The kiss is a philter.




きらびやかなシャンデリアが眩しい程に、大きな広間を照らしていた。
タキシードやイブニングドレスに身を包んだ紳士淑女たちで賑わっている。
その顔触れは豪華なもので、主宰者の権力の巨大さを誇示するものだった。
何で私ここにいるんだろう……。
かなり場違いではないのか?
シャンパングラスを片手には溜め息をついた。
広間にいるのは、有名な俳優や女優。政財界の著名人たち。
皆それぞれに地位のある人ばかりであった。
部屋の隅に用意されている椅子の一つに腰をおろし、はボンヤリと広間を眺めていた。
『バージルはまだかな』
先刻まで一緒にいたのだが、主宰者に挨拶をしてくると行ったきり帰ってこない。
辛うじて見える彼の後ろ姿が遠い。
タキシードに身を包んだバージルの物腰は優雅で、気品すら感じる。
類い稀な美貌と才能に恵まれたバージル。
こんな豪華なパーティーに招待されるって事も凄いけど、こういう場所にいてもバージルは堂々としていて人目を引く。
つい見惚れてしまう。
どうして今回パーティーに出たのだろうか?
いつもなら面倒くさいと――――。
どんな地位のある人の誘いも断っていたのに…
何故?
ふと湧き出る疑問。
は首を傾けた。

……
…………考えても答えが出るわけじゃなし。
『後でバージルに聞いてみようかな』
手にしていたシャンパングラスを傾けた。
新しいシャンパンを貰おうと立ち上がった
『お一人ですか?』
言葉とともに差し出されるシャンパングラス。
え?と言った表情で声の主を見る。
グラスを片手に立っていたのは、金色の髪の長身の男性が立っていた。
どこかで見た事がある人なんだけど…
『先程から貴女がお一人でいられるのを見かけまして、少しお話しをしたいと思いまして』
整った顔立ち、まるでモデルさんとか俳優さんとか………ん?
『失礼ですが貴方は俳優の…』
彼はの言葉に頷きニッコリ笑う。
わわっ!本物だよ~!!
『お名前を伺ってよろしいでしょうか?』
彼は優雅にの隣の椅子に座る。
と言います』
思わずその動作に見とれてしまう。
さんか…いい名前ですね』
緑柱石色の瞳に見つめられて、ドキッとした。
初めはぎこちなく始まった二人の会話も、彼の話術か人柄のせいか自然とスムースに会話が運んだ。



バージルはこの上なく不機嫌だった。
主宰者に挨拶をする為にの側を離れた。
直ぐに彼女の側に戻るはずだった。
それが現実はどうだ?
俺の周りには香水の匂いをプンプンさせた女ギツネばかりだ。
この主宰者は俺にしろダンテにしろ蔑ろには出来ない男だが……。
いい加減我慢の限界だな。
主宰者がバージルを離さないのもあるが、彼を更に不機嫌にさせていたのはに近寄る男たち。
バージルが側を離れたら、ここぞとばかりに寄って行く。
最初も適当に遇っていたみたいだが、今の隣にいる男はと意気投合しているのか、とても楽しそうに見えた。
『Mr.Vergil? How did you do?』
There is nothing.……I am sorry, I must be going.』
『Mr.Vergil?』
バージルは早口に主宰者に言葉を掛けると、足早にその場から離れた。
これ以上に男が近付くのを、我慢する事が出来なかったのだ。
大股で人込みを擦り抜けて行く。
バージルの心中は穏やかではなかった。



