Surf and Turf




「バージル、ダンテ、ちゃん。おやつの時間よ!」
野原に透き通った声が響く。
「はぁい!」
呼ばれたこどもたちは、それぞれ持っていた木の棒に本にチョークに、全てその場に投げ出して立ち上がった。

ダンテが手を伸ばして、傍らの女の子と手を繋ぐ。
一緒に駆け出す寸前、
「まって。バージルも」
が立ち止まって、こちらに背を向けているバージルを振り返った。
「何してるんだ?」
ダンテが小首を傾げた。
バージルは足元に散らばったおもちゃたちをひとつひとつ拾っては律儀に草を払って、両腕に抱え集めた。
「遊びっぱなしはママに怒られる」
たちまちダンテとの頰が赤く染まる。
「ぼくも持つよ」
「わたしも」
ダンテが木の棒、がチョークと、自分が遊んでいた遊具をバージルから受け取った。
みんなできょろきょろと辺りを見回す。
「もう遊びっぱなしは何もないよな?」
「ない!」
「じゃあ、今度こそおやつだ!」
それから再びダンテとは手を繋いだが、
「あ……」
さっきバージルと繋ごうとしていた幼な子の手は、今はチョークの箱で塞がっている。
どうしようと考えるまでもなく、は箱をスカートのポケットに突っ込んだ。
「はい!」
笑顔とともに元気よく差し出されたのは、カラフルな粉でまだらにおめかししたちいさなてのひら。バージルは躊躇う様子も見せず、その手を取った。



家に到着すると、エヴァがにこにことこどもたちを出迎えてくれた。流れる金の髪は今日は後ろできゅっとまとめられ、それが何を意味するか知っているこどもたちの胸がいつも以上の期待に高鳴る。
靴音高く、ダンテがキッチンに飛び込んだ。
「ママ!おやつ!」
「その前に、まずは?」
「ただいま!」
「おかえりなさい。その次は?」
「手を洗う!」
「はい、いってらっしゃいな」
きちんと石鹸で手を洗って、お行儀よくテーブルに着席した三人の前に置かれたのは、エヴァ特製のショコラフレーズ。
まるいホールのケーキは、それだけでこどもたちをわくわくさせるもの。そこへきらきら輝くチョコレートのドレス、甘酸っぱいいちごの彩りが揃ったら。
「わぁ!」
「すごい!」
「おいしそう!」
次々上がる歓声に、エヴァがえへんと腰に両手を添えた。
「今日のは自信作よ」
「早く!早く切って!」
ダンテが待ちきれない様子でフォーク片手に身を乗り出した。
バージルはちょこんとおとなしそうに座っているが、目はもうケーキに釘付けだ。
はお客様なので、じりじり辛抱強く待っている。
それぞれの様子に愛おしそうに目を細め、エヴァはケーキナイフの柄をバージルに差し出した。
「じゃあ、切り分けるのはバージルにお願いしてもいいかしら。今日は四等分よ」
「うん」
すこし緊張した面持ちで、バージルがナイフを構える。
「みんな同じに分けるんだぞ!」
ダンテはもうテーブルに乗り上げそうだ。
「わかってる!ひざをテーブルに乗せるな!」
「ほらほら、ダンテとちゃんはじゃんけんして。どっちが先にケーキ選ぶのか決めなさい。ケンカはなしよ」
「はぁい」
ダンテとは、互いにこの上なく真剣に目を吊り上げて向き合った。
「じゃーんけーん」
「ぽん!」
の勝ち。
「ちぇーっ」
むすりと頰を膨らませたダンテを尻目に、はバージルの手元を見守った。
いちごとチョコレートホイップのツノ、それらを横断しないよう巧みに避けて、バージルは綺麗にケーキを四等分した。
「上手にできたわね」
ナイフを受け取ると、エヴァはバージルの頭を撫でた。大仕事を終え、バージルも満足気にため息をついた。
四等分されたケーキがひとつひとつ、そうっと小皿に乗せられる。ホールのままでは分からなかったクリームとスポンジの断面が、魅惑の層を成してみんなの前に現れた。
ぐぅぅ。
高らかに誰かのお腹が鳴った。
「さぁ、まずはちゃんから選んで」
そっと肩に手を置かれて、はどぎまぎしながらケーキと向かい合う。
バージルは確かに見事に切り分けた。
しかし!
(おおきいいちごのとこ、チョコの多いとこ……)
ひと切れひと切れ、それぞれ表情が違うのだ。これがこどもにとっては大変に悩ましい。
(ダンテはいちごがすきだし、バージルはチョコがすきだし、エヴァおばちゃんは……何もいわないけど、おとなだからおおきいのがいいよね)
ひと切れごとに、相手の顔が浮かんでは消える。は結局だれの顔も浮かばないケーキを選んだ。
「それでいいのね?」
「うん!」
「じゃ、ぼくはこれ!」
「ぼくはこっち」
二番目のダンテ、三番目のバージルと、双子はが予想した通りのお皿を選んだ。
最後に残ったお皿を引き寄せると、エヴァはにっこり笑っての髪をやさしく梳いた。





