そもそもはネットで気になったのが始まりだった。
ペットとのかけがえのない日々が綴られた、とっても微笑ましいブログ。
けれど、ペットの種類はいつまでも明らかにされないし、与えている食事がアイスクリームだったり苺だったり、「二人」でチョコフォンデュをしたり、「彼」とゲームしたり……いくら主がペットを溺愛していると想像を働かせてみても、内容の端々がどうにもこうにも引っ掛かったのだ。
もしやと思ったのが、この一文。
『いたずらで物を壊されても、彼の銀の髪と青い瞳には怒る気力を削がれてしまうんですよね』
銀の毛並みだったら猫のロシアンブルーも考えられるが、瞳の色は子猫のキトゥンブルーでない限りは緑色だ。第一、そんなポピュラーな生物だったら、こんなに日々でれでれとのろけている飼い主さんが種類を明かさず写真の一枚も載せないなどというわけがない。
このハンドルネーム・etnadさんがペットの種類を書けなくて写真も載せられない理由、だけどどうしても全世界にのろけたい気持ち──痛いくらいによく分かる。
──何故ならば。
はがたんと立ち上がって、居間にいる「彼」に駆け寄った。
「バージル!キミのこびと仲間、見つけちゃったかもしれない!!」




てのひらふたご



「初めまして、私はと申します、と」
とバージルはそれぞれ大小の瞳をパソコンのモニタに向け、同じように小難しい顔をしている。
二人は只今、例のブロガーさんにメールを認めている最中なのだ。
「いつも楽しくブログを拝見しています」
一文を入力する度、はバージルをチラ見する。校正係のバージルは、「それで良い」とばかりに重々しく頷いた。
「etnadさんが毎日綴っていらっしゃるペットについてですが……って、バージル!?」
バージルが右足でDeleteキーを踏みつけ、ずららららっと"your pet"部分が削除されてしまう。
「何よ、ペットは嫌なの?」
彼は当然だと頷いた。
「じゃあ、妖精」
Tinker Bellは、打つ前に阻止される。
「ドワーフ?ホビット?ああいうのって、みんなキミより大きいでしょ」
dwarfもhobbitも、ちょっと悩みつつもバージルは首を縦に振らない。
「分かった!生物兵器」
B.O.W.も当然却下。
「もうネタないよ。……“お小さい方”でいい?」
壮大なファンタジー小説からの引用に、少々考えた後、彼はしぶしぶキーボードから足を下ろした。
「your dear little friend……と。でもさー、真意が伝わらなかったら、バージルのせいだからね」
バージルはつんと澄ました表情はそのままにの言葉を受け流した。それから「続きを早く打て」とばかりにモニタを指差す。
「はいはい」
再び文章を考えるの手元で、バージルはちいさい唇をこれ以上なく真剣に結び、妙に積極的にこの作業に携わっている。
当初、「この人とそのペットに会ってみない?」と話しかけたときは、正直、バージルは絶対に会いたがらないだろうと思っていた。だがの予想に反して、意外にもバージルは興味を示したのだ。
初めこそと同じように疑心暗鬼といった感じでブログを読んでいたのだが、内容があまりにも『動物とのほのぼの生活』というより『こびととほのぼの生活』に近く、ところどころ身に覚えがあるシーンもあったらしく、ついにはバージルすらも「仲間かもしれない」と認めたのだった。
メールでコンタクトを取ることになったのも、何を隠そう彼の提案だったりする。
(もしかしたら、ずっと仲間欲しかったのかな)
キーを打つ手を休め、横で真剣に文章を推敲している"お小さい方"を眺めてみる。
案外、彼はこのちいさい身体に収まりきれない程の悩みを抱え込んでいるのかもしれない。
(普段、からかうばっかで悪かったかも)
その辺ちょっと反省しなければいけないだろうが、何せこびと──バージルはからかうと楽しいのだ。(とは口が裂けても言えないが)
そのバージルは、何やらぶつぶつとある単語を反芻している。
etnad。ブロガーのIDだ。中東かヨーロッパか、どこかの地名か何かだろうか。あまり耳馴染みはない。
「何か、あてがあるの?」
こびとはちいさいおでこを思案に曇らせ、たっぷり間を置いた後、深く頷いた。



最初のメールを送信したときは、心臓が爆発しそうな勢いで跳ねていた。
しかし、そのたちが拍子抜けするほど、etnadさんとそのペッ──“お小さい方”との交流はうまくいった。
etnadさんとは微妙に探りあいを入れつつも、メールたった数通にしてお互いに「こびとlovers」であることを確信してしまったのだった。
と、いうより──バージルが何か向こうにあてがあると仄めかしたように、向こうでもこちらに思うところがあるようなのだ。
その辺りを問い詰めてみてもバージルは頑なに口を閉ざしたまま、最後には青つまようじを煌めかせて威嚇してくるので、結局etnadさんたちと会う約束を取り付けた今でも、はただひたすら悶々と過ごす羽目になってしまっていたのだった。



