「さすが、Pumpkin」
きっかけはやっぱりダンテの一言だった。


sugarcoat




バージルとがアメリカへ帰ってみると、街はオレンジと黒のコントラストで埋めつくされていた。
年に一回のビッグイベント、ハロウィン。
「これだけ周りが騒いでて、よく今までハロウィンに関われないで過ごせたね?」
バージルとはパーティーの買い出し中。
料理用のかぼちゃをかごに入れる。
「普通に素通りできるものだぞ」
とは逆に、日用品しか手に取らないバージル。
別にハロウィンパーティーが嫌なわけではない、招待客が嫌なのだ。
が呼ぼうとしているのは、バージルの双子の弟、ダンテ。
仲の悪い二人をもう少しどうにかしたいからとは言っているが、……実のところ、はダンテに興味津々なのだ。
謎の多いバージルの身内の中で、ようやく判明した家族のひとり。
それが双子だったともなれば、興味を持つなという方が無理ではある。
分からないでもないが。
バージルは悶々として、うきうき買い物を楽しむを目で追う。
まさか結婚したばかりでがダンテに浮気するなど、有り得ない。
(……有り得ない)
だがそうは思っても……どうにもこうにも不安が付き纏う。
「あ、久しぶりにジェローでも作ろうか!」
暗澹たる気持ちのバージルの前方で、がゼリーの箱を振った。





ぴんぽーん。
バージルにとっては、平和を壊す鐘の音。
苦々しい表情を隠す努力もせず、彼は客人に対応する。
「……招かれざる客の登場か」
扉の前にいたのが期待していた人物ではなかったことに、ダンテも露骨に顔を顰めた。
「あんたかよ。ちゃんに出迎えてもらいたかったぜ」
は手が離せない」
「なるほどね。いい匂いがする」
部屋の奥に向かって、ダンテはくんくん鼻を利かせた。
「ディナーは期待できそうだな」
一層不機嫌の色を濃くし、バージルは弟を睨む。
「いいか、お前は居間から出るな」
理不尽すぎるバージルの要求。
ダンテは呆れて肩を落とした。
「オレは囚人か何かか?」
「置物だな」
「……ったく」
ひどい扱いだとは思うが、さりげなく嵌められた左手の指輪を見たらそれ以上は怒れなくなって、ダンテは口を噤んだ。
前さりげなく観察したときはバージルは指輪をしていなかったのに。
(日本で?)
「なあ、それ」
ダンテは軽く顎をしゃくった。
バージルは左手を背後へ回す。
「お前の考えた通りだ、もう聞くな」
無愛想に一刀両断。
(照れてんのか、コイツ)
ダンテがにやにやと、もっと突っ込みたくなったところで。

「ああ、ダンテさん!いらっしゃい」

キッチンからがぱたぱた現れた。
料理中なので当然ながら、エプロン姿にまとめ髪。
新妻でエプロンで……いろいろ言いたいセリフが頭をちらつくダンテだったが、何しろ横には悪魔より怖い人物が物凄い形相でこちらを監視しているため、迂闊に変なことを口走れない。
ちゃん、久しぶり」
仕方なく面白くもなんともない普通の挨拶をすると、がぺこりとお辞儀をした。
「今日は無理に呼んでごめんなさい。でもどうしても、お礼がしたくて」
「呼んでくれて嬉しいよ。……歓迎してくれてねぇのもいるみたいだけどな」
「さっそくケンカしたんですか?」
は咎めるような視線をバージルに送る。
「ま、口喧嘩がオレ達の会話みてぇなもんだから」
ダンテはおどけて両腕を広げてみせた。
「とりあえず、中入っていいか?それに、腹ぺっこぺこなんだ」
「よかった、もうすぐご飯用意できますよ!」
ごく自然に仲良く部屋に入っていく二人を背後から眺め……バージルは、ぐずぐず不快な感情をひたすら持て余していた。



が頑張って作ったメニューをテーブルに並べていると、本日幾度目かのチャイムが鳴らされた。
「バージル、出て〜」
「ああ」
子供達だったら面倒だと思いながら、バージルは扉を開ける。
どうかケーブルテレビの勧誘であってくれますように。

「「「Trick or Treat!」」」

バージルの祈りも虚しく、わいわい元気に笑顔を見せる子供たち。
魔女にプリンセスに映画ヒーローに怪獣に……それぞれ思い思いの仮装をしている。
どんなお菓子をもらえるのかと、つぶらな瞳をきらきらさせてバージルを見上げるちいさな悪戯っ子たち。
「……
期待に耐え切れず、バージルはギブアップした。
奥からが顔を出す。
「またぁ?」
笑顔で「Happy halloween!」と言ってお菓子をあげればいいだけなのに、どうも照れくさいらしい。
今日最初にこの家を訪れた子供など、バージルの仏頂面に半泣きになってしまっていた。
作り笑いでいいから!眉間に皺寄せちゃだめ!高圧的になっちゃだめ!と散々がアドバイスしたお陰で、少なくとも子供たちも半泣き状態にはならなくなったが……
「怖いお兄ちゃんでごめんね。はい、どうぞー」
日本でたくさん買い込んできたチロルチョコを、どっさりと子供たちに配る。
「わーい!」
「ありがとう!」
無邪気に帰って行く子供たちに手を振って見送って、呆れ顔でバージルを振り返った。
「……だからハロウィンを素通りしてきたの?」
「それもある」
「テレビの勧誘を断るよりずっと簡単なのに……」
「俺にとってはトリートの方が遥かに難しい」
確かにそうかもしれない。
もしつこい勧誘は断り切れずに、結局バージルの助けを呼んでいるのだから。
「まあ、役割分担ってことでいいよね」
「そういうことだ」



