「すげー……」
ダンテはテーブルに並べられたの料理に目を見開いた。
の料理の腕は彼だけでなく、うるさ方のバージルも認めるところだが、それにしても今夜は気合いの入り方が違う。
「パンまで手作り?」
ひとつ、香ばしい香りのチョコチップ入りのブレッドロールを摘まみ上げる。
「こらっ!」
……怒られた。
「んもー!バージルもキッチン来たけど、つまみ食いなんてしなかったよ?」
呆れられてしまった。
「いやー」
ダンテはぽりぽり頭をかく。
「罰として、スープ皿取って?」
が背の高い食器棚のいちばん上を指で示す。
「お安い御用です、princess」
3枚、真っ白に磨き上げられたスープディッシュを取り出す。
「お姫様は料理なんて作らないよ」
くすくす笑いながらは、道化のように戯けるダンテの手から皿を受け取る。
その笑顔を見て、ダンテは内心、
(オレ(達)には充分オヒメサマだけどな……)
と思うが、口には出さない。
今日の核心を突いてしまう一言は避けておいて、ダンテはの手元を覗き込む。
ぐつぐつ煮込まれている美味しそうなスープ。
「ミネストローネか」
「そう。ダンテ、トマト好きだしいいかな、と思って」
そういう些細な言葉がダンテを喜ばせていることに、は悲しいかな、気付いていない。
好きな人が好きなものを覚えていてくれること。
それはとても嬉しいものだ。
「いいね。いちばん多く盛ってくれよ?」
「そんなあからさまなのは無理!」
が吹き出した。
しかし数秒考えて、くるりとダンテに向き直る。
「?」
「バージルには内緒ね」
そう言うと、ぽいっとダンテの口に何か放り込む。
飛び込んで来たのは、サラダ用のガーリック風味クルトン。
「……うまい」
「よかった」
カリコリ食べ続けるダンテからは視線を逸らし、はクルトンをそれぞれの皿に盛り付ける。
嬉しいながら、複雑なダンテの心情。
この『内緒』に、期待してもいいのだろうか?
それとも、単なる思い過ごしなのだろうか。
目の前、手を触れることのできる距離にいるのに、はまだ遠い。
豪華なディナーの最後を飾ったのは、ショコラフレーズ、ナッツ入りキャラメルクリームタルト、ウイスキーボンボンなど各種トリュフだった。
もちろんそれらは全ての特製で、双子はそのどれもに感激しながら全部ぺろりと平らげた。
味は文句のつけようがないし、ひとつひとつにの愛情が込められていて、この上ないご馳走だ。
……が。
当然、双子は物足りなさを感じていた。
「」
食後バージルは洗い物の手伝いをしようと、水場のに声を掛ける。
「手伝おう」
がバージルを見上げる。
「ありがとう。今日はちょっと大変だな、って思ってたの」
その笑顔に自然、バージルの頬も緩む。
ふたり並んで洗い物を片付ける。
邪魔な音は、水の流れる音だけ。
「それにしても、今日の料理は凄かったな」
「ね。作りすぎちゃって、残ったら明日の朝が残り物になっちゃうなぁって心配だったよ」
「残すわけはないが……」
むしろ……あとひとつ、足りない。
皿を拭くバージルの手が止まる。
「……」
「ん?」
ストレートに切り出せない。
『デザートはあれだけか?』──などと。
話し掛けておきながら続きを何も語らないバージルに、も水を止めて彼を見つめた。
沈黙。
「〜、テーブルクロスはどこにしまえばいい?」
不意に、ダンテが現れた。
まさかタイミングを計っていたのではあるまいな、とバージルは苦い顔をする。
がダンテを振り返った。
「あ、ありがとう。洗濯するから、そこの椅子の背に掛けておいて」
「OK」
布を言われた通りに背にばさりと掛け、それでもダンテはその場を動かない。
誰も何も喋らないという気まずい雰囲気の中、何とか片付けが終わる。
ついにすることがなくなった。
バージルもダンテも、それぞれ何の進展もないまま渋々とキッチンを出ようとする。
夕食が済んだ時点で、諦めておくべきだった。
ずるずると期待して、少しでも二人きりのチャンスを作って様子を窺おう、などと。
期せずして双子同時に溜め息をつく。
それを聴き取ったかのように、が「そうだ」と声を上げる。
「二人とも、もう甘いの飽きた?」
部屋から出かけていたバージルとダンテが、同時に勢いよく振り返る。
「「まさか!」」
速攻での返事。
がぷっと吹き出した。
が、すぐに少しだけ真面目な顔になる。
「あれだけ甘いもの食べたのに。ほんとに……まだいける?」
「オレの胃袋をナメてもらっちゃ困るぜ」
ダンテが両腕を広げた。
その横でバージルも大きく頷いた。
二人の様子を確認し、は食器棚の奥から何かパッケージを取り出した。
「これ……」
二人にそれぞれ手渡したのは、白いケーキボックス。
「「え?」」
中から出て来たのは、どちらもレアチーズケーキ。
違いといえば、ダンテ用にはストロベリーソースで『D』が、バージル用にはブルーベリーソースで『V』となめらかに書かれているだけ。
思ってもみない展開に、バージルとダンテが顔を見合わせる。
が照れくさそうに微笑む。
「何か、照れちゃうね」
