Precious time




朝をさえずる鳥の声に、部屋で眠っていたバージルはぱちっと目を開け、ゆっくりと起き上がる。
そして、サイドテーブルに置かれた目覚まし時計に目をやると、時刻は目覚ましが鳴る五分前…出だしは上々。
その目覚めの良さを今日一日の吉兆に感じながら、ベッドから抜け出そうとしたバージルは…不意に動きを止めて、再びシーツの中に潜り込んだ。
…腕を立てて頬杖をつきながら、目覚ましが鳴るまで未だ夢の中にいるの寝顔を愛おしそうに見つめ、バージルは彼女の髪を梳くと、指先でそっと頬を撫でる。
そして軽く彼女の頬に唇で触れると、そのままゆっくりとの耳元に唇を寄せた。
「そろそろ起きろ…?朝だぞ。」
彼女の耳元に、バージルが優しい声音でそう囁くと、浅い夢の中だったがもぞもぞ身じろいで、ゆっくりと目を開けた。
まだぼんやりした眼差しで見つめてくるに微笑み、バージルは彼女の前髪を掻き上げてその額に軽く口づける。
すると、ようやく目が覚めたが、微笑みながらバージルの胸に寄り添った。
「おはよう、バージル。」
「おはよう。」
挨拶を交わして、自分に寄り添うを、バージルはその両腕で抱きしめる。
いつまでもこうしていたいが…今日はこれ以上の一日になるはずだから、とりあえず今はこの幸せを預ける事にしよう。
「そろそろ起きるぞ…時間が無くなってしまう。」
そう言ってもう一度彼女の額に口づけてから、ベッドから抜け出したバージルに、もはっと気付いてのそのそと起き上がった。
「そっか。今日はお出かけするんだよね!」
昨夜、眠る前にベッドの中で交わした約束を思い出し、うきうきとした様子で、仕度をするため自室に行ったを見送ると、忘れかけていた目覚ましがようやく鳴って、バージルがそれを素早く止めたのだった。



仕度と朝食をすませ、今日は一日出掛ける旨をダンテとに伝えた二人は、バージルが手配した黒塗りの車に乗って、事務所を出発した。
しばらく歓談しながら車で走ると、の要望で繁華街に車を止め、二人は賑わう街を歩いていく。
しばし腕を組んだ後、指を絡めて手を繋ぎ、雑貨屋で小物を見たりしながら、二人はぶらぶらと街を歩く。
目的なんてない。二人でいる事が目的なのだから。
しばらくそうして歩いていると、ソフトクリームの屋台を見つけたが目を輝かせた。
「バージル!あれ買っていい?」
女性と子供が集まるソフトクリームの屋台を指差して、嬉々とした顔で尋ねるに、バージルはやれやれと微かに頬を緩めて二人で屋台の前まで行くと、が注文したバニラを一つ受け取って、彼女に手渡してやる。
ソフトクリームが食べやすいように、にこにこと笑うと一緒に近くにあったベンチに並んで座ると、バージルは頬杖をついて、幸せそうにソフトクリームを舐めるを、穏やかな眼差しで見つめる。
「バージルは食べないの?」
何も言わずにじっと見つめるだけのバージルに、が不思議そうに聞くと、彼はふっと微かに笑みを浮かべた。
「あぁ、一口貰おうか。」
…そう言ってバージルは、すっと彼女の間近にまで顔を近づけ、食べかけのソフトクリームに、少し舌を伸ばす。
「…っ!?」
彼のその行動に驚いたは、思わず手に持ったソフトクリームを、自分の膝の上に落としてしまった。
「あっ!」
我に帰ったが慌てて落としたソフトクリームを退けるが時すでに遅く、溶けかけたクリームがべったりと服についてしまった。
「…何をしているんだ、おまえは。」
少し呆れた様子で息をつくと、バージルが懐から取り出したハンカチで、の服についたクリームを拭っていく。
「バージルがびっくりする事するから…」
少ししょんぼりした声でが呟いている間にも、バージルがクリームを拭き取っていくが、さすがに生地に染み込んだものまでは取れず、彼は微かに溜め息ついた。
「新しい服を買った方が早そうだ。」
の手に残った僅かなクリームとコーンを自分の口に放り込んで彼女の手を取ると、バージルは再び二人で繁華街を歩いていく。
そして、彼が立ち止まった店を見て、は驚きに目を見開いた。
「バ、バージル…本当にここで服買うの…?」
「?そのつもりだが?」
「でもここ…すごい高いブランド…」
「趣味に合わないのか?」
「そうじゃないけど…」
「なら、問題無い。」
敷居が高そうな店構えに尻込みするを半ば強引に引きずりながら、バージルは店内へと入って行った。



