お腹の辺りが重苦しくて目が覚めた。
「……?」
まだ意識はぼうっとしているものの、背中にはベッドのスプリングを感じる。どうやらちゃんとベッドで寝たらしい。
首を捻って窓を見ると、太陽の位置は朝というより昼の高さにある。寝坊も寝坊、今は昼過ぎだろう。
寝ぼけ眼を擦り擦り、は苦しいお腹を見下ろした。
「……腕?」
重い訳だ、人の腕がどっかりと腹の上を横断している。
息苦しいと眉を顰めながらそれをずらし、は腕の主を見た。
「ダンテか」
それはそうだ。
「……頭痛い……」
昨夜ブルズアイでどれだけ飲んだのか。
飲んで、その後どうやってここまで帰って来たのだったか。
隣でダンテはうつ伏せに、ごく太平に眠っている。
隣で。
「っ!?」
はベッドから飛び起きた。
(ダンテぇ!?)
絶叫は阻止したものの、喉から変な音が出てしまった。
(な、何で)
部屋を見回す。自分のバッグが窓辺にあるのが見えた。つまり、ここは昨夜、ダンテから借りた部屋で間違いない。
「じゃあ、何でダンテがここで寝てるのよ……」
しかも、狭いベッドの上だからとはいえ、こんなぴったりとくっついて。
まさかと思い、おそるおそる着衣を確認してみる。ぐしゃぐしゃに乱れてはいるが、日頃の自分の寝相を考えればこんなものだろう。
(ダンテは)
上を着ていない。一瞬ひやっとしたが、そういえばダンテは昔から朝に会うとこんな格好をしていた気がする。
きっと、酔い潰れた自分をここまで運んで、そしてダンテも力尽きたのだろう。そうだろう。
「んー……?」
横でダンテが身動きした。
「朝か……」
ふわあと大きな欠伸をする。その何気ない動作。
「おっおはよう!」
「おはよう」
寝起きのダンテの、吐息を引きずる掠れ声。は完全に混乱した。
不自然な動きでベッドから這い出る。
「昨日は酔っ払いすぎたみたいで、迷惑かけたね!ごめん!」
「いや、別」
何か言おうとするダンテに、は枕を押し付けた。
「ねえダンテ!朝ご飯に卵とか食べたくない?どうせ冷蔵庫は空でしょ、私買って来る!」
「お」
「じゃあ後でね!」
財布を引っ掴むが早いか、は脱兎のごとく部屋を飛び出した。



「しまった……」
ダンテは髪をぐしゃりと混ぜた。
「あいつより早起きしようと思ってたのに……」
もぬけの殻となった隣を見つめる。
──昨夜、このベッドにを寝かした時、ふと悪戯心が芽生えたのだ。
髪の先に指でそっと触れてみたり、ブランケットを掛けてやった肩のかたちに沿って手を置いてみたり……そんなことをしているうち、強烈な欲求が沸き上がってきた。
即ち、このままひとつベッドで一緒に寝たい、と。もちろん他意は無い。いや、当初はマスターにからかわれたようにそういうものも有ったが、くぅくぅすやすやと眠る無防備なを眺めていたら、邪念は何だか挫けてしまったのだ。
それより、ただ──
粗末なベッドのスプリングを軋ませないよう、細心の注意を払っての隣に身を横たえる。鼻先を彼女の首筋にくっつけ、全く起きる様子のないのをいいことに、腕を腰に回して。抱きしめてしまいたかったが、さすがにそこまでは自重した。
のからだはあたたかく、やわらかかった。
規則ただしく、彼女のお腹のふくらみに沿って揺れる腕のリズム。やがてダンテもゆったり目を閉じた。
仮眠程度の時間なら、熟睡しているには気付かれまい。
は相当酔っていたし、そこまで深酔いしていない自分の方が先に目を覚ます。……はずだった。
「あー……」
酒に焼けた喉から、動物のような声を出す。
誤算だった。
あんなに気持ちいい睡眠方法──しかもとバイクの二人乗りを楽しむ、しあわせな夢まで見た──で、早起きできると思った考えが甘かった。
