あとちょっとの もどかしい感覚
確かめたくて 繋ぎたくて。



hotline




一人きりの復路は、実に味気無いものだった。
前までは一人が当然で、隣で賑やかに騒ぐ日本人を少しばかり煩いと感じたことも無きにしも非ず。
なのに先程は飛行機内でも、客室乗務員に何か勧められる度に隣に「はどうする?」と顔を向けてしまい、横の見知らぬサラリーマンに怪訝な視線を送られ。
車を運転すれば、必要ないのにバックのときに後ろを律儀に振り返る癖が抜けず、自宅のガレージではシャッターがいつまでも開かずに不思議に思えば、リモコン係のがいないからで。

──ぐだぐだである。

いつの間にか、隣にがいることがごく当たり前になっていた。
今頃、日本は眠りの中。
日程通りなら、タタミの上のフトンにくるまれてぬくぬくできていたはずだった。
朝になれば、朝食はが熱々の味噌汁をよそってくれて──
(愚弟め……)
バージルは煮えくり返ってとっくに沸点を吹っ切っている怒りを、更に燃え上がらせた。



予想はしていたが、家に着いても「何か足りない」ままだった。
異常に疲れて今日はもう寝ようと足が向いた先が、リビングのソファ。
もいないのだし、寝室で寝ればいいと思う。
思う、のだが。
「……。」
目覚めて朝いちばんに視界に映るのが、彼女の丸い背中だったりつむじだったり、わずかに開かれた甘そうな唇だったり
「……。やれやれ」
いつからこんな甘ったれになったものか。
快適なベッドより固いソファを選んだ理由を、「枕と毛布があって、すぐ寝られるからだ」と言い聞かせ……
バージルはソファで眠ったのだった。





一夜明けたが、時差にまだぼんやりと頭がうまく働かない。
そこへ、バージルが起床したのを見越したかのように携帯が鳴り響く。
相手ならもう分かっている。
「What's the hell ?」
地を這うような声で応答すれば。
「ご機嫌斜めか」
飄々と弟が返してくる。
「出て来られるか?お疲れなら、まだ少しは時間はあるぜ」
海外から呼びつけたことを多少は気にかけているらしいダンテだが、バージルは不機嫌を隠す気もさらさらない。
「さっさと片付ける」
落ち合う段取りを決めて、電話は手短に終わった。
そのまま携帯を置こうとして、に連絡を入れようか、少しだけ悩む。
……が、声を聞いたらまた、不要な感傷に引き摺られてしまう。
今回は仕事を片付ける方が先だ。
終われば、本人に会いに戻れるのだから。





は家でゆだっていた。
おかしなことだがバージルがいないとなると、日本の蒸し暑さが増したように感じる。
「まさかバージルってば人間エアコンてわけじゃないよねー」
彼の言動で胆が冷えることなら、しばしばあるが。
「そんなわけないですよねー」
暇なので、嫌がる猫を無理やりじゃらしてみる。
「にゃっ!」
黙って耐えていたミーコだったが、ついに痺れを切らして怒ってしまった。
尻尾をぺしぺし振りながら、とことこと奥へ去っていく。
「ミーコにもフラれたぁ……」
がくりと項垂れると、何だか余計に虚しくなった。
バージルには「英語の勉強をしていろ」と言われたが、こう暑くてはやる気も失せる。
それに。
「叱ってくれる人がいないと怠けちゃう……」
甘えだとは思うが、バージルに叱られるのも実は楽しい、のだ。
そんなことを打ち明けたら、どんな反応が返ってくるか分かったものではないのだが。
「バージルの声が聞きたい」
呟いたら、ますます聞きたくなってしまった。
アメリカを発ったときのまま、日本時間に合わせていない腕時計を見る。
向こうは真夜中。
『いつでも電話しろ』
彼は頭を撫でてくれながら、そう言った。
多分深夜でも早朝でも、すぐに電話に出てくれるだろう。
そうして第一声は、
『どうした?』
どこからそんな声を出すのかと驚くくらい、普段の彼からは考えられないくらいに優しい声で問い掛けてくれて、
「……だめだ」
バージルは遊びでアメリカに帰ったんじゃない。
いたずらに時間を取らせたら、かえって会える日が遠くなる。
「……勉強しよう」
次に会ったとき、バージルが誉めてくれるくらい、発音を磨いて語彙を増やして。
は携帯を見えない位置に隠した。