「いらっしゃいませ。」
二人が店内に入ると、すぐに店員の女性が側までやって来て、品の良い笑顔で応対する。
「彼女に似合う物を適当に見繕ってもらえないか。」
「ご予算などはございますか?」
「似合う物があればそれでいい。」
「かしこまりました。」
あわあわとが慌てている間に、バージルが手早く話をすませると、店員はいそいそと店の奥へと向かった。
…何だがいたたまれなくて、が何とは無しに、近くに飾られたシャツの値札を見てみる。
桁が一つ違う…
「バ、バージル…やっぱり私、大丈夫…」
「お待たせ致しました。」
不用意に見てしまった値札にびびったがバージルを止めようとしたところで、店員の女性が数着の服を手に戻ってきて、彼はの言葉に気付いていないふりをして、戻ってきた店員に顔を向けた。
「ご試着なさいますか?」
「そうだな…、着てみるといい。」
店員が持ってきた服を見て、バージルがに振り返る。
…その顔に浮かんでいる、愉快そうな彼の笑顔を見て、は諦めたように小さく溜め息をつくと、その服を手に試着室へと入っていった。
一度彼に着て見せて満足して貰ったら、やっぱり私には…何て言い訳をして、諦めて貰おう…
そろそろと着ている服を脱いで、渡された服を手に取ると、はふと気になって、その服の値札を見る。
桁が二つ違う…絶対阻止!いや、正直言うと欲しいけど…絶対阻止だ!!
「…終わったか?。」
物音がしなくなった試着室のに、カーテン越しでバージルが声をかけると、ややあってからゆっくりとカーテンが開き、が照れ臭そうな顔を見せた。
…そして、徐々に全身を現したの姿を見て、バージルは思わず息を飲んだ。
店員の見立ては完璧と言ってもいい出来だった。
見慣れない服装に照れ臭そうにしているの様子が、また堪らない…
「や、やっぱり私には高級過ぎるかなぁ…って…」
そう言いながらも、満更でもなさそうに照れ笑いを浮かべているには返事をせず、バージルはくるりと真顔で店員に向き直った。
「全部貰おう。」
「ありがとうございます。」
「ええぇぇ!!」
即決したバージルに今度は声に出る程驚いて、は慌てて彼に駆け寄る。
「ちょ、ちょっと待って!バージル!!そんなお金持ってきてな…!」
「お支払い方法は?」
「カードで頼む。」
「かしこまりました。」
「…じゃ、じゃあ汚れちゃった服の分だけ…」
「このままこの服を着ていきたいのだが。」
「ではお召しになられていたお洋服は袋にお入れして、タグだけ外させて頂きますね。」
「あぁ、頼む。」
「聞いてよバージルーーー!!」
背後で慌てているを余所に、着々と手続きをして、バージルが支払いすませると、店員がが着ている服から、丁寧に値札を切り取った。
あぁ…もう返せない…
「宜しければ、こちらの靴も合わせて如何ですか?」
あれよあれよと言う間に高価な服を購入してしまってうなだれているに、先程とは別の女性の店員が、質の良い靴を持ってきて笑顔を向ける。
…何だか癖になってしまったようにがその靴の値札を見ると、これまた驚く程の値段が書かれていた。
「そうだな、ならそれも…」
「…結構ですー!!」
また即決しようとしたバージルを慌てて遮り、着ていた服を入れて貰った袋を受け取ると、は挨拶もそこそこに、逃げるように店を飛び出して行った。
…そんな彼女の背中を、呆気に取られて見つめていたバージルは、一度微かに溜め息をつくと、何やら店員と話を始めた。
本当はすごく素敵な靴だったけど…無理無理!絶対!!
店から飛び出したがしばらく待ってみても、バージルが中から出て来ず、不思議に思ったが外から中を窺おうとした途端、店の扉が開いてやっとバージルが出て来た。
「何してたの?」
出てくるのが遅かった彼にが不思議そうに尋ねると、バージルは彼女の手から服が入った袋を取り、ゆっくりと歩き出した。
「支払いのサインを書いていた。」
の手を取って歩きながらそう言うとバージルは、こんな高価な物を買ってと言いたそうにしている彼女が何か言う前に止めた車へ戻り、次の場所へと向かう事にした。



