目に入ったら痛いし沁みるし
でもね、なぜだか好きなんだ
甘さも酸っぱさも、両方を。


Orange Waltz 2




「便利屋双子!あんたたちを一週間、雇わせてもらいます!!!」

ビシィ!と人差し指で目の前の双子を差す。
「「はぁ???」」
案の定、あんぐりと口を開けてぽかーんとする、バージルとダンテ兄弟。
私だってこんなことになるまでは、この破壊屋たちに仕事を依頼しようなんて思ってもみなかったのだ。
けれど今は、そんなことを言っていられる場合ではない。
ダンテがだるそうに腕を広げた。
「で?一週間オレ達を雇って、何させんの?掃除?」
「却下。」
「そこの人!勝手に話を進めるなー!」
全く、相変わらず何て男なんだバージル。
コホンと私は咳払いで喉を整えた。
自然と二人の視線が集まる。
「実は……クレアを探して欲しいの」
「クレア?」
ダンテが目を丸くする。
ああ、と思い出したようにバージルが一つ頷いた。
「あの猫か」
がしつこくするか飯抜いたかして、グレて家出したんじゃねぇの?」
「………………っ。」

ぽたり。
自分でも信じられませんが、泣いてしまった。
人の前で泣くことなんてもうずっとずっとないことだったのに……よりによって、この双子の前で。
「お、おいっ。冗談だって」
ダンテがソファから勢いよく立ち上がる。
?」
珍しくバージルまで狼狽を見せた。
「うぅ〜、ごめん」
私はごしごしと拳で涙を拭った。
泣いてみたって事態が好転するわけでもない。
「……事情を説明するとね」
私は二人をキッと見つめて話を切り出した。

二日前、クレアが突然いなくなったこと。
室内飼いしていた猫だったから、外出癖もないこと。
確かにここ最近、家と別荘を行ったり来たりと連れて回ることが多かったけれど、どちらもクレアが子猫の頃から馴染んでいる建物だったこと……。
もちろん自分でも仕事帰りなど色んなルートを通ってみたり、あちこち探したりしてはいるのだけれど。
「外でケンカなんかしたら、勝てないよ……」
がっくりと項垂れる。
「早めに探すしかないだろうな」
バージルが素早く立ち上がった。
「引き受けてくれるの?」
見上げると、バージルが鷹揚に片手を挙げた。
合わせて、ダンテもやれやれとばかりに肩を竦める。
「ここまで聞いて、お断りはな。ペット探しなんて普段やらねぇし、しかもは一見の客だけど、まー、世話になってるしな」
「ダンテぇ……」
ダンテの言葉にほろりと来たのも束の間。
「報酬だが」
バージルが事務的な口調で告げる。
全く、この男は!
私が呆れたのも無視。
一瞬だけ、バージルはダンテと視線で相談し……
極悪連中は、人の弱味につけ込んで、一体どれだけ吹っ掛けてくるか。
私はごくりと息を飲む。
「……いくら?」

「「Meal and cleaning」」

「……は?」
「一週間、住み込みでな」
バージルが近くの棚に指を滑らせ、指先にくっついた埃を息で吹き飛ばす。
あんたは姑か!
呆れ返った私に、ダンテがニヤリと顔を近づけて来る。
「オレにはプラス、ストロベリーサンデーね」
「……はいはい」
はぁあと溜め息をつき、バージルを振り返る。
「で?バージルは?あんたもストロベリーサンデー?」
「ふざけるな」
バージルは思い切り不機嫌に唇を歪めた。
「じゃあ何がいいのよ」
訊ねれば、顎に手を当てて真剣に考えている。
そういえば、バージルの好きな食べ物はいまいち分からない。
ダンテのは激しいアピールのお陰で手に取るように分かるけれど。
「何でもいいよ」
甘いなぁと思いつつも、他ならぬ愛するクレアのため。
今回ばかりは仕方ない。
改めてしっかり繰り返す。
「バージルの好きなもの、何でもいいよ。何かないの?」
「本当に何でもいいんだな?」
バージルの目がキラリと光った。……気がした。
「では……」
ごくり。
再び私は息を飲む。
バージルがさっきのダンテのようにニヤリと微笑んだ。
「スシだ。本物のスシだぞ。カリフォルニアロールで誤摩化すなどは断じて許さん」



