宅に残ったダンテは、期待を裏切らず彼女の心を癒していた。
「よく食べるねー!」
ダンテの目の前、ゴールデニアファミリーの食器がこれでもかと積み重なっている。
お手製のピザにストロベリーサンデー(彼の大好物だとのブログにあった)は、次から次へとダンテの胃に収まっていく。見ていて気持ちいい食べっぷりだ。
「いつもこんなに食べるの?」
スプーンを持ったまま、ダンテは大きく頷いた。
「それで太らないのは羨ましいよ」
ダンテは力瘤を作ってみせた。確かに彼の運動量からしたら、摂取したカロリーよりも消費するカロリーの方が大きそうだ。
「お」
こうしている間にも、彼の皿は空になっている。
「まさか、もっと食べる?」
若干照れくさそうにダンテは頷いた。
「待っててね、よそってくる」
と、が席を離れたとき、テーブルの上の携帯が鳴った。
何となくダンテと視線を交わす。からの電話で、バージルが暴れて手が付けられないとか?
「はい、もしもし」
電話は仕事の上司からだった。
しごと、と口の動きだけでダンテに伝えて、会話に戻る。携帯を肩と頬で押さえて、空いた手でダンテにおかわりを盛ってやった。
皿を受け取ると、ダンテはとっとっと歩いて席に戻る。その軽快な後ろ姿を見ているだけで、はほんわかした心持ちになった。
上司からの電話は、大抵が面倒な仕事の追加だ。今回もまた例外ではなく、は通話相手に聞こえないようにため息をついた。
「はい。23日までにですか?出来ますよ」
納期まで一週間近くあれば問題ない。はいつものように請け合って、普通に通話を終了させた。
携帯を置いてから、あっと気付く。
(忘れてた)
今はお客様を預かっているんだった。
(まあ、特に問題ないか)
ダンテはいい子のようだ。
「ダンテくん、食後にスクラブルでもする?」
ボードゲームを見せると、ダンテは自信ありげに不敵に笑んだ。





宅から電車で1時間ほど。
「そんなに遠くないでしょ?わたしも驚いたんだ。あ、まあ、こびとの背丈から言ったら相当遠いかもしれないけど……」
バージルをかばんから出してやり、は部屋の電気をつけた。
「ようこそ我が家に」
ぱちりと明かりが灯され、中の様子が明らかになると、バージルはほっと肩を落とした。
そこまで汚くはない、とばかりにを振り返る。
「あ、まだ何とかなりそうな汚部屋レベルだった?」
玄関マットで丁寧に靴の裏の汚れを落とすと、バージルは真っ先にジェンガの山に近づいた。
「それ、ダンテとよく遊ぶの。だから出しっぱなし」
呆れ顔で、彼は積み木を引きずって元の箱に収め始めた。
その途中で「黒髭危機一髪」がばら撒かれているのに気づく。
「あ、それもよく遊ぶの……」
バージルはを振り向きもしない。背中だけで「言い訳は無用」と語る。
「はい、わたしはこっちですね……」
は申し訳なさそうに黒髭の方を片付け始めた。
確かにこの「物を使った後は仕舞う」という基本事項が守られていれば、部屋が散らかるわけがない。
物凄くてきぱきと、バージルはジェンガを片してしまった。
それに遅れて、も黒髭を元の箱に仕舞い終わった。
「片付けたよー」
ぽんと箱の上蓋を叩いて知らせると、やっとバージルがこちらを向いた。
『それでいい』とばかりに微笑する。
(うわぁ)
どうして今、心臓が飛び跳ねたのだろう。
さんと一緒にいたら、いつもあんな感じに笑うのかな)
この場に彼女がいたら全力で否定するようなことを、は考えた。
(青つまようじにも刺されてみたいけど……ん?)
気付けばバージルが傍に来ていた。
「あ。お腹すいた?そろそろご飯の時間だもんね」
それから、「バージルはあんまりこてこてしたご飯が好きじゃないんだ」というのアドバイスのもと、いっそ質素と呼べるくらいのあっさりメニューを二人で分け、あまり休まない内にバージルは食卓を立った。また掃除を始めるようだ。
みるみる間に、周辺は整理整頓されていく。
Swinging Monkeyもちゃっちゃと仕舞い、さて次と目を巡らし、几帳面なこびとは早速目標を見つけたようだ。
「あーっ!それはだめ!ほんとによく遊ぶの!」
は慌てて携帯ゲーム機をバージルから引き離した。
彼は「そういう行動から汚い部屋が始まるんだ」と腰に手を当てた。
「ごめんね。遊んだらケースに戻すから!……そうだ」
はゲーム機をぱちんと開いた。二画面のそれを、バージルの前にどんと置く。
「掃除頑張ったから、ちょっと休もう。一緒に遊ぼうよ!」
ぴろーんと軽やかな音がして、こびとの意向を聞く前にゲームが始まる。
「スーパーマルオ、知ってるでしょ?いつもね、ダンテと操作を半分こして協力プレイするんだ」
嫌がってじりじり下がるバージルに、は抜け目なく本体を寄せて押しつける。
「ほらほら!ちょっとだけでも!」
出会ってまだ一日目。に対して攻撃性より遠慮が勝るバージルは、乗り気でない様子を隠しもせずボタンに足を乗せた。