──十数年後。
「選べない……」
メニューを前に、はぐったりと肩を落とした。
今日は、双子が初めて自分達の手でお金を稼いだ記念日だ。
いつもの節約料理は空へ放り投げて散財すると決め、洒落たレストランに踏み込んだ。
そこまでは良かったが。
「選べない……」
バルサミコソースたっぷりのタリアータも、ハーブバターソースをまとった舌平目のポワレも。
気取って書かれた斜体の文字を見ただけでも、胃が歓喜のダンスを踊って今にも悲鳴を上げそうだ。
結局は、肉でも魚でもない、本日のシェフおすすめパスタに心を決めた。
「パスタにする」
途端にダンテがあんぐり口を開け、バージルが眉をひそめた。
「何だよ、せっかく奢ってやるんだから高いのにすりゃいいのに」
「本当にそれでいいのか?」
左右からステレオの立体音響で聞かれても、もはや心は動かない。
「パスタでいい。二人は決めたの?」
「俺は肉!」
「俺は魚だ」
迷った様子を微塵も見せず、双子はもう他のページを繰っている。
これもいつもの光景だ。
ダンテは肉料理を選ぶし、バージルは魚料理を好む。
カジュアルな食事の時と何ら変わらないオーダーに、の頰が緩んだ。
普段と違うことはと言えば、今日の双子はドレスコードに則ってジャケットを着込んでいることくらいか。
出がけのダンテは窮屈そうだったが、今はもう慣れて力が抜けたのか、その首から肩、そして腕へと続くラインがうつくしく流れ、たまらなく魅力的だ。
バージルの姿勢の良さは、こういうフォーマルでこそよく引き立つ。背中から腰まで直線的な線がスッと伸び、その力強さに惚れ惚れする。
にとって、初給料のご褒美はディナーでなく、この双子の着飾った姿だと言っても過言ではない。
「何ニヤついてんだ?」
「べーつにー?」
いつもよりカッコいいねなどと褒めてしまったら二人とも調子に乗るのが目に見えているので、とりあえずワインを飲むまでは絶対言わない予定である。
が、衆目を集めていることに気が付かない二人でもないので、それはの無意味な行動というものだろう。
「後で肉欲しがってもやんねーぞ」
「わかってます」
「ならば早くデザートを決めろ」
未練たらたらのままメインディッシュの文字から視線を剥がし、最後のページに辿り着く。
ここからまた悩み抜くことになるのかと思いきや、
「あ」
三人ともに、その一行に吸い寄せられた。
ショコラフレーズ。
いちごと、チョコと。
「決まりだな」
バージルがさっさとメニューを閉じ、ウェイターに目配せした。
「景気良く、ホールで行こうぜ」
ダンテがにやりと笑う。
「ナイフで切り分けるのはバージルね?」
もいたずらっぽく目を細めて応じる。
「……本気か?」
こくこく頷く二人に、バージルが深くため息をついた。
呆れ顔もそのままにバージルが代表でウェイターにオーダーする横、ダンテとは早くもケーキ選び一番乗りを賭け、拳を握る。
「じゃーんけーん」
「ぽん!」
の勝ち。
悔しそうなダンテと、どうだと言わんばかりに胸を反らす。それぞれを半目で見やってから、バージルは三等分の切り分け方を考え始めたのだった。







→ afterword

こういうレストランはホールじゃなくて個々でケーキを作るのでは、というツッコミは置いておくとして。
イタリアンとフレンチとごっちゃなのは、このお話の「選べないから、どっちも」テーマだとお許しください(今考えた
エヴァママに頭を撫でてもらうのがメインのお話でした。ママーーー

三等分って難しいですよね。
バージルさん結局どうやったのかな?繊細なようでいて大胆、案外適当だったら何だか嬉しい。
ダンテさんはその逆、大胆なようでいて案外繊細だったら嬉しいです。

本当は長さ的にもネタの軽さ的にも拍手お礼用に書いたのですが、使いたかった名前変換がうまくいかず…。
直でこちらにUpとなりました。

短いお話ですが、ちょっとでも楽しんでいただけたなら幸いです。
2019.10.22