どちらを向くか、確率なら50—50。
だけど現実はそんなに単純じゃない。




Double Dutch




裏路地を右に左に曲がって折れてその先に、デビルハンター達が身を寄せるギルドハウスがある。
「気が乗らねえ……」
呼び出しを受けて早一週間。
ぐだぐだうだって、それでもまだダンテは吹っ切れない。
面倒くさそうにバイクから降り、キーを抜く。
ごんごんと呼び鈴をノックすると、即座に中から応えがあった。
入って行くなり、ギルドの長と側近とそれから自分によく似た男の計三人が、一斉にこちらを睨んだ。
特に刺すような視線を送ってくるのは、自分そっくりの男。
「遅い」
ダンテの双子の兄、バージルである。
彼と直接相対するのは久しぶりだ。
相変わらずその眼差しも声も切れ味鋭く、無愛想を絵に描いたようなその姿。これでも年を重ねて丸くなったように見えるとギルドの者は言うのだが。
(どこかだ?みんな目悪いんじゃねぇのか)
兄のいつも通りの不機嫌に、ダンテのやる気がいっそう削がれた。
「オレなりに精一杯早起きしたんだ、許して欲しいね」
首をこきこき鳴らして、部屋を見回す。
(1、2、3)
おかしい。ここにはあと一人、初対面となる人物がいなくてはならないはずなのだが。
「主役のルーキーはどうした?」
ダンテの問い掛けに、バージルが苦々しく顔を振った。
「初日にして遅刻だ。態度の大きさはお前といい勝負だな」
「遅刻!?」
ダンテは目を丸くした。
ギルドの長、そして自分達ハンターのトップ二人を待たせるとは、それはまたすごい新人が入ったものだ。
「そいつのこと、気に入りそうな気がするぜ」
長たちが非難がましく睨んでくるのも意に介さず、ダンテはどかりと机に足を乗せて寛いだ。
にっと笑って周囲に視線を投げる。
「で?その稀代の大型ルーキーの名前は?」
「資料も読んでおらんのか」
長が白い顎鬚を揉んで渋い声を出した。
上役に代わって、バージルが手持ちの紙をダンテに放った。
ざっと目を通すうち、ダンテの表情がまたまた変化していく。
「……女!?」
今回の依頼はSランク。報酬も、片付ける敵の強さも桁違い。それを新人の身で共にこなしたいと連絡を受けたとき、「酔狂な奴だ」と思ってはいた。が、まさか──女だとは。
「女で新人。どうだ?それでも気に入りそうか?」
バージルが眉を聳やかす。
(それにあんた、だろ?)
この三人が手を組む。……どう考えても面倒な展開にしかなりそうもない。
「……。」
無言で更に資料を捲る。
クリップで留められた写真がぱらりと目を引いた。映っているのは、彼好みの容姿。
(……可愛いじゃねえか)
ダンテの口の端に浮かんだのは、今日いちばんの上機嫌……





は半泣きで走っていた。
「こんな日に限って、何で目覚ましが壊れてるかな!」
天を呪っても、身支度の手数を端折っても、決められた出頭時間はとうに過ぎている。
本当に、よりによってこんな日に。
デビルハンターならば誰もが憧憬を抱く人物と会える日。
自分などが想像も及ばない額の報酬、それをただ一度の依頼で稼ぎ出す、実力トップのバージルとダンテ兄弟。
(その二人が揃うなんて!)
今日までに何十回考えたか分からないが、それでもまだくらくらと目眩がしそうだ。
賞賛と羨望の頂点に立っていながら、彼らの素性はあまり明かされていない。
他と一線を画す戦闘能力で、ほとんど単独で依頼をこなしているという。また、扱いにくい性格のために単独なのだという噂もある。
いずれにしてもが彼ら二人同時にチームを組めたのは、まさに奇跡なのである。現実で奇跡を起こすには多少の伝手が存在するわけで、今回もそのお陰なのだが……それはさておき。
(どんな人たちなんだろう)
昨夜はそればかり悶々と考えて、寝付けなかった。
が、そんなことは理由にならない。
一秒でも早くギルドに到着して、まだ見ぬ二人の失望を、せめて最小限に抑えたい。
「早く早く……」
上がる呼吸に喉が乾いてひりひり痛む。
それでも止まる訳には行かない。近道をしようと、あまり整備されていない砂利道を駆けたとき、
「痛っ」
思い切り右足を挫いた。
派手にブーツのヒールが折れている。
「ああ最悪!」
小綺麗な見かけにこだわって(憧れの二人の手前、おしゃれをして)、おろしたての靴なんて選ぶんじゃなかった。
高さの違うブーツを履いているままでは走りにくい。
「……どうにでもなれっ」
はブーツを脱いで走り出した。





