仏頂面が直らないダンテのためにも、私たちは早めながらもランチを食べることにした。
カラフルなパラソルが立つ、ピクニックエリア。
その中でも日陰で風の通り道の、いちばん心地いい席を確保する。
「じゃーん!サンドイッチです!」
家から持参したバスケットをぱかっと広げる。
ふんわりとパンの香りがして、はしゃいでいてすっかり忘れていた空腹を呼び出した。
「こっちがツナとかハム、そっちがフルーツサンドだよ」
説明しながら、ケースを取り出す。
興味津々な様子で、ダンテがひょいっとケースを持ち上げた。
「イチゴはあんの?」
「もちろんです、ダンテ様。赤いピックが付いてるのがそうだよ」
「Good girl!」
少しは機嫌が直ったらしい。
イチゴサンドをぱくぱく頬張るダンテにうんうんと満足していたら、左側からきつい視線が突き刺さった。
もちろん、バージルである。
「……俺の分は?」
「あっハイ、全粒粉パンを使用したBLTサンドでしたら、青ピックのこちらです!」
「オレのが赤ならあんたのは青だって、普通に分かるだろ?」
指を舐めつつ次の分に手を伸ばしたダンテに、バージルがぎろりと反応した。
の分まで食べてしまってはと考えただけだ」
「あ、それなら大丈夫。私のには白いピックが……って、忘れたぁ!」
二人の分に気を取られていたら、自分の分のサンドイッチを詰めるのを忘れてしまっていた。
「そんなぁ!私のツナトマトにクリームチーズがぁ!」
楽しみにしていたのに、とがっくりと肩を落とす。
ダンテがぷっと吹き出した。
「それも美味そうだったのに、残念だったな。ま、オレのやるから忘れろよ」
「ありがと」
ダンテから、フルーツサンドを受け取る。
「足りなかったら、後でチュロスかターキーレッグでも買って食べようね」
「え、オレ満腹でも食おうとしてたけど」
「ええっ」
「……呆れたな。」





お腹も満たされ、私たちはピクニックエリアを後にした。
「次はあれ乗ろうぜ、あれ!」
ダンテが意気揚々と指差したのは、観覧車。
「食べたばっかりだし、ちょうどいいね」
「今度はオレがと乗るんだからな!」
キッとバージルを睨むダンテ。
私はあわあわと手を振った。
「で、でも、ダンテ。さすがに観覧車で一人はきついよ」
「じゃーバージルは、下で待ってろよ」
「……」
ダンテの言葉に、バージルは目の前の巨大観覧車を見上げた。
一周約20分。
「……二人きりになどさせるものか」
バージルが何事か呟く。
「え?」
「俺も乗る。ダンテはの隣に座ればいいだろう」
「……ちっ」
「行くぞ」
舌打ちダンテを残して、すたすた歩いていくバージル。
二人が機嫌よく過ごすにはどうしたらいいのか……
──そんなの無理じゃ?
と、浮かんだ弱気な考えを振り払い、私はダンテの肩を叩いて注意を引いた。
「ね、あの観覧車、コースが選べるみたいだよ?」
「観覧車にコース?」
「ほら」
外周をまったり回るごく普通のコースと、内側をジグザグに動き、揺れながら進む変わったコース。
「……へぇ」
ダンテが片目を細めた。
「どっちにする、なんて聞かねぇよな?」
「ふふ」
もちろん私だって、ちょっと変わったものが好き。
──が、この挑戦は、少しばかりきつかった。


