『……また来てるの』
『この机が使いやすくてね』
『何でもいいけど。銃をよく壊すのね』
『ここんとこ、やたらと出番が多くてさ』
『貴方、仕事の選り好みがうるさいって聞いたけど?』
『まぁな。……嬉しいね、オレに興味出てきた?』
『馬鹿言わないで。このカウンターの内側にいると、知りたくないことも耳に入って来るだけよ』




3 : conversation




朝一の来訪者は自分だと思っていたが、そうではなかった。
ダンテは「ちぇっ」と舌打ちしながら手慣れた様子で扉を開ける。
「よぅ」
奥の人物……もちろんにひらりと手を振る。
「何だアンタは」
先客の男が、忌々しそうにダンテを振り返った。
あまり柄のよくない男だ。
それはちらりと横目で一瞥するだけにしておいて、ダンテは目的の人物の前に進み出る。
「Mornin'」
作業台の前のにひょこりと肩を揺らし、ぱちりとウインクしてみせる。
「……ダンテ」
がふわりと顔を上げた。
「来たぜ」
何気ない風を装っていつものように手を挙げてみせながらも、ダンテは軽く驚いていた。
が名前を呼んでくれることなど、滅多にない。
それだけでなく覇気がないような、どこか落ち着かなげなの目。
ちらりと先客の男に視線を送り、ダンテはその訳を勘づく。
(なるほどね)
──招かれざる客。
少なくとも今この状況では、自分の方がにとって馴染みの存在だ。
名前を呼んでくれたのが、その証。
ダンテはわざとらしく大仰に腕を広げて、男に近付いた。
「アンタ、銃を買いに来たんなら、他を当たった方がいいぜ」
「は?」
いきなり話しかけられた男が、不愉快そうに振り返る。
「ここは武器屋だろ?しかも有名な、な。あれを見ろよ」
男は壁を示す。
飾られている、うつくしいルガー。
「あれの異名、知ってるか?『Evil Eye』」
ゴツッ。
間髪入れずにダンテがアイボリーの銃口を男の眉間に押し当てた。
「見たら死ぬ悪魔の目ってヤツなら、コレだな」
「……何のことだ?」
男はぎょろりと銃口を睨む。
銃を突きつけられてもあまり驚かない辺り、善良な一般市民ではないのだろう。
それでも一応、牽制にはなる。
ダンテはわざとゆったりと音を立て、撃鉄を起こす。
「さっさと後ろのドアから帰んな。好奇心は猫をも殺す、ってね」
男はこめかみに血管を浮き上がらせて怒りを露にした。
「てめぇ……体よく俺を追い出して、あれを買う気なんだろう!?」
ぶるぶる震える太い指でルガーを示す。
ふん、とダンテは鼻を鳴らした。
「なー、オレにそいつを売ってくれる気ある?」
銃口は男から離さないまま、事の成り行きを静かに見守っているに訊ねる。
ダンテにとっては、聞かなくても知っている答え。
は静かに首を振った。
「まさか。誰にも売るつもりはないわ」
はきっぱりと断言する。
「聞こえたろ?」
ダンテは口許にくっきりと笑みを浮かべた。
「Bastard!」
男は吐き捨てるようにして罵ると、ぎらついた眼を今度はに向ける。
「兄を殺した銃を後生大事に持つなんざ、狂ってるとしか思えねーよ!」
「You!」
「ダンテ!」
カッとして男に掴み掛かろうとしたダンテの腕を、が引いて止めた。
「いいのよ。その通りなんだし」
はクッと顎を上げて、男を凛と見据える。