ダンテとのゲームは、とても楽しかった。
お互い白熱する性格なのだが、それでいてダンテは負けてもこちらを睨んできたり八つ当たりしてきたりしないし、悔しそうに頭をかいたり両手を広げたりするだけだ。
こびととゲームをしたのにこんなに平和に団欒の時間が過ぎていった試しはないかもしれない。
そもそもバージルと単語ゲームをしても、圧倒的大差をつけられて負けてしまうので、はあまり面白くない。
ダンテとは本当に同じくらいの実力なので、勝ったり負けたり理想的だった。
「さてと」
ボードゲームをきっちり箱に戻し、はダンテに目線を合わせた。
「遊んだ後は、仕事しなきゃね」
ダンテが「OK」と口を動かしたのを見てから、机に向かう。面倒ではあるが、仕事をしなければ食べていけない。こびと共々、食いっぱぐれるのは御免である。
……と、は、背中にダンテの視線を背中に感じた。
「ん?」
振り返ると、彼は何か物を言いたそうな眼差しをこちらに向けている。
「……ああ、ごめんね!暇だったよね、そうだよね!」
頭はすっかり仕事モードに切り替わっていて、小さなお客様の時間潰しについて忘れていた。
バージルなら放っておけば勝手に読書を始めるが、ダンテはこの家の勝手が分からないから本を探してみようもないではないか。
「はい、どうぞ!好きなの選んで!」
どさっと本の山(こびとにとっては比喩でなく本当に山だ)を積み上げてやる。ついでにバージルがよく使っているペーパーウェイトも転がして置く。
……が、ダンテはそのどれもを困惑した表情で見渡した。
「……お気に召しそうなの、ない?」
彼は曖昧に右左と目を揺らした。
暇を持て余したダンテは、すぐにの隣に来て、ちょこんとマウスの上に座った。ちいさな青空色の瞳ふたつぶで、じっとこちらを見上げる。
(か、可愛い……っ!!)
かつてこれほどまでに、こびとの愛くるしさに胸が締め付けられたことがあっただろうか。
(バージルも可愛いとこはある……あった……と思うんだけど)
可愛いと褒めても喜ぶどころか激しい怒りをぶつけてくるので、の頭には「バージル=可愛い」の図式は存在していない。
しばらくしてやはり暇になってしまったか、ダンテはマウスから降り、本の山に降り立った。そしてバージルが最近よく読むフォレットの上に腰掛けて足をぶらぶらさせている。
この家にある、厚さ5センチ以上の本は、大抵がバージルのセレクトだ。
バージルはあまり外出を好まないが、が本屋に行くときだけは必ず同行する。かばんの外ポケットから用心深く顔を出し、あれを取れこれを取れとに指示を出す。おかげで宅にはだいぶ本が増えた。フォレットもそのうちの一冊だ。
が、双子と言えど、ダンテにしてみればフォレットもただの椅子同然らしい。
(分かる分かる)
あんまりにもバージルが本から離れないので、そんなに面白い内容なのかとも読み出したのだが、黒々と細かい文字と電話帳なみに終わりが見えない厚さに絶望を覚え、結局10ページも読まないまま寝落ちしてしまった。そしてうっかり表紙によだれをつけてしまい、バージルに雷を落とされたのだった……。
(バージル、どうしてるかな)
ふとダンテと目が合い、は反射的ににっこり微笑み返した。
「ダンテくん、慣れてない家で疲れてない?もうベッド行く?」
遠慮からなのか少し間を置いてから、こびとは頷いた。
ダンテにベッドを用意してやってから、は何となく辺りを見渡した。
この部屋はいつもより賑やかで、そして、いつもよりも静かだ。





