けたたましい排気音。
騒然と注意を引いて現れたダンテは、ドアを開けるなりこう言った。
、ピクニック行こうぜ!」




Wishbone




ダンテと時間を共有するようになって、だいぶ彼のことを分かるようになってきたとは思う。
それでも時々彼が見せる唐突な言動に、その度こうして驚かされる。
「どうして急にピクニックなの?」
ダンテリクエストのサンドイッチをランチボックスに詰めながら、はリビングに声を掛けた。
それはー、とリビングから間延びした返事が上がる。
「今日は休日だろ?なのに部屋でじっとしてるなんてもったいない」
おまけに天気も味方してる。
ダンテがさらっと遮光カーテンを手繰れば、それを充分に証明する眩しい光が差し込んだ。
フローリングに映り込んだぴかぴかの模様は、の心をぐらぐら揺さぶる。外へ行きましょうと誘いかける。
「……けどね、ダンテ」
随分な間を取って返って来た声に、ダンテはちょっとだけ笑った。
の心はほぼピクニックに固まっている。あともう一押し。
「こっちはオレが片しとく」
それは彼女が休みでもなお気に掛けている仕事。作業台に乗ったままの、あとは組み上げるだけになったリボルバーのパーツをひょいと持ち上げてぷらぷら振ってみせる。最後におまけは、ウインクだ。
「だから、フルーツサンドも頼む」
心配の根源もあっさり見抜かれ、ウインク付きの笑顔でお願いされ──としてはお手上げ状態。
仕事を手伝ってもらえて負担が軽くなったなら、他に嫌がる理由など何一つ見当たらない。
くるくる銃を回して遊んでいるダンテに、は一応は咎めるような視線を送った。
「お客様の銃なんだから、丁寧に扱ってね?」
「分かってるって。苺は山盛りにしてくれよ?」
「分かってるって」
互いに同じように返事をし、リビングとキッチンでそれぞれちいさな笑い声が重なった。





ダンテのバイクに乗り込んで、風を受ける頬がひやりとしてくるまで走る。
そうすると、雑多なスラムから抜け出し、感じのいい公園に辿り着く。
点々と大地に影を落とす樹木に、さりげない間隔で並べられたベンチ。
青々と広がる芝生に、中央のまるい池。湛えられた水は一見ぎょっとする程のエメラルドグリーンだが、これは聖パトリックの日の名残りの色だろう。
そんな風に人々の生活が息づいた公園。
ありふれた景色は、のどかにふたりの目を和ませた。
春はじめの冬まじりの風はすこしだけ肌につめたく、その分だけさわやかだ。
「もう春が近いね」
すうっと息を吸い込めば、新鮮な空気に満たされ肺が喜んでいるのが分かる。
何度も深呼吸しているを満足そうに見つめ、ダンテは彼女の手を取った。
「あの木の下なんか最高だな」
繋いだ手を伸ばして小振りな木陰を示す。
もにっこり同意した。
「ピクニックなんて、久しぶり」
「オレも」
「え、慣れてるんじゃないの?」
「はぁ?何で?」
「だって、今朝のダンテはそんな感じだったじゃない」
にはそんな感じに見えても、実際はご無沙汰だけどな」
他愛無い会話と繋いだ手を楽しみながら、芝生の上をさわさわと歩く。
ダンテが選んだ木はちょうど公園の真ん中辺り、周囲の見晴らしがよい小高さの所にあった。
まだ若いハナミズキの木の根元に、用意したレジャーシートをのびのび広げる。
座れば地面は思いの他あたたかい。
「気持ちいいね」
吹き抜ける風に髪をなびかせ、うっとりと押さえるに、ダンテも目を細めた。
開放的な気分に浸って、今ならぴったり寄り添うことすらごく自然。