そんなこんなで、双子を雇って二日目の朝。
「朝だよーダンテさん、バージルさぁん!」
「……気色悪い。」
ゴツ!とバージルの拳骨が後頭部に当たる。
「痛た……いやぁ、一応気を使ってるんですよ」
何しろ、代金を払わずに二人を雇ったようなものなのだ。
ぴっかぴかの営業スマイルで、ほっかほかのクロワッサンを取り分ける。
銅鑼用ではないフライパンから、こちらも作り立てのオムレツをバージルの皿に乗せる。
「はいどうぞ、召し上がれ!特別期間につき、オムレツはグリーンピース抜きですよ!」
ぱちり!とウインクのおまけまで付けたのに、バージルはそっぽを向いて溜め息だ。
つまらない。
ダンテならノってくれるのに……と、丁寧に盛るつもりだったパセリをぽいっと投げて飾る。
そういえば、ダンテがまだ起きて来ない。
「ダンテさんダンテさん!朝ですよー爽やかな朝でございますよー!」
「それくらいであいつが起きたら苦労はしないな」
横の御仁がもっともなことを仰る。
仕方ない。
「……ダンテェイ!いい加減起きなさい!!」
ゴァーン!
二階に向けて、恒例の銅鑼(フライパン)をひと鳴らし。
途端にダンテの部屋と思われる辺りからドシン!と物音がした。
どうやら無事にお目覚めらしい。
「あーぁ、せっかく優しく起こしてあげようと思ったのに」
「いいや、やはりそのガサツな方がお前らしくて落ち着く」
ぱくぱくとオムレツを頬張るバージル。
憎たらしい。
「ふぁあ。おはよーさん」
ダンテが寝癖わしゃわしゃのまま登場した。
「おはよう」
彼の前に淹れたての紅茶を置く。
……そういえば。
私はちらりとバージルのびしりと隙なく整えられた髪を見る。
双子だから髪質も似ているだろうに、バージルが寝癖のままダイニングへ降りてきたことはない。
同じようでいて、まるで違う一面を持つ二人。
ひょんなことから別荘で一週間過ごすことになってしまったが、この二人の「違い探し」みたいなことをするのも楽しい。
そんなことを考えていたら、ついつい不気味に微笑んでしまっていたらしい。
「朝から姉だの弟だの、言い出すのは勘弁なー」
ダンテがこの間のことを皮肉りつつも、厚切りベーコンをぱくりと食べる。
「あー、うまい。まともな朝食サイコー」
確かに今は特別期間につき、朝食にしては豪華なメニューを出しているけれど、それにしても普段は何を食べているんだ?
浮かんだ疑問はとりあえず飲み込んで、私はハッシュドポテトをサーブする。
「分かってるとは思うけど、食い逃げは許さないからね」
ダンテがちちち、とフォークを振った。
「おいおい、オレが食い逃げなんかすると思うか?」
「思う。」
何せ私はふざけたダンテの一面しか知らない。
真面目に仕事をしている現場を見たことがないんだから。
「Craps!」
ダンテがお行儀悪く舌打ちする。
「見てろよ、猫一匹なんざすぐに見つけて、前言撤回させてやるからな!ごちそーさまっうまかったっ」
喋るのと食べるのと同時に器用にこなし、あっという間に皿が空く。
そのままガシャーンと食器を置いて、ダンテはばたばたと出掛けて行った。
何もそこまで真に受けなくても。
「……お茶くらい飲んでいけばいいのにね」
優雅に紅茶を啜っているバージルを横目で見る。
こほん、とバージルが咳払いした。
「俺は今日は夜探すことにしているからな」
「お願いしますねー」

「クレアー!どこにいるクレア!出てこい!クレア!」

外から、元気なダンテの声が聞こえた。
「怖がって出て来なかったらどうするんだか……」
苦笑しながら、次第に遠ざかって行くダンテの声を聞いていた。
──頼もしい。
ふと、そんな単語が胸にすとんと降りて来る。
私と同じセリフを使って呼んでいるのに、何かが違う。
意思が込められた、力強い声。
しかも、それがもう一人。
ダンテだけじゃない、夜にはバージルが探しに出掛けてくれる。
私一人じゃ出来ないことばかり。
頼んで正解だった。
そう思いながら、ちらりとバージルを見てみる。
新聞でも広げているかと思ったが、彼とまともに視線がかち合った。
(しまった)
目が合うとは思っていなかった分の一瞬だけ、強気でも冗談めかしてもいない、素の目を見せてしまった。
私が口を開くよりも早く、バージルが立ち上がった。
「……見つかるさ」
独り言のように呟くとカップを戻して、テーブルを離れる。
途端に、犬のクリスがバージルの足元に擦り寄った。
賢いクリスにはきっと、私の不安が伝染してしまっている。
「くーん……」
耳をぺしょりと垂らし、落ち着かなげにうろうろ歩くクリス。
普段は犬猫を素通りするバージルが、何故か足を止めた。
ぽんぽんとクリスの鼻面を叩く。
「必ず見つける」
意思が込められた、力強い声。
クリスがきゅうん、と喉の奥で甘え鳴く。
その頭をくしゃりとひと撫でしてから、バージルは二階へ上がって行った。
クリスはお利口さんに最後までそれを見送り、それから私のところへとたとた向かって来る。
まるで『どうですか、代弁してあげましたよ』とでも言うように。
「……私よりも、クリスの方が素直だぁ」
それでも強がってみせるのが自分だから、仕方ない。
私はあーぁと天井を見上げる。
早くクレアが見つかりますように。
これ以上、弱々しい自分を曝け出すなんて、まっぴらだ。
だけど。

「クレアー!!!みんな心配してんだぞ!!クレア!!!」

微かに聞こえたダンテの声に、ぎゅうっと心臓が締め付けられた。
『みんな』。
ダンテのくせに。

勢いよく頭を振って、気合いを入れる。
何事かとクリスが顔を上げた。
私はにっこり笑ってみせる。

「あいつが帰って来る前に、ストロベリーサンデー作ってやらなくちゃね!」






→ afterword

姉御ヒロイン+弟二人の第二話でした。
実際、一緒に暮らしたらどうなるんでしょう。
もっと賑やかになるか、それとも案外おとなしいのか…妄想が尽きません(笑)

そういえば。わんちゃんねこちゃんのクリスクレアは、もちろんバイオのレッドフィールド兄妹から。
ふらりといなくなる方をクリスにすればよかったかな…でもクレアの方が猫っぽいですよね。

それでは、ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました!
2008.9.26