trios crayons




「雨だー!」
お出掛け中に急に降られて、一気にびしょびしょになってしまった。
慌てて家に飛び込めば、
「っぷぁ!」
バスタオルが顔めがけて飛んで来る。
しかもそれがぽとりと落ちる前に誰かが受け止めてくれて、そのままわしゃわしゃと髪を拭いてくれる。
タオルで前が見えないなりに、には誰が何をしたのか当たり前のように分かった。
「バージル兄タオルありがと!ダンテ兄も拭いてくれてありがと!」
えへらと頬を緩ませながら「ただいまぁ」と声をかけるが、兄たちからは返事がない。
「?」
はもぞもぞとタオルから顔を出した。
彼らもやはり雨に打たれて帰宅したらしく、二人おなじ髪型になっている。
よほど濡れたのが嫌だったのか、長兄どころか次兄までもがしかめっつらだ。
「だから傘を持って出掛けろと言っただろうが」
「早くシャワー浴びて来な」
「……うん」
タオルドライから解放されて、とぼとぼとバスルームへ向かう。
(傘忘れたのはみんな同じじゃない)
なぜ自分だけ叱られるのか、納得できない理不尽さがぐずぐずもやもやお腹でとぐろを巻いている。
が、鏡に映った自分を見て、はようやく二人の機嫌が悪かった理由が判明した。
「これは……はしたない」
下着が透け透け。
こんな姿でよく外を走って帰ってこられたものだ。
もっと女らしくならなければとは思うものの、上が男二人だと、どうも自分は女友達と比べてがさつな部分が目立つというか、女子力が足りない気がしてならない。
(女子力……)
シャワーを浴びつつ考える。
オートマティックにシャンプーに手を伸ばし、
「あ」
ふと気づいた。
今まで何にも気にして来なかったが、シャンプーからコンディショナー、ボディソープに至るまで、全て兄と共有だ。
いつも用意されているものを適当に使っていて、自分専用のワンセットを持とうなどという考えすらも湧かなかった。
共有の一揃いはハーブのすっきりした香りが爽やかだし、どれもお気に入りなのだけれど……
「こういうとこから、かなぁ」
女らしくするって、めんどくさい。
末の妹は儚い吐息に肩を竦めた。



シャワーから出ると、ソファにはドライヤーが、テーブルにはほこほこ湯気の上るココアが用意されていた。
自然、の口元がにまぁと緩む。
マグを持ち、つつつとバージルに近寄る。
「兄稼業はやめるんじゃなかったの?」
このところ、兄を廃業する、おまえたちは勝手に生きていけ、俺はもう世話しないが口癖の彼をにこにこ眺める。
バージルは無表情のまま答えた。
「それはダンテだ」
「えっ」
はぎょっとなってダンテ兄を振り返った。彼は雑誌を開いたまま反応しない。
「珍しいね」
だから今日は雨が降っているのか。と舌先まで出かかったものの、何とか飲み込む。好意をわざわざ茶化すのは女の子らしくない気がする。
にっこり笑顔つきで、手をひらひらと振ってみる。
「ありがと、ダンテ兄」
ダンテ兄がちらりとこちらを向いた。どうぞ、と顔を斜めに揺らす。
ソファに座って、次兄特製ココアのマグを両手で大事に包んだ。陶器からじんわりとあたたかさが伝わってくる。なんとなくどきどきしながら口をつければ、全身からふうっと力が抜けた。
「バージル兄のより甘ーい」
ココアの味そのものは粉の量を間違えたのかちょっと薄めでミルクの味が勝っているが、かわりにマシュマロが雲のようにぷかぷか浮いて、舌が溶けそうなくらい甘い。ダンテとは味の好みが近いので、甘ったるさは気にならなかった。
ココアはあっという間に減っていった。
「そうだ!」
は、ぽかぽかあったまった体をぐるりと長兄に向けた。
「バージルお兄様」
猫撫で声を出すと、長兄は露骨に嫌そうな顔をした。
「何だ、気味が悪い」
「お小遣いをください」
渾身の、両手を揃えて「頂戴」ポーズ。
が、
「やらん」
兄の全てを凍りつかせる鋭い眼差しであっさりと却下されてしまった。
「今月分はやっただろう。まさか、もう使い切ったのか?」
は瞳をぐるりと回して兄の凝視から逃げる。
「ん、んー。日用品を買いたいんだけど」
「それなら一緒に買いに行けばいい」
「うー……一人で選びたいから……」
「……?」
「まあ、俺らには分かんねえ買い物もあるんだろ」
ダンテが助け船を出してくれた。ぽん、と彼のてのひらが頭に乗る。普段なら怒りたくなる子供扱いも、今だけは許そうとは思った。
「そうそう。だから」
更にてのひらをずいっと差し出す。
「……全く」
溜め息と共に、一家の大黒柱は腰のポケットから財布を取り出した。
「無駄遣いは許さんぞ」
釘を刺してくるのは忘れない。
「はーい」
無事にお小遣いをもらって、これがの女子力アップのスタート地点となったのだった。



