ダンテとの『共闘』──もしもゲームの登場人物を操作することをそう表現できるのなら──は、信じられないくらい楽しかった。
来る日も来る日も急かされるように、私はテレビに向かってコントローラを持っている。
コツを掴んだのか、それとも手の皮膚が厚くなったのか、手指はそれほど痛くなくなってきたし(代わりに手に入れたタコは名誉の負傷だ)、そもそもそんなことはどうでもよくなるくらいストーリーにのめり込んでいた。
ダンテと敵対しているバージルにしても魅力的で、彼と再戦したときはまたもコンティニューラッシュだったけれど、それすら私は飽きることなく楽しんでいた。
今日はこれからミッション19。週末なので、今日はどんなことがあっても最後まで進めるつもりだ。
物語は佳境を迎えている。
ダンテが対峙したのは、かつて人間だったものが身を落として変身した、ぐんにゃりと巨大な悪魔。あんまりかっこよくはないけれど、だからと言って弱い保証はどこにもない。
「また時間かかりそう……」
ムービーを見ながら溜め息をついたとき、ダンテに向かってそいつの手が伸びてきた。
「危ない!」
捕まえられる寸前、それは何かに断ち切られる。
何、と思った私の視線そのままに画面の視点が動く。その先にいたのは、
「バージル!?」
途中から姿の見えなくなっていた彼だった。
「どこから……っていうか、かっこよすぎる」
ダンテは『主役気取りか』と怒っている。確かに。私も全面的に同意した。
画面の中、揃った二人は堂々と敵に向かって行く。
「ムービーで倒してくれるのかな?」
淡い期待を寄せてみるも、
「そんなわけないよね」
自分で操作しなければいけない戦いが始まった。こうなるとダンテの動きが一気にかっこ悪くなってしまうのが悲しい。 いつものようにとりあえず横転の練習から始めたとき、画面の端っこでダンテと一緒に横転している影が見えた。バージルだ。
「え、一緒に戦ってくれるんだ!」
それは心強い。
と、うきうきしたのもほんの束の間。
「……魔人化できない……」
ダンテはどういうわけか、魔人化できなくなっている。
体力の回復や能力強化に多大な恩恵のある魔人状態が使えないのは、初心者プレイヤーの私には相当厳しい。おまけに特殊な技までも出せなくなっている。
それらと引き換えになっていると思われるバージルは、見当違いな方向へ疾走居合している。敵対した時はよく食らったあの技が、今は何とも頼りなく見えてしまう。
「ちょっと、お兄さん……」
ダンテの操作だけでも手一杯なのに、バージルの動きまで考えないといけないのか。
一瞬気が遠くなってぼうっとしているうちに、画面が赤くなった。
まさかとは思っていたが、
「……バージルまでこっち睨まなくてもいいじゃない」
ダンテに呆れられるのはもはや慣れたけれど、さすがに二人から責められるのは辛い。しかもバージルの睨みは本当に、背筋が凍りそうなくらい冷たい。
──前以上に慎重な操作をしなければ。
私は一旦席を離れて、飲み物をたくさん手元に用意して腰を据えた。



私の技術も、まあまあ上達していたらしい。
ここまでの操作感覚を総動員して辛くも勝利を掠め取ると、ようやくムービーが始まった。
「やっと!」
感謝してコントローラを放り出す。
ダンテは銃でとどめを刺してくれるようだ。くるくる回された銃が構えられる寸前、しかしそれは敵に妨害されてしまう。
弾かれて飛んだ銃をしっかりキャッチしたのは、隣にいるバージル。
「あれ?」
展開についていけずに首を傾げた私に、ダンテは軽くウインクして、バージルは薄く笑んだ。
『よく見とけ!』みたいな表情の二人は背中合わせに銃を構え、