とバージルの共同作業は、あまり上手くいったとは言えなかった。
「ああっ、また落ちたー」
二人が操作するキャラクターは、画面の中のたった1マスの穴すらも飛び越せない。
「慣性とか、あんまり難しいこと考えなくていいんだよ?マルオがこの辺りに来たら」
は穴のちょっと手前に指を置く。
「バージルくんは×ボタンを押すの」
それは分かっている、と面倒くさそうにバージルは頷いた。
再スタートしてみても、の「はい!」という掛け声も虚しくマルオは穴に沈んでいった。
(た、タイミングが合わない……)
ダンテとゲームをしているとき、最初こそゲームオーバーになったが、コツを掴んだら息がぴったりだったのに。
ゲームに限らず、ダンテとはすべての物事がそんな風だった気がする。
「や、やめとこうか」
待ってましたとばかりにバージルが本体から降りた。
バージルが窓の外を見やった。つられてもそちらを見た。もうとっぷり夜が更けている。
「疲れた?もう寝る?」
すこし考え、バージルは頷いた。
「はい、どうぞ」
はこびと用ベッドをとんとん叩いた。
しかしバージルは惑いを込めてをちらりと見上げた。
「ん?」
はその視線の意図が掴めず、首を傾げた。
彼の目の前には、いつもダンテが使っているベッドがある。
(まさか、そこで寝るの嫌とか?)
そんなに兄弟仲が悪いのかと苦笑しつつ、シーツをパンとてのひらで払ってみせた。
「大丈夫、シーツとかブランケットは洗ってあるよ」
そうじゃない、とバージルはふるふると視線を揺らした。その仕草が妙にぎこちない。
(……何だろう……)
意思が通じないと見切ったのか、バージルは自分で実行に移した。
ずっ、ずっ、とおままごと用のベッドをずらす。人間の耳には届かない程ささやかな音を立て、とこびとのベッドはてのひらの大きさ分だけ距離があいた。
バージルが一息ついたところで、
(……ああ!)
も合点がいった。
「普段さんとは別の部屋で寝てるとか?」
バージルは困ったように視線を揺らした。説明する代わりに小さいベッドを指指す。
「……これくらい空いてる、ってこと?」
彼はこくりと頷いた。
微妙な距離だ。つかず離れず。こびとの機嫌を損ねず。
さん、大事にしてくれてるんだね」
バージルは、ふんと鼻を鳴らしたようだった。『どうだかな』とその不敵な表情は語る。
うちのはこ憎たらしくて。はそう苦笑していたが、その実、可愛らしくて仕方ないに違いない。
(ダンテはどうしてるかなあ……)
自分のベッドに潜り込みながら、は今は宅でぬくぬくしているだろうダンテを想った。





