日差しはからっと肌を焼く。
「暑いな。さっさと終わらせて、涼しい部屋に戻ろうぜ」
「そうですね」
だるそうに腕を捲るダンテにも心底同意した。
この気温、もう夏が近いのかもしれない。そんなことを考えていたら、
「っわ!」
足首をぐきっと捻って、は膝をついた。
「大丈夫か!?」
二歩前を歩いていたダンテが勢いよく振り返る。
「あ、はい」
……また恥ずかしいところをみせてしまった。
(もう、どうして)
は頬を染めて唇をきゅっと噛む。
捻った足首の痛みなんて感じない。
「まーた、それ履いてたのか」
ダンテはの足元を見下ろすと腰に手を当てた。
「壊れてたんだろ?どうして履くんだよ」
ダンテの言葉に、はぱちぱち瞬きをした。
「覚えてたんですか?」
初めてダンテに会った日、おろしたばかりのブーツ。
無理な履き方をしてヒールを折った後、ダンテに直してもらったあの日以来の出番だ。
「直ったかなあと思ってたんですけど」
だめだったみたいですね、とはブーツを脱いだ。ヒールはまたまたぽっきりいってしまっている。
「あーあ」
また裸足で無茶なことをした挙げ句、からかわれなくてはならないのか。
(これでも女の子なんですけど)
はあと重苦しい息をついたとき、視界に銀の光が差した。
「しょうがねえな、また応急処置してやるか」
目の前に屈んだダンテが、ひょいとブーツを取り上げる。
「え、そっちは」
左足。ヒールが無事な方だ。
「高さを揃えりゃいいんだろう?」
ぽきっ。
小気味いい音を上げて、無事なヒールも根元から抜けた。
「あああー!」
「さ、履いてみな」
あんぐり口を開いたまま硬直しているの前にぽんと両足分を揃える。
は渋々と足をブーツに潜り込ませた。そうっと立ち上がってみる。
「……。」
「どうだ?」
「そりゃ、高さは同じですけど」
「歩けるか?」
「歩けます」
「なら完璧だ」
「まだ新しかったのに……」
満足そうに頷くダンテに、は折られたぴかぴかのヒールを涙目で眺め回した。
「おまえが足を怪我するよりはずっとマシってもんだ」
ぽんとダンテはの頭に手を置く。
「な?」
なだめるように覗き込む。
すうっと細められたダンテの空色の双眸。それはどんより拗ねた気持ちをあっさり吹き飛ばす。
(こんなに近くで見たことなかった)
かなりの時間を一緒に過ごしたけれど、見ていたのはダンテの背中ばかりだったけれど。
今はこんなにも近い。そして、ふたりきり。
(どうしよう)
──憧れの人物への想いは、すこしだけ方向を変えようとしている。
何だか逃げたいような。まだ逃げたくないような。
至近距離からずっと身動きできないまま、はヒールのことなんてすっかり忘れかけた。
……」
ダンテの指が、のブーツに包まれていない部分に触れる。肌の熱と革の冷たさ。
「だ、ダンテさん?」
心臓が跳ねた途端、今度は頬に何かが触れた。唇のやわらかさと髭の固さと──
「っ……!」
「これからずっと、オレの報酬はこっちでいいな」
ダンテは美味しそうに唇を舐めた。
「も、ダンテさん……!!」
憧れのひとは、とんでもないひとだった。
「怖い顔してると、せっかくの美人が台無しだぜ」
もうからかっているとしか思えない。
むっとしていると、ダンテがおおきな手を差し伸べた。
「行くぞ、お嬢ちゃん」
呼ばれて気付く。
(さっきは名前だったのに……)
どちらかに決めてくれたら、楽になるのに。
「そうですね、たくさん稼がなくちゃですもんね」
ぎゅっと手を絡めて立ち上がる。
「よし、その意気だ」
拒否されずに繋がれた手に一瞬だけ目を落としたものの、ダンテは何でもなかったかのようにさらりと髪をそよがせる。
それがまたを駆り立てる。

(いつかは『ルーキー』卒業するんだから!)

余裕綽々のダンテの横顔に、はこっそりきっぱり誓いを立てた。