「JACKPOT!」

完全に私の心を撃ち抜いた。



時刻は何と夜12時を回っていた。
でももう止めるつもりはさらさら、ない。
さっきの衝撃のシーンから、まだ脈が慌ただしい。
「何なの……」
一人暮らしで独り言が増えたら恥ずかしいなあと思っていたけれど、これはもうしょうがない。
「まったくもう」
あの二人がかっこよすぎるのがいけないのだ。



それからもう数分休んでお茶を飲んで深呼吸して、やっとMission 20をスタートさせた。
ぐにゃぐにゃの敵を倒した後は、バージルとの戦いが待っていた。
これで三度目。バージルの手数も増えているけれど、こちらの魔具だって進化している。
数回のコンティニューは避けられなかったものの、ダンテは(当社比だけど)鮮やかにバージルに膝をつかせた。
それにしてもこの双子……最後の最後までケンカばかり。
「もうそろそろ仲直り?」
ラストを迎えそうな雰囲気にホッとしたものの、私の考えは甘かった。
二人はまた剣を構えて互いを睨む。
そして音の止まった一瞬後──ダンテの剣がバージルを斬っていた。
「痛い!」
いや、だから私が痛いわけはないんだけれど。
何となくお腹を押さえた私と同じような体勢で、バージルはふらふらと後ずさる。そのまま下がってしまったら、
「ああ!」
ダンテの制止も手も届かず、バージルは崩壊していく空間に後ろ向きで落ちていく……
私は言葉を失った。



ダンテが地上へ戻ると、あれほどひどく降っていた雨は上がっていた。けれど、空は鈍色で晴れ晴れとした気分ではない。
それでも気丈に振る舞うダンテのポーズと、それから勢いよく流れ出したエンドロールの激しい音楽とで、ようやく私も現実に戻った。
「クリアしちゃった」
二週間ほどかかっただろうか。
その間、手に豆をこさえつつ、ずーっとこのゲームにのめり込んでいた。
「弟に感謝しなくちゃ」
画面を眺めながら、溜め息をつく。
アクション、そもそもゲームすら苦手だと思っていたけれど、こんなに楽しめるとは。
「ダンテともバージルともお別れかあ」
奇妙な感覚がまだ残っている。
ダンテがバージルが、ずっと身近にいたような。一緒に冒険をしたような。──彼らと、親しくなれたような。
それもこの電源を切ったら終わり。
そう思うと、すこしだけ寂しいような気がした。
「……変なの」
たかがゲームなのに。大人にもなって。
「でも」
二人の姿を思い出す。
さらさらの銀髪に、鮮やかな空色の目。
「かっこよかったな……」

「それはどうも」

馴染んだ声が耳を掠めたような気がする。
「ん?」
私は何度か瞬きした。
テレビではスタッフロールはまだ続いていて、画面の中ではこのゲーム唯一の女の子であるレディが戦っている。
「……?」
ダンテの台詞にしては、唐突すぎる内容。
そういえばさっきまではダンテがレディと一緒にいたような気がしたのだけれど、今はレディ一人しか姿が見えない。
「主役がいない幕引き?」
「そりゃ、オレはこっちにいるから」
つんつん。
肩をつつかれた。
ダンテに。……え?
「ダンテーーー!?」
「自己紹介いらねぇって楽だな」
私の絶叫に若干引きつつも、ダンテはにぃっと目を細めた。
「つっても、オレはおまえの名前とか知らないんだ。名前、教えろよ」
、ですけど……」
何となく雰囲気に流されるまま答えると、ダンテは右手で私の手を勝手に掴んだ。
「改めてよろしくな、