深夜、宅。
ダンテは居心地が悪そうにもぞもぞ寝返りを打っていた。
まだ初日。しかし既に時間を持て余して暇である。
座るかあちこちをぷらぷらするしかしていなかった身体は、夜更けになってもちっとも疲れていない。
ついにダンテは起き上がった。
首をうーんと伸ばすと、辛うじての寝顔が見えた。仕事で疲れたのだろう、ぐっすり眠っている。
その隣をそーっと歩き、ダンテは彼女のパソコンをスリープから起こした。
いくつかのウインドウを下に閉じ、のブログを開く。
もちろんと言うべきか、それは更新されていなかった。
いつもならはダンテと二人で顔を並べて記事を書いてアップするのだが、それをバージルとはしなかったらしい。
ダンテはちいさく笑った。笑うと同時に、「いつも」が遠すぎて切なくなった。
ちら、とを振り返る。
いくばくか逡巡し、ダンテはパソコン横のメモを一枚はいだ。側のボールペンを担ぎ、ずるずる引きずり歩く。ダンテの後ろにはミミズが這った跡——文字のように読めなくもない──が綴られた。
書き終わると、ダンテはよいしょと机からジャンプした。
確かここに来るときは、電車に小一時間ほど揺られていた。
よーいどんのポーズでスタートを切ってから、ダンテはすいすい夜の中を駆けた。
急がなくては。
朝が来る前に。





深夜、宅。
どうにも眠れないバージルは、そろりとベッドから起き出した。
横ではがすやすやと眠っている。
あまりそちらを見ないように気を遣いつつ、パソコンへ向かう。
パソコンはスリープ状態になっていたので、バージルはマウスに体重を掛けてクリックした。
画面には、彼女のブログが開かれていた。
まっさらに手がつけられていない『今日の記事』に、バージルはため息をつく。向こうもこのブログを見ただろうか。
もう一度だけの方を振り返り、バージルは意を固めた。
マウスを押してメニューからメモ帳を開き、ぽちぽちと文字を打つ。いちいち画面を見上げ、確かめてから次のキーへ移動する。今のサイズの彼にとっては重労働だ。
書き終えてからミスタイプがないか確かめ、そして机から降りる。
電車で一時間。この足ではどれだけかかるだろう。
まだ真っ暗な外に飛び出し、バージルにしては珍しく気が急いていた。
急がなくては。
朝が来てしまう。



その後、準天頂衛星でも追い掛けられない程ちいさな彼らの旅路は、いつまでもいつまでもてくてく点々と続いた。
道路の右と左、こっそりすれ違っていたことを、二人は知らない。





