「ば、バージル!」
慌てふためいてどたばたとリビングに飛び込んできたに、バージルは何事かと振り向いた。
「何だ」
「どどどどうしよう!」
は顔を真っ赤にして、わたわたと挙動不審。
「どうした?」
バージルは首を傾げた。
は何やら持っていて、それはよくよく見れば薄い封筒のようだ。持つ手がぶるぶると震えている。
本当に何事かとバージルが問い直そうとしたとき、が口を開いた。
「当たったの……」
「何?」

「ラスベガス旅行に、当たったんだよー!!」

次の瞬間、は我を忘れてバージルに勢いよく抱きついた。
「やったやったやったー!」
喜ぶ彼女をとりあえずはしっかり抱き留め、バージルは改めて封筒を見る。
表には、「旅券一式」と書かれている。
「一体何に応募したんだ?」
まさかリアルTV系の下らない怪しい企画などではあるまいなと眉根を寄せたバージルに、ようやく少しだけ落ち着いたが、封筒をひっくり返して見せた。
差出人は、有名な食品メーカー。
「シリアル10箱のバーコードを集めて応募したの」
「……ああ……」
そういえば最近、毎朝毎朝シリアルが食卓に並んでいた。
「そのためにあれを食べさせられたのか……」
「当たったからいいでしょ?」
「まあな」
封筒をあらためれば、中には航空券と超有名ホテルの宿泊チケット、それに各種サービス券。
「……行くよね?」
まさか無駄にしないよね?と目をきらきらさせて覗き込んでくるに、結局バージルはため息と共に頷いたのだった。




million dollar date




飛行機の国内線を利用して、ふたりはラスベガスに到着した。
帰省だなんだとあちこちへ距離ばかりは派手に移動しているが、やはり旅行はそれだけでわくわくとテンションが上がるもの。
最初から興奮を抑え切れていないはもとより、バージルにもそのテンションが移っているのか、道を歩く彼のペースはいつもよりもかなり速い。
ラスベガス・ブルバード。
右も左もとにかく派手、ホテルやカジノが建ち並ぶ「見たことある!」通りである。
はガイドブックと周囲に、忙しく視線を動かす。
「あれ?ソフトロックホテルは?」
バージルが標識を見上げて顔を振った。
「ここは通りが違うな」
「そこも泊まってみたかったんだよね」
「バラージオなのに文句があるのか?」
「いいえ!」
噴水ショーで有名なホテル、ラスベガスの一等地『フォーコーナー』に惜しみなく造られた湖が目印のバラージオが、ふたりの宿泊先。
「昼間はショーで、夜はカジノね!」
元気よくスーツケースを引いたまではよかったが……車寄せからきびきびと集まってくるポーターに緊張して、はさりげなくバージルの後ろに隠れた。
「ここで気後れしているようでは、カジノには入れんぞ」
「……。」
苦笑気味のバージルを軽く睨んで、はもそもそとその隣に並んだ。
そうっと目を上げれば、今まで見たどこよりも、ひたすらゴージャスな景観が視界いっぱいに広がっている。
(気後れするなって言う方が無理です)
ラスベガスには来たことがないと言っていたくせに、バージルにはさして変化が見られない。
そのいつもの無表情さにすこしだけ自信をもらって、は彼に手を絡めた。