握手して『もうトモダチ!』風なダンテとは逆に、私の頭は混乱したままだ。
「い、いったいどこから……?」
ホラー映画のようにテレビ画面からずるり、ではない。それは私がずっと見ていたから違うと言い切れる。
「あの扉から」
ダンテは玄関のドアを指差した。
「ほら。あんな感じで」
不意にドアに白いもやもやが現れて揺らめいたかと思うと、ぱりんと割れた。
ダンテの言葉通り、割れた欠片からもう一人のご登場。
「バージル!?」
青いコートの彼はすこしだけ顔を傾けてこちらを探るように見た。それからすぐに、ああと頷く。
「戦いのセンスに乏しい、あの女か」
「苦労したぜ」
ダンテもふわあと欠伸しながら右腕を肩からぐるりと回した。
「手加減のあんたにも苦戦するなんてな……初戦だけで30回は気絶した気がする」
「それはお前の実力もあるんじゃないのか?」
「いーや。コイツがオレを上手く乗りこなせなかっただけだね」
「……ちょっと!」
こっちが呆気に取られているのをいいことに、黙って聞いていれば!
怒鳴ると二人がはたと振り向いた。
「悪い悪い。思ったよりも時間食っちまったなーって思ってさ」
「同じ情景を何度も何度も繰り返すのは骨が折れたしな」
何だそれは!
全然、謝っている態度ではない。
「ま、おまえが諦めないで最後までクリアしてくれたお陰でこっちに来られたし、感謝はしてるんだぜ」
「途中、バイタルスターでも使えばいいものを。ゴールドオーブも手つかずのままだろう」
「あぁ、それそれ。オレも不思議だった。下手なクセして変な根性ある女だよな、は」
「使い方を知らなかったのか?」
「はは、まさか!それはねぇよな?」
「……」
「おい」
「……」
何やら便利なものがあったらしい。
「教えてくれればよかったのに」
そうしたら、この指のタコの数はもうちょっと減らせたかもしれない。恨みがましくダンテを見上げてみる。
「いや、そりゃ無理だろ?」
なおもじとりと睨む私の視線を避けるようにして、ダンテは部屋をきょろきょろ見渡した。
「狭ぇな。他の部屋は?」
突然現れたと思ったら、今度は家宅捜索のような質問。私はそっと肩を竦めて顔を振る。
「こことダイニング、ロフトだけです。貧しい一人暮らしですから」
「はあ!?……マジで?」
「そうですけど」
確かにダンテの事務所はなかなか広かったけど、ゲームの世界と現実の住宅事情を比べられてもどうしてみようもない。これでも日本の一人暮らしの部屋よりはずっと広いし、ロフト付きなのに安い優良物件だ。
きっぱり頷くと、ダンテはバージルをちらりと見て髪を揺らした。
「どうすんだ?」
バージルは斜め上を見た。
「仕方ないだろう」
「何が仕方ないんですか?」
私の疑問なんかそっちのけで、二人は何やら声なき会話をしている。
「あの、何が仕方ないんですか?」
じれったくなって重ねて訊くと、ようやくバージルが溜め息と共にこちらを向いた。
「しばらく世話になる」
「はあ」
まあ……いきなり現れた彼らを、ぽんと外へ放り出すわけにもいかない。二人の銀髪と青い目と整った外見は、ただそれだけで人目を引きそうだし。
深く考えずに返事した私に、ダンテがにやりと不吉に笑んだ。
「もう『No』はなしだぜ?」
「はあ?」
「狭い以外は住み心地よさそうだなー」
ぼふっ。
ダンテが勝手に私のベッドにダイブした。まだまだ新品も同然のベッドなのに、お構いなしにぼふぼふ跳ねて遊んでいる。
「ちょ、ちょっと何してるんですか!?」
「流石にベッドは彼女に譲るべきだろうな」
つ、と横に立ったバージルが腕を組む。
「そりゃそうか」
ちぇ、とダンテは起き上がる。
「あのう」
……彼らはさっきから何の話をしているのだろう。
住み心地だとか、ベッドは私に譲るべきだとか。
「……『しばらく』って、二、三時間ですよね?」
「まさか」
ダンテの目がまんまるになった。
「世話になると言ったら、少なくとも数週間だろう?」
バージルの目は細くなった。
「すうしゅうかん!?」
「帰る方法が見つかる迄な」
バージルが玄関の扉をこんこん叩いた。もちろんそれは白いもやは出て来ない、いつものうちのドアだ。
「つまり……」
私は交互に二人を見比べた。
「世話になるぜ」
ダンテがウインクした。