が目覚めると、こびとベッドは空だった。
「……あれ?」
まだぼーっとしつつ、時計を見上げる。
(寝坊したかも)
バージルは規則正しい生活をしていると、が言っていたような気がする。
「ごめんねー、今起きますね」
のそのそシーツを出る。
と、パソコンがついていることに気がついた。
「あれ?スリープにしとかなかったっけ」
省エネモードの薄暗い画面が広がっている。
「せっかくだし、さんにメールでも送ろうか」
マウスに触れてパソコンを起こす。
「……?」
現れたのは、いつものデスクトップ画面ではなく、メモ帳だった。
訝しみながら文を目で追い、は愕然とした。
「……バージルくん、帰っちゃった!」
世話になったと、生真面目な文章がつらつらと残されている。
もう一度メモを頭から読もうとマウスを動かすと、その手に何かがふわりと腰掛けた。
「ねえねえダンテ、バージルくん帰っちゃったみたいなんだけど……」
ん?
当たり前に『彼』に話し掛けてから、文字通り、はフリーズした。
「ダンテ!?」
夢幻ではない。本人だ。肩を竦めてひらりと手を振っている。
「……帰って来たの?」
頷き、ダンテはの手から滑り降りた。
全身ぼろぼろに汚して、バツが悪そうに笑う表情は、いくらバージルと双子といえど見間違いようがない。ダンテだ。
「……しょうがないなぁ」
帰って来てしまったのか。
一人でてくてく、長い距離を。
「……さんにきちんと躾けてもらえば良かったのに」
怒る口調なのに、声が弾んでしまうのはもう仕方ない。
ダンテはダンテで何か言い訳めいたことを口にしているのだろう、もごもご口が動いている。
「まったく、服も顔も真っ黒じゃない」
これ以上彼を見ていたら、顔がとろけてしまいそうだ。
無理矢理ダンテから視線を剥がし、汚れた彼のために、チェストから新しい服を取り出してやる。
適当に手にした衣装はディスコのミラーボールが似合いそうなシャツとベルボトムだったが、ダンテは意に介さず受け取った。
(あれダメこれダメ、なんて言わないからどう見てもダンテ)
バージルが自分を騙しているのでは?との最後まで胸をかすめた僅かな疑惑の残滓も、ここで綺麗さっぱり消えた。
更に、流し台でシャワーを浴びて服を着替えてダンテがとことこ向かった先は、ゲーム機だった。
やろうぜ!とシャツの袖を腕捲りしてを呼ぶ。
「いいけど……」
よもやさんちにはマルオがないからうちに帰って来たわけじゃあるまいな、とは訝しんだ。
(……まさかね)
やる気に満ちた彼のために、ゲーム機を開いてやる。ダンテは自分でスタートボタンを押してマルオを始めた。
開始早々、あっさりとステージをクリアする。
(やっぱり)
ダンテとは息ぴったりだ。
「ところでダンテ」
うん?と彼はちいさい顔を思い切り反らした。
「クリスマスにさん達が来ることに変わりはないんだから、ダンテもバージルくん並にお片付け手伝ってくれないと駄目だよ」
げっ。の耳にダンテの声が聞こえたような気がした。