(荷物は全部置いてったし……戻って来るだろうな)
ダンテはのそりと辺りを見回した。
ろくに入ったことのない部屋でも、の物かそうでないかくらいの区別はつく。
さっき財布らしきものは持って行ったようだが、それ以外の着替えなどが入っているだろうバッグはそのまま窓のところに置いてある。いくら彼女の外出が長引きそうだとしても、二、三日経って、気まずさが炭酸のように抜けた頃、取りに来るだろう。
(二、三日ね……)
うっかり思いついてしまった根拠のない日数だとしても、あまりに長い。二十年も別離していて何だが、近くに彼女がいると知っていての数日は、長い。
今日は夕方に仕事がある。それを片付けつつ、を探してみるか。
起き上がると、聞き慣れたバイクの音がした。
何度も欠伸しながら下へ降りると、玄関のドアが豪快に開かれた。
「トリッシュか」
とものの数分の行き違いでやってきたのは、金の髪の美女。ダンテの仕事仲間、トリッシュだ。
「珍しい匂いね」
事務所に入るなり、トリッシュはすっと通った高い鼻をあちこちへ向ける。彼女の嗅覚はすぐに匂いの元に辿りついた。
「煙草。吸うことにしたの?」
赤い爪先で灰皿を手繰り寄せる。中にはほんの少ししか味わってもらえなかった煙草が一本、Cの字に項垂れている。
「ああ……こういうこと」
トリッシュは唇を妖艶に持ち上げた。
ダンテもにやりと笑う。
「色っぽい忘れ物だろ?」
捨てられた煙草の根元に残る、滲んだ赤。の唇が残した跡。
いつまでもそれを見つめているダンテに、トリッシュは秀麗な眉を険しく寄せた。
「ねえ。いくら大切な吸殻だからって、それを集めるとか言い出さないわよね?」
「は?──ははは!」
爆発するようにダンテが吹き出した。
「まさか!」
「……そうよね」
「そんなのまだるっこしいだろ?」
不敵に表情を作り直したダンテの瞳は、獲物を前にした狼のそれのように遠慮の色とはほど遠い。
「安心したわ」
まんざら冗談でもなさそうに、トリッシュは息をついた。
それからちらりとダンテに目を落とす。
「それで、私はいつまで事務所を空ければいいの?」
問われて、ダンテは首を振った。
「すぐ紹介するから、適当に居てくれ」
「紹介?」
「紹介」
「……そう」
ダンテから、言葉の裏の真剣さと、若干の照れ臭さが伝わってくる。トリッシュは知らず緩みそうになる口元を堪えて、クールに斜に構えた。
「じゃ、さっそく仕事を片付けに行きましょ。あなたもそうしたいんでしょ?」
「異論はねえな」
トリッシュと組むと取り分は半分以下になってしまうが、それよりも時間を節約できるのが有難い。
「とっとと終わらせようぜ」
そうして、何処にいるか分からないを探しに行く。
ダンテは空きっ腹を我慢して、ホルスターに愛銃を納めた。





は故郷の街で途方に暮れていた。
さすがに昨日の今日で、ブルズアイには立ち寄りにくい。しかも行ってもどうせマスター一人だ。何やかやと詮索されるのも堪え難い。何かあったならまだしも、二人の間には何もなかったのだから。無い事実を冷やかされることほど辛いものはない。
何もなかったにしても、は未だに混乱の極みにあった。
ダンテには「卵を買いに行く」などと言って来たが、勿論あれは逃げ出す口実である。
「何で一緒に……」
思い出すだに恥ずかしい。
過去、どんなに疲れていても、二人で雑魚寝したこともなかったのに。
ダンテの寝起きの声が耳について離れない。リフレインされる度、その場で叫びだしたくなってしまう。
(子供だ)
自分は大人になったと思っていたが、全然成長していなかった。むしろ悪化しているのかもしれない。今、ダンテとの関係を訊かれたら、“悪友”と答える前に一瞬詰まってしまうだろう。