自分以外のこびとloversと対面する約束をした、数日のち。
etnadさんたちとは、これからの家で会うことになっている。いくら初対面とはいえ、こびとが手元にいては流石に外では会えない。
幸いetnadさんは女性だということだし、交わしたメールで彼女の人となりは何となく分かる。
万が一、何か危険な事態になろうとも、バージルが多少の戦力になってくれるだろう──彼女の方の"お小さい方"が青つまようじ以上の魔法を持っていない限り。
「ね、ゴミとか落ちてない?汚れてるとこない?」
約束の日時が具体化して以降、は友達を呼ぶとき以上に部屋の準備に気合を入れてきた。
もっとも小姑然のバージルと一緒に暮らしているのだから、平時より部屋はきちんと整理整頓され清潔に保たれている。だが今のはそうやって何かしていないと落ち着かないのだ。
(人生ふたり目のこびとに遭遇するチャンス)
滅多にない機会。それはバージルとて例外ではないはず。普段と変わらぬ素振りをしてみせてはいるが、ぼーっと物思いで歩いてティッシュボックスの角にぶつかったところをは見た。(もちろん見て見ぬフリをしておいた)
「あ!そこに水滴!」
テーブルの上に、いつ零したものやら水がぽつんと落ちている。布巾で拭こうとしたとき、
ぴんぽーん
玄関のチャイムが来客を告げた。
「バージル、拭いておいて!」
こびとに乾いた布巾を投げて、は玄関へ向かった。背中にちくりと痛みが刺したが、今はそれを咎める暇も惜しい。
「はーい、今開けます!」
面白いくらい震えている手でノブを回し、ドアを押し開ける。
果たして扉の向こうには、
「初めまして。etnadことと──」
こびとが、彼女のコートの胸ポケットからひょこんと顔を出した。
「ダンテです」



綺麗な青空色の目。素直に下りて額を隠す銀の前髪。なつこく笑んだその表情。
「可愛い……!!」
思わずは、こびとの頭を指先で撫でていた。
撫でてしまってから、大変失礼な行為だと気が付いた。大慌てでのコートから指を引っ込める。
「ああっ、すみません私ったら!私はです!どうぞ、中へどうぞ!」
慌ててとダンテを案内する。
(それにしても、青つまようじとか出して来なかったな)
ダンテは優しい子なのだろうか。
(にこにこ感じがいいし!)
がまともにこびとを撫でることが出来た感慨に耽るうち、お邪魔しますと二人は中へ入って来た。
「わ、とっても綺麗にされてるんですね!うちとは大違い。ね、ダンテ」
今はのてのひらに移動したダンテが大きく頷いた。
「ダンテくん、ほんとに可愛いですねー」
はどうしても緩む頬はそのままに、ダンテを見つめた。彼は白いタキシードをラフに着崩している。
「今日は勝負服なんですよ。ケンタの衣装」
は笑ってダンテの肩あたりをつまんだ。
「ああっ、パーピーちゃんの彼氏の服ですよね!うちもお世話になってるんですよ〜」
「意外と普段着の方が種類少なかったりしませんか?」
「そうなんですよ!ラグビーとかのユニフォームは買ってもよっぽどじゃないと着てくれないし」
「うちは服はあんまりこだわらないけど、その代わり、すーぐ汚したり破いたりしちゃって……」
「うちはあれダメこれダメで煩いですよー」
こびとの服のラインについて語れる日が来ようとは思ってもみなかった。
感動するに、はきょろきょろ辺りを見回した。
さんちのこびとはバージルくん、ですよね?彼は……」
ダンテの可愛さに心を奪われて、自分のポケットモン──同居人のことをすっかり忘れていた。
「あ!す、すみません!バージルー!バージルってばー!」
さっきテーブルを拭いてもらっていたから、そこにいるはず。
しかし目を向けた先に彼はいなかった。
「あれぇ?バージルー?」
呼んでも出て来ない。
たちに会うのを楽しみ(かどうか本音は知らないが)にしていたのは、彼も同じはずなのに。
「すみません、そんな恥ずかしがる柄でもないくせに……痛っ!」
ざくざくと肩口に衝撃が走る。
「ああ、それが噂のつまようじですか!」
が感動してに歩み寄った。肩からぱらぱらと零れ落ちては消えていく青い氷のようなかけらを手に集め、わあ綺麗と目を瞬いている。
「綺麗なのはいいんですけど、割と痛いんですよコレ……バージル!」
発射されてきた方角を睨む。バージルはソルトミルに凭れて腕を組んでいた。
「もー、可愛げがないんだから!ちゃんとさんとダンテくんに挨拶してよね」
ミルを退けると、バージルはしぶしぶ姿を現した。こちらも一応、新品のリクルートスーツ(当然、ケンタモデル)を着ている。
「わ、同じこびとでもやっぱり違うんですねぇ!バージルくんはこう、凛々しいっていうか」
はバージルの鋭い眼力の前に怯えているのか、先程がしたように頭を撫でるのは到底無理なようだった。
そして肝心の、こびと仲間のダンテと言えば──
「だ、ダンテくん!?」
どうしたというのだろう。
ダンテはお腹を抱えて大笑いしている。
対するバージルは、どんと強く地団駄を踏んで怒りを示した。
それを受けてなおもダンテの笑いは止まらない。
バージルの周囲に、きらきらと青つまようじが10本ほど配備された。それが一息に、ダンテに向けて射出される。
「な、何!?」
「どうしたのバージル」
バージルはいきなり敵意むきだし、である。
混乱するの前、こびとには広すぎるテーブルが、次の瞬間──闘技場になった。
バージルから乱れ飛ぶ青つまようじ。
ダンテが2丁拳銃から撃ち出す、ポップコーンが爆ぜるような軽やかな音の弾丸。
牽制しあいながら互いに距離を詰めていく。その距離10センチ程になると、ふたりは突如、それぞれの得物を抜き放った。
ダンテが背に負う大剣とバージルが腰から抜いた日本刀がかちあうと、銀食器が擦れ合うような音が続いた。
「……仲が悪いんでしょうか?」
はらはらと、その実あまり心配した様子もなくが囁く。
「みたいですねー」
アクション映画さながらの派手な立ち回りに、も心ここに在らずの返事をした。このままではテーブルに傷がついてしまいそうだ。
「なかなかいい勝負ですねぇ」
「ほんとに」
これまでこびと同士の戦いなど見たこともないが、そんな素人目にも二人の実力は均衡している。
「あ」
がぱちぱちと瞬きした。
「私、バージルくんを初めて見たとき、こびとって種族はみんな姿が似てるのかと思ったんですけど」
例えば小説に出てくるエルフみたいにと語りながら、臆することなくテーブル上の戦闘最前線に手を伸ばし、ダンテの首根っこを掴む。
「種族が同じだから似てる、っていうよりも……」
つられても、バージルの肩を引いてダンテから離した。
はあはあと肩で息をしている、両こびとを見比べる。
銀の髪に青い瞳。通った鼻筋に形のよい唇。
「……双子!?」
はバージルの前髪に触れ、下ろそうとし──ぐさぐさと魔法の洗礼を受けたので断念した。
代わりにがダンテのおでこをむいっと撫で上げる。嫌々ながらも、ダンテは自ら髪を上げてみせた。
「これは……」
「双子ですね……」
は互いに目を見合わせた。
世界中にこびとがどれだけ存在しているのか見当もつかないが、その中で更に双子を対面させてしまうとは、いったいどれほどの確率なのか。
思わぬ展開になってしまった。