翌朝。
どうもこめかみの辺りがちくちく痛む。うーんと唸り起き上がり、は──素っ頓狂な声を上げた。
彼女の枕の横には、真っ黒にくたびれた洋服を着込んだ薄汚い人形が、もとい、こびとがいたのだ。
「ダンテくんっ!!?どうしたの!?」
両てのひらで掬い上げて、埃っぽい頭を撫でて頬を擦る。彼はまだ意識が無意識の淵にあるのか、されるがままにくたくたしている。
「……うん、これで少しは綺麗に……痛っ!」
お尻の辺りを叩いた瞬間、こめかみにチクンとやられた。
灰色の顔を精一杯に真っ赤にし、こびとがわなわなと怒っていた。
「え……」
は目の前のこびとを凝視した。
(この鬼のような形相)
青つまようじ。
「……バージル!?」
今分かったのかと、バージルは盛大に嫌そうな顔をした。
「何、まさか歩いて帰って来たの!?」
バージルは面倒そうに頷いた。
「え、ちょっと待って、じゃあ、ダンテくんは?」
知らん。バージルはそっぽを向き──、その視界の端っこで何かを見つけたようだ。一枚の紙をに持って来る。
メモには、かろうじて『仕事の邪魔になりそうだから帰る。ピザとサンデーありがとう』と読める文章が残されていた。
「ダンテくんも帰ったんだ……」
こびとたちは妙なところで双子らしさを発揮している。
気まずさにごほんと咳払いして、バージルは服を払った。真っ黒い埃が立つ。
「クリスマスでもないのに、煙突でも通って帰って来たの?」
バージルは玄関の郵便受けを指差した。
「ああ……」
よくも擦り抜けられたものだ。
「こんなに早く帰って来ると思わなかったから、キミの服、みんな洗濯中なんだ」
帰ってきたら喜んでもらおうと、シーツや何かも一切合財きれいにしようと準備中なのだ。
「身ひとつで帰ってきたんだよね?」
バージルはこくんと頷いた。に渡したお着替えセットは置いてきてしまったという。
「……ん?待てよ?」
まだ一着だけ洗っていないものがあることを思い出した。
イベント用で、箱のまま仕舞ってあるコスチュームが!
「じゃーん!よかったね、これでお着替えできますよー!」
青いサンタクロース服を前に、バージルは額に青筋を立ててぶるぶるした。
「汚いままでいいなら、別に構わないけどー」
すいっと服を片付けようとしたら、物凄い勢いでバージルが服を引ったくった。
サンタクロース衣装のマジックテープをベリッと開き、苛々と袖を通す。
「わー!似合うじゃない!すっごくかわ」
つまようじが飛んできたので、は口を閉ざした。
「ねえ、寒くない?とんがり帽子もあるよ」
バージルは無言でばしんと帽子を床に叩きつけた。これは要らないらしい。
手首の白いもこもこを何とか剥がせないものかと、バージルは必死で袖と格闘している。
苦笑しながら何とはなしに、は庭を見た。大して広くもない庭だが、そこには去年のクリスマスに使った樅の木が植えてある。
「いいこと思いついた!パーティーではバージルがオーナメントに」
からかおうとして、は背後の殺気を感じた。
こびとバージルの頭上に、青つまようじが10本くらいきらきら輝いている。わぁ綺麗とかもうオーナメントの練習なのとかそういう問題ではなくて、あれは『それ以上言うと撃つぞ』の脅迫だ。
「分かったよ、オーナメントは諦める」
片手を上げてひらひらする。バージルから不穏な空気が消えた。
……けれど。
(またサンタ服は着せてみたい!さんに見せてあげられたらなぁ)
さっきみたいに他の着替えを取り上げたら着てくれるだろうか等々、うっかり口に出したら青つまようじのサボテンにされそうなことを考える。
と。
ポコンと音がして、パソコンがメール着信を告げた。
「こんな朝にメール?」
メールはからだった。ダンテが帰って来たこと、バージルが居なくなってしまったことを心配する内容と、添付ファイル。
「写真?」
かちかちクリックして開くと、それはとダンテが仲良く顔を寄せて写っている写真だった。
は頭に三角巾をかぶり、ダンテはケンタ君のカフェエプロンを着けている。
「お掃除中なんだね」
の隣で、バージルはやれやれと腕を組んだ。
「ダンテくん、いい子だなぁ」
『バージルもうちに帰って来ました』とメールを打ちながら、ちらりと隣を窺う。
バージルはすっと視線を逸らした。
さんと違って、私はもう青つまようじ飽きたんだけど?」
今度はじーっと、バイオレンスなこびとを見る。
長いこと見つめ合いが続いた後、バージルはため息をついて根負けした。徒歩での帰宅がよほど堪えたのか、自分のベッドに向かう。
はちいさい背中を見送って、ふと思いつき、
「バージル。起きたらスクラブルしよう。手加減なしでいいから」
声を掛けた。
バージルは肩越しに振り返ると、自信たっぷり『俺が手加減などするか』と眉を上げた。
その後——ゲームではが勝利し、バージルが青つまようじを飛ばして怒ることもなかった。
一日の交歓ではあったが確実に効果だと、は深く感心したのだった。







→ afterword

『てのひら』シリーズ、ついに双子が揃ったというお話でした。(すぐ別れちゃったけど)
とりあえず……ダンテくんはあんまり同居人を選ばないと思いました
そういえば、作中で書いた「スウィンギングモンキー」ですが、日本ではもう売ってないんでしょうか。
子供のころ親戚の家で遊んで、「これ可愛い!大人になったら買う!」ととても印象が強かったおもちゃなのですが、アマ○ンで検索しても分かりませんでした;海外では19ドル程でまだあるみたいなのにー
色とりどりのさると一緒に枝にぶら下がるダンテくんとか、一生懸命に片付けるバージルくんとか、なかなか可愛い絵面なのですが…!

個別になるか双子になるかは分かりませんが、またこのシリーズを書けたらいいなぁと思っています。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました!
素敵なホリデーシーズンをお過ごしください!
2012.12.23