が彼の異変に気が付いたのは、彼の表情だった。
今まで楽しく談笑していた彼の顔色が一転、何かに怯えたような表情をしている。
は「何?」と 思いながらも振り向いた。
『…バ、バージル!?』
…』
そこに立っていたのは、青白い冷気を全身に纏い鋭い目つきで男を睨んでいるバージルだった。
物凄い威圧感だ。
青い瞳が凍っている。
『パ、パートナーが帰って来て、よかったね…』
『あ…』
逃げる様に去って行く彼。
は溜息をついた。
『…あいつは誰だ!?』
瞳に怒りを宿しを睨むバージル。
『…バージル!彼に失礼でしょう!?』
余りにもバージルの態度が威圧的では腹が立った。
勝手にいなくなったと思ったら、勝手に戻って来ては怒られる。
『もう一度問う。あの男は何だ!?』
凍った青い瞳がギロリとを睨みつける。
は一瞬その苛烈さに気圧されるが、負けじと黒い瞳でバージルを睨み返す。
『誰かさんが彼女をほったらかして他の女の人に鼻を伸ばしているから、一人ぼっちでかわいそうな彼女に、優しく話し相手になってくれた優しい彼。かわいそうに彼にお礼すら言えなかったわ」
『誰かさんって誰の事だ!?』
怒り心頭のバージル。
『誰かさんは誰かさんでしょう?』
はチクチクとバージルに嫌味を言う。
私だってあなたが綺麗な女の人たちに囲まれていてる姿を、遠目から見ていたのよ?
険悪なムードが二人の間に漂い始める。
は椅子から立ち上がると踵を返し、一人でスタスタと歩いて行ってしまった。
『待て!!』
バージルはの後を追おうとするが…。
はこんなに足が早かったか?
人込みを擦り抜けて行くの姿を見ながらバージルは呟く。
だが彼はパーティの列席者にぶつからない様に意識を一瞬そちらに向けた。
…しまった!見逃してしまったか…!!
気が付いた時にはの姿を見失っていた。



『ちょっと言い過ぎたかな…?』
はテラスに出ていた。
あの後親切にしてくれた彼に謝ってから、気持ちを整理しようとテラスに出たのだった。
夜風がほてった肌に心地よい。
夜空を埋めつくすのは、無数の星。まるで宝石箱をひっくり返した様だった。
パーティが行われている別荘は、風光明媚な山の別荘地にある。その為空気は澄み、世界でも有数な景勝地であった。
『でも…バージルだって悪いんだから…』
いきなり戻って来てあの態度はないんじゃない?
そんな事を考えていたら、またムカムカと腹が立ってくる。
は手にしていたシャンパンをグイッと飲み干した。を見失いバージルは焦っていた。
場所が場所だけに、この建物から出て行く事は出来ないはず。まだこの会場にいるはずだ。
一通り広間を見て回ったバージルは、近くの椅子に腰を下ろし溜息をついた。
『少しカッとし過ぎたか…』
バージルは一人になり冷静さを取り戻す。
主宰者らの態度に苛々が募っていたのは間違いない。更にが俺の知らない男と談笑していたのを見て、頭に血が上ってしまった。
反省するべきだな…。
バージルは優雅に立ち上がると、気分転換をしようとテラスに出た。
『綺麗な夜空だ…』
ピンと張り付めた晩秋の空気が、ほてった身体を冷ましてくれる。
『…バージル…?』
不意に彼を呼ぶ声がする。
バージルは声の方に顔を向けた。
…』
少し離れた場所には、淡いブルーのイブニングドレスに身を包んだがいた。
見つめ合う二人。
沈黙がその場を支配する。
『バージルあの…』
沈黙を破るように、最初に口を開いたのはだった。はゆっくりバージルに近付くと、彼の隣に立った。
『……さっきは言い過ぎたみたい。ごめんなさいバージル』
の黒い瞳がバージルの青い瞳をじっと見つめている。
『……いや…俺もカッとなり過ぎたな…。すまない』
素直にに悪いと思った。
バージルの言葉には「おあいこだね」と…、そう言って笑った。
なんだか久しぶりに彼女の笑顔を見たような気がして、嬉しくなった。
―――ふと広間から音楽が聞こえてくる。
『ダンスが始まったみたいね』
中ではパーティの列席者たちが、楽しげにワルツを踊っているのが見える。