ダイニングでは、腹ぺこダンテが食事を今や遅しと待っていた。
「遅くなりましたー」
あっつあつのかぼちゃのスープをサーブして、も席に着く。
席の並びはダンテがお誕生日席である。
「待ってました!」
素早くスプーンを装備して……ダンテはふと手を止める。
「……食事前は神に祈るのか?」
ここの家のしきたりはどうなっているのだろう。
が吹き出した。
「それはしないよ」
「イタダキマス」
が詳しく説明する前に、バージルがさっさと手を合わせた。
「もう〜」
ごめんなさい、とはダンテに軽く頭を下げる。
「これが日本式なんです」
「へー。面白いな」
見よう見まねでダンテが手を合わせる。
「”うぃららきまぁしゅ”?」
ダンテの発音に、バージルが思いっ切り鼻を鳴らした。
目の前のバージルを思いっ切り睨んで、慌ててが場を取りなす。
「そうです!いただきまーす!さ、どんどん食べてください」
勧められた料理に、ダンテは思わず笑顔になった。
「クラブケーキか!いいね!」
「はい。今日のために練習しました。cRub cakeです。ね、バージル」
「ああ」
バージルはにだけ分かるぎりぎり……ほんの少しだけ、口角を持ち上げた。
クラブケーキ。
蟹の身をほぐして作ったハンバーグのような料理を、は最初、知らなかった。
この前入ったカフェでバージルが注文し、「バージルが食事にケーキを頼むなんて変だなあ」と思っていたら、ウェイターが持ってきたのはハンバーグだった。
「何だあ、ちゃんと料理なんだね」
ひとくちだけ分けてもらってその美味しさに舌鼓を打っていると、バージルが怪訝な顔をした。
「ちゃんとした、とは?何だと思っていた?」
「クラブで人気のケーキなのかと思ったの」
ぴたりとバージルの動きが止まる。
しかし自分の料理に夢中なは気付かない。
「"Club"じゃなかったね、"Crub"だったね」
「……そうだ」
この場は平和に頷いておいたバージルだったが……家に着いてから、少々手厳しい方法でみっちりと、に再度LとRの発音とヒアリングを教え込んだのだった。
がその成果を遺憾なく発揮した後も、ダンテはもぐもぐ料理を平らげ続ける。
「ん、どれもうまい!」
見ていて気持ちいいくらいに旺盛な食欲を見せるダンテに、もほっとした。
「それはよかったです」
「さすが、Pumpkin。最高だよ」
ダンテにぱちんとウインクされ……は食事の手を止めた。
「……。えっと。ちょっと待っててくださいね」
席を立つ。
「あれ。どうかした?」
その背にダンテが声を掛ける。
「キッチンにまだ少し残ってると思うので……」
「あ?」
何か会話が噛みあわない。
残っているとは何の事だ?
この場で事態を正しく理解したのは、バージルただひとり。
「……馬鹿者……」
バージルは疲れ切った表情で、誰にともなく低くぼやいた。


やがてキッチンからお鍋を持って来たに、ダンテが目を丸くした。
「……ああ!そうか!」
「ごめんなさい、かぼちゃスープもっと作っておけばよかったですね」
温め直して、さらってレードル一杯ぎりぎりの残り分を、ダンテのお皿に盛る。
「悪い、なんか勘違いさせたみたいだ」
謝りながらも、おかわりのお皿はしっかり受け取る。
なぜだか謝られて、は首を傾げた。
「勘違い?」
「そう。Pumpkin」
おかしそうにダンテは自分のお皿を指差す。
かぼちゃのスープ。
「それから、Pumpkin」
次に、にウインクする。
「HoneyとかSweetheartの方が分かりやすかったかもな、darling」
「……。ああ!!」
やっと意味を飲み込めた。
と、同時にぶわっとの頬が赤く染まる。
「そっか。そういうことだったんですね。ご、ごめんなさい」
「……ん?」
妙に可愛らしい反応だ。
ダンテはとてつもなく違和感を覚えた。
(こんな呼び方、別に普通だろ?)
ちらりとバージルを見やる。
さっきよりも食べるスピードが上がって、自棄食いのような……とにかく不機嫌なその様子。
で、まだ頬が赤いまま。
ダイニングに妙な雰囲気が流れる。
(……もしかして)
またも、嫌な予感。
ダンテはぞくりと悪寒を覚えた。
(またやっちまったか、俺?)





