White Cradle




2、4、6段。
一段飛ばしで階段を駆け上がる。
全部で三十、上ったら目的地。
10、12、14段。

。どうしたんだ?」

聞き慣れた声に、顔を上げる。
「ネロ!」
私はととんと残りを駆けて、現れた人物に並んだ。
「これから街へ出掛けるの」
「街?方向が逆だろ」
ネロは私の後ろに顎をしゃくった。更に親指を肩越しに自分の後ろに向ける。
「こっちは教団本部だ」
「それは分かってるよ」
頷いておいて、私はカテドラルの上を見上げた。夕陽がじんわり建物を染めている。
「…おにいちゃんは、忙しそう?」
「いつだって多忙だよ」
「ネロとは違ってね」
「どうせな」
からかったら、こつんと小突かれた。
と、四時の鐘が響いて来た。こうしちゃいられない。
「じゃあね!ネロもあんまり仕事さぼってると、キリエちゃんに嫌われちゃうよ!」
「おいっ!!」
「ばいばーい!」
怒ったネロの横をするりと通り抜け、逃げるように走り出す。
「そっちこそ、あんまりあいつを困らせるなよ!」
耳に痛い言葉が追い掛けてきた。
「分かってるよー!」
振り返らないで、手だけをぶんぶん振っておく。
…そう。分かってはいる。──約束はできないけど……。



お目当ての人物には、執務室に到着する前に廊下でばったり会えた。
ぱりっと白い、教団服。おにいちゃんのがいちばん白く見えるのはどうしてだろう。
「クレドおにいちゃーん!」
嬉しくて声を張り上げたら、おにいちゃんじゃなくて周りの騎士が一斉に私を見た。
彼らの好奇心(と同情心)を湛えた眼差しと、おにいちゃんの眇めた眼差し…その温度差ったら。炎と氷だ。
(さすがに失敗しちゃったかも)
それでもじぃっと待っていると、騎士達に何か言い置いてから、おにいちゃんが近付いてきた。
コツコツコツコツ。今はちょっとだけせっかちな足音。今はせっかちだけど、普段はもっと一歩一歩が重くて威厳があって、私はそれが近づいてくるとひどく安心する。大好きな音。
「……本部ではそう呼ぶなと言っておいたはずだろう」
眉をぐっと寄せて、にがい顔。
私はぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい。おにいちゃん。」
一応、禁じられた部分はちいさく発音しておく。
するとおにいちゃんは目を閉じて溜め息をついた。
「おまえは……」
「ごめんなさい」
怒られても呆れられても、このひとを「おにいちゃん」なんて呼べるのは、世界広しと言えどキリエちゃんと私しかいない。
ネロと一緒に彼に引き取られたあの日に貰った、ものすごい特権。
もう一回だけ溜め息をついて、おにいちゃんは私を見下ろした。おにいちゃんはとても背が高い。ちびっこい私はうんと首を逸らさないと目が合わない。
「それで、本部まで何の用事だ?」
「おにいちゃんと買い物に行きたくて」
途端におにいちゃんの唇がへの字に結ばれてしまった。
「駄目だ、私は忙しい」
まあ、分かっていたこと。
私はぴたりと足を揃えて止まった。
「だよね。じゃあ、ネロと行く。ダウンタウンまで行くから……帰り遅くなるかも」
コツン。おにいちゃんのブーツも止まる。
ゆっくり私に合わせられる、深い鳶色の瞳。
「……15分待て。書類をまとめれば帰れる」
その言葉に、私はあんぐり口を開けた。
「付き合ってくれるの?」
「子供二人で街へ行くなど」
おにいちゃんの眉間に皺がぎゅっと刻まれた。
怖い表情だけれど、それがわざと作られた表情だってこと、もう知っている。
「やったあ」
あんまりにも嬉しくなって思わずその腕に抱きつこうとしたら、それはさすがに咳払いで躱された。



執務室へ戻る道すがら。
嬉しさから小走りになってしまいそうな私の足は、ちっとも優雅に歩いてくれない。
「そんなに浮かれて、何を買うんだ?」
訊かれて、おにいちゃんの前に回り込んで立ち止まる。
「ペンダントが欲しいの」
「小遣いで買うのだろうな?」
「………うん。」
おこづかいは毎月おにいちゃんから貰っている。何とかやりくりしているし、もちろんペンダントだって自力で買えるんだけど、でも私の願いはそうじゃない……
私の蚊の鳴くような返事に、おにいちゃんは明後日の方角を見ながら顎髭に触れた。
こういうときのおにいちゃんは──
「……半分までなら出してもいい」
──甘やかしてくれる。
「ほんと!?」
ぐっと見上げると、おにいちゃんは私たち家族にしか分からないくらいの微笑を浮かべて、そっと私に目を合わせた。
「ネロには秘密にしておくように」
「やったあ」
私はもう一度おにいちゃんの腕に抱きつく。
おにいちゃんも、今度はそのままにしてくれた。……やっぱり、溜め息混じりだったけれど。







→ afterword

日記に載せていた短文です。

クレドと妹っていいなあぁぁと思って書きました。
クレドさんは絶対にいいおにいちゃんですよ!!!疲れてるときでも勉強教えてくれたり、愚痴つきあってくれたり。その分、胃が痛い日も多いかもしれませんが……
妹はキリエちゃんと同い年、できたら彼女より下で!!クレドを思い切り困らせt(殴)そして「いつもありがとう」とか肩たたきしてあげたい。
ほんとにもうクレドさん好きです。
(* ゚∀゚)o彡゜ おにいちゃん!おにいちゃん!

ここまでお読み下さって、本当にありがとうございました!
2011.11.24