酒場へ行きかけた足を戻し、ダンテの所に向きかけた目線を外し、は何度もため息をついた。
「どうせ飛び出すなら、バッグも持って来るべきだった……」
財布しか手にしていない今の姿は、安全とは言えないこの街では危なっかしい。
やはりバッグを取りに行くか。
ダンテが家にいるようだったら諦めるしかないが。
「……行こう」
気が進まないながらも、は逃げ出して来た道を戻り始めた。



足取りは鉛のように重かった。
ピンクのネオン"Devil May Cry"を見ても、ばかばかしい色だなどといったエネルギーを伴った感想は湧いてこない。
(外にダンテのバイクがない……)
がらんとした道に、は深くホッとした。
今、ダンテはいない。
バッグを取りがてら、ちょっとしたメモでも残して行こうか。
(しばらくマスターに世話になります、とか……)
実際、足元が固まるまで働かせてもらうのもいいかもしれない。
ブルズアイで働いていれば、“常連”ダンテもいつか顔を出すだろうし、きっとその頃になれば自分だってそれなりに気持ちの整理がついているだろう。
「……うん」
悪くない考えにすこし気を持ち直して、ノックせずに扉を開く。と、
「誰だ!」
やけに剣呑な声が耳を打った。
「誰、って」
は怪訝な顔を上げ、それからぎょっとした。
目の前には銀の髪の男。だが、ダンテではなかった。彼より幾分か甘く幼い顔と、低い目線。
「間違えた、失礼し……」
踵を返しかけて、またぴたりと止まる。
ここを他人の家だと思うには、周りに並ぶ怪しげな調度品は印象的すぎた。
身体をもう半回転させ、はもう一度相手を見た。
「……ここ、ダンテの事務所でしょ?あんたこそ誰?」
目を細めてまじまじと観察しても、しかし、相手も一歩も引かない。
「ぁあ?」
「ネロったら!お客様に失礼じゃない!」
またも見知らぬ顔がひょこりと現れた。
「ごめんなさい。ダンテさんにご用ですか?今ダンテさんは外出中なんです」
出て来たのは、若い女の子だった。お行儀よく結ばれたつやつやの栗色の髪が清楚な雰囲気を作り出して、実に可愛らしい。
「あ、そうなの」
深々と頭を下げられて、はちょっとだけたじろいだ。
こんなマロンタルトみたいに愛らしい人物と、ダンテが知り合いだとは。
「で、何の用なんだよ?」
ネロと呼ばれた青年は、じろじろと不躾にを見た。
「ネロ!そんな言い方」
「だって怪しすぎんだろ、人の家にノックなしで侵入とか」
彼の言い分はごもっとも。昨夜ダンテに似た苦言を吐いたことを思い出し、は額に手を当てた。理由を説明したくとも、中に誰かいると思わなかった、ダンテが居ないのを狙って私物を取りに来ましたなどとはとても口にできない。
「そうよね、怪しいよね。ごめんね」
は両手を挙げた。
「実は、ダンテ……さんに取り立てに来たのよ」
「取り立て、ですか?」
マロンタルトが首を傾げたが、ネロの方は苦虫を噛んだように唸った。
「またかよ……いくら?」
意外に素直に財布を取り出した彼に、逆にがまごついた。
「え?でも」
「あいつはまだ帰って来ないから、俺が立て替えとく。じゃないと、あんた帰れないだろ」
「そ、そうね」
「いくらだ?」
「2、23」
は咄嗟に思いついた数字を言った。
払うと言い出した割に嫌そうに顔を歪め、ネロは財布をまさぐった。
「……ちっ。持ってねぇな」
ダンテの縁者かどうかは知らないが、このネロとやらも金欠らしい。
は逆にホッと息をついた。
「じゃあ、また来るから」
「あ。待ってください。私、あります」
今度はマロンタルトがエプロンから財布を取り出した。
「キリエ」
