花束
行動
言葉

いちばん嬉しいのは、どれ?



dear dear dear



「White Day?何だそれは」

バージルが読み差しの本から目を離す。
ダンテは腕を組んでうーんと唸った。
「レディから聞いたんだよ。日本ではヴァレンタインのお返しをする日、だってさ」
「……よくわからんな」
眉間に皺を寄せたバージルに、ダンテが説明を続ける。
「こっちのヴァレンタインは、男が女に花束やったり食事連れてったりで終了だろ?」
「そのようだな」
「けど、日本じゃ女がチョコレートやらを男に渡す。先月のみたいにな」
「ああ……」
先月のヴァレンタインデイ。
の想いはダンテとバージル二人に渡されるという、双子には納得のいかない結末を迎えていた。
思い出すだに腹が立つ。
考えを振り切るように前髪をかきあげ、バージルはダンテを見上げた。
「……それで?ホワイトデイとは?」
「今度は男が女にお返しのプレゼントするんだってさ。何でも、金額は三倍返しが基本だって言うぜ」
「それはまた……」
ややこしい。
文化の違いをまざまざと思い知らされる。
「で、こっからが本題」
ダンテがどかりとバージルの正面のソファに座る。
「お返しとやら、どーする?」
バージルが深々と溜め息を吐く。
「日本では何が定番なんだ?」
「キャンディやマシュマロ……とは言うものの、大抵アクセサリーをねだられるみてぇだな」
「装飾品か。悪くはない」
何気なく答えてはみたものの、しっくりこない。
二人で一つのアクセサリーをにプレゼントするのは、やはり変な気がする。
そう考えたのはダンテも同じであるらしかった。
「大体、三倍とかおかしくねぇか?気持ちに値段なんかつけられねぇよな」
ダンテの言葉に、バージルが目を瞬いた。
「珍しく正論だな」
「あのなぁ!ケンカしてる時間もねぇんだ!真面目に考えてくれよ!」
やけに切羽詰まった様子のダンテ。
それを見やりながら、バージルはふと思う。
(俺を出し抜く絶好の機会だったのに、何故相談してきた?)
ホワイトデイの慣習など知らないバージルをよそに、にプレゼントを渡して一気に株を上げることだって出来たはずだ。
……そういえば。
バージルは肝心なことを聞いていなかったことに気付く。
「ホワイトデイとやらはいつなんだ?」
一瞬、ダンテが言葉に詰まった。
「……3月14日。明日だよ」



三月だというのに、まだ外は肌寒い。
吹き抜ける風にコートの襟をかきあわせ、バージルは隣のダンテを睨み付ける。
「全く、お前はそんなに愚か者呼ばわりされたいのか?」
「オレだってもっと早く知りたかったさ!」
噛み付くように答えるダンテの方は、寒さなどまるで気にしていないかのような薄着である。
「早く知ってたら、あんたと街に買い物に出るなんて野暮な真似はしないっつの」
「だろうな」
互いにむすっと仏頂面を晒して歩く。
違う髪型も、正反対の色の服も、二人が双子である事実を隠すことが出来るわけもなく、衆目を引きまくるのみ。
故に彼らは一緒に出歩くことを好まない。
しかし、今回ばかりは四の五の言っていられる場合ではなかった。
「とりあえず街に出てはみたが……めぼしい物はあるのか?」
バージルが辺りを見渡す。
ハロウィーンや感謝祭、クリスマスならば商品を選ぶのに苦労はしないだろうが、現在街は何のイベントにも沸き立っていない。せいぜいがイースターか。
あてどなく、街をぶらぶら歩く。
「花か……菓子か……」
「……なぁ」
顎に手を当てて悩むバージルに、ダンテが躊躇いがちに声を掛けた。
「この際、ヴァレンタインのときした礼を三倍にしたらいいんじゃないのか?」
「ヴァレンタインの礼?」
そんなことしただろうか?
2月14日の出来事をプレイバックさせ……バージルは額に手を当てた。
礼と称し、の頬にキスしたのだった。
その三倍の内容とは……。
バージルはダンテを横目で見る。
「お前の考える『三倍』がどの程度か知らないが、二度とに口をきいてもらえなくなるな」
「じ、冗談だって」
「まぁ、実際にお前が行動に移す前に、俺の刀が黙ってはいないが。むろん容赦はしない、死を覚悟しておけ」
「だから冗談だっつの!通じねぇ野郎だな!」
地団駄を踏み、語気荒く叫ぶダンテ。
冗談と言うには少し真剣すぎる表情だったくせに……。
と、無駄口を叩いている時間などないことを思い出す。
少し考え、バージルは足を止めた。
前方には花屋。
「やはり花が無難だろう」
「『三倍』は?」
問われてバージルは、ダンテを軽く振り返る。
「それについては考えがないこともない。……お前も協力しろよ」
「ぁあ?」
ポカーンと口を開いた弟に、バージルは内心舌打ちした。
(金品で三倍の方が、どれだけ楽か)
しかし、他ならぬのため。
「まずは……」
おもむろに、彼は説明を始めた。