雨上がりの街はシャワーを浴びて、なんだかさっぱりしたように見える。
背後には虹までかかって、は気分良く家を出た。
水たまりにうっかり踏み込んで泥を跳ねさせないように、いつもよりちいさい歩幅でとことこ歩く。
そうしては、普段はあまり入らない雑貨屋さんのドアを開いた。
途端、目に飛び込んでくる色とりどりの品、品、品。
「おぉ〜」
細々と並べられた食器、衣類、食品に至るまで、全てが信じられないくらい可愛らしい。
兄なら一瞬でかち割ってしまいそうな繊細な細身のグラス、兄なら絶対物足りないと言い出すSサイズのランチプレート。
「……って、おにいちゃんたちは関係ない!」
使うのは自分だ。兄から離れなければ。
見て回るだけで女の子らしさが育っていくような店内を、ゆっくり回る。あちらに気を取られ、こちらで立ち止まりつつ、やっとお目当てのコーナーに辿り着いた。
「シャンプー、どれがいいのかなぁ」
ずらりとボトルが並んだ一角。
どうせなら思いっきり女の子らしい、花の香りのものにしよう。
は手前から見本をくんくん試してみた。
「え?」
……わからない。
うちで使っている、いつものハーブの香りがいちばん好きな気がする。
「えぇー?」
もう一度、端の方から。
フローラル、グリーンフローラル、フルーツ、フルーティフローラル。
「フルーツ……は子どもっぽいかな」
フルーティフローラルが無難なところか。
ボディソープも同じラインのものがあったので、どうせならとそれも揃える。
どうもまだ違和感が拭えないけれど、使っているうちに花の香りが追々なじんでくるだろう。その時は、ちょっとでも女の子らしくなれているかもしれない。
一揃いを抱えてレジに持って行ったら、バージルから支給された額をあっさり飛び越えてしまった。レジスターの表示に、思わずは涙目になる。脳裏には、仏頂面で釘を刺してきた長兄の顔が浮かぶ。
(無駄遣いじゃないとは思いたいけど……)
女らしくするって、お金がかかる。
末の妹は儚い吐息に肩を竦めた。