やわらかく呼ばれて、もゆるやかにダンテを見つめた。
互いに交わした目の距離がちかくなり、あともうすこしと顔を寄せたとき──ダンテの視界の隅に、何か危険な影が映った。
「うわっ!」
咄嗟にを胸に引き寄せて庇う。
何か丸い物がウィリアム・テルの矢のように飛んで来て、ワンテンポ前までの頭があった場所を擦り抜け、木にどすんとぶつかった。
「っぶねぇな!……大丈夫か、?」
「ええ。びっくりしたけどね」
さすがに人並み外れた反射神経でもって庇ったので、腕の中のは無傷だ。ひょこりと頭を戻し、はきょろきょろ辺りを見回した。
「何が飛んで来たの?」
「これだ」
いいところを邪魔され、ダンテは腹立ち紛れにむんずと飛んで来た邪魔者を掴む。
「野球の球」
よく使い込まれている、握り拳大のボール。
「ごめんなさーい」
「ぼくたちのですー」
遠くから、子供達の高い声が流れて来た。
七、八人のそのグループの、年長の少年が手を振り振り駆けて来る。
あまり反省していないように見える彼らの姿に誰かさんの態度を重ね、はくすりと微笑んだ。
「元気だね」
「元気すぎだろ」
やれやれと立ち上がり、ダンテはボールを思いっきり振りかぶる。
「100マイルの直球でいくぜ!」
「ちょ、ちょっとダンテ!」
子供相手に何をと腰を浮かせただったが、ダンテの右手の指はフォークを投げる形に開いている。それなら無茶なスピードは出ないかと、とりあえずはほっと胸を撫で下ろす。
が。
「しっかり受けろよー!」
びゅん!投球フォームはめちゃくちゃでも、ダンテはメジャーリーガー以上の強肩だった。
「うわ」
しかもノーコン。
グラブを構えて待っていた子供からは大きく逸れて、ボールは池の方にすっ飛んでいってしまう。
「ちっ」
ダンテも不味いと思ったか、慌てて球を追い掛ける。盗塁王よりも速いその脚は、ボールが池ポチャする前に何とか捕まえることができた。
すぐに子供達もわらわらと彼の周りに集まって来る。
すっかり囲まれて、傍目からはダンテは少年野球の監督にでもなったかのようだ。
「囲まれちゃって」
木陰の中、は和やかな風景を楽しんだ。





「兄ちゃん、すっげぇ!」
「野球選手なの?」
「すごいすごい!」
ボールを渡すだけだったのにぐるりと無邪気に囲まれて、ダンテは身動きが取れなくなっていた。
「いや、オレは便利屋なだけだ」
頭をかいてお茶を濁してみても、子供達の興味関心は高まるばかり。
「べんりやってなーに?どこのチーム?」
「だからさ、野球には関係ねぇ仕事で」
いささか困っての方を見れば、彼女はいかにも『楽しんでます』という表情でこちらを見守っていた。
これでは下手に子供達を振り切ることもできない。
「にーちゃんにーちゃん」
年少の女の子が、ダンテの袖を引いた。
「ん?何だ?」
「あのひと、にーちゃんのこいびと?」
少女はふくふくした頬を薔薇色に染め、を見ている。
その質問にはダンテも気分を良くして、わざわざ膝を折り畳んで少女に目を合わせた。
「そう。オレの恋人。すげぇ美人だろ?」
「ん。きれえ」
子供は素直にこくんと頷く。ダンテはますます調子に乗った。
「お前はいい子だな。名前は?」
「あたしはレイだよ」
「そっか、レイか」
「あのひと、にーちゃんのおよめさんなの?」
「……ん?」
思いがけない質問に、ダンテの心臓が一瞬おおきく跳ねた。
(『お嫁さん』か)
いい響きだ。ダンテはにやりと唇を持ち上げた。
「そうだな、多分そうなるな」
から離れて彼女に聞こえないのをいいことに、その通りだと腕を組んで何度も頷いた。
「まだそうじゃないの?」
少女はちいさく首を傾げる。
これにはさすがにダンテは苦笑いした。
「ああ、まだプロポーズもしてねぇし」
「ふられちゃうから?」
「それは……って、おい!」
子供ならではの突飛な、そして容赦のない思考。
ばっと立ち上がると、ダンテはむすっと頬を膨らませた。
「ケイ、さっき誉めたのは取り消しな。そういうこと言うのは悪い子だぜ」
「あたしの名前はレイだもん!わるいこじゃないもん!」
「そうか、じゃあよく覚えとけ。オレは今日これからに」
「兄ちゃん」
ダンテの熱弁を、少年が遮った。
レイにいかにふたりが愛し合っているかとくと教え込もうとしていたのにと、不機嫌はそのままに、答えてダンテが振り返る。
「ぁあ?今度は何だよ?」
大人げなく睨まれて怯みつつも、子供達は一斉にグラブでを差した。
「お姉ちゃんナンパされてるけど、いいの?」



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