3月14日の朝。
「……ぅ〜?」
は馥郁たる薔薇の香りに包まれて、目を覚ました。
「え……」
ぼんやりと香りの元を探れば、枕元に白とピンクの薔薇の花束。
そして添えられたメッセージカードが二種類。
几帳面な文字の『For You/Vergil』と、豪快な文字の『My Love/Dante』
「これって……」
急いで身支度を整え、階下へ向かう。
既にリビングには、普段から早起きのバージルだけでなく、朝の苦手なダンテまでも揃っていた。
しかも何故だか二人とも、やたら清々しい表情をしている。
「おはよ……ぅ」
手にした花束が妙に気恥ずかしくなり、は少し尻窄みな挨拶をする。
「あの……お花をどうも、ありがとう」
彼女の様子を見守っていたバージルは、満足気に目を細めた。
「やはりその色の花にしてよかった。よく似合っている」
昨日花屋で赤い薔薇を断固拒否されたダンテは、一瞬何か言い掛けるも、すぐさま口を噤む。
そのダンテに、が顔を向けた。
「これって、もしかしてヴァレンタインのお返し?」
「そう。ホワイトデイって言うんだろ?」
「日本独自の慣習らしいな。何か勘違いしているかもしれないが」
二人の言葉に、はにっこりと笑顔を返した。
「知らないと思ってたから、びっくりしたよ。すごく嬉しい」
くんくんと花の香りを楽しむ。
腕から溢れ落ちそうな花束。
「いつもの一輪挿しじゃ、入りきらないね」
「確かゲストルームに、でかい花瓶あったよな。取ってくるよ」
身軽にダンテが踵を返す。
後をついていこうとしたの手を、バージルが引いた。
「おまえはこっちだ」
ダイニングへ導かれる。
ああ、朝ごはんの準備をしなきゃね、とが納得したところへ、バージルがテーブルの椅子を引いて座るように顎をしゃくる。
「もうすぐ出来るから、待っていろ」
「え?バージルが作ってくれてるの?」
驚きに目が丸くなった。
言われてみれば、トーストのこんがり焼ける、香ばしく幸せな匂いが漂っている。
……ぐうぅ。
香りに食欲を刺激され、のお腹が盛大に空腹を訴えた。
バージルが吹き出しそうになった口元を慌てて隠す。
は頬を真っ赤にして膨れっ面を作った。
「……仕方ないでしょ」
「もう少しだけ待ってくれ。そうだ、紅茶でも淹れよ」

ガチャーン!

いきなり派手な音が響いて、二人はビクリと顔を見合わせた。
「Darn it!」
続いてダンテの舌打ちが聞こえた。
どうやら、客間の花瓶を割ってしまったようだ。
バージルが溜め息を吐く。
「やれやれ」
「私、見てくるね」
立ち上がりかけたを制し、バージルが動く。
「破片で危険だから俺が行く。はここにいて、トーストを頼む」
「うん、わかった」
「朝から騒がしくてすまないな」
不意をついて、バージルの掌がの髪を撫でた。
「ま、毎日のことだから慣れてるよ」
突然のスキンシップに、何とか憎まれ口を叩いてみたものの、吃ってしまって動揺は隠しきれなかった。
触れたのは一瞬で、バージルはすぐにから離れ、客間の惨状を確かめに向かう。
その背中を穴が空くほど観察しながら、はダイニングに一人ぽつんと残った。
「なんか……今日のバージル、いつもと違う……」
未だに平常心を取り戻せていないまま、彼女はひとりごちた。