途中停まって軽く昼食を取ると二人は次に、海へとやってきた。
沈む夕日に朱く染まる海の側をしばらく走って開けた場所へ来るとバージルは、すでに数台停まっている車の間を縫って、そこに設置された巨大なスクリーンが見やすい場所へと車を止める。
…この場所は、車に乗ったまま映画が観賞出来るところで、映像は人気のない海の側に設置された巨大スクリーンで映し、音声は電波として流され、カーステレオのチューニングを合わせる事で楽しむ事が出来る。
この場所へ来たいと言ったのは、もちろんである。
…以前、彼と二人で映画に行った時に最後まで見れなかった事への再挑戦…なのだそうだ。
チューニングを合わせて映画の音声を拾うと、バージルはハンドルにもたれて、助手席に座るを見る。
映画の内容は、またも懲りずにラブロマンス…このままでは彼は、映画が終わるまで退屈で退屈で堪らない。
…だが今回は、映画が終わるまで絶対邪魔しないよう、ここへ来るまでに何度も何度も彼女に釘を刺されている。
だがやはり…退屈な自分を一人置いて、映画にを取られるのは面白くない。
隣のを見ながら、バージルが何かないかと考えると、何やら思いついた彼は、運転席のシートを目一杯後ろに下げてを抱き上げ、自分の膝の上に乗せた。
「どうしたの?バージル。」
「こちら側の方が見やすいだろうと思ってな。」
…というのは口実で、バージルは背中からを抱きしめ、ゆっくりと彼女の髪を撫でる。
これで何とか、映画が終わるまで凌いで(しのいで)みるか…
バージルが持久戦を覚悟し、がスクリーンを見つめる中、ようやく映画が始まったのだった。



…映画が始まってから、折り返し地点の一時間三十分。
は映画の山場で、スクリーンに釘づけになっており、バージルは予想以上の退屈に、痺れを切らす寸前だった。
こうなると抱きしめている彼女の感触は、我慢の限界が近い彼にはただの毒にしかならない。
髪を梳き、彼女の頬に軽く口づけても、彼女はそれに気付きもしないで、ハンカチを片手に真っ直ぐスクリーンを見つめている。
段々苛立ちさえ覚えてきた…全く自分はつくづく、彼女に対する耐久性を失っているらしい…
の髪に顔を埋め、深くその香りを吸い込んで、バージルは苛立つ気持ちを落ち着かせる。
そうして彼が退屈に何とか耐えているうちに、ようやく映画も終盤となり、感動を誘う結末に、の瞳が潤み、微かに啜り泣く。
その涙が瞳から零れ、彼女の頬を伝ったのを見た瞬間…バージルの忍耐は容赦なくへし折られた…
もう限界だ…もう十分耐えただろう…?
しっとりとした余韻を残しながら、幕を閉じる映像に見入っているの頬を撫で、顎の輪郭をなぞると、バージルの唇がそっと…彼女に忍び寄る…
「バージル!お腹空いた!!」
バージルが彼女の唇を盗み取ろうとした瞬間、最後まで映画を見て満足したが、満面の笑みで彼に振り返り、空腹を訴えた。
…出鼻をくじかれて気が削がれたバージルは、深い溜め息を一つついてを助手席に戻すと、ハンドルを握って車を走らせる。
不満げに車を運転している彼に、事情が飲み込めないは、不思議そうに首を傾げたのだった。



