ALT




どうしてこんなにいい天気!
まだ外は雪が溶け残ってる冬だっていうのに、陽射しが窓際の私をぽかぽか照らす。つむじから制服の背中まで、見事にとってもあったかい。
(まずい……絶対寝る!)
次は大嫌いな英語の授業。
当然、予習なんてしていない。宿題の正答率だって怪しい。
先生が生徒に宿題の答えを発表させたり教科書を読ませたりするときの指名パターンは単純に日付と同じ名簿番号だから、今日は難を逃れているはずだけど。
(あーあぁ)
ノートを開けば、ミミズが苦しんでるようなaとuの区別さえつかないアルファベットがぐだぐだ踊っている。復習しようにも解読不可能。
私が諦めたのとほぼ同時、教室の戸ががらりと開き、冴えないグレーのくたびれたスーツが入ってきた。先生はいつもチャイムより少し早い。
「Good afternoon everybody.」
ぐっどあふたぬーん、みすたーさとー。教師の挨拶にやる気なく応える。
「How are you?」
あいむふぁいん、さんきゅー。あんじゅー?…今にも寝そうです、って何て言えばいいんですか。
やっとチャイムが鳴った。これから60分、睡魔との長い戦いが始まる。
頬杖をつき、ぼんやりと窓を見てみた。校庭ではどこかのクラスが、桜の時期のマラソン大会に備えて走り込みを始めるところ。
「……産休に入ったので、今日から代わりの ALTが入ります。皆驚くぞ、何と双子だ」
……ん?
私がぼーっとしてるうちに、授業とは違う話が進んでいたらしい。
さんきゅー?双子?何のこと?
「Please come in.」
先生が廊下に声を投げる。
がらり。さっきと同じように扉が開いた。
(えっ)
本当に驚いた。
入ってきたのは、二人の男性。ぴしっと決まったダークグレーとチャコールブラウンのスーツの明度はそれぞれとても低いのに、なぜなんだろう、さとー先生の百倍まぶしい。
「Hello.」
落ち着いた佇まいにきらきら銀髪の若い先生(び、美形だ!)と、
「Nice to meet you guys! How's life?」
明るくはきはきした声にきらきら銀髪の若い先生(こっちも美形だ!そうか、双子だっけ)。
「えー、先に挨拶して下さったのがバージル先生、後からがダンテ先生だ」
もはや誰も、さとー先生の言葉なんか聞いてない。
寂れたウチの学校にはどう考えてももったいない、場違いなくらいかっこいいALTさん達。彼らの容姿に、男子も女子も関係なく、ただただひたすら釘付けになっていた。
(うわぁ……俳優さんみたい)
そんなことを思っていたら、横からつんつん肩をつつかれた。
「どっちがタイプ?」
隣の席の友達がにっと笑う。私は亀のように首を引っ込めた。
「双子でしょ、同じだよ」
「どこが同じ!?雰囲気からして違うのに!」
なんと!私が銀色の髪に見とれてる間に、彼女はもうそこまで観察してるのか。
……言われてみれば、左の先生は真面目そうだし、右の先生は気さくそうだ。
「で、どっち?」
「えーと……右の先生かな」
「へぇ、そうなんだ。……あ」
おしゃべりが過ぎたか、右の先生がこっちを見た。
(うわーうわー!)
正面から見てもかっこいい。
「Hi.」
ぱっ、と先生が手を挙げた。
「は、はい」
「I can see a twinkle in your eye, lady. You like me?」
「はい……?」
何を言われたんだろう。先生はにこにこしてる。語尾が上がってたから、質問だろうか。
「いえす?」
梅干しを食べたみたいな眉と口で答えた途端、先生の笑顔が弾けた。
「Sweet! Did You hear that, Vergil?」
「Be serious Dante!」
よく分からないけど左の先生と何か揉めてる。
「あー、Can I begin the class?」
さとー先生が割って入った。
「Sure. Go ahead」
「Study time!」
ばじる先生?が教授みたいに物々しく頷いて、だんて先生?がぱぱんと手を叩いて、そうして授業は始まった。
表面上はいつもと変わらない英語の時間。
ときどき双子先生は生徒の間を巡回する。先生のジャケットの裾が私の机の上をさらっと滑る、それだけで心臓がやかましく騒ぐ。先生たちが横を通ると、動く風は何だかいい匂いがした。
授業はよどみなく進み、今日の新しいパートに入ったところで、ばじる先生が私を指名した(ああ予定外)。
不真面目生徒の私は当然答えられなくて、俯いてしまった。そのときちょうど隣に来ただんて先生が通り過ぎ様、教科書の左の段落を指でとんとんとつっついた。
慌ててそこをかちんこちんの舌で読んで、それでその場は乗り切った……と思う。
どきどき熱い顔を上げると、
「Good work.」
「You're a star!」
ばじる先生の呆れ顔とだんて先生のウインクが目に入って……私はもうダメだと思った。胸の中で動物を飼ってるみたいに、ごとごと心臓が暴れている。喉が詰まって呼吸も困難。もうダメだ。
午後の陽射しはとことん眩しく先生たちの銀の髪を輝かせ、テキストを読む先生たちの声はまるで音楽のようで──その光と音は授業が終わっても、その次の現国が始まって私の心臓が落ち着いた後も、太陽を見てしまった目の残像みたいに長いこと振り払えなかった。
その日の放課後、私は久しぶりに英語の教科書をかばんに詰めた。
だって、先生たちが何を話してるか、一言一句ちゃんと分かりたくなったから!







→ afterword

日記に載せていた短文です。

ALTは1クラスに1人だけ。というのは忘れてください
ALTさんて、絶妙な距離じゃないですか?
先生よりはカジュアルに、でも、友達と話すよりはずっと背伸びしなきゃいけない。
そんな微妙な関係、双子だったら…(*´Д`*)いいなぁ。
あ、教育実習生もいいですよね!
どちらにしても初代くらいの双子!!先生、いろいろおしえてください…!(殴)

お読みくださって、どうもありがとうございました♪
2011.11.24