かしゃん!
きつね色にカリッと焼けたトーストを取り出し、バージルと自分用にはバター、ダンテにはマーガリンと苺ジャムをたっぷり乗せた所で、二人がダイニングに戻って来た。
「全く、せっかくの花瓶が台無しだな。怪我せず済んでよかったようなものの」
「ちょっと手が滑っちまってさ。あ、、花瓶の代わりにオレのパフェグラスでいいよな?三つく
らいあれば足りるだろ」
「うん……いいけど……」
こくこくと頷きながらも、は背筋をゾクゾクと這い上がる違和感を抱いた。
(いつもなら……バージル、ものっすごくダンテを怒るよね……?)
それどころか、彼の怪我の心配までしている。
そもそも普段はダンテに怪我を負わせる加害者リストトップ独走中の、バージルその人が!
(何かやっぱりおかしい……?)
硬直していると、その彼と目がかち合った。
「どうした?朝食にしよう」
バージルが保温してあったスクランブルエッグとベーコンを皿に取り分ける。
その横でダンテは、鼻唄混じりに紅茶を三人分サーブしている。
「さて、食うか!」
テーブル中央には、グラスにてんこもりにされた花々。
バージルが用意してくれた朝食。
ダンテが淹れてくれた紅茶。
ものすごく、幸せな状態に間違いない。
それは間違いないのだが……
「どうした?食わねぇの?」
トーストをはむはむ食べつつダンテがを窺う。
「口に合わないか?」
バージルまで心配そうに見つめてくる。
「そ、そんなことないよ!すっごく美味しい!」
は慌てて笑顔を作る。
ダンテが思い切り頷いて同意する。
「な。バージルの料理なんて久しぶりに食ったけど、悪かねぇよな。には遠く及ばねぇけど」
「それは当然だろう。お前も簡単な料理くらいは練習したらどうだ?」
「面倒くせぇ……けど、が教えてくれるなら、ま、挑戦してもいいぜ」
「わざわざの手を煩わせることもあるまい。俺が教えてやろう」
「……つまんねぇの」
ごく自然な兄弟の会話。
にも関わらず、はだんだん不安になってきた。
双子がかつてここまで喧嘩腰にならずに、スムーズに会話をしたことがあっただろうか?
バージルがダンテの心配をしたり、ダンテがバージルの料理を誉めたり。
(……ありえなくはない……ううん、ありえない!)
ダンテとバージルの会話は、冗談と皮肉の華麗なコンボで幕を開け、喧嘩のフィニッシュで構成されるのが常。
(絶対におかしい!)
ぎゅ、と手の中のフォークを握り締める。
こんなことを聞くのなんて、馬鹿げているかもしれない。
でも、今確かめなければ、永遠にこの違和感は拭えないだろう。
「あの、二人とも!」
「ん?」
「どうした?」
爽やかに振り返る双子。
意を決して顔を上げる。

「あ、朝から変なもの食べて具合悪くなったりしてない?」

「「はあ?」」
双子が同時に眉を顰めた。
「だって!」
がグッと乗り出す。
「何か、会話が台本読んでるみたいに不自然なんだもん!喧嘩する元気もないんじゃないかって、不安にもなるよ!」
一気に言い放たれた言葉に、ダイニングは沈黙に支配される。
重々しい雰囲気の中……