久しぶりに会った双子は、感動の喜びを伝え合った……わけはなく、互いに互いを一瞥して、
『こいつ変わらないな』
と、同じ顔で同じことを思った。
「……余程の面倒事なんだろうな」
愛想のひとかけらもなく、バージルはダンテを睨んだ。
ダンテも慣れた様子でそれを受け流す。
「面倒っちゃ面倒か。あちらさんも双子でね」
「……。」
険しく眉をしかめたバージルに、ダンテはおどけて肩を竦めた。
「親父に怨みがあるんだそうだぜ。息子二人、雁首揃えて来やがれだってさ」
「……それだけか?双子の悪魔程度、お前一人で何とかならなかったのか?」
バージルは深々と嘆息した。
正直、どんな敵を持ち出されようが、今は気分が乗らないことに変わりがない。
そんな片割れを見て、ダンテは内心、首を傾げる。
こう見えてバージルはやはり疑いようもなく自分の兄、なかなかに好戦的な性格。それどころか、喧嘩を吹っ掛ける前に閻魔刀を抜かれていることすらあるくらいだ。
今まで依頼の話を持ち掛けて、こうまで不機嫌になったことはなかった。
これはどうやら、『面倒臭い』とか『興に乗らない』だけでは済まされない何かがあるらしい。
(……海外旅行で何かあったのか?)
バージルが国外にいると知った時点で、「そんなにフットワーク軽かったか!?」と驚いたのだが。
「旅行から呼びつけて悪かったとは反省してるよ」
しおらしく反応を窺ってみる。
「どこ行ってたんだ?」
バージルがむっと唇を結ぶ。
「…………日本だが。」
「日本?」
そりゃまた遠い。
ダンテは目を丸くした。
「何でまた」
「……刀の修理でな」
(それだけじゃねぇだろ?)
単純と思われているか知らないが、それで騙されるはずがない。
だが、旅行を中断させられて機嫌が悪くなる理由も、これといって……
(オレなら)
自分を当て嵌めてみる。
マジで武器の修理?……そんなのいつだってやれるさ。
観光?……サムライツアーのキャンセル料も馬鹿にならないってか?ふざけろ。
女?……女?
ダンテははたと顔を上げる。
バージルに限ってそんなこと……有り得るのか?
「なあ、あんたさ」
「無駄口はここまでだ。さっきから閻魔刀が唸っていて敵わん。くれてやるのはお前の血でもいいんだからな」
「おい……」
殺気だって剣呑なことをあっさり口にするバージルに、「敵がいつ現れるか分からないんです。」とは、さすがのダンテも言えなかった。





することがなくなって暇を持て余していたのところへ、友達が電話をしてきた。
大学時代の友人である。
もちろん二つ返事で、は出掛けることにした。
外は体温と同じ数字の気温を示していて、長く炎天下にいたらアイスクリームのように溶けてしまいそうな暑さ。
(かき氷食べたいなぁ)
じりじり肌を焦がしながら、は太陽を見上げる。
こんな日は縁側でかき氷なんて、最高の組み合わせなんだけど。
(寂しくなっちゃうか……)
縁側も、かき氷も、どうしても彼を思い出す。
増えたふたりの想い出のせいで、余計にひとりを感じてしまうこともあるなんて初めて知った。
「バージル、どうしてるかなぁ」
何百回目か、はぽつんとひとりごちた。