ホテル一階に広がる18歳未満立ち入り禁止の空間。
ラスベガスといったら、カジノである。
がいちばん気にしていた敷居の高さも、周りは同じような観光客ばかりのために、ホテルに入るときほどの気後れはなかった。
「わあー……」
フロアは日常からかけ離れたきらびやかさと、一時も鳴り止まない歓声に物音で満ちている。
外野からしたらただの騒音だが、これから勝負に挑むは闘争心に火をつけられて、ぎゅっと拳を握り締めた。
「" Winner, winner, chicken dinner "!」
「それは勝ったときの台詞だぞ」
肩のストールを捲り上げそうな勢いの彼女に、ぴしりとスーツを決めているバージルが水を差した。
「勝つんだから大丈夫!」
むうっと眉を吊り上げたには「邪念があると勝てない」とは言えず、バージルはフロアを見渡す。
「それで、どれをするつもりだ?」
手前にはカードゲームのカウンター、ルーレットにクラップス、ビンゴにナンバーズ、奥にはスロットマシンなどがずらりと並ぶ。
どこも一夜の夢を賭けたにわか勝負師で溢れている。
「まずは、やっぱり……」
はつつつっとテーブルに歩いて行く。
「ブラックジャックでしょう!」
「ルールは分かっているのか?」
「んー、だいたい」
その程度で勝てるなら一瞬で蔵が建つなと胸中で突っ込むも、彼女の気の済むようにさせてやろうとバージルは腕を組む。
見守る体勢のバージルに、はすいっと椅子を引いた。
「はいっ、どうぞ!」
「何だ?」
「まずはバージルが手持ちを増やしてください」
「……俺がするのか?」
「カウンティングで勝ってね!たくさん稼いでね!」
「おい……」
は旅行前に「情報収集」と称して鑑賞した映画を、まだ引きずっているらしい。
「カウンティングはともかくとして、あの主人公のように俺が裏へ連れて行かれてもいいのか?」
ゲームをせずに卓の周りを塞ぐのはマナー違反なので、とりあえずバージルは席に着く。
「適度に負ければ大丈夫!頑張って!」
「全くおまえは……」
なんだかんだと乗せられたが、全身にわくわくと期待を溢れさせて自分を見守るを失望させるつもりは毛頭ない。
いや、それどころか。
これが道楽の勝負であっても、負けるのだけは真っ平である。
ブラックジャックをするのは久しぶりだが、自分はそう勝負弱いわけでもない。
バージルはさりげなく、テーブルに先に着いていた客層を観察してみる。
観光客だろう、仕草や態度が手慣れてはいない。しかし金は持っているらしく、まだまだチップは山積みだ。
楽しそうに遊んでいる彼らを見ているうち、根拠などないが、こちらにツキが回ってきそうな気がしてきた。
「バージル……大丈夫?」
が肩に手を置いて覗き込んで来た。
卓を眺めていたのを、緊張か何かだと取ったらしい。
余裕たっぷりに目を細めて、バージルは何も言わずにに目配せした。
いつものバージルの表情にほっとが笑顔に戻ると、バージルは指でチップのタワーを示す。
「いくら賭ける?」
訊ねられて、は目をまんまるくした。
「え。私が決めるの?」
の好きにしていい」
あっさりと頷いてみせると、彼女は相当に迷いを見せた。
そんなをバージルは興味深く見守った。
が賭ける額は、自分をどれだけ信頼しているかの証。
たかだかゲームのチップでそんなことを推し量ることは出来ないと知りつつも、やはりどうしても確かめてみたくなってしまったのだった。
(安全に少額か、それとも……)
散々悩む彼女にディーラーが焦れて、にわとりのように顔を突き出してきょろきょろし出した。
それに気づき、はようやく心を決めた。
すーっとチップ全部を前に押し出す。
「全額で大きくいきたいところだけど……」
その半分を、横に分ける。
「バージルに怒られそうだから、最初は半分で」
いきなり半分はそれでも充分多い。
バージルは満足そうに口元を緩めた。
「それでいい」
「勝ってね」
「よく見ていろ」
そうして、バージルのゲームがスタートした。



頼りになるのはちょっとした戦略と、そして運。
「わ。またバージルの勝ち?」
「ダブルダウンで2倍だ」
バージルの立ち回りはそれほど派手には勝てないものの、危険回避の手段もきちんと使っているため大負けもしない。
ゲーミングが進むにつれて、小さいチップは大きく色の濃いチップに変化を遂げていた。
「さて」
ディーラーに終了の意志を目で合図し、バージルはチップを掻き集めた。
じゃらじゃらと貯まったそれをにすっかり渡す。
「見ているだけではつまらないだろう。も賭けてみろ」
「でも……」
はゆらゆらと曖昧に視線を揺らす。
後ろからバージルの様子を見ていて、ブラックジャックが映画のように簡単に勝てるものではないとよく分かった。
『集めたトランプの数字が合計で21に近い方の勝ち』などとルールの基本の更に上澄みをさらっただけでは、到底歯が立たない。
迷うに、バージルが後方のテーブルを促した。
「ルーレットか、クラップスならどうだ?」
確かにその二つなら戦略もあまり必要なく、自分の勘と運が勝敗を左右する。
カジノ初心者にはうってつけ、なおかつテーブルは盛り上がっていて楽しそうだ。
「……じゃあ、ルーレットから!」



