『……またあなたなの?』
『銃が壊れちまったんだ』
『私には直せないわよ』
『今日は、この作業台を借りに来たんだ』
『台を?自分の家ですればいいでしょう』
『生憎、ウチは今ごたついててね』
『……早く直して帰って』
『そうつんけんするなよ。
『……。私、自己紹介した?』
『あそこに飾ってあるゴールドルガーに彫刻されてるだろ?見事な装飾とスペック、だけど使われることなく寂しそうにしてる』
『……何が言いたいの?』
『もったいねぇってことさ』




2 : oxygen




「このルガーは、特別仕様なんだ」
兄の嬉しそうな顔。
「どこが違うの?」
設計から隣で見ていたのだ、そんなこと分かりきっている。
けれど、兄の少年のようにきらきらした瞳を目の当たりにしたら、自然と質問が口をついた。
兄はチャーミングにウインクしてみせる。
「まず、この威力には見合わず反動が小さくて済むんだ」
それから、それから。
次々と性能を披露していく兄。
幸せな時間だった。
祖父が興したガンショップ。
小さい店構えだが、利用客の満足度は大きいのが自慢。
どんなに金を積まれようとも、決して必要のない人間には銃を売らない。
その信念のもとに、猥雑で粗野な拳銃が溢れるスラムにあって、客から寄せられる信頼は本物だった。
だが意気揚々とこの店を継いだ父は、不幸にも若くして急逝してしまった。
それから、残された兄妹二人は必死で頑張って来た。
どちらも祖父の仕事振りをかじり付きで見て育ち、父の片腕となり手伝って来たので、足りないのは経験だけだった。
兄は毎日毎日、作業台に向かって銃を研究し続けた。
そしてどんなに美事な銃を完成させても、決して満足することはなかった。
その兄が、今初めて、納得のいく物を仕上げたのだ。

。こいつの名前は、にしよう」
兄はニヤリと笑った。
「私の名前?」
「嫌か?見た目を裏切る爆発力と、拍子抜けする程の扱いやすさ。ピッタリだと思ったんだけどなぁ」
「……いいよ」
嫌なわけがなかった。
兄が、心血注いで丹念に造り上げた銃なのだ。
「でもこれ、売る当てはあるの?」
威力など申し分ないにしても、素人が撃つにはまだまだ一癖も二癖もありそうなルガー。
磨き込まれて輝くフレームに指を滑らせてみる。
実用には勿体ないくらい、うつくしい。
「いや、これは……」
兄が顔を向けたとき。

「俺のためのルガーだよなぁ!」

突如として、粗暴な声が響いた。
「……ビル」
いきなり現れた人物に、兄は嫌悪感剥き出しで対応する。
ビルはスラムを暴力で仕切っている、下衆な男だ。
樽のような腹や垂れた顔、獰猛な様子から、スラムの良識家達はBulldogを文字って、ビルドッグと呼んでいる。
この兄妹も、彼をビルドッグと呼ぶ側の人間だった。
二人のきつい視線もどこ吹く風と、どすどすと耳に障る足音で勝手に上がり込んで来る。
「いやあ、見事に出来上がったじゃねえか」
「汚い手で触らないでよ!」
銃を手に取ろうとするビルを、がぴしゃりと拒絶した。
「ハン。ちゃんか、相変わらず活きがいいのは認めるが、俺に逆らうとヤバいことになるってなあ知ってるよなあ?」
「何よっ、あんたなんか」
……おまえは向こうへ行っていなさい」
勇敢にも狂犬に噛み付こうとしたを、兄が慎重に手で制する。
「でも!」
不安が胸にこびりついていて、兄に素直に従う気になれない。
けれどもちろん、無下に逆らうことも出来ない。
もたもたしている内に、くるりと兄が振り向いた。
の予想に反して、その顔はやさしく微笑んでいた。
「この銃は、渡さないから」
「兄さん……」
それ以上は留まれず、足を引きずるようにして奥の部屋に向かった。
震える手で扉を閉ざした数瞬後。