「あー、!こっちこっち!」
待ち合わせのカフェの奥、懐かしい顔が見えた。
サークルで知り合って、いちばん仲良くしていた友達。
「アメリカに駆け落ちしたって言うから、どんなに変わってるかと思えば。ぜーんぜん変わらないね」
「大学辞めて、まだ半年も経ってないもん」
きょとんとしている彼女に、は苦笑して応じた。
店員にアイスオレンジティーを頼んで、更にデザートもチェックする。
「甘いもの好きも相変わらず?」
「うん、もちろん」
「じゃ、アメリカは天国じゃないの?」
「いやぁ。お目付け役が厳しいから、なかなかねー」
バージルは直接「食べるな」とは言わないが、視線で「ドーナッツは油と砂糖の塊だぞ」とほのめかしてくるので、どうにかすると食べ過ぎて後で気持ち悪くなるには、うまい具合にストップがかかるというわけだ。
「ふーん。……で、幸せなの?」
友人がにまにまと頬を緩める。
「……とっても。」
は素直に答えつつも、つーっとそっぽを向いた。
こんな仕草は彼に影響されてきたかもしれない。
「あーっ、何だか腹立つ!」
かたん!とテーブルを手で叩く目の前の友達。
「そんなぁ」
「だってはサークルの中でもぽやぽやコドモっぽくて、それこそ色気より食い気だったのに!」
「そこは変わってないよ」
「……。」
ぴたりと友人は喋るのを止める。
そして何を思ったか、手のひらを上に、手をに差し出した。
「ん?なに?」
「アメリカ人の彼、見せなさいよ」
「!?」
「写真でも、写メでも!」
「あ、その……」
ずいっと迫る友達に、は仰け反った。
「もったいぶらなくてもいいでしょ!」
目尻を吊り上げて怒る彼女の剣幕に押されながら、は焦った。
──そういえば、写真なんてない。
あちこちふたりで出掛けてはいるものの、ただの一枚もない。だいたい、バージルは写真なんて嫌がりそうではないか!
「もったいぶるっていうか。彼、写真嫌いみたいなんだよね」
「そう言われたの?」
「言われてはないけど……」
「彼って変わった人か、怖い人なの?」
変わった人か、怖い人。
ぷ、とは吹き出した。
「変わってはいない、と思う」
「じゃー怖いんだ」
怖い……?
うーん、と首を傾げる。
確かに出逢ったとき、彼の何かを怖いと思った。が、こんなにバージルと近くに在る今、どうしてあのとき怖いと思ったのかわからない。
「んー。怖くもない、かな」
オレンジティーをひとくち飲んで、は答えた。
(あ。これ美味しい。しつこくないからバージルも飲めそう)
ふと過る顔に苦笑して、横道に逸れた考えを親友の話に戻す。
「気さくとは言えないけどね」
バージルは初対面ですぐに打ち解けるタイプではないが、完全に外側に壁を作っているわけでもない。
蟻が通れそうなくらいのちいさな隙間を見つけて何とか無理やりにでもその壁を突破したら──そのガッツを見せるくらい彼に食らいつけたなら──、意外にいろいろな面を見せてくれる。
……だったら。
(写真も、頼んでみたら案外OKくれるかも)
今までバージルにした我儘は大小あれこれあったが、どれもが結局最後にバージルの方が折れている。もちろん見返りも大なり小なり求めてきたわけだが。
「今度はちゃんと写真持って来るよ」
にこりと告げると、友人は自分の携帯をこつこつと指でつついた。
「文明の利器。写メ撮ったら、すぐに送ってよね」
写メか。
携帯のカメラなら、バージルに気付かれず撮影することができるかもしれない。
彼氏を盗撮なんて心苦しいが、万が一、撮影を断固拒否された場合にも最後の手段はあるということで。
とてバージルの写真を一枚くらい持っていたいのだ。
こうしてふたりの距離が物理的に離れている今、特にそう痛感する。
「わかったよ。カッコいいから、期待してて」
調子に乗ってのろけたは、友達にびしばしデコピンされてしまった。
そしてデコピンで目が覚めた……わけではないが、
(今夜帰ったら、バージルに電話しよう)
素直にそう思った。