「ひぁぁぁぁあ!」
必死に壁にしがみつく。
「何コレ、こここ怖いよー!」
ジグザグコースの観覧車。
ゆらゆら揺れるこの動き、見た目よりも遥かに……怖い!
左右に揺れるだけでなく、観覧車の中心から外側へ、外側から中心へと放射状に移動もするのだけれど、これがまた滑らかに横滑りするのだ。
特に中心から外側へ滑って行くときは、そのまま枠を外れて空へすぽーんと投げ出されそうな感覚に胃が冷える。
ギギギ……と金属が擦れる音も相乗効果となり、ジェットコースターとは違い、精神的にくる怖さ。
そうこうしているうちに、ゴンドラはまた動き出す。
ぎ、ぎ、ぎ、ぎーーー。
「ぃやぁぁあ!ごめんなさい降ろしてぇ!」
「おいおい落ち着けよ、。外見てみろよ、綺麗だぜ」
「むっ無理!」
「あれ、向こうのパークの城だろ?」
「……どれ?あ、すごい、よく見え」
ゆらゆらゆらゆら。
またゴンドラが暴れだす。
もう、地上に放り投げ出されるかというくらいの遠心力。
「ぎゃー!!」
「おっと」
ぎゅ。
バランスを崩した私を、ダンテがしっかり抱きとめた。
「押さえててやるよ。……これなら怖くないだろ?」
「あ、ほんとだ……平気」
後は、早く地上に到着してくれるのを待つばかり。
……のはずか。
ぎぃっ。
不意に揺れる、車内。
それもコースに関係なく、不自然に。
「?」
何気なく顔を上げれば。
「……から離れろ、ダンテ……」
バージルが立ち上がっていた。
「はん、ジェットコースターで手を繋いでた自分は棚に上げんのか?」
「離れろ、と言っている」
バージルがこちらに一歩寄る度に、あっさりと左右するゴンドラ。
「ばばばバージル、座ってー!っぶ!」
いきなりの大きい揺れに、ダンテの胸に頭突きしてしまった。
「大丈夫か?低い鼻、更に低くすんなよ?」
笑いながら私の頭を撫でるダンテ。
「ああああの、ダンテ、大丈夫だから手を放して……じゃないと……」

「I won't tell you a third time ...」

ががががが。
「バージル、こっちに三人来たら大変だってば……ひぃぇぇえ!!!」



20分後。
「うー、酔ったかも……」
恐怖の観覧車から降りてみれば、何だかさっきのジェットコースターよりも疲れていた。
「ったく、バージルのせいだぞ!……、大丈夫か?休んだ方がいいんじゃねぇか?」
「ん、大丈夫。時間もったいないし」
心配するダンテに笑顔を返した後、私はバージルに向き直る。
さすがに反省したようで、黙ったままのバージル。
「乗り物はちょっと休んで、おみやげ見に行こう。バージルに荷物持ちお願いするからね!」
ビシリと指を突きつけたら、強張ったバージルの表情がわずかにほぐれた。
「ああ。それと、何でもおまえの好きな物を買ってやる」



エントランス付近のスーベニアショップは、まだお昼近い時間だというのに混んでいた。
私たちは、品物を選ぶ人の邪魔にならないようにそろそろと店内を回る。
「いろいろありすぎて、迷っちゃうね」
壁いっぱいのおみやげたち。
「菓子は?ヌガーとかうまそう」
ダンテが手近な菓子を手に取った。
キャラクターがめいっぱいデザインされた丸い缶。
「可愛い缶だね!」
「そんな形の缶、何に使うんだ?」
バージルのもっともな問いかけに、ダンテは一瞬言葉に詰まった。
少し考えてから、口を開く。
「……弾薬入れ?」
「可愛くない……」
私の反応に、ダンテは無言で缶を棚に戻した。
「日用品や、食器はどうだ?」
バージルが更に店内奥へと進む。
ずらりと並べられた、食器類。
中でも真っ先に目に飛び込んできたのは、マグカップ。
「あ、マグカップなんていいかもね!」
様々な種類のカップから、普段使いに向いていそうな物を手にする。
「これ、みんなでキャラクター変えて揃えたら素敵じゃない?」
ダンテが私が取ったマグカップの柄違いを選ぶ。
「いいね。がミミーなら、オレはニッキーか」
その言葉に私よりも先に反応したのは、バージル。
「お前にはこのドナドルかグーピー辺りが似合いだ」
「ぁあ!?」
「確かドナドルは短気な性格だったな。まさに似合っている。それで決定だ」
「てめぇ……」
ああ……また始まった。
「はいはいそこまで!二人とも、ここで暴れたら食器の弁償代でみんな路頭に迷うことになります!」
私はニッキーのマグカップを一つずつ手渡す。
「キャラクター被ったって問題ないでしょ?裏にDとかVとか書いてもいいし」
「いや……」
「そういうことでは……」
「あ、じゃあいっそ、デップ&チールは?まさに二人にぴった」
「「断る。」」
双子が綺麗にハモった。