「遅れましたっ!」
ようやく辿り着いた建物の扉をばんと開け放つ。
中の視線が、同時にを射抜いた。
人数は四人──だが、明らかに何かが違う人間が二人。
(この人達が……)
「時間が詰まっておる、反省は後で聞こう。、この二人がバージルとダンテだ」
長が手で示す。
(……って言われても)
どちらがどちらなのか。
双子とは聞いていた。やはり似ている。
挨拶しようにも名前が分からなくてはとが目を泳がせたとき、手前の赤いコートの男が気さくに手を伸ばして来た。
「よろしく、お嬢ちゃん。オレはダンテだ」
(お嬢ちゃん、て)
完全に舐められている。が、不満はぐっと堪えてダンテと名乗った方と握手する。
「よろしくお願いします」
ひとしきり手を握られてから、目をもう一人に向ける。ダンテが顎をしゃくった。
「あっちはバージルな」
「あ、はい」
バージルの方は握手を求めるどころか名乗りもせず、ただ軽く頷くのみ。何だか近寄り難い。
彼らが似ているのは容姿だけなのかもしれない。
(鷹と鷲)
これがのバージルとダンテに対する第一印象。
どちらも勇壮な姿で、けれど咄嗟に区別が付かない。よく見れば若干の違いに気付く鳥──そんな風に思った。
バージルの目は鋭いし、ダンテのそれは余裕でやわらかく笑んでいる。こうして落ち着いてみると、二人を容姿で見分けるのもそう難しいことではなさそうだ。
そんなことを考えながらまじまじと憧れの人物達に見惚れていると、ダンテが自分の髪を指差した。
「それ、おしゃれか?」
「どう見ても寝癖だな」
ダンテの楽しそうな眼差しと、バージルの呆れた眼差し。
最初は何のことか分からなかったが、それが自分の髪のことだと思い当たるとは顔を真っ赤にして、ぴんと跳ねた前髪を押さえた。
「しかもその足」
「手にぶら下げている靴は何の為の物だ?」
ダンテの楽しそうな眼差しと、バージルの呆れた眼差し。
はもはや茹で蛸のような顔色だ。
慌てて、哀れなブーツを捧げ持つ。
「これはさっき踵が折れて」
「ぽっきりいってるな」
ダンテがブーツを持ち上げて検分した。に向けて手のひらを差し出す。
「ヒールは?」
「これですけど」
「とりあえず、応急処置だ」
ぐいっと靴の底にヒールを戻す。
「え、ええっ?」
とんかちもなしで、ダンテは『応急処置』を済ませてしまった。
「ほら、履いてみろ。踵を踏んで馴らしとけば、今日くらいは保つだろう」
「裸足で現場に行く気だったのか?」
三度目の──ダンテの楽しそうな眼差しと、バージルの呆れた眼差し。
(ああ……)
元の通りのブーツを履きながら、はここから逃げ出したい気分に襲われた。
こちらの第一印象は、最高だ。