バージルの朝は最悪だった。
昨日、ほぼ丸一日かけてダンテの言う『双子悪魔』を撃破し──これがまたトリッキーなことを仕掛けてくる悪魔だった。妖術でそれぞれ姿をバージルとダンテそっくりに変化させて襲撃してきたのだ。しかし、仲の良い双子なら「いくら相手が悪魔と分かっていても、弟(兄)の姿なんて斬れない!」とでも躊躇したのだろうが、半魔双子に限っては「斬る理由をくれてサンキュー。一度本気で殺ってみたかったんだ」くらいにしか思わず……実にあっさりと倒したのだった。
だから肉体的というよりは精神的な疲労をしこたま抱え、家に戻って来たのである。
そこへまた、バージルが戻って来たらしいという噂をどこからともなく聞きつけた依頼人たちがこぞって彼のところへコンタクトしてきたのだから堪らない。
断れるものは全て断り、押し付けられるものは全てダンテに押し付け……それでも二、三がどうしても手元に残ってしまった。
今少し日本へは戻れそうにない。
バージルは「まさかこのままずるずると滞在を延ばされるのではないだろうな」と厭な予感めいたものを感じてしまっていた。
それだけではなく、もう一つ。
今回の旅行中断の元凶であるダンテが、別れ際に残した言葉がバージルの胸を更に重くしている。
『今度、あんたの家に行くよ。今回の謝礼もあるし、また面倒な依頼が来たらお手を拝借してぇしな』
無論速攻で、謝礼はいらん!来るな!面倒事を持ち込むな!と言ったのだが、ダンテは何やら訳知り顔でにやついているのみ。
その顔はまるで『オレを遠ざける、なんか深い理由でもあるのか?』とでも言っているかのようで。
気に入らない。
バージルは起き上がる気力も失せ、ソファでごろりと寝返りを打った。
にダンテを会わせたくないのか、ダンテにを会わせたくないのか。
要するに、どちらも引き合わせたくない。
憎たらしいことに、弟は何故か人の心を掴むのが上手い。
自分と同じ顔身体で、性格が陽気でフレンドリーだったら?
──がダンテに心を移さないと、誰が言い切れる?
そうしてバージルの苦悩は深くなるばかり。
「……。」
ちらり、と携帯電話を見る。
彼女の声を聞いたら、間違いなく心が晴れるはず。
その心を知ってか知らずか、

ぴか。

携帯の背面がちいさく光った。
「!」
さっきまでの怠さは何処へやら、バージルは素早く起き上がって端末を取り上げる。
が。
「……着信あり、か」
それは今電話がかかってきたことを知らせる明滅ではなかった。
けれど、どちらにしても、バージルには嬉しい知らせ。
履歴を確かめれば、やはりが連絡をくれていたらしい。
着信時間は今から二時間ほど前。
ちょうど依頼人をダンテに回すべく奮闘していた時間である。
タイミングの悪さに内心舌打ちしながらも、バージルは携帯を手にしたまましばらく迷う。
掛け直したものか、それとも。

ピピピピピピ

置こうとした携帯が、震え出した。
だ。
「Hello?」
『わ!バージル!?』
まさかこんなに早く電話を取るだろうと思っていなかったらしいが、素っ頓狂な声を出した。
その舌っ足らずなLの発音に、どうしようもなく癒される。
彼女のたったの二言で。
バージルは携帯を包み込むようにしっかり持つ。

『……どうした?』

訊ねてくる穏やかな声はいつものバージルで……は心底、安心していた。
さっき時間を見計らって掛けたときには不在。
仕事に出掛けるような時間帯でもなかったから、もしや何かあったのではないかと心配した。
それから「もう寝たら?」と何度も勧めてくる祖母に曖昧な笑顔を返し、ずっと起きていた。
堪え切れなくて、電話を掛け直したのが最初の電話から二時間後。
──今度は無事に、繋がった。
「……バージル……」
電話が繋がったら、何を言おうとしていたんだっけ。
いろいろ考えていたような気がする。
けれど、彼の声を聞いたら全てどうでもよくなってしまった。
この回線の向こう、地球の裏側かと思うほど遥かに遠いけれど──確かに、バージルがいる。

『声が聞きたかったの』

遠慮がちなかぼそいの声に、バージルは胸が詰まった。
ふたりで過ごす時間が大きすぎて、ひとりでいることに違和感を覚えたのはきっと、彼女も同じだったのだろう。
常にお互いの存在を感じてはいるけれど、実際にこうして繋がっていないと不安で心配で。