結局、ニッキー二つとミミーのマグカップを購入し、私たちは店を出た。
エントランスまで来ていたので、もう一方のパークへ行ってみることにする。
途中で見つけたチュロスを買って食べながら、練り歩く。
園内は満員御礼。
子供たちと一緒になって、シューティングゲームの乗り物にはしゃぎ(ダンテがハイスコアを叩き出した)、嫌がる二人を引っ張ってメリーゴーランドに乗り。
道中のケンカと長距離移動に疲れ、カフェで一休みし。
滝壺にダイブするジェットコースターに乗って、ずぶ濡れて大騒ぎ(座席は一人ずつだったので揉めなかった!)。
そうこうしているうちに、夜になった。



「この辺りなら、ショーもバッチリ見えるんじゃねぇか?」
私たちは夜に一回だけ行われる水上ショーを鑑賞するための場所取りをしていた。
「うん。いいね!」
ポジションを決めたら、レジャーシートを三人分広げる。
「うわ、そんなのまで持って来てたのか?」
「だから荷物がやたらと重かったわけだ……」
ダンテとバージルが驚き、呆れる。
「ずっと持たせててごめんね」
「それはいいが」
シートに座ると、さっき買って来たばかりの夕食をそれぞれに配る。
ブレッドボウルに盛られたクラムチャウダー、チキンナゲット、コーンドッグ。
どれもテイクアウト向けなメニューになってしまったのは仕方ない。
「わわっ、ダンテのサンデーがもう溶けかけてるよ!」
3人前くらいはある特大のサンデーは、ダンテが『どうしても食べたい!』と言ったデザート。
「先に食べちまうか」
そう言うと、ダンテはちょこんと乗ったチェリーをぱくり。
「それ、5種類もアイス入ってるんでしょ?」
「どれがどの味か分からねぇな〜」
「……だろうな。」



食事が一段落すると、私は先程のずぶ濡れジェットコースターでの記念写真を見ることにした。
、それ買ってたのか」
「うん。……あれ?」
「どうした?」
「見て」
ダンテとバージルが、写真を覗き込む。
「ダンテとバージルの髪型が、正反対になってる……」
「「……。」」
今回一列目だったバージルは俯き加減の顔に風を受けて前髪が降りて、三列目のダンテは楽しそうに上を向いているため風圧で前髪が後ろへ靡いていた。
パッと見ると、無表情なダンテと、はしゃいでいるバージルにしか見えない。
これはとても貴重な一枚だ……。
時間がなくてどんな写真かろくに確かめもせずに買ったのだけど、それで正解だった。
「ぷっ。これも、リビングに飾ろうね」
「やめてくれ……」
バージルが額に手を当てた。
「だいたい、映ってねえじゃねぇか!」
ダンテの指摘通り、私は怖くて下を向いてバーにしがみついていたので、頭のてっぺんしか見えない。
「つむじと手が映ってるから、いいよ」
「「おい……」」



気付けば、周囲もすっかり人々で埋まった。
周りの建物の電気も薄く落とされ、音楽はショーのものに切り替わる。
「もうすぐだね」
「寒くねぇか?」
「水辺に近いから、冷えるだろう」
ダンテとバージルが交互に聞いてくれた。
「あったかいよ。私、真ん中だしね」
真ん中。なんて贅沢な位置。
「三人で来てよかったね」
「「まあな」」


パッ、と周りの照明が全て消えた。
一瞬だけ歓声が途絶え、またざわめき出す。
そして、ショーが始まった。

耳に馴染んだ、よく知っている音楽。
水の上に登場したのは、細かい霧で作られた水のスクリーン。
その幻想的な画面に、キャラクターたちの映像が次々と映し出される。
更に、レーザーや花火が賑やかに目を奪う。
まさに一日の最後を締めくくるのに相応しい、豪華なショー。