「いいのよ」
キリエと呼ばれた女の子は、丁寧に紙幣を数えた。
「2、3、はい。23ドルです」
「これは……どうも」
はおずおずと紙幣を受け取った。誰かさんのと違って、ぴんと伸びた綺麗なお札だ。
バッグの中をかき回し、奇跡的にまだ残っていたかつての商売用の伝票を適当に切って、キリエに渡す。
「だけど、ほんとに貰っていいわけ?」
咄嗟のこととはいえ、こんな純真そうな子からお金を騙し取るような事態になってしまうとは、胸が痛い。就職活動リストから詐欺師の線は消えたなとはこの場にそぐわないことをぼんやり考えた。
「大丈夫です。後でちゃんとダンテさんにお金貰いますから」
白い手を振り、キリエは爽やかに微笑む。は曖昧に笑い返した。
「……で、何の代金なんだ?」
ネロは腰に手を当ててを見た。
「あ、えっと」
は頭をフル回転させた。渡したばかりの伝票に品名を書き加えて、ネロにも見せる。
「弾薬よ。この前、必要だって言われて持って来たの」
「……。……あんたが?」
ネロは眉根を寄せてを見た。
露骨な視線に、はムッとした。仕事を始めたばかりの頃は、誰からもそんな目をされたものだった。
「そう。疑うなら、ナパーム弾でも銀の銃弾でも売ってあげるけど?」
の挑戦的な強い表情に、ネロはかぶりを振った。
「いや、要らない。……疑って悪かった」
彼はしおらしく謝った。彼を、隣のキリエがやさしく見守っている。傍目にも微笑ましいふたりの様子。
こちらもほわりと穏やかな気持ちになって、は今しがた取った大人げない態度のことも忘れ、もうすこしだけこのふたりを見ていたくなった。
そもそもダンテとはどういう関係なのだろう。
「あなたたちも、ダンテと知り合いなのよね?」
訊くと、キリエがこくんと明るく頷いた。
「ダンテさんにはいつも色々とお世話になってるんです」
「……あいつがぁ?」
どう考えてもこの二人の方がしっかりしていそうだと、は苦笑した。ダンテが“大人の男性”をしているところは想像するのも難しい。
「そういうあん……そっちは?ダンテとどういう関係?」
「え」
ネロの言葉に、途端にくすくす笑いが凍った。
「ノックもしないで家に入ってくるくらいだ、ただのセールスじゃないんだろ?」
キリエもこれには興味を持ったらしく、今度はネロを咎めずにを振り返った。
「……。……ただの、じゃあないかな」
はそわそわと煙草を取り出した。それを見て、キリエが気を利かせて"Fortuna"灰皿をの目の前に置いてくれる。
わざと時間をかけて煙草に火を点けて吸って……なおも銀の髪の少年と栗色の髪の少女は、じっとの一挙手一投足を見つめている。すこし仲のいいセールス、という説明だけでは逃がしてくれないようだ。
は煙草の煙と共に深々と溜め息を吐き出した。これだから若者の扱いは困る。
「……昔からの知り合い、なの」
「へえ?」
ネロは明らかに深読みしたらしい。が最も疑って欲しくない方向へ。
「ダンテが、ねぇ」
「ネロっ!」
キリエも注意するには注意したが、さりげない視線をに注いでいる。“それで、本当のところはどうなんですか?”といった含み。
は全てを黙殺し、煙草を吹かした。昨日今日とお気に入りの銘柄を吸っているのに、全く味が分からない。
もうもうと立ち込める白煙の中、さっさと煙草を揉み消して、席を立つことにした。
「それじゃ、立て替えをありがとね」
「えっ」
キリエも慌てて腰を浮かした。
「せっかくなら、ダンテさんの帰りを待ったらどうですか?きっともうすぐ戻りますよ」
「ああ……」
はちらりと二階に目をやった。結局、今日のところは荷物奪還は無理そうだ。
「いいわ。また来る」
