「味は確かめた。後はと飲もう」
もう一度コルクで栓をし、ボトルをワインクーラーにしまう。
いよいよすることがなくなって、気が乗らなくても読書をしようかと思ったとき、玄関からぱたぱたと靴の音がした。
「ただいまー」
が買い物袋を山のように抱えて入って来る。
「買い物は済んでいたはずだろう?」
二日前あれだけ買い込んで来たのに、と荷物を受け取ってやりながらバージルは呆れた。
「誰かさんに急かされてて、あのときはじっくり買い物できなかったんです」
バージルの攻撃もさらりと受け流し、は次々と袋から品物を取り出していく。
並べられていくのは、キャンドルやちいさなオーナメントに花。
確かにの言う通り、自分は素通りするような物ばかりだ。
バージルはキャンドルをひとつ手に取り、テーブルの真ん中に置いた。
火を灯していなくても、がらりと雰囲気が特別仕様に様変わりする。
「そういえば、ここにワインあったでしょ?」
がテーブルを振り返った。
「ああ。誰からもらったんだ?」
「お父さんが送ってくれたの。二人で飲むといい、って。奮発したらしいよ」
「……成程。よく分かった」
誘惑に負けて全部飲んでしまわなくて本当によかった、とバージルは胸を撫で下ろす。
そのバージルのわずかな表情の変化に、が鼻を利かせた。
「飲んだでしょ」
「何?」
ぴくりとバージルの眉が動いたのを、は見逃さなかった。
なまじ普段、表情が変わらない恋人といるものだから、そういう一瞬の変化もキャッチできるような動体視力が身についてしまったのである。
「誤魔化さなくていいよ」
ふふんと胸を反らしたに、バージルは視線を泳がせた。
「……テイスティングしておいた。」
どういう言い訳なんだか。
口元に手を当て、は笑いを堪える。
「それで?味はどうでしたか?」
「問題なかった」
「それはよかった」
「……悪かった」
「もういいよ」
珍しく、ちょっとだけ可愛いバージル。可笑しくなって、は思い切り抱きついた。





ふたりで迎える初めてのクリスマス。
バージルは、せっかくだからレストランにしないかと提案したが、はうちでのんびりしたいと首を振った。
料理から何から全部ふたりで用意した、ささやかだけれど満ち足りたクリスマス。
「やっぱり大きい樅の木買ってよかったでしょ」
はツリーの周りをぐるりと眺める。
これもふたりで、市で購入してきたもの。
広い空き地にずらりと並べられて、適当に値段が付けられた樅の木たち。
バージルは『家に置けば大きく見えるから』と腰の高さの木を推したが、が『背の高さのがいい!』と最後まで譲らなかったのだ。
おかげで飾りつけも難航し、おおきなツリーがみすぼらしく見えないために、大量のオーナメントや綿にライトが必要となってしまった。
更に、てっぺんに星飾りを乗せようにもでは手が届かず、バージルに頼み込んでようやくツリーは完成したのだった。
「片付けるのも大変そうだな」
バージルは皮肉にワイングラスを傾ける。
「一人で片付けます」
「上の飾りは?」
「……モップで引っ掛ける」
「奮発して買ったのに、壊したらどうする?」
「……。」
「手伝ってやる」
拗ねたの前髪をかきあげ、バージルは上から目線で微笑んだ。
「まあ、小さいツリーにしていたら物足りなかったかもしれないな」
「ね?綺麗でしょ?」
「ああ」
広くむき出しになった彼女の額に口づける。
の体温がいつもよりすこしだけ高いのを唇に感じた。
そっと表情を窺えば、さっきのむくれた表情はすっかり消えて、上機嫌でバージルの胸にもたれている。
(ワインが回ったか)
アルコールの効果は、もちろんだけでなくバージルにも効果覿面だ。

「ん?」
「一曲踊ってくれないか?」
体を離して右手を差し伸べたバージルを、はきょとんと見返した。
「突然どうしたの?」
「気分がいいんだ」
目を細めて、さっさとの手を取る。
「もう」
気分が良くてもバージルは強引だ。
ちょっと嬉しくなりながらも、あっと彼を見上げる。
「本格的なのなんて踊れないよ」
バージルはゆっくり顔を振った。
「おまえがよく見ているドラマを思い出せ。こういうシーンで、社交ダンスなど踊っているのを見たことをあるか?」
「……ない。」
適当なリズムで、適当に揺れている恋人たちのシーンが脳裏を過る。
大事なのはダンスそのものではなくて──
(バージルもくっついていたいのかな)
じわりとしあわせな気分が胸を充たす。
(それなら、私だって踊りたい)
「音楽は?」
「これで」
バージルが暖炉の上のラジオを付けた。
かすかなノイズを混じらせ、曲が流れだす。

『……クリスマスに欲しいのは、あなただけ……』

この時期になるとあっちこっちで聴く、定番の曲。
「歌詞はいいが、テンポが早いな」
バージルはあっさりとチャンネルを変えた。
ざぁざぁと電波を探し、ようやくチューニングが合う。

『……いちばん高い、あの枝に 輝く星を飾りましょう
そしてあなたに、ささやかなクリスマスを……』

スローテンポで、どこか切ないメロディ。
自然とふたりでくっついて、そして目を閉じて踊りたくなる曲だ。
「この曲、好き」
あるかないか分からないくらいにちいさな歩幅で身を寄せ合う。
「……あ。」
くっつきすぎて、はバージルの足を踏んでしまった。
「ごめんね」
「やると思っていた」
「どうせ……」
くたりとバージルに頭を寄せる。
──最高にしあわせな時間。
やがて一曲目はしずかに終わり、次の曲が始まった。

『……あなたの日々が たのしく、あたたかな光に彩られますよう
そしてクリスマスが いつもまっしろい雪に包まれますよう……』


バージルがかすれた声を押し出した。
「なに……?」
も似たような声で返事する。
「場所を変えて踊らないか?」
「うん。……うん?」
ぱちん。バージルがラジオを消した。
途端、のとろけそうだった気分が現実に戻る。
「ちょっと待って!なんでラジオ消すの!」
「音楽があった方がいいのか?」
「そうじゃなくて!あの!」
「もう待てない」
いまさら逃がさない、との手を掴む。
「……。」
「来い」
まっすぐ、つよい瞳で誘われて……はそっとバージルに寄り添った。
「……一曲だけだよ?」
「それは約束できない」



窓の向こうでは、雪がしんしん降り続く。
翌朝ふたりが起き出す頃には、外はいっそう白銀に包まれているだろう。



【dance with devil/very merry christmas !】







→ afterword

選択肢ありのクリスマス夢でした。
一応これがいちばん正統派っぽいかなと思っていますが、他のもそんなにバッドエンディングにはなっていないはずなので(笑)、お気に召していただけたらうれしいです。

おまけのひとつも、お時間がよろしければどうぞお付き合いくださいませ!
もういちどクリスマス!

それではここまで読んでくださいまして、本当にありがとうございました!
素敵なクリスマスをお過ごしください♪
2008.12.23