離れるまでは。
が街を出るとダンテに話したのも、ブルズアイだった。「がんばれよ」だとか「ダンテもね」だとか、気まずい会話がぽつぽつと浮かんでは消える二人に、マスターは黙って──そのとき初めて、ビールを出してくれた。
「初めて飲んだビールは不味かったよな」
「どうしてあんな苦い飲み物をみんな有難がって飲むのか、分からなかったよね」
「あの時は、ビールなんざ二度と飲むかと思ったもんだ」
がぶりとダンテがウイスキーを煽った。しかし威勢よく動いた喉仏とは裏腹に、渋面を作ってを振り返る。
「……これじゃねえな」
「……そうだね」
彼が言わんとしている事に、も大きく同意した。
二人ともウイスキーの柄ではない。
「行くか?」
「行こう」
ほぼ同時、ダンテとが立ち上がった。