「……終わっちゃう……」

音楽が次第にクライマックスに向かって盛り上がっていく中、私はぽつんと呟いた。
このショーが終わったら、帰らなければ。
そしたらまた、いつもの生活が始まる。
特別な一日は、これで終わり……。
「Hurray!すっげぇ花火!」
ダンテがぱちぱちと手を叩く。

「……また来ればいいさ」
突然、ちいさく耳に届いたダンテの声。

「道ももう覚えたしな」
続いて、バージルの声。

どちらも限りなく優しい。
優しすぎて、泣けてくる。
「……絶対に来ようね」
下を向いて必死に瞬きして、涙を乾かす。
「ったく、いちばんのガキはやっぱだな」
「そのようだな」
「二人の優しいお父さんには、迷惑をかけますね」
「別にオレは構わねーけど……って」
「「Father?」」
私はまだぐすぐすしていたから、二人の微妙な表情には全く気付かなかった。
膝に顔をくっつけるように縮こまれば、両側の体温をしっかり感じる。
ただただ、そのしあわせな状態でいたかった。
特別な一日。
でも本当は、分かっている。
二人はいつだって優しい。
私が望めばメリーゴーランドに乗ることだって、いやいやながらも最後はつきあってくれる。
場所がどこであれ、みんなで何をしていようと、周りの景色がぐるぐる変わるだけ。
三人で過ごす時間が特別なのは、いつも変わらない。





帰りの車内。
バージルがハンドルを握り、三人を乗せた車は滑らかに発進した。
「……は?」
バージルの問いに、助手席のダンテが後ろを振り返る。
その顔が、くすりとやわらかく緩む。
「お姫様は熟睡中」
後部座席を丸ごと独り占めして、すやすやと眠る
彼女はショーが終わり、人ごみに揉まれながらパークを出た辺りで既にぼんやりしていた。
座席に乗せ、駐車場から出るまでのわずかな時間で、これだ。
「よほど疲れたんだろう」
「あんたが観覧車で暴れたしな」
「……怒鳴りたいところだが、を起こしたくない」
「同感だね」
会話が途切れ、車に奇妙な沈黙が生じる。
数分後、クッとダンテが喉を鳴らした。
「どうした?」
怪訝そうにバージルが眉を顰める。
「いや……」
窓に肘をつき、ダンテは苦笑した。
「『father』はキツかったな、と思ってね」
「……ああ。」
「あれ、冗談だよな?」
「そう思いたいが」
「……」
「……」
静寂が車内に満ちる。
それを壊したのは、の寝言だった。
苦しげに眉を寄せて、一言囁く。

「ん……だめ、バージル……」

キキィ!
バージルがハンドルを切り損ねた。
衝撃でドアにごちーんと頭をぶつけるダンテ。
みるみる膨れるたんこぶを擦りながら、鬼のような形相でバージルを睨んだ。
「アンタ、あいつに何したんだよ!?」
「な、何もしていない……と思う」
珍しく狼狽しているバージル。
何事もなかったように、が寝返りをうった。

「ダンテも食べすぎ……お腹壊すよ……すー……」

のどかな寝言に、前の座席の二人ははぁあと溜め息をついた。
「今日の夢を見ているらしいな」
「紛らわしいっつの……」
心臓に悪いぜとぼやきながら、ダンテは後ろを振り返る。
車内の不穏な空気にも、激しい揺れにも起きることなくこんこんと眠る
「なあ。こういうときは」
「お前の言いたいことは分かる」
双子はそれぞれをそっと見つめる。
バージルはバックミラー越しに、ダンテは振り返った姿勢で。


「「Sweet dreams」」


──いい夢を。







→ afterword

「お前も寝ろ」
「え、いいのか?」
「二時間したら起こす。そのときに運転を代われ」
「OK。ダッシュボードんとこに、ガム入ってるぜ」
「分かった。貰おう」
「じゃ、二時間な」
「ああ」

ヒロインが知らないところで、こーんな会話があったらいいと思います。
長距離ドライブでただ眠っているだけでいいっていうのが許されるのって、相当しあわせな関係かと。

長い夢、お疲れさまでした。
また双子とわいわいデートする夢も書きたいです。
ここまでお付き合い頂き、どうもありがとうございました!
2008.8.12