翌日。
さっそくは新しいバスライン一式を試し、浮き立つ気持ちそのままに、るんるんとリビングに向かった。
「ねえねえ!」
雑誌を読んでいるダンテの前に立ちはだかる。
「んー?」
「どう?今日の私、何か違わない?」
「は?」
いきなり水を向けられ、ダンテは「変なもんでも食ったのか?」というような目でを見た。
じろじろ眺められること数秒。ダンテは無言で首を傾げた。
仕方ないので、はくるりと華麗にターンしてみせる。
「ほらほら、気づかない?」
更なるアピールを重ねれば、
「……くどい匂いがするぞ」
背後からもう一人の兄の声が刺さった。
「どうやら無駄遣いしたようだな」
バージルはその青い瞳のみならず、声まで凍らせている。
はびくりと肩を震わせた。
「これ、臭い!?」
「あー、シャンプー変えたのか。そういや見慣れねぇボトル置いてあったもんな」
ダンテがくんくんと鼻を利かせた。
次兄が近づくと、その軽やかな動きにつれて、いつものハーブのナチュラルな香りがかすかに漂う。
「あ」
の胸が疼いた。
「ん?どした?」
「ううん……」
絶対にそっちのハーブの香りの方がいい。のに。
は唇を尖らせた。
花よりハーブの香りの方が好みだなんて、自分はもはや普通の女子になれないのだろうか……
「立っていないで座れ」
いつの間にやらソファに座っていたバージルに手を引かれ、はその隣に腰を下ろした。
「はあ」
「誰かに何か言われでもしたか?」
ぽん。バージルのおおきな手が頭に置かれた。長兄には滅多にされない慰め。
「何だって!?それで妙なこと言い出したのか!?」
ダンテががばりと振り向いた。雑誌がばさりと床に落ちたが、まるで意に介していない。
兄たちそれぞれの反応に、の方が慌ててしまった。
「ち、違うよ。違うけど」
自分を心配するそっくりの顔ふたつに見つめられ、ちょっと気まずい。
「そのぉ……」
何だ?と双子の視線がハモって見える。
は誰とも目が合わなくて済む、斜め上を見上げた。
「誰に言われたわけでもないけど、ただ、女の子らしく、したいなぁ、って……」
「女の子?」
「らしくだと?」
「恥ずかしいから、リピートしないでください……」
わああと顔を両手で隠すと、ダンテがの髪をひとすじ手に受けた。すん、と匂いを嗅ぐ。
「悪かねぇけどな」
「だけどさっき、バージル兄はくどいって……」
「あまり嗅いだ事がない類の匂いだったからな」
バージルが前髪をかきあげる。こちらからもハーブのクリーンな香り。
は深呼吸した。
「お兄ちゃんから貰ったお金でシャンプー買っておいてなんだけど……」
はあ。深々と溜め息をつく。
「私、やっぱり、いつも使ってるのの方が好き」
ダンテが眉を下げた。
「あー……。まあ、な?長く使ってたから慣れてるんだろ」
「もったいないから使い切るけど」
スポンサーたるバージルを見る。
「終わったら、ハーブに戻っていい?」
「好きにしろ」
バージルは、つまらん話は終わったとばかりにさっさと立ち上がってしまった。
「どこか行くの?」
問えば、長兄は上から妹を見下ろした。存外やさしい表情で。
「ココアでも作ってやる」
「え」
は目をまるくした。兄稼業は再開なのだろうか。
横のダンテを見れば、こちらも何故だか苦笑い。
「……らしさや本質ってのは、そう簡単には変えられねぇもんだ」
「そういう事だ」
「……。」
これは慰めてくれているのだろうか。
は目を細めて二人を交互に見やった。
「……それって、私はもう女の子らしくなれないってこと?」
「無理とは言わんが、時間はかかるだろうな」
こちらを見もせず、バージルはあっさりキッチンへと消えた。
「ぇえー?」
「ま、あんま気にすんな。確かにおまえはガキっぽいけど、年相応だろ」
ダンテに、わしゃわしゃっと前髪をかき混ぜられる。
「ダンテ兄!」
「急いで大人になるのはもったいないぜ」
心なし早口で言うと、ダンテもリビングから出て行った。
「もうーーー」
乱された前髪を手櫛で整えて。
女らしくなるって、時間もかかるのか。
末の妹は儚い吐息に肩を竦めた。



一方その頃のキッチンには、神妙な空気が流れていた。
バージルの練ったココアにどばどばとマシュマロの雨を降らし、ダンテがぽつりと呟く。
「……アレは、結構キたよな?」
「……。」
「ハーブ使ってくれた方がマシだよな?」
「……。」
「なあ?」
「……まあな」
双子は揃って顔を振った。
──妹の気まぐれが、実は兄たちをちょっと焦らせていたこと。本人は知る由もなかった。







→ afterword

きっと双子が使ってるハーブのシャンプーはロクシ〇ン
久々に兄妹ネタ書いてて楽しかったです♪やはり双子に可愛がられるの最高でしかない…
妹ちゃん、そろそろ働こう?と思いつつも、長兄からお小遣いもらうのと無駄遣いを怒られるシーンが書きたくて!私としても彼女にはまだまだ子供でいて欲しいでs

短いですが、ここまで読んでくださってありがとうございました!
2020.1.26