((いや……照れるっていうか……))
微妙な空気に、の顔が曇る。
「あ、やっぱり無理してる?もう甘い物無理だったらいいからね!」
ハの字に下がったの眉。
途端、双子が動き出す。
「うめぇ!さすが!」
「気に入った」
それぞれ、あっという間にケーキをむしゃむしゃ平らげる。
味がやけに甘酸っぱく感じるのは、これがチーズケーキではなかったとしても、仕方ないことだろう。
二人を穏やかに見守っていたが、うんうんと頷く。
「やっぱり同時に渡して正解だったね」
その言葉に、ビキンと固まる双子。
「一人ずつ渡したら勘違いしてケンカになっちゃうかなぁ、と思って!かといって夕食のときじゃ、まだお腹いっぱいだっただろうし……いつ渡そうか、困ってたんだよね。最近何だか二人とも特にケンカ腰っぽいし」
たかだかケーキで、ケンカなんてして欲しくないし。の的外れの独白は続く。
ついにバージルが頭痛に額に手を当てた。
「それでは……最初から二人に渡すつもりだったのか?」
きょとんとする。
「え?もちろん、そうだけど」
ダンテがぐしゃりと頭を抱えた。
「じゃあ、はオレ達のうちどっちかを選ぶとか、そういう気はねぇのか……?」
ダンテの言葉に、今度はが目を丸くした。
「どっちかってどういう……えぇ?」
の中で意味が浸透していくにつれて、徐々にその頬が赤く染まる。
「私にとったら、二人とも大事な家族みたいなものだし!命の恩人なわけだし!」
あわあわと狼狽える彼女に、双子が厳しい眼差しを交わす。
「家族じゃー、納得できねぇな」
「単なる恩人でも、な」
は目を白黒させながら、二人の姿に視線を彷徨わせる。
「あの!あの!だからね、ダンテもバージルも、もちろん特別なわけで……」
「「特別?」」
完全にシンクロしている。
こういうときの双子は、ある意味とても仲がよい。
はエプロンの端を握り締めて、一歩下がった。
ダンテが逃がすまじと距離を詰める。
「一人でオレ達二人を同時に相手にすんのは、さすがに無理だと思うぜ?なあバージル?」
「そうだな。かと言って、手加減も出来ないな」
「手加減?あームリムリ」
「最初は辛いだろうが、慣れれば大丈夫、か?」
「じっくり慣らしてやるよ」
ダンテだけならいつものことだが、バージルまで調子に乗っている。
しかし、ただの冗談の一言では軽く済まされないだけの気迫はある。
……はっきり言って、ものすごく怖い。
半泣きのが、エプロンをばさりと二人に投げつけた。
「二人ともいい加減にして!いじめ反対!!」
「おいおい。いじめられてんのは、むしろオレ達の方だぜ」
ダンテが意地悪く微笑んだ。
ぐすぐす泣きべそ寸前の。
「……まあ、その辺にしておけ、ダンテ」
床のエプロンを拾って、バージルが片眉を上げる。
「これでも分かっただろう」
ダンテが腕を組む。
「勝負は来年に持ち越しか」
「そういうことだ」
「勝手に話を進めないで!!」
置き去りになったが叫ぶ。
「ま、一応、今年の分もお礼はしておくべきじゃねぇのか?」
ダンテがバージルを振り返る。
一瞬、には分からない意思の疎通が二人の間に起こり……バージルが頷く。
「それもそうだな。貰うだけではな」
ずいっと二人同時にに歩み寄る。
「ちょっと、二人とも、ふざけるのは……」
逃げようにも、もう後ろはテーブルだ。
どうしようもなくなった。
の右からはダンテ、
左からはバージル。
Smack!
軽やかな音を立てて、頬に口づけが降ってくる。
「〜〜〜〜〜!!!」
糸の切れた操り人形のように、はくたりとへたりこんだ。
「ごちそーさま。来年はもっとうまいの期待してるぜ」
「今年は忠告止まりだが、来年も二人に渡すなどしたら……」
明るくも強いダンテの声と、絶対零度のバージルの声。
は大袈裟でなく震えた。
離れていく双子の背中を呆然と見つめる。
やがてふるふると込み上げてきたのは、たった一つの考え。
(ダンテでもバージルでもない、他の人を好きになるしかない!!!)
しかしは気付いていない。
ダンテを選んだら決闘。
バージルを選んでも果たし合い。
他の男を選んだら……いちばん最悪な展開かもしれないということに。
運命のヴァレンタインデイまで、あと364日。
の心労は、果てしなく続く。
- → afterword
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時期外れのUpで大変申し訳ございません。
ヴァレンタイン企画、双子エンディングでございました!
最初はバージルとダンテ、2種類のエンディングしか用意してなかったんですが、どうしてもこの双子エンドを書きたくなり…
管理人的にはこの双子エンドがいちばん好きでs
ヒロインは来年はどちらを選ぶんでしょうか(笑)
マルチエンディング(もどき)は一度やってみたかったので、とても満足です!
また何かあったら複数のエンディングを作ってみたいと思います。
それではここまでお読みくださり、ありがとうございました!!
2008.7.9