「なー、トマトジュースねえの?」
「ショウユも切れそうだぞ」
どうして彼らはこんなにも順応力が高いんだろう。
改めて自己紹介の後、こぢんまりとした部屋の中、二人はすっかり寛いでいる(既に冷蔵庫まで漁られている)。
空間が狭い。
大人三人(うち二人は大柄だ)がいれば当然だけれど、それだけではなく、こう、落ち着かない。ここは私が世帯主、家賃を払って住んでいる部屋なのに。
この二人にはそういう感情の機微が伝わっているのかいないのか。
まあ、呆れながらも、ちょっと楽しくなっている自分がいないこともない。
さっきクリアしたと思っていたゲーム、その続きがまだまだあると思えば、やっぱり嬉しい。
「買って来るから、待ってて」
「あ、ちょい待って。、腹減った!何かねぇの?」
「はいはい。……じゃコレ」
日系ストアで入手した梅味のポテトチップをダンテに渡す。味覚の違いに驚いてみればいい、とこっそり心の中でほくそ笑む。
「いってきます」
変な勧誘が来ても無視してねとか注意しようと思ったけれど、そんな必要はないだろう。
何せ彼らはあんなに強いんだから。
外へ出ると、私の真上に広がる空はCGみたいにきれいに晴れ渡っていた。





──が買い出しに出掛ける間、二人は大人しく待つ……わけではなく、ある物を探していた。
「あった」
バージルが摘まみ上げたのは、銀色のディスク。
ついさっきまでが遊んでいたゲームである。
「とりあえず、これはこうして」
ばきん!ダンテはディスクを空手チョップでかち割った。
それを見てからバージルが玄関に顎をしゃくる。
「後はあの扉から出なければいいと思うが」
「出たらどうなる?」
「そのディスクも割った今、どうなるかは分からんな。もう一回あちらに戻るのか、それとも永遠にこちらに留まるのか」
「オレはこっちがいい。誰かに操作されてしか動けねぇなんざ、二度と御免だね」
ダンテは、に支給されたポテトチップに目を落とした。変わった味だが、ぱりぱり食べる手がついつい止まらない。
一人占めされた袋の中身が空っぽになってしまう前に、バージルも手を突っ込む。ウメか、と感心しながら更にその手は進む。
お菓子が空になると、二人は本題に戻った。
「だから、どちらに転ぶか分からないと言っている」
「面倒くせぇ。調べる方法はあんのか?」
「手は尽くすが……」
「当分はここで過ごす、ってことだな〜」
自分の事務所よりかなり狭い部屋をぐるりと見回し、それからここの住人を思い出し──ダンテはくっと微笑む。
ゲームの中では自分たちの扱いがまるで下手だったが、こちらの世界ではどうなることか。
(This party's getting crazy!)
「調べんの、ゆっくりでいいぜ」
ダンテの言葉にバージルも深く頷いた。
「You got that right」

まるで帰る気のない彼らのMission Exがどれだけ続くかは、彼らの開発者達にも分からない。







→ afterword

Q.レディは来ないの?
A.(ご都合主義により)来ていません。あちらの世界の悪魔退治を細腕一本で担ってくれています。

もともとPC版1周年のお礼として書いていた夢だったので、ちょっと原点に戻ったような感じの内容になりました。
双子はいつになったらあっちの世界から来てくれるんでしょうか。いつでもキャモーン!なんですが(爆)

それでは、ここまでお付き合い下さいましてどうもありがとうございました♪
2009.8.9
2013.12.22 加筆修正