……ガゥン!!!……

轟音が店を貫いた。



「ショーン兄さ……!!!」
全身ぐっしょり寝汗で、自分の悲鳴で目を覚ます。
──また、あの日の夢だ。
は痛む重い頭をぶんぶんと振る。
それでも悪夢の残りは消えてくれない。





スラムのうら寂れた一角。
馴染みのバーにダンテは入って行く。
「よぉ」
カウンターの中のマスターが、むくりと顔を上げた。
「ダンテじゃないか。ここんとこ、ご無沙汰だったな」
「寂しかったろ?注文はいつものやつね」
軽口を叩いて、ダンテはどさりと頬杖をつく。
店内に飾られたショットガンを横目で見る。
「あれはやらんぞ」
ダンテの視線に苦笑しながら、マスターはストロベリーサンデーを提供する。
運ばれてきた甘美な食べ物を前に、ダンテは少しだけ表情を緩めた。
そんな彼の様子に、マスターは首を傾げる。
生来陽気さを見せるダンテにしては、今夜はどうも大人しい。
「厄介なクライアントでも来たか?」
マスターの気遣わしげな問いに、口元にアイスクリームをくっつけたまま、ダンテは視線を上げる。
「いや……」
軽く首を振る。
実際、最近気が重いのは依頼関連ではない。
「……ショーンが撃たれて、もうすぐ一年だよな」
ダンテは静かにスプーンを置く。
マスターが沈鬱そうに頷く。
「あれは思い出したくないね。も可哀想に……ビルドッグの野郎、今どこを這いずり回ってるんだか」
「その事件、あんたはどこまで知ってる?」
ダンテは腕を組んだ。
ただの世間話ではなかったらしい真剣な態度に、マスターも声を落とした。
薄暗いバーに他の客はないが、どちらにしても明るく話せる内容ではない。
「ビルがショーンを撃ち殺して逃亡した。それ以上のことか?」
「使った銃のことは?」
ダンテの目が鋭く光る。
「ルガーだ。実に見事な銃で、皮肉にもそいつを作ったためにショーンが殺されたわけだが……」
「その銃に、誰かの名前が彫られていたってのは?」
マスターが僅かに眉を顰める。
「聞いたことはないな。そんな話が?」
「まあな。そうか……」
ダンテはますます物憂く溜め息を吐く。
煌めく銃身に彫られた『』の文字。
あれは、兄のショーンが入れたものではないことになる。
自身が彫ったのだろう。
たった一人の家族の兄を撃った凶器に、自らの名前。
──彼女は一体、どんな気持ちで?
「……犬野郎は、なんでルガーを持って逃げなかった?それが欲しくて殺ったんだろうに」
ダンテの疑問に、マスターは重々しく頷いた。
「それがな、笑っちまうことにそのルガー、ビル程度には使いこなせなかったんだろう。ショーンが撃たれたのも誤射に近かったらしい。ビビった奴は尻尾巻いてとんずらさ」
「ハン。ガンスミスの忠告には従わねぇとな」
ダンテは思い出したようにがつがつと、残りのサンデーを平らげる。
その野放図な様子に、マスターが苦笑した。
「従ってない筆頭のお前がそれを言うか?……そういやそのルガーの下らない呼称があるんだが、最低なんだ。知ってるか?」
「知らない。何て言うんだ?」

「Evil Eye」

ダンテは思い切り顔を歪める。
「That's evil!(そりゃ最高だ!)……ご馳走さん」
からんとグラスにスプーンを投げ入れると、くしゃくしゃの10ドル紙幣を置き席を立つ。
どことなく緊張感の漂う赤い姿。
家にまっすぐ帰る雰囲気ではない。
マスターは窓の外を見やる。
もう朝だ。
「これから仕事か?」
うぅーん、とダンテは猫のように伸びをした。


「ちょっと空気を入れ換えてやりにな」