「ダーンテッ!」
に元気よく呼ばれてダンテはソファから飛び跳ねた。
読んでいたバイク雑誌を取り落とす。
「どうしたの?」
が首を傾げて訝しむ。
ヴァレンタインデイに名前を呼ばれて緊張しない男がいるかっつーの。との思いは口に出さず、何でもないと答える。
それでなくても今日はバージルと二人でピリピリしていて、が傍を通るその度に牽制し合ってい
るというのに。
雑誌の内容なんか入って来るわけもなく、動揺を隠す単なるフェイクにすぎない。
今のところ、は誰にも何も渡していない。
同じように落ち着きのないバージルの様子を見れば、手に取るように分かる。
が何か仕掛けるとすれば、今夜だろう。
「何でもないさ」
平静を装って答えて、精神安定剤になりつつあるトマトジュースをがぶ飲みしようと、テーブルのグラスに手を伸ばす。
が。
「ダメ!」
にグラスが取り上げられた。
「な、んだよ?」
がわざとらしく、ぷーっと頬を膨らませる。
「今日は腕によりをかけたヴァレンタイン・ディナーなの!なるべくお腹空かせておいて!」
「……
ヴァ……
?」
「ヴァレンタイン・ディナー!とにかく、ちゃんとお願いしたからね。もしも残したら、ダンテだけデザートは抜きです」
「わかったよ」
あまりの剣幕におとなしく頷くと、は満足そうに微笑んで部屋を出て行った。
それにしても。
『ダンテだけ』ってことは……
バージルにもデザート用意してるってことか。
ダンテはソファのクッションにめり込んだ。
案の定、デザートはみんな一緒のものが出て、それでディナーはフィニッシュだった。
双子は肩透かしを喰らったような、それでいて安心したような……
複雑な視線を交わした。
の好きな男はどちらでもないのか?
それはそれで問題のような気もするが……
バージルが選ばれてしまうよりはマシなような気がした。
「はー……
疲れた」
ダンテは誰もいないリビングのソファにごろんと横になった。
もう少ししたら、いつものようにがバスルームを使う時間。
バスルームへはここを通っていくはずなので、そのときに少しだけ、を独り占めできる。
何を話そうか。
やっぱり今日の料理のことか?
何がいい、何を話せばは喜ぶ?
(我ながら涙ぐましーな、オイ)
今夜、世の中の男どもはガールフレンドとよろしくしてるんだろう。
羨ましい……
とはっきり認めたくないが、とステディな関係になれたら、どれだけ最高か、考えただけで頭に血が昇る。
にタフィーみたいな甘い幸せを味わわせてやれる自信がある。
それなのに、は来ない。
「……
。」
空しくなってきて、ダンテは目を閉じた。
お腹はいっぱいだし、部屋はぬくいし、眠くなってくる。
部屋に戻るのも面倒だ。
が通れば絶対に話し掛けてくれるから、ダンテはそのまま不貞寝することにした。
「……
?」
遠くで声が聞こえた気がした。
遠すぎて、よく聞こえない。
「……
ったら……
寝てるの?」
誰かが髪に触る。
それどころか、優しく撫でている。
(やめてくれ。触られるのは好きじゃない)
そう思うのに、身体が拒否できない。
「風邪引かないで」
その人物は、何か布を掛けてくれる。
布からあまりにも甘い香りがしたので、これはやっぱり夢なんだと思った。
不貞寝中にしては、なんだか幸せな夢だ。
「これ、よかったら後で食べてね。……
おやすみなさい、ダンテ」
ぁ?
……
ダンテだって?
「!?」
「きゃっ!!」
飛び起きたダンテと、が勢いよくぶつかった。
「いったぁ……
」
おでこをしたたかにぶつけて、涙目の。
「悪ぃ。寝惚けてた」
ダンテは平謝りした。
(ああそうか、オレはやっぱり夢を……
)
夢?
どこからどこまでが?