ダンテはむしゃむしゃとハムスターのようにクッキーを頬張っている。
バージルはそれを横目に呆れた面持ちで紅茶を飲んでいる。
食べ物の効果か、双子は今はおとなしく(バージルの周囲の空気はぴりぴりしているが)落ち着いている。
「見てて飽きないですよねぇ」
まさにがそう思っていたことを、が口にした。
「そうなんですよ。最初に会ったときは、えらいもん拾っちゃったと思ったんですけどね」
ぎろっとバージルに睨まれ、はそっと視線をダンテに合わせた。こちらに気付くと、ダンテはにこっと微笑んでくれる。
「可愛いなー。双子にしても、性格ってこうまで違うんでしょうか」
がバージルと暮らし始めて数か月。その当時からバージルの性格はきつかったから、自分との生活が彼の人格に影響を及ぼしたとは考えにくい。
同じように、ダンテは最初からこんな感じだったとは話す。
「きっとバージルくんはバージルくんで、いろいろ苦労してきたんですよ」
オレだって苦労してる!と言いたげに、ダンテは立ち上がって自分を指した。
「はいはい、そうでした」
は苦笑してダンテに同意している。
彼らのやり取りは普段の自分とバージルのそれに似ていて、は何だか可笑しくなった。
(苦労かぁ)
そっとバージルを盗み見る。
何だか彼は疲れた顔をしている。
「バージルくん、真面目そうですよね」
「ええ、そりゃもう。小姑と暮らしてるようなもんですよ。この部屋の片付けも、相当厳しくチェックしてますから」
「へええ。バージルくんに見張ってもらってたら頑張れそう。うちの片付けも手伝ってもらいたいなぁ」
「私だってダンテくんに癒してもらいたいですよ」
「……。」
「……。」
不自然に会話が途切れた。
何かを予見したのか、バージルは物凄く険しい顔をしている。
ダンテは逆に、何だ何だと目を輝かせて二人を仰いだ。
はダンテと、そしてバージルを交互に見つめた。
も同じように、双子を見比べた。
「……クリスマスまで一週間……その頃さん家に行ってもいいですか?」
「どうぞどうぞ!じゃあ、それまで……」
はバージルの頭を撫でた。咄嗟のことに、バージルは反撃できずにされるがままになった。というより、彼女には青つまようじを撃てずにいる。
さんに預けたら、バージルも少しは優しくなるかも」
期待を込めて、を見た。
ってことはオレはこっち?と、ダンテはの近くにとことこ歩いてくる。
さん家で、みっちり躾けてもらってね」
そういうわけで、クリスマスまでの一週間、ダンテはの家に。バージルはの家に、居候することとなったのだった。



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