来なければいけないしと口の中で呟いて、は素早くダンテの家を後にした。



が逃走した後。
「きりっとした美人な女の人だったわね!」
未だに扉を見つつ、キリエが言った。
「そうか?怖そうな女に見えたけどな」
物は言い様である。
「それより……あいつ、何だって弾薬なんか?」
ネロはの置いていった伝票を手に取った。
品目は“9mmパラべラム”とある。ごくノーマルで、薬局の中のアスピリンのようにありふれた物。
「何でって、ダンテさん、銃使うでしょ?」
キリエが小首を傾げた。
「いや、それはまあそうなんだけどさ……」
パラべラムを籠めるようなマトモな使い方はしていないんだよとも言えず、ネロは鼻に皺を寄せた。
「そもそも、23ドルは安すぎなんだ。あの女、どんなルートで下ろしてるんだよ」
どうも解せない。
「ねえねえ、ネロ」
すっきりしない顔のネロを他所に、キリエがくすりと笑った。手には銀色の灰皿。
「私達、フォルトゥナからいろいろ定番のおみやげ持って来たけど、ダンテさんがいちばん喜んだのって、これだよね」
ネロも、あっと口を開いた。
「ダンテさんもトリッシュさんもレディさんもたばこ吸わないし、不思議に思ってたんだけど……もしかしてあの人のためかな?」
「呼んだか?」
暢気な声が、玄関から飛び込んで来た。家主の帰宅である。
「地獄耳」
ネロはじとりとそちらを見た。
「噂をすれば影って言うだろ。久しぶり、キリエちゃん」
ダンテはキリエにはウインクしてみせた。
「お邪魔してます」
ぺこりとお辞儀し、キリエはダンテにさっきの伝票を差し出した。
「帰ってすぐ、落ち着く間もなく悪いんですけど……これ」
「ん?俺にラブレターか?」
「目がイカレちまったのか?取り立てだよ」
ダンテの戯言に舌打ちしそうなほどの不愉快さを込めて、ネロが吐き捨てた。
「取り立て?何の」
ダンテは首を捻った。こんな律儀に伝票を切る類の人間と、金の貸し借りなどはしていないのだが。
「物買ったことすら忘れてたのかよ。弾薬だよ、パラべラム」
「……。」
ネロの言う通り、伝票には、弾薬の代金として23ドルと書かれている。
(“重火器を売ってた”、か)
さりげない仕草で、ダンテは灰皿の灰に触れた。まだ温かい。
「取り立てに来たやつは、次に何処へ行くかなんて言ってねえよな?」
「聞いてません。最後は急いで出ていっちゃったから……聞いておけばよかったですね」
「いや、キリエは気にしなくていい」
ダンテはコートのあちこちを弄って、23ドルかき集めた。ごちゃごちゃした紙幣をキリエに手渡す。
「立て替えてもらって悪かったな。俺は出掛けるが、また遊びに来いよ」
「えっ。あ、ダンテさん」
キリエの両手に押し付けられた紙幣が風圧でふわりと舞い上がるほど、ダンテは素早く踵を返した。
それから玄関のドアが華々しい音を立てて閉まるまで、ほんの一瞬の出来事だった。
「……行っちゃったね……」
「ああ」
ネロは呆れた様子で、一陣の風を見送った。
「俺達も帰ろう」
「だけど、バイク借りに来たんじゃなかったの?必要な仕事が入った、って」
「借りたかったけどな」
ネロは親指で玄関の方を差した。
表で、爆音のような排気音が響いている。ダンテが乗って行ったのだろう。
「あ……」
「ま、いいさ。あんなジャンク品じゃなくて、もっといいヤツをレンタルするよ」
“あんなジャンク品”よばわりしている割には何処か残念そうなネロに、キリエはやわらかく微笑んだ。
「ネロもいつかバイク買えるといいね」
「まあね」
バイクを買ったら、キリエを後ろに乗せるか、それとも彼女の兄クレドに怒られそうだからタンデムは諦めるか──ネロはひととき、真剣に悩んでしまった。