「……やっぱりな」
ダンテが最初に口火を切った。
「こんな計画、うまくいくわけねぇんだよ」
途端にバージルがダンテを睨む。
「ならば他に何か名案でもあったというのか?俺に泣きついて来た貴様に!」
「ああ!?泣きついてなんかねぇだろ!?あれは相談っつーんだよ、相談!」
「相談だと?笑わせるな。前日ギリギリになって仕方なく俺を頼ったことに違いはないだろうが」
「あの……」
「ハイハイ、オレが間違ってましたよ。オレ一人で買い物出てれば、花の色でもめることもなかったしな!」
「まだそんなことを根に持っているのか。どう見てもの雰囲気に赤は似合わないだろう!」
「分かってねぇのはアンタだぜ。が赤いバラ抱えたところ、想像してみ?最高だろ?だいたいアンタが気にくわねぇのは赤じゃなくて、単に青いバラが出回ってねぇからだろ?」
「ねえ……」
「例え青い薔薇があったとしても、俺は白を選んだ。自分の色を無理に選ぶ程、俺は単細胞ではない」
「……んだっとぉ!?もう一回言ってみろよ!」
「何度でも言おう。Dull、Dope、Deadly……ああ、誉め言葉が多くて選べんな」
「Kill you Vergil!」
「Can you?」

「ストーップ!そこまで!」

アンパイアよろしく、が腕を広げた。
手元のナイフを構えた双子が、ピタリと止まる。
これが文字通り、飾らない普段の食卓である。
今日はまだお皿もコップも無事な分だけ、平和な方かもしれない。
(喧嘩してる方が自然だなんて、笑えるけど)
それでも実際、言い争っている双子はとても生き生きしている。
くすくす微笑みながら、紅茶を一口。
居心地の悪そうな二人を順番に見つめ、は質問を切り出す。
「で、『計画』って何のことなの?喧嘩しないで仲良く過ごすってこと?」
「まあ……」
バージルが遠い目をする。
それきり答えない彼に、ダンテが肩を竦めた。
「オレ達、いっつもケンカしてを困らせてんだろ?だから、今日くらいはケンカしねぇで過ごす、っつー計画だったんだが……ま、結果は見ての通りだな。ムリだったぜ」
ダンテにしてもバージルにしても、これが彼らなりの『三倍』(恐らくそれ以上)の気持ちだったのだが。
「喧嘩するほど仲がいい、って言うしね。いつも通りがいちばんだよ」
ころころ笑うに、バージルは意義を唱えようとしたが、飲み込んでおくことにして。
空になった彼女のカップに紅茶を注ぐ。
「まあ、まだ今日は始まったばかりだしな。何か欲しい物とか、行きたい所とか、そういうのはないのか?」
「結局直接聞いてるのかよ!!」
「この際仕方ないだろう」
ダンテのツッコミは軽く流し、バージルはに「どうだ?」と答えを促す。
「うーん」
「何でもいいぞ」
「……本当に何でもいいの?」
はバージルだけでなく、むすっと不機嫌顔のダンテにも視線を送る。
ダンテはキザに掌を翻してみせた。
「何でもどうぞ、my queen」
「じゃあ」
の笑顔が輝いた。
「二人は今日は私専属の荷物持ちね!ショッピングに行こう!」



その日。
はSPよろしくダンテとバージルを引き連れ、一日中ショッピングを楽しんだ。
(女の本気の買い物って、こんなに凄いのか……)
とは、両手にずっしりと荷物を持たされた二人の共通の意見である。
それでも、いかにも春めいたデザインや色の洋服を次々と試着しては、必ず『どう?』と二人の意向を聞くを見ているだけで楽しかったのもまた事実。
丈が長い、いや短すぎるとそれぞれ主張を繰り広げる双子と、それをハラハラ見守るは、傍目にはとても微笑ましく映った。
ともあれ。
(今日はいろいろ頑張ってくれたし、帰ったらあまーいココアでも作ってあげよう)
内心ぐったり、きっと相当我慢して付き合ってくれているのだろう二人の姿を見ながら、はそんなことを思った。







→ afterword

時期外れのUpで大変申し訳ございません。
ホワイトデイ企画、ヴァレンタインの双子エンドの続きでした。
双子夢を書くのはものすごく楽しいです。
きっとそれは双子がケンカしてくれて会話のテンポが上がるからなのだと、今回仲良し演技シーンと口喧嘩を書いていて実感しました(笑)
ともあれ、双子の感謝の気持ちが少しでも伝わったらうれしいです。

それではここまでお読みくださり、ありがとうございました!!
2008.7.11