ダンテが去った家は、前回より更に微妙な静けさだった。
山と積まれた食器を洗いながら……はそーっとリビングの様子を窺ってみる。
頼まなくとも食器洗いを手伝ってくれるバージルが、今夜は来てくれない。
理由は考えなくても分かる。
ダンテの『かぼちゃちゃん』発言に、不覚にも照れてしまったこと。
(だってやっぱり……ときめいちゃったんだよ……)
HoneyだのSweetheartだのと、そんな甘い呼び方にまるきり慣れていない日本人なんだから。
スーパーや何かでレジのおじちゃんに愛想で呼ばれるのと、これはわけが違う。
バージルと同じ顔、同じように魅力的な声で。
けれど反応してしまったのは、さすがにまずかった。
(完璧に私が悪い……)
ことさらゆっくり丁寧に洗ったお皿の最後の一枚をしまい、はのろのろとリビングに向かう。
バージルは、キッチン側からは顔が見えない位置のソファに座っている。
その隣に、無言で腰を下ろした。
目だけ動かしてバージルを見れば、彼は読書するでもなくテレビを見るでもなく、手を組んで何か考えていた。
きつく結ばれた唇。
(ま、まずい)
何とか誤解を解かなくては。
「あのね、あのねバージル」

「呼ばれたいか?」

突然、バージルが切り出した。
「え?」
微動だにしないまま、バージルは言葉を重ねる。
「さっきあいつが呼んだように。名前ではなく、他の単語で」
ゆっくりと顔を上げ、を見つめる。
怒っているのかと思えばそうでもないようだが……真剣だ。
「呼ばれたいか?」
真面目に正面から訊かれ、は返答に詰まった。
「……どう、かなあ……」
映画みたいに、自然にhoneyとか呼び合うのは素敵だ。
でも、それを自分たちに置き換えるとなると、すこし違う気がしてくる。
バージルに名前を呼ばれるのが好きだ。
彼しか持ち得ないトーンで、様々な感情がそれに色を添えて。
心地よく、ときには気まずく、けれど最後は必ずしあわせな気持ちにしてくれる。
「私は別に、」

「My precious」

──え。
聞き取れないくらいのハイスピードでバージルが何かを言った。
(まい……なに?)
「あの……」
首が折れそうな勢いで、バージルは横を向く。
「……やはり無理だ。もう言わん」
ちょっとだけ覗く耳がうっすら赤い。
「ば、ばーじる」
「無理だ」
「や、あの、そうじゃなくて」
バージルの袖を引いてみる。
それでもこちらを向かない。
(そんなに恥ずかしい呼び方?)
音を頼りに、それっぽい単語を後で辞書を引くとして。
しかたない。
はバージルの後ろ頭にお礼をした。
「Thank you」
ぎこちなくバージルが振り返る。
その、照れとも怒りとも何とも言えない微妙な表情を見たら……はさらにこんなことを言ってみたくなった。

「Thank you, darling」

「!」
ほんの一瞬だけ、バージルが目を見開いた。
……が、すぐに厳しくを睨む。
「RもLもひどい」
「……。」
そこを怒るのか、とはくたりと脱力した。
発音の面からしても、Vergilの方が呼び慣れていて簡単だ。
お互いを呼ぶ度にこんなに疲れるなんて御免。
やっぱり映画のようにうまくはいかない。
「名前で呼ぶのがいいよ」
「ああ」
バージルも大きく賛同する。
「だが……」
「ん?」

「おまえにそう呼ばれるのは悪くない」

バージルは薄く笑う。
呼ばれた瞬間、たった一言で火がついた。
何度直しても舌っ足らずな発音さえも愛おしい。
(Honeyなどとは呼べないが)
Darlingとは呼ばせたい。
じっと探られるように見つめられ、はソファの後ろへ身を引いた。
「よ、呼んでくれなきゃ呼ばないよ?」
「俺は呼ばない」
「何それ!それなら私ももう呼ばないったら」
「呼ばせてみせる……」



気付けばふたりの間にはハロウィンも、ダンテの不用心な発言の影響はまるで残っていない。
その後、バージルがに何回Darlingと呼ばせたか……。
それはふたりのちいさな秘密。







→ afterword

…another one bite(せめてハロウィンらしく、もうひとくち)…
「バージル、Trick or Treat!」
「ほう。Do some tricks」
「え。」
「どうした?」
「あ、あの。じゃあ、歌を歌います」
「子供かおまえは」


ハロウィンである意味があんまりなかったハロウィン夢でした。

そういえばまだハニーダーリンは書いてないなと思ったのがきっかけです。
バージルは呼ばなそうだと思ったんですが、どうでしょう(笑)
ダンテはsweetheartとかbaby cakesとかいろいろ呼んでくれそうですが。
バージルに何て呼んでもらおうか、1時間くらい悩みました…
もっといいのがあったら、ちゃっかり差し替えたいです(えっ)←差し替えました。バージルさんの、子音を引きずる発音で聞きたい単語にしました。(2019.5.11)

相変わらずずるいバージルですみません。
それではここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました!
2008.10.29