『Will you dance with me?』

『…えっ…?』
一瞬何を言われたのか分からない
バージルがそっとの手を取る。
『Will you dance with me?』
今度ははっきりと聞こえたバージルの言葉。
優しさを帯びた青い瞳がを優しく見つめる。
ドクン…ドクン…
バージルの初めて見せる優しい瞳に、胸の鼓動が早くなる。
普段は見せてくれない表情。
『Your answer?』
『……Yes, it is pleased.』
俯いて小さく答える
顔が赤いのがばれちゃうよ。
こんなにスマートな物腰のバージルは知らない。
彼はいつも無表情で、威圧的で、人を見下していて、いつでも冷静沈着で……。
そんな事を考えていたら、バージルの右手が私の腰の辺りに添えられ、左手が私の右手を握る。そして私の左手を自分の右肩に乗せる。
『バ…バージル///…近いんだけど///…』
身体が密着する。
恥ずかしくてまともにバージルの顔が見えない。
『顔を上げろ、。これではダンスにならない』
すこし笑いを含んだ声だった。
は観念したのか恐る恐る顔を上げた。
目の前にはバージルの整った顔があり、青い瞳が真剣にを見つめている。
『俺の言う通りに動け』
そう言ってバージルはステップを踏み始める。
初めは戸惑っていたであったが、繰り返しステップを踏むうちに不慣れながらもダンスを踊れる様になった。
無数の星々に見守られながら踊るワルツ。
私をエスコートするのは大好きな人…バージル。
バージルはまるで王子様みたいで、私はお伽話のお姫様になったみたい。
二人だけの時間が過ぎていった。



『ねぇバージル?どうして今回はパーティに出席したの?』
は思いきって聞いてみる。
『…この主宰者には、俺とダンテは色々と世話になっているから断りにくかった』
バージルは淡々と答える。
『そっかあ…』
その答えに少し落胆した
当たり前と言えば当たり前の答え。
私は何を期待したんだろう?
そんな事を思っていたら、バージルが言葉を続けた。
『だが本当の理由は』
バージルは不意にダンスを止める。
『…わわっ!』
はバランスを崩しバージルに抱きついてしまった。
…えっ…!?
そのままフワリとバージルに抱きしめられる。
『パーティに出席した本当の理由は…』
バージルはの顎に手を添え、自分の方を向かせる。

『…とワルツを踊りたかった…』

『…う…そ…』
は信じられないといった表情をする。
『どうして嘘をつく必要がある?俺は嘘と世辞が嫌いだ』
バージルはスッと顔を近付けた。
『…俺の言葉は信じられないか?』
は真っ赤な顔で首を横に振る。
今にも触れそうな唇。ぎりぎりの所で触れ合う息。
はもどかしい気持ちに支配される。
バージルの唇に触れたい……。
そう思った瞬間、の身体は動いていた。
バージルの瞳がほんの一瞬、大きく見開かれる。
初めてのからの口付け。
それは優しく、甘くとろけるような口付けだった。
『初めてからキスしてくれたな』
唇が離れるとバージルが嬉しそうに笑う。
『…恥ずかしいから言わないで///』
茹で蛸の様に真っ赤な顔で俯く。 バージルは堪らなくなり、今度は自分からの唇を塞いだ。

求め合う心、求め合う身体。
口付けは愛し合う恋人たちの魔法の媚薬。
それはバージル、も例外なく―――。
晩秋の風が二人を優しく包み込んだ。






御礼

「judgment night」様との相互記念にナーナ様から書いていただいたバージル甘夢です!

な、なんてエレガントなバージル…!!!これぞバージル…!(*´Д`*)
こんなエスコートされたらもう息が止まります…
ところどころの英語のセリフがまたカッコよくてダン様声で聞こえてきて(爆)、それでまた悶えました。
ドキドキしっぱなしでした!!

ナーナ様、素敵なお話を本当に本当にどうもありがとうございました!!
これからもどうぞよろしくお願いいたします!!