『……ひどい発音だ』

発言とは100パーセントそぐわない、優しい声。
は携帯をぎゅっと握り締めた。
気取った会話なんていらない。
いつものふたりでいればいい。
それがいちばん。

「これでも少しは勉強したんだよ」
「成果が表れていないようだが」
「………………。」
?」
「………………。」
?」
「喋ったら駄目出しくらいそうなので」
「……悪かった。何か話してくれ。声を聞きたい」
「……バージルもひどい声」
「……。」
「嘘だよ。……元気にしてた?」
「ああ。おまえは?」
「私もだいたいいつも通りかな。寂しいときは、ミーコに遊んでもらってる」
「しつこくして嫌われないようにな」
「実はもう嫌われかけてるかもしれない」
「……おい……」
「大丈夫、ちゅーるんで仲直りする」
「俺の分もやってくれ」
「うん。……あ、そうだ。今日、大学のときの友達と会ってきたの」
「それは、おと……それで?」
「久々に会えて嬉しかったよ。それでね、バージル。お願いがあるんだけど」
「何だ?」
「今度、一緒に写真撮ろう?」
「突然だな。写真を見せろとでも言われたのか」
「さすが。正解です。……で、返事は?」
「……。」
「…………だめ?」
「……全く。どうせ嫌がっても撮るつもりだったんだろう?」
「え。ソンナコトハナイデスヨ?」
「発音がおかしいぞ」
「あはは……ま、そういうことで!今度どこか行ったときにでも!」
「やれやれだな。……そういえば」
「ん?」
「家の前のガブリエル公園の噴水が完成していた」
「わ、早かったね!どんな感じ?」
「シンプルで古風なデザインだったな。変に近代的な噴水ではなくてよかった」
「へえ、それは楽しみ〜。早く見たいな」
「見るだけにしておけ、と今から言っておく」
「何それ。どういうこと?」
「昼間通りかかったとき、子供達が水浴びしていて」
「ちょっと。まさか私も遊ぶとか思ってない?」
「遊ばないのか?はしゃいで入って行きそうだと思ったが」
「……そこまで子供じゃ……」
「そうか?」
「……。」
?」
「……いいなあ噴水。早く見たい」
「アメリカに戻れば、いつでも見られる」
「うん……」
「……。」
「バージルは?お仕事どんな感じ?戻って来れそう?」
「ああ、それなんだが……」
「やっぱりすぐには無理?」
「……ああ」
「……そうだよね。仕方無いよ」
「すまない……」
「いいってば。バージルが悪いんじゃないもん。そっか。まだ会えないんだね」
「また」
「ん?」
「電話する」
「……そうだね。電話する」

「はい」
「あの文章。言ってくれないか」
「……あの文って、どの文?」
「……分かっているはずだ。」
「……。やだ」
「どうしてだ?」
「また発音怒られるから」
「……おまえが言ってくれるなら、どんな発音でも構わないから……」
「……。」
「……。じゃあ、先に言わせてもらう」
「え」

「I love you」

「!!!」
「……携帯、悲惨な音がしたが大丈夫か?」
「な、なんとか……」
「では。……?」
「……。」
「おい。」
「あんな綺麗な発音の後じゃ、無理です……」
「逃げる気か?」
「ま、また次回!ね?練習しておくから!ね?」
「すぐ掛け直すぞ」
「う〜」

「意地悪バージル」
「何とでも」
「……。」
「……。」

『I love Vergilっ』

ピッ。
つーつーつー。
「……。」
何か返す間もなく通話が切られた。
らしい……のか?」
ひどい発音で、最高の言葉をプレゼントされ。
「……もっと早く電話しておけばよかった」
バージルは携帯をじっと見つめ、そしてそっとソファに置く。
未練がましく持っていたら、電話を掛け直したくなる一方だ。
そうして声を聞いてしまえば、会いたくなって──
ちらりと時計を見る。
まだ朝8時。
帰って来てから一睡もしていないが、不思議とさっきまでの疲労は消し飛んでいた。
立ち上がり、素早く身支度を整える。
依頼の時間は夕方だが、下衆な悪魔の登場を待ってやる必要もない。
こちらから出向くまで。
刀を佩き、少し迷ってから携帯も内ポケットに入れる。

──次は、俺から電話しよう。
そして、眠りにつく前のに、おやすみの一言を。
会えないけれど、ずっと傍に。







→ afterword

35000hitsお礼夢です。
今回はあっさりと甘さ控えめにてお届けしてみました(笑)

バージルと電話は別の夢で一度書いていてそちらも気に入ってるんですが、また書いちゃいました。
あの声で電話はたまらないと思うんです〜!

毎度毎度同じことの繰り返しですが、更新が遅くなってしまい申し訳ございません…。
少しでも楽しんでいただけていたら幸いです。
ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました♪
2008.8.24