Be My Valentine!


Chocolate Cravings



ここのところ、事務所はとても平和だ。
大掛かりな事件は舞い込んで来ないし、来たとしても最強の双子が揃っている今、怖いものなど何も無い。
選び抜いた難事件だけをこなす。
報酬はどれも内容に見合って莫大だし、何ひとつ不自由ない。
という、新しいメンバーも増えた。
事件に巻き込まれ命を失いかけていた彼女を助けたのが、バージルにダンテの二人だったのだ。
現在は、二人の元で恩を返す日々。
最高に幸せである。
ただ。
は溜め息をつく。
最近、何故だかその2人の仲が特によろしくないようなのだ……





ー」
賑やかな音がして、背後のドアが開く。
その派手な音にバージルが顔を顰める。
「何だ」
「げっバージル!」
「げ、とは何だ?……全く」
バージルは不機嫌に目を細めて突然の侵入者を睨む。
ダンテは彼にしては珍しく、少々バツが悪そうに頭をかいた。
「いや……に用事があってさ」
やけに歯切れが悪い。
その表情の揺れを見て取って、バージルは内心深々とため息をつく。
(いくら双子とはいえ、好みの女性くらい違ってもいいものを……)
それとも、の魅力の前に降伏しない男はいないとでも言うのか。
ダンテならもしかしてと思っていたのは、バージルの儚い期待だったらしい。
仕方なく、奥の部屋に視線を促す。
ならキッチンだ」
「そっか。サンキュ」
「ちょっと待て」
答えを聞くやいなやキッチンへ向かおうとしたダンテに、バージルが素早く立ち上がる。
「あん?」
ダンテは苛立ちを隠さずに振り返る。
「今、は明日の準備をしている。不用意に踏み込まない方が賢明だぞ」
「明日?」
ダンテはさっと頬を赤らめた。
明日。
2月14日は言わずと知れた、ヴァレンタインデイだ。
日本で育ったというにしてみれば、ビッグデイのはず。
女性から男性へ告白するにはもってこいのチャンスだと、ダンテも知り及んではいた。
考えてみたら彼女がここに暮らすようになってから、こんなイベントを迎えるのは初めてのこと。
は明日誰かにチョコレートを渡すのだろうか。
……誰に?
ダンテの背筋がゾッとし、それから胸がスッと冷えた。
「理由がわかったなら、自分の部屋に戻れ」
バージルが煩そうに手を振る。
「っんだよ、偉そうに!」
まるでは自分のもの、と宣言しているかのような態度だ。
今までのところがどちらを好き、とか他の誰かを好き、などという様子を見せたことはない。
だったら、オレにチャンスがないとは言えないじゃないか。
ダンテのその考えを読んだのか、バージルがフンと鼻を鳴らした。
「菓子作りを邪魔してを怒らせたいなら、好きにするがいい。俺はもう止めん」
「……」
ダンテの額にビキビキと青筋が浮かぶ。
血を分けた兄弟ながら、憎ったらしいことこの上ない。
に会って少しだけでも話がしたいと思ってここまで来たのに、結局腹が立っただけだった。
ここのところ、あまりに会えていない。
もちろん、依頼などで外出していない限り、ダンテは三度の食事全てを(とバージル)と食べるようにしている。
最近は大きな事件も来ていないから、と食事している回数そのものは減っていない。
だが廊下ですれ違ったときや、互いの部屋を訪ねて交わす、何気ない会話。
そういうちょっとした時間がないのだ。
ダンテはふと思い立つ。
バージルがどことなく機嫌が悪いのも、もしかして同じ理由からではないのか?
「なー、バージル」
「まだ何かあるのか?」
露骨にバージルは眉を顰める。
それは無視し、質問をぶつける。
「最近と話してるか?」
「……、話しているが?」
Bingo.
一瞬、間があった。
どうやら置かれた立場は一緒のようだ。
少しホッとしていると、バージルが腕を組んだ。
「まあ、は俺の部屋に来ても、料理に関する書物がないかと聞いたり、俺の好物は何かと聞いたりするくらいなものだがな」
「……」
(オレ、好物聞かれたことなんかねぇんだけど……)
ダンテの顔から、さああっと血の気が引く。
嫌な予感。
ダンテは無言で、ほんのさっき入って来たばかりのドアへ猛然とダッシュした。
その背中を見やりながら、バージルは深々とため息をついた。
「……明日は戦争か?」





「よしっ、できた!」
はううんと大きく背中を反らす。
明日はヴァレンタインデイ。
気付けば、3時間もキッチンにこもっている。
覚悟してはいたものの、時間がかかってしまった。
それでも、どれだけ時間をかけてもきっと、完璧に満足できるものなど作れないだろう。
込める想いが強ければ強い程、仕上がりに不安はつきまとう。
やっぱり高級百貨店の信頼の置けるチョコレートが無難だったかも。
いやいや、下手でも手作りの方が喜んでもらえるはず。
何度も何度も繰り返す、際限のない自問自答の嵐。
乙女心は複雑だ。
ぶんぶんと頭を振り、は出来上がったばかりのそれに目を落とす。
(スペシャリテ)
ふたつ並んだハート型のケーキは、もちろん、特別な人に用意したもの。
(喜んでくれるかな……)
いまだこの胸の想いはひそやかに。

(どうか、想いが届きますように……)

は、乗せた果実にそっと祈った。





2月14日。
決戦の日には相応しくなく、からっと晴れた爽やかな天気。
「う〜ん、いい気分!」
は思い切り伸びをした。
朝日を浴びながら洗濯物をヴェランダに干すのは、大好きな仕事のひとつ。
妙齢の3人が一緒に暮らしているのは、どこかおままごとの世界のような気もするが、洗濯はそこへ確かな安心をもたらしてくれるのだ。
「さて、っと」
干し終えた洗濯物を満足の眼差しで眺めてから、もう一度伸びをする。
片付けなければいけない仕事はとりあえず全部終わった。
そして、敢えて考えずにいたこと……今日が特別な一日であることを思い出す。
これから起こる出来事を考えるのは、後回しにしていた。
大きな思い上がりかもしれないが、今日の自分の行動によっては、今の幸せな生活をこの手で壊してしまうことになるのではないか。
それが怖い。
(……だとしても)
もう自分の気持ちに背中を向けることはできない。
苦しいこころに忠実に、この胸は正直に痛む。

(どうしても……伝えたい)

は、覚悟を決めた。


→バージルが大切。
→ダンテが大好き。
→どちらも大事だ。