■ dicey play □

「暑い！」
「寒い！」

ベッドの上でダンテとふたり、同時に叫ぶ。
が、同時だったのは発声だけで、内容はまるで逆。
「あんな動いて、何で寒いんだよ？」
ダンテが唇を尖らせて、エンドテーブル上のリモコンに手を伸ばす。ピッと音が鳴り、エアコンが轟音を立てて冷たい空気を流し始めた。
「だから私は寒いんだってば！」
彼からリモコンを奪い返し、エアコンを黙らせる。更に床にずり落ちていたダンテのブランケットを引っ張り上げ、自分のと二枚重ねて畳んで包まった。そうして、外気は遮断されたものの。
「まだ寒い……」
「信じらんねぇ」
ダンテは目を丸くしてこちらを見ている。
「汗が冷えたの！」
彼に言い訳しながら、またぶるりと震えた。このままでは本当に風邪を引いてしまいそうだ。
「毛布も出そうかな？」
「おい……。毛布掛けるなら、エアコンは許してくれ」
返事を待たず、ダンテはリモコンを掴んだ。
「ちょっと、ダンテ！」
「何だよ。オレは暑くて倒れそうなんだ」
しばし互いに牽制しあう。
どうしてこうも、男と女で体感温度に違いがあるのか。
（そりゃあ確かにダンテは筋肉という鎧を纏っているけど）
女の余分な脂肪は、こういうときにこそ役立つべきではないのだろうか。
せっかくさっきまで仲良くしていたのに、ものの数分後にこれではあまりにも寂し過ぎる。
かと言って、エアコンを使う使わないの仁義なき争いの解決方法は──
（あ）
一つ、ある。
ふと目を逸らしてから再びダンテを見ると、彼にも似たような感情が兆したらしい。
「あれを使う時ね」
「だな」
無言の探り合いを経て、意見が一致した。
ダンテがエンドテーブルの引き出しを開ける。
「まさかマジで使うことになるなんてな……」
取り出されたのは、小さな黒いダイス二個。普通のものと異なる点は、それぞれの面に数字ではなく、“ON”、“OFF”、“ONCE MORE”などの文字が刻まれていること。この『オン／オフ』のサイコロの他、もう一つは喧嘩の際に謝る（折れる）方を決めるタイプ。用途によって、どちらか一つを使い分ける。
カップル向けだというユーモアなこの商品は、ダンテの兄の恋人がくれたものだ。（彼女が嘆くことには、「バージルはダイスの出目もコントロールできるから」）
貰ってもこんなの使わないよねとダンテとふたり、笑って話していたのだったが……
「勝負は一回」
ダンテが真面目な表情でサイコロを投げて寄越した。
「せいぜい頑張って“OFF”出しな」
「言われなくたって！」
握り込んだ手の平に念を込め、ダンテに目配せしてから、天井に向かって運命の一投。
充分にスナップを利かせたダイスは、冷たいフローリングに転がって——ころん。
「どっちだ？」
「どっち？」
ふたり覗き込んだ結果は、

“ I AM SORRY ”

思わず吹き出した。
「ダンテ。これ、違うサイコロ」
「げ。間違えた……」
ダンテは肩を竦めて頭を掻いた。
「仕切り直すか？」
その提案には興を削がれて、床のサイコロを摘まみ上げる。──“ I AM SORRY ”.
見上げると、ダンテとしっかり目が合った。
「……ごめんね？」
自然とその言葉が口をついていた。
ダンテもふるふる顔を振る。
「オレもごめん」
それからダンテは、本来使うべきだったダイスに目を落とした。不意ににやりと笑う。
「なぁ、これでイーブンにしようぜ」
笑いながら提示してきたダイスの文面は、
“ONCE MORE”
「もう一汗。悪くないだろ？」
「……EVENねえ」
またどうせ寒くなる、との突っ込みは飲み込んでおく。寒くなったらダンテにぎゅっとくっついて眠ればいいのだ。暑苦しいとは言わせない。
ブランケットを捲り上げ、ダンテが隣に滑り込んできた。じかに触れる彼の素肌は、確かに熱い。
「サイコロ、役に立ったな」
「うーん？」
出目の八百長はされなくても、結果を捩じ曲げられるのはどうしたものか。
首を傾げたものの……ダイスを再び使う機会は、案外すぐ訪れそうだ。
（この次も、どうかWin-Winになりますように）
ダンテに触れられるうち、からだの震えはすっかり止まっていた。



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