三人の顔合わせが済んだところで、長がごほんと咳払いで注目を集めた。
さっと緊迫感が立ち込める。
「そろそろ本題だ」
ごくり。と喉が鳴ったのは、この場でだけだった。
「街外れに化け物が出た。片付けて欲しいそうだ」
「どんな?」
欠伸しそうなほどの暢気さでのんびりとダンテは訊ねる。
「申告では、小物らしいがね」
「小物相手に我々三人を?依頼人はどのような人物だ?」
バージルが目を眇めた。
長は窓の向こうへ視線を逃す。
「依頼は役所から。……ハンターの中でも特に腕利きを三人ほど、報酬は莫大。これだけ情報があれば充分ではないかな?」
なるべくバージルは見ないように、長は言葉を連ねた。
(腕利き?)
明らかには対象外なのだが……堅苦しいお役人の手前、簡単な人数合わせか。
「あれこれ議論するより、さっさと出掛けた方がよくねえか?」
今度は本当に欠伸しながら、ダンテが扉に親指を立てた。



三人がいなくなると、部屋は急に静けさを取り戻した。
「本当にあの三人で大丈夫なのかね?」
長がちらりと隣を見やる。
目深なフードの下、側近は艶やかな唇にきゅっと笑みを浮かべた。
「ご心配なく。器物損壊なら、保障で賄えますから」





依頼先へは周囲の被害状況を確認するため、巡回を兼ねて徒歩で向かった。
お役人の言う『小物』がどれだけの程度かはまだ分からないが、近辺にはまだ被害や目撃情報は出ていない様子。
本当に大したことはないのかもしれない。はすこしだけ気を緩めた。さっきから緊張で強張った肩が、がっちがちに痛いのだ。
それでも長くは気を抜かず、すぐに手の武器──使いこなしているとは言いにくいが、自分の数少ない攻撃方法であるボウガンを、ぎゅっと握り締める。
「あの辺りが今回の現場だな?」
ダンテが眼下の森を示した。
鬱蒼と繁る深いみどり。
その中ほどに、化け物が手を出さずとも今にも崩れ落ちそうな古びた城が見える。
「あれが目印の、」
お城でしょうか。そう続けようとしたの目前、ぴかりと電光が走った。
「えっ」
続いて鋼色の巨体──依頼人の言うところの『小物』が、ぬらりと現れた。
対象を確認すると、ダンテは何故か楽しそうに手を叩く。
「でかムカデじゃねぇか。久しぶりだな。なあ、バージル」
雷球を放つ百足の化け物、ギガピードは十数年前にとある遺物で見たきりだ。
ちらりとバージルを皮肉を込めて見やれば、彼はまるきり無視している。
「あの、どうすれば」
のたうち回っては古城を激しく破壊する特大ムカデを前に、はぞくぞく背筋に恐れをなした。
虫は嫌いだ。いや、そうではなくて、自分の武器では到底あんなものに敵いそうにない。
ハンターとしての先輩、ダンテとバージルを交互にはらはら見てみれば、あんな巨大な敵を目の前に二人はまるで焦っていない。
ちらとダンテとの目が交錯した。
不安気なルーキーの様子を見て取ると、ダンテは片眉を上げてにやりと笑う。
「エキシビションマッチだな」
ついでに指をぽきりと鳴らす。
「お嬢ちゃんはあんたに任せた」
ダンテの言葉に声無く同意すると刀を下げ緒で腰に戻し、バージルは腕を組んだ。
「手早くな」
「そうと決まれば、久々に暴れるか」
「どうせいつもの事だろうが」
渋い顔のバージルを尻目に、ダンテは右肩を支点にぐるりと回す。
「ムカデには確か……おーいワンちゃん、出番だぜ」
途端、ダンテの翳した右手ががっちり凍りついた。
「っち!何だ、反抗期か?」
「馬鹿者、武器に敬意を払わんからだ」
「せっかく運動させてやるってのに面倒くせえな。……来いよ、ケルベロス。威力まで凍りついちゃいねえだろ?」
何が起こるのか見守るの目前、今度は無事に氷の三節棍が現れた。
ダンテは満足気に笑むと身軽に地を蹴り、戦線に乗り込んで行く。
思わず後に続こうと踏み出しかけたを、バージルが手で制した。
「あのぅ?」
「聞いていなかったのか?あれはあいつが片付ける」
「ええっ?」
あれを──一人で!?
は呆然とダンテを見つめた。



