てのひらネロくん




「また誰かがおもちゃ出しっぱなしにしてる」
キリエはくすくす笑って、子どもたちが踏んで壊してしまう前に、床に置かれたフィギュアを手に取った。
ずしりと重い、そしてやけに精巧なそのおもちゃ。
「こんな高そうなおもちゃ、あったかしら」
凝り性のニコお手製だったり?
そうっとフィギュアを表に返す。
と、
「きゃあっ!?」
フィギュアが動いた。
居心地が悪そうに、キリエの手の中でうにゃらうにゃらと動く。
気持ち悪いと取り落とす寸前、あることに気が付いた。
「……ネロ!?」
それはどこからどうみても、ネロをそっくりそのままぎゅーっとちいさくした玩具にしか見えなかった。
気まずそうに鼻をかいたり、視線の逸らし方までそっくりそのまま。
玩具というより──どう見ても本人。
「ネロ……なのよね?」
恐る恐る訊ねてみる。
てのひらの上の恋人は、むすりと頷いた。
あぐらをかいて、キリエを見上げる。
「どうしてこうなっちゃったの?」
I don’t know.
ネロが両腕を広げた。声は聞こえないものの、彼がそう答えたのは分かる。
眉が下がった困り顔は、本当にネロのままで。
「……ふふっ」
ついつい、胸がきゅんとときめいてしまう。
「ネロ、可愛いわ」
指でそうっと顔を撫でる。ネロは困り顔はそのままに、おとなしくじいっとされるがままになっていた。
「でも、困ったね。いつまでもこんな可愛いままじゃ……どうしたらいいのかしら。ニコに調べてもらう?」
ネロは実に嫌そうに口を歪めた。
「あなたは嫌かもしれないけど、でも……」
はあ。
ふたりして重くため息をついた時、ノックもなしに背後のドアがいきなり開いた。



バージルが扉を開けると、目の前にはキリエが目をまんまるくして立っていた。
「……さっき何か悲鳴が聞こえたが」
辺りを見回す。特に異変はないようだ。
「な、何でもありません」
いつもより狼狽した様子で、キリエが一歩下がった。
「……。」
何となく面白くない。バージルは目を細めた。
ダンテに無理やりこの家に連れて来られて約一週間、この女には何かと世話になっている。だから困っていることがあれば手を貸してやらんこともない。悲鳴を聞きつけ、親切心を引っ張り出してわざわざ来たのに。
すっと足を踏み出せば、キリエががばりと手を後ろに回した。
「何を隠した?」
「何でもないんです、本当に」
「見せてみろ」
埒があかない。
手を伸ばそうとしたところへ、
ぽん!
ポップコーンが弾けるような音が鳴り響いた。
ちくっとてのひらに痛みが刺して、バージルは視線を落とす。
「何だ?」
ぽん!ぽん!と立て続けに、音と痛みはバージルを威嚇する。
音を辿って、瞠目した。
キリエのてのひらの上、眦を上げてこちらに銃を構える、何かの──いや、ネロの姿。
バージルはキリエ程には驚かなかった。何故ならば。
(アレは)
懐かしいサイズなのだ。
『彼女』がこびとだ何だと騒いだ姿。
何の呪いか因果か、自分もダンテも、まさかネロまで経験するとは。
「これは、その」
なおもキリエはネロを庇おうとする。
ネロはネロで、右手を後ろに「キリエは下がってろ!」ポーズのまま、バージルから目を離さない。
「ほう。その姿になっても騎士気取りか」
揶揄うような眼差しでネロを見遣る。
ネロはブルーローズをホルスターに収め、今度は鉛筆よりちいさいレッドクイーンを油断なく構えた。いつものようにアクセルを噴かそうとするも、今はキリエの肌の上にいると気付いて、慌てて大剣を担ぎ直す。
バージルは軽く頷いた。
「そうだ、やめておけ。小さくなっても、武器が当たると人間にはなかなか痛いらしいからな」
派手な立ち回りの余波で、キリエを傷つけたくないのなら。
言外に言い含め、バージルはあっさり踵を返す。
悲鳴の心配は徒労に終わった。
アレはキリエに有害なものではない。
「あ、待ってください」
部屋を出かけたバージルを、キリエが慌てて呼び止めた。
「何かご存知なら、教えてください。どうしたらネロが元に戻れるのか」
必死な問いに、バージルはゆっくり振り返る。
これ以上ないほど真剣なキリエ。
彼女の手の上にあっても最大の警戒を解かないネロ。
順繰りに眺めれば、うっかり口角が上がりそうになる。
「……心配いらん。おまえ達なら今晩にでも戻るだろう」
「え?」
は?
ネロもぽかんと口を開ける。
ふんと鼻を鳴らして、バージルは──若干の羨望を瞳に滲ませた。
「その姿、せいぜい楽しんでおくといい」
「楽しむ……?」
首を傾げたキリエとネロを場に残し、今度こそバージルは部屋を出た。


ふたり取り残され、キリエはふうと肩から力を抜いた。
突然現れたネロの父だという人物は、まだすこし怖い。怖いけれど……
ぺたりとネロがキリエの頰に触れた。
大丈夫か?
そんな声が聞こえそうだ。
「ありがとう、ネロ。びっくりしたね」
だけど、とドアを振り返る。
「すぐに姿戻るって。良かったじゃない」
ネロがぴくぴくと鼻に皺を寄せた。
信じるのか?
「私は信じる。ネロのお父さんだもの」
キリエは誰でもすぐ信じちまうんだからな。
ネロはやれやれと苦笑した。
「言われた通り、可愛いネロを楽しもうかな」
おい、キリエ。
「ふふ。ネロ、お人形さんみたい。ねえ、覚えてない?ちいさい頃のこと。おままごと嫌がってても、結局最後は付き合ってくれたのよね」
……そんなことあったか?
「私は覚えてるよ」
ふわりとネロに頰を寄せる。お人形サイズになってしまったものの、心意気は見事にキリエの王子様のままのネロ。
そういや、俺も覚えてる気がするよ。
ネロはキリエの頰にそっとキスした。



──その日の夕食。
何食わぬ顔で食卓に揃っているネロとキリエはどちらも一回もバージルに目を合わせることはなかったし、バージルも特に何か言うこともなかったのだった。







→ afterword

拍手お礼に載せていた短文です。
Father knows everything.
この3人が揃うシーン書けるなんて…幸せすぎて狂ってしまいそうです!!

ネロキリ!
双子がこびとになった時との違いは、最初からお相手と心が通じてるから、意思疎通にあまり不自由してないところ!
さすがです。
それでは、ここまでお読みくださってありがとうございました!
2019.6.10〜7.28