「──『Evil Eye』は、持つ者を選ぶのよ」





ダンテに背中を蹴飛ばされて無礼な男が退場すると、はあからさまに安堵の様子を見せた。
雰囲気がふっと緩む。
「ダンテ」
一、二度息をついてから、は早くも『指定席』の作業台の椅子に落ち着いた人物に呼び掛ける。
「ん?」
「……ありがとう」
耳にぎりぎり届いた意外な言葉に、ダンテは肩を揺らした。
それは彼女に言われ慣れていない種類の言葉だけに……少し、胸の奥がむず痒い。
「クールに見えても、困ってる人は放っておけないタチでね」
何とかおどけてみせると、がちいさく微笑んだ。
ダンテはそれだけで、そわそわと居心地が悪くなる。
──今日のは、一体どうした?
ダンテの視線から逃げるように、は机の上にぽつんと放り出されたままのグラスを見た。
あの男が来る前に飲もうと用意していたミネラルウォーターなのだが、入れておいた氷もだいぶ小さくなってしまった。
それを一口だけ飲んで、ダンテにグラスを持ち上げてみせる。
「貴方も何か飲む?コーヒーでも、紅茶でも」
ダンテは僅かに首を傾げた。
彼女からそんなことを訊かれるなど、珍しい。
「ジントニックがいいな」
ふざけてウインクしてみせても、は怒らない。
「ごめんなさい、アルコールはないの。ガス入りの水ならあるけど」
「冗談。コーヒーを頼むよ」
「そう」
注文通りにコーヒーを淹れにキッチンへ向かおうとしたの手を、ダンテはそっと引いた。
ダンテはできるだけやわらかい声で、でもなるべく大袈裟にはならないように訊ねる。
「……何があった?」
がハッと顔を上げた。
からん。
グラスの中で氷が踊る。
そのかすかな音にすらぴくりと震えながら、は視線を揺らす。
うろうろと──部屋の中を彷徨っていた目が、ようやくダンテのところに辿り着く。

「実は……あなたに依頼したいことがあるの」

何だ、とダンテは大きく笑った。
「そんなことか。なら、何でもお安い御用だぜ」
「簡単なことじゃないのよ!」
ふざけたダンテの態度に少し怒気を孕ませ、かぶりを振る。
彼女の様子にも、ダンテは動じない。
腕を広げて笑ってみせる。
「だったら、なおさらオレしか頼れるのがいない。そうだろ?」
「……本当に、簡単なことじゃないのよ……」
はダンテの向かいの椅子に力なく座り込んだ。
言い出しておきながら、まだ迷っている。
こんなことに彼を巻き込んでいいのか。
ダンテが腕利きの便利屋だということは、いまだにここを訪ねて来る客からもよく聞く。
そしてそのダンテが自分を有名なガンスミスの最後の一人だからか何なのか、少なからず気に掛けてくれているらしいことも分かっている。
けれど、彼の好意を利用するようなことは……
「とりあえず、吐いちまえよ」
口を閉じたままのを、ダンテはじっと見つめた。
穏やかなのに、ひとの心を深く奥底から揺るがす熱を秘めた、その青い色。
は大きく息を吸い込んだ。

「……貴方に、私と一緒にビルの行方を追って欲しいの」

兄を殺されてからずっとずっと、考えていたこと。
『復讐』。

兄が造り上げた銃の『』と目が合うたび、『私を持って立ち上がりなさい』と激情に駆り立てられて来た。
今までそうしなかったのは、あと少しだけ勇気が足りなかったから。
銃の扱い方は知っている。
どう弾丸を込め、どう狙いを定め、どう撃てば効果的なのかも。
──だが、実践したことはない。
しかも相手が兄の仇となれば、平静を保てるかなど考えなくても分かる。
悔しいが自分一人では、おそらく……。
唇を噛んだまま俯いてしまったを穏やかに見つめ、ダンテが腕を組む。

「……オレに背中を押せって?」

はハッと目を上げた。
「どうして……」
を見てりゃ分かるさ。本当はすぐにでも奴を探しに行きたかったんだろ?」
「でも、できなかった……」
ダンテはそっと壁の銃に視線を送る。
作り手の意図に反して、を縛り付けることになってしまった枷。
見た目よりもずっとずっとそれは重いのだろう。
が一人で持つには無理がある。
だとしたら、どうするか。
ダンテの心はもう決まっている。
「まあ、普通の可愛い女の子が、ある日突然復讐に走るなんて出来ねぇしな」
「そんなんじゃ……」
「そんな程度だよ。オレにとっちゃね」
ダンテはににっこり笑って、相棒のエボニー&アイボリーを肩に担いでみせる。


「Let's kick it off!二人で犬野郎へ派手に挨拶しに行こうぜ!」