ダンテは三節棍をぶんと投げ飛ばす。その扱い方に敬意……は窺えないが、ケルベロスは律儀にギガピードの外殻を攻撃して着実に弱らせている。
赤いコートがマタドールの布のようにあざやかに靡く。
ダンテが動きを止める瞬間はムカデの放つ雷球から身を守るために、氷が彼を包むときくらい。後は縦横無尽に敵を翻弄している。
先程の彼本人の言葉ではないが、まるで散歩のような気楽さしか窺えない。
「楽しそう……」
思わずがそう呟いてしまうと、横でバージルが溜め息をついた。
「真剣味が足りん。あいつの戦い方を真似ようとは考えるな」
「分かってます」
真似したくたって、雷球を大剣で弾き返すようなことはにはとても無理だ。
(トップクラスのハンター達はみんなこんなに凄いのかな)
そうは思えない。思いたくないだけかもしれないが。
「あ」
ダンテは今度は軽やかに地を駆け抜けながら、二丁拳銃で応戦している。
「やっぱりバージルさんも、あんなに武器をたくさんお持ちなんですか?」
「まさか」
バージルはそっと刀に手を添えた。心なし、その眼差しがやわらかく緩む。
「俺はこれだけだ」
「そうなんですか……」
「軽業師は一人で足りる」
あまりにあまりな言い様に、はぷっと吹き出した。
「でも、いろんな状況があるでしょう?」
バージルの実力を疑う訳ではないが、手数は多いに越したことはないだろう。
言外の含みに、バージルは静かに己の獲物の柄に指をかけた。
きち、と儚い音がしたかどうか。
「……?」
「おいおい、手助けなんて頼んでねえぞ!」
ダンテの怒号が飛んで来る。
何事かとがムカデを見れば、その巨体がぱっくり斬り裂かれていた。
「遊び過ぎだ」
バージルは一瞬前と体勢が変わっていない。
けれどダンテが邪魔をされたと怒っていて、バージルも認めるような発言をしたのだから──そういうことなのだろう。
(実力が違いすぎる……)
片や様々な武器を飄々と使いこなし、片や太刀筋さえも見抜けない。
「さっさと終わらせろ」
「分かった分かった」
バージルの声に、ダンテが片手を挙げた。腕の先に、三節棍でも拳銃でも大剣ない、細身の剣が現れる。同時に背中を羽を象った骨のようなパーツが覆う。
「わ、また違う武器?」
「遊ぶなと言っているのに……」
見守る二人の声を聞いているはずもなく、ダンテは手にした魔具を操る。
魔力で作り出した剣を敵に刺し、思うがままに爆破させるこの武器の名前は『ルシフェル』。
「昆虫標本になってみるか?」
きしゃあああ!傷ついた体を激しく明滅させ、ギガピードはなおも襲い掛かる。
「おっと。やっぱりおとなしくやられちゃくれねえか」
そうだよなそうでなくちゃなと一人ごちて、ダンテは次々と赤く光を帯びた剣を空中に浮かべていく。数が充分になったところで、
「Taste it, baby!」
一本目を飛ばす。そこから先は、もはやダンテのショウタイム。
「Flip it」
跳ねさせて、
「Aim the spot」
狙って、
「Squeeze off」
捩じ込んで、
「Knock, knock, knock」
打ち続けて、
「Juice it」
滴らせたら、
「Heaven can't wait !」
終わりの時間。
ダンテが投げた薔薇が放物線を描いて舞い落ちるとほぼ同時に、
ぱあん!
烈しい炸裂音が響き渡った。
派手過ぎ、そして刺激的過ぎる倒し方。
ダンテからは離れているとはいえ、匂いも鼻先を掠めるその断片に、
「……っ」
の意識がふうっと途切れた。
「おい!」
さすがにバージルも虚を突かれて行動が遅れた。が、寸でのところでを抱き留める。
「楽しんでもらえたか?……って、!?」
ギガピードを倒して得意気に後方を振り返ったダンテは、バージルに支えられたルーキーに唖然とした。
「……刺激が強すぎたか?」
「調子に乗り過ぎだ、愚か者」
すぱりと罵っておきながら、バージルもどこか腑に落ちない様子で彼女を見つめた。