「、オレに何かくれた?」
勢い込んで訊ねると、の頬がピンクに染まった。
「あ……
うん」
落ち着かないその視線の先を見て、ダンテの心が踊る。
丁寧にラッピングされた箱。
「開けていいのか?」
「もちろん」
は蚊の鳴くような声で同意した。
リボンを解く。
中からは、ハートのショートケーキがふたつ。
そして、『Be My Valentine』のメッセージ。
「……
」
声が震える。
「これ、バージルにも?」
いちばん気になったことが真っ先に口から出た。
瞬間、が目を吊り上げた。
「そんなわけないでしょ!ちゃんとメッセージ読んだの?」
「あ……
いや……
そうだよな……
」
どうしていいのか分からない。
(これは……
オレにくれた特別のケーキで……
)
(……
『特別』……
)
頭が混乱している。
「……
」
とりあえず、名前を呼ぶ。
が傍に来た。
「意味、分かってくれた?」
が俯きながら囁く。
その表情に、ダンテは背中を丸めた。
(ダセぇ……
)
望んでいた展開なのに、咄嗟には理解できずに。
はここまで勇気を出して分かりやすくしてくれたのに。
「こういうことだろ」
ダンテは、をできるだけそっと抱き締めた。
やわらかい身体は、ダンテの広い腕の中にしなやかに収まった。
素直にも腕を回してくれる。
(……
これはマジで、ヤバい)
多分もう少し近付いたら、抑制が効かなくなる。
の香りに酔いそうだ。
「ダンテ……
」
そっとダンテを呼ぶ、その声も小さく震えている。
(だめだ。無理に決まってる)
ダンテはをソファへ押し倒した。
もちろん、なるべくゆっくり。
戦くの唇にキスする。
顔のラインを撫でると、がいやいやのように身動きした。
「だめ」
は腕で突っぱねた。
その腕を掴みながら、ダンテはさらに彼女の耳にキスする。
「だ、めだってば」
耳朶を甘噛みすると、がびくんと反応した。
壮絶に可愛い。
手首を握った手に、思わず力が入る。
「ダンテ!!」
悲鳴に近い声で制止されて、ようやくダンテは動きを止めた。
「何で?」
涙目のに思いっきり睨まれる。
「何でって……
ここ、いつバージルが来るか分からないでしょ」
「そんなこと」
ダンテはもどかしく頭を振る。
「あいつなら本読んでるか、寝てるって」
止める声は無視し、首筋に口づけていると、が嗚咽しだした。
焦らしとかではなく、本気で嫌がっている。
ダンテはギクリとから離れた。
「ちょ、」
「ダンテのばか」
肩で大きく息をしながら泣かれる。
こんな展開になるとは思ってもみなかった。
せっかくの『特別』をもらったのに……
ぶち壊したのは自分自身?
「ごめん……
」
の腕をそっと引いて、そこに起き上がらせる。
の肌にはダンテが付けたばかりのキスの痕が光っていて、心が痛んだ。
「……
」
どうしようかと唇を噛み締めると、まだ泣き止まないは、それでもダンテに身体を寄せた。
ダンテはそうっと、ガラスを扱うように抱き留める。
「ごめんね」
が謝る。
「おまえが謝ることない。悪いのはオレだ」
の髪を撫でた。
さっき、がオレにしてくれたように何度も。
「おまえの気持ちも考えずに……
本当に悪かった」
「ううん……
」
ゆるゆるとが顔を上げた。
ダンテは泣き腫らしたその瞼にそっとキスする。
の睫毛が震えた。
「嫌じゃないんだよ?だけど……
」
「分かってるから。何も言うな」
「ダンテ……
」
がまた腕を回してくれる。
人に触られるのは好きじゃないのに、なら、どうしてだろう、もっともっと触れて欲しいと思う。
いつか、の『OK』が出たら……
そのときは。
これでもかってくらい、オレに惚れさせてやる。
「ダンテ?どうかした?」
「別に……
」
ぎゅっと抱き締める。
が、ぁ、と小さく声を零した。
それでも見上げて来る瞳。
(だからそれが反則だって言うんだよ!)
ダンテははあ、とひとつ息を吐いた。
最大限の努力はしたんだ。
これでも、一応。
「……
悪ぃ。やっぱ無理」
ダンテは勢いよくを抱き上げる。
「う、えっ!?」
「オレの部屋なら誰も来ない。……
だろ?」
「だっ、ダンテのばか!」
逃げ出そうと必死にもがく。
暴れる彼女の髪にキスして、ダンテはニッと笑う。
「『イヤじゃない』って言ったよな?」
「……
」
「このケーキも一緒に食おうぜ」
ひょいっと箱を持ち上げる。
そこでダンテはあることを思い出した。
「そういやさ」
「……
何よ」
がむーっと怒り気味にダンテを見上げた。
「バージルには好物聞いたんだろ?オレに聞かなかったのは、何でだ?」
ずっと胸に引っ掛かっていたこと。
まさか面と向かって質問できる日が来るとは思わなかった。
がますます顔を背けた。
聴き取れるギリギリの声で答える。
「だって。そんなの、知ってるもの」
「……
え?」
「聞かなくても知ってるのに、聞く必要ないでしょ?」
ダンテはあんぐり口を開けた。
そりゃそうだ。
毎日のようにストロベリーサンデーをリクエストしていれば、いちごが嫌いだとは思わないだろう。
「でもさ、きっと知らない好物もあるぜ?」
含み笑いのダンテに、は素直に目を瞬いた。
「あ。それもそうだね。やっぱり聞いた方がよかったかな」
「それはこれからみっちりと教えるから」
「……
ダンテ?」
「ちょうど腹減って来たし、準備万端だな」
「ダンテってば!」
「言われた通り夕食残さなかったから、当然最後はデザートだろ?」
「……
」
どこまでも口数の減らないダンテ。
「ダンテのばか。」
はダンテの前髪をきゅっと引っ張って、それから、彼の肩に頬をくっつけた。
- → afterword
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時期外れのUpで大変申し訳ございません。
ヴァレンタイン企画、ダンテエンディングでございました!
いつもより糖度倍増(当社比)でお送りいたしました。
バージルとダンテの違いがうまく表現できていたらいいんですが…!!
お読みくださり、ありがとうございました!!
2008.7.9