夕食は、彼があらかじめ予約していたホテルへ行く事になった。
レストランというよりはバーに近い感じで、薄明かりの店内で、二人はゆっくりと会話しながら食事をとる。
…しかし食事が進むうちに、楽しい時間に少々お酒を飲み過ぎてしまったが、段々口数も減って、瞬きが多くなってきた。
「大丈夫か…?。」
ふわふわとして焦点の合わないの瞳を覗き込みながら、バージルが彼女の様子を窺うと、はこくりと一度うなずくが、バージルが彼女の肩を抱き寄せると、は抵抗もなく、彼の胸に寄り掛かった。
…薄明かりに陰った彼女の顔が、僅かに頬を赤く染め、とろんとした瞳で浅い呼吸を繰り返すに、バージルは目を伏せてそっと彼女の顎に指を添え、彼女の顔を持ち上げると、待ち侘びたそれを貪るようにに唇を重ねて味わう。
「…んっ…ふっ…」
周囲の目の死角になっている場所で、バージルは少し深くに唇を合わすと、彼女を抱き寄せて、首筋に何度もキスを繰り返す。
「バー…ジル…だめぇ…」
酔いにぼんやり滲む思考の隅で彼の熱を感じ取り、は彼にしがみつき、その熱さに微かに震えながらも耐える。
…自分はもう、十分に耐えた。陽も落ちて、後は群青色の夜が支配する時間…彼女の時間は終わったのだ…ならば今度は。

「My turn.」

の耳元に囁いて、酔った彼女を抱き上げると、バージルは最上階の一室へと向かう。
…部屋に着いてを横たえると、バージルは何度も彼女の首筋に口づけながら、丁寧に彼女の服を脱がせていく。
「ふぁ…バージ…んんぅ…」
服を脱がせながら体を伝う彼の手に身じろぐに、バージル深く深く…唇を重ねる。
やがてもバージルを求め、夜の闇の中、二人で飽きる事なく酔いしれ合った…



…息を弾ませて眠るの背中に、バージルが熱い吐息を吐きながら何度も何度も口づけて、紅い痣を残していく。
そして彼女を抱きしめて、汗ばんだ素肌を重ねると今度は、愛おしそうに何度も、眠るの首筋に口づけを繰り返す。
また朝になって目が覚めたなら…新しい喜びを用意しておこう…
自ら睡魔に堕ちるまで、バージルは飽きる事なく、の全てに口づけを繰り返した…



…カーテンを閉め忘れた窓から差し込む朝日に、がゆるゆると目覚める。
緩く纏わり付く彼の腕から抜け出して、目を覚ますためにがバスルームへ向かおうとした時、突然ホテルの内線が音を鳴らした。
その音に少し驚いてからが内線の受話器を取ると、フロント係の男性が礼儀正しく朝の挨拶を述べた後、彼女に用件を伝える。
『お客様宛の贈り物をフロントでお預かりしているのですが、如何致しましょうか?』
そう告げたフロントの話に、荷物が届く事など知らないは、何の事だろうと首を傾げたが、よければ部屋に届けるというフロントに、とりあえずそうするよう頼んだ。
内線を切り、自分が何も身につけていない事を思い出したが慌てて服を着ると、それを見計らったようにホテルの従業員が荷物を届けてくれた。
荷物を受け取り、礼をしてチップを渡すと、は部屋に戻って受け取った荷物を見る。
豪奢な青いリボンで飾られた、一抱え程の箱。
そのリボンを丁寧にほどき、が箱を開けると…中にはバージルに服を買って貰った時に一度は断った、あの靴が入っていた。
…しばらくその、考えもしなかった贈り物を呆然と見つめていたは、全身で喜びを現すようにその靴を箱ごと、ぎゅう…っと抱きしめる。

あぁ神様、贅沢しちゃってごめんなさい…私は今とても幸せです…

彼からの贈り物をきつく抱きしめて心の中で懺悔していたは、微かな寝息をたてて眠るバージルに近づき、頬にかかる彼の銀髪をそっと掻き上げると、その頬に軽いキスを贈った…







御礼

何とももったいないことに「華と修羅」マオ様より、誕生日にリクエストを聞いていただいちゃいました!
大大大好きなGold夢!バージルとあまあまでぇと!!

…皆様、無事にここまで到着されましたか…?
私はもう最初からバージルのターンすぎて何度も悶絶死しました…オーブがいくらあっても足りません!
拝読して以来、「My turn.」がちょくちょくフラッシュバックしてしまって、顔が大変なことになっておりまs
こんなフルコースをバージルと過ごせたら、ほんっとに幸せですよね…!!!

マオ様、こんなに素敵な時間をくださいまして、本当に本当にありがとうございました!