各所へ報告が済むと、仕事を終えたハンター達には立派な車が回された。
黒塗りがものものしいリムジンである。こんなご時世でも役所には金があるらしいと悪態をつきながらも、それぞれ車に乗り込む。
まだ新しい外見に似合わず、中には車独特の不快な匂いが一切しない。ばかりか、花の香りが満たされている。
乗り込めば、三人には──うち一人を寝かせているにも関わらず──充分なスペースがあった。
「金が有り余ってるなんて羨ましいぜ」
ダンテは長身の自分が寝そべってもまだ余るだろう、革張りのソファに足を伸ばした。
「俺達も浪費さえしなければ、いい身分なんだがな」
目の前の浪費家を揶揄するバージルも、冷やされたワインのラベルを検分している。
間向かう座席の間にはコーヒーテーブル。その上には銀のトレイ、箱にお上品に並べられたチョコレート。全くいい待遇だ。
ひとつぶ何ドルなのか想像もつかないそのチョコレートを口に放り込み、ダンテは横のをちらりと見やった。
彼女はまだ気絶したままだ。
「……おかしいよな」
ぽつんと呟く。
バージルもボトルから目を離した。
「彼女はこの仕事には向いていない」
「あんたもやっぱそう思うか」
ギガピードの骸を見て気を失うとは、いくらダンテの攻撃とその結果が『少々派手』であったとしても、デビルハンターを生業とする者がそれでは心許ない。
これから先、もっともっと過激な現場に赴かなければいけないこともあるだろう。第一、自分で手を下す必要だってあるのだ。
「何でこいつは」
ダンテが口を開きかけたとき、が身動きした。
「ん……」
シートに肘をつき、訝しげに周りを見渡す。
「ここは……」
「依頼人が用意してくれた馬車の中だ、眠り姫」
ダンテが身を乗り出した。
「気分は?」
しげしげと見つめられ、更に額に手が伸びてきたところで、ようやくは気を失う前と今の事態を飲み込んだ。
「わ!」
慌てて起き上がり、ダンテの手から逃れる。
「す、すみません!もう大丈夫です!!」
乱れた髪を撫でて落ち着かせていると、斜め向かいのバージルと目が合った。その表情は読みにくい。読みにくいが、自分の働きぶりを褒め称えようというのではないことだけは明瞭だ。
「あの、本当にすみませんでした……」
がくりとは肩を落とす。
依頼を終えた安堵や清々しさが微塵もない彼女に、ダンテもバージルも言うべき言葉を探しては口を閉ざした。
「……ま、最初は誰だってあんなもんだろ」
結局当たり障りのない慰めとともに、元気出せとダンテはチョコレートの箱をに差し出した。
カカオの芳香は、迅速に穏やかで平和な日常を思い出させる。はおずおずと一個つまみあげた。
彼女の様子に問題はなさそうだと見て取ると、ダンテはほっと目元を緩めた。
がハンターに向いているいないなど関係なしに、何となく責任を感じていたのだった。
(とりあえずは大丈夫か)
再びシートに背中を預けた。
それからしばらくし、頃合いを見計らってから口を開く。
「なあ。……だいたい、何で大金が要るんだ?」
二個目のチョコレートを齧っていたがはっと顔を上げた。
「それは……」
言いにくそうに視線を彷徨わせる。
「家族みんなで引っ越した家が悪魔に壊されて」
『家族』と『悪魔』の二つの単語にダンテはぎゅっと目を細めた。
「そうか……大変だったな。怪我人は?」
みんな無事でした、とは微笑んだ。
「命があるだけ、感謝なんですけど……住む家も家具もお金も全焼して」
「ああ」
「今はギルドに養ってもらっていますが、それも長くは無理なので……」
「どうしてハンターを選んだ?」
今まで話題にはまるで興味がなさそうだったバージルが、ふと口を挟んだ。
「え?」
「女だてらに命を賭けずとも、金を稼ぐ方法なら他にあるはずだ」
「あんたが言うと何かやらしくねえか?」
「鏡を見てから言え、愚弟」
「あああ、あの」
不穏になりかけた場の空気に、は目を白黒させた。
とにかく、と話を戻す。
「私を助けてくれたハンターが、ギルドに誘ってくれたんです。すぐに大金が稼げるからって」
誘われたあの日──女の身であざやかに戦っていた彼女に、自分もなれるような勘違いをした。
「だが、大金を稼ぐという事がどういう事なのか、よく分かっただろう?」
「はい……」
はこくんと頷く。
それはよーく理解した。
自分には攻撃手段はおろか、気構えも足りないことも。
これでは到底、一人前のハンターになることなど……
すっかり項垂れ萎れたを見、ダンテとバージルはちらりと視線を交換した。
……少々不本意ではあるが、互いに出した答えは同じらしい。
「お前が遊ぶ金欲しさでこの世界に飛び込んで来たわけではないことは分かった」
「お嬢ちゃんをギルドに誘った張本人も多分、知ってる奴だしな」
「え?そうなんですか?」
「だから、ま、とりあえず」
ダンテはを安心させるようにおおきく笑った。
「当分の間、オレ達が付き合ってやるよ」





昼間のギルドはひっそり長閑だ。
今は長が席を外しているため、側近はローブを脱いでゆたかな肢体を惜しげもなく晒し、すっかり寛いでいる。
左目が赤、右目が碧の、黒髪の女。
その勝ち気そうな唇が楽しげに笑む。
「あの子は、どう?」
「どうって?」
机に頬杖をついた男が気怠げに聞き返した。
「仕事、楽しくなったでしょ」
「やっぱりお前の差し金か」
「そうだと思っていたがな」
扉に背を凭れて腕を組んでいたもう一人の男が重い声を押し出した。
「何を考えている?」
「悪魔に家を壊されたガキなんて星の数なんだぜ。いちいちオレ達に何とかしろって言うのか?」
次々と非難めいた口調で責められ、しかし女は「あら」と髪を振った。
「姿が見えない子供なら、私だってそんな理不尽な頼みなんてしないわ。でも、彼女はもう目の前にいるのよ」
あなたたちが助けないわけないもの。そうでしょ?
軽やかにぱちりとウインクされて、男たちは完全に反論の言葉を失った。





それからは、いくつもの依頼をバージル、ダンテの二人とこなした。
敵は大小各種取り揃っており、報酬もそれに見合って実に様々。けれど、いずれの場合もがすることと言えば、ただひとつ。
(見てるだけ)
戦う双子の背中をぼうっと、「すごいなあ」だの「信じられない」だのと賞賛を送りつつ、ただただじいっと見ているだけ。
無論、手伝えと言われたところで華々しく活躍できるわけでもない。足手纏い、だ。
何度か二人にも詫びてはいるが、その度に「そう思うならオレの戦いっぷりを見て勉強してろ」「無駄に動くな、気が散るだけだ」などなど言われるばかり。
(進歩がない……)
今日も先日の報酬を受け取りにギルドに来て──は気分が優れない。
ちょっと前は、二人の重荷になるだけだから早くお金を貯めたいと、そればかり考えていた。そもそも最初は「こんなに貰えるのか!」なんて呑気に小躍りさえしていた。
それが、この頃はすこし……違う。
お金をたくさん貰っても、何故だかあまり嬉しくない。
早くお金を貯めなくてはと分かってはいるのだけれど。
。どうかした?」
側近の声が耳を打った。
「あ!いいえ、何でもないです」
「そう?じゃあ、次の依頼をお願いしてもいいかしら」
「はい!」
次の依頼。それがあるということは、悪魔の所業に困っている人々がいるということ。不謹慎だと分かっていても、ついつい嬉しさに笑みが零れた。
またギガピードみたいな大物にぶち当たるかもしれないし、もっと異形のものかもしれない。
ひょっとしたら、今度こそ命を落としてしまうかも。
けれどそれでもどうしても、心が弾む。
それは報酬が貰えるからではなく、きっと──
「あなたの次の仕事は、以下の通りよ」
は与えられた書類に目を落とす。
与えられた内容は、


ダンテとの任務。
バージルとの任務。
二人との任務。