38カ所の数字と赤と黒の組み合わせ、そのどのスポットにボールが入るか予想するおなじみのルーレット。
2つのサイコロを転がして、その合計を当てるクラップス。
……残念ながら、バージルがブラックジャックで稼いだチップの山は、それぞれのゲーム開始ほんの数分で溶けてしまった。
「もう!次こそ8!」
クラップスに挑戦すること、10シリーズ目。
残り12ドル分残すのみとなったチップを『8』のプレイスベットに賭けたところで、シューターがサイコロを振った。
からんからん。
テーブルの上でカラフルなダイスはリズミカルに踊り、そして最後の運命を告げる。
その結果を見て、バージルが眉を聳やかした。
「……11だな。」
「足し算くらいできます……」
隣のカップルは見事当てたらしく歓声を上げているが、たちはこれで手持ちはすっからかん。
「あー……ごめんなさい。」
人には「勝ってね!」と言っておきながら、自分でその勝ち分をふいにしてしまうとは。
「これがギャンブルだ」
バージルはしょんぼりと肩を落としたの頭に手をぽんと乗せた。
「戻ろう。部屋のミニバーで何か作ってやる」
「うん……」
すっかりしょげてしまい、来たときの元気をなくしたに、バージルはくっと喉の奥で笑った。
「子供だな」
クォーター硬貨3枚を彼女に渡す。
「なに?」
「最後にスロットでもしろ。一攫千金を狙え」
バージルの気遣いにも、はふるふると硬貨を拒んだ。
「もういいよ……」
「2000ドル消えているんだ、今更75セントくらい痛くも痒くもない」
「……。」
こういうときには珍しく、バージルもなかなか引き下がらない。
目が合うとバージルはの手を取って、その手に銀色の薄っぺらなコインを乗せて握らせた。
「やってみろ」
「じゃあ……一回だけ」
はあと溜め息をついて、は気乗りしないままスロットマシンを振り返る。
「オミクジだと思え」
の手を引いて、バージルはまだ足を踏み入れていないフロアに向かって歩いた。



ずらりと様々に並べられたスロットは、列ごとに掛け金のレートが異なっている。
中でも『25セント』と表示のある列を探す。
「この辺だね」
それぞれのマシンの上には、電光掲示板のような物が据え付けられている。
掲示板が表示しているのは、今日までのキャリーオーバーの金額。これが大きければ大きい程、その台は前回の大当たりからゲーム回数を重ねているということになる。
更に配当額が小さい台は、役が揃っても貰える金額こそ少ないものの、当選しやすい。
反対に他と桁が違うような配当を売りにしている台は、獲得金額も大当たりの確率も、0を数えるのが大変な数字となる。
「どれにする気だ?」
真剣に台を吟味しているに、後ろからバージルが声を掛けた。
……と、聞いたものの。
が75セントを賭けそうな台の目星は既に付いている。
「これにする!」
勢いよくがバージルを振り返った。
「だろうな」
バージルの予想通り、は一発逆転、最高1万倍の配当が貰えるマシンに目をつけた。
そして25セントの台の列の中で、いちばん大きいキャリーオーバーを背負った台。
一等の『777』が揃えば、獲得金額はなんと2000万ドルにもなる。
「どうせチャンスは一回なんだし、ここは夢に賭ける!」
「外れても納得できるしな」
「うん」
の手が、ゆっくりと硬貨を台に飲み込ませる。
ちゃらん。
中で貯まりに貯まった硬貨が崩れる音がした。
「……いくよ?」
「ああ」
ちらりとバージルを見上げ、は恐る恐るマシン右側のレバーを引いた。
ごとん。
そしてリールが回り出す。
『JACKPOT』
左のリールが止まった。
「ああ……」
はがくりと肩を落とした。

『JACKPOT』


続いて、真ん中。
「まあ、こんなものだよね」
「いや、待て」
「え?」

『JACKPOT』


最後に右側のリールが止まった。

ぱんぱかぱーん!!!

途端に目の前のスロットが、派手なファンファーレを歌い出す。
「!?!」
轟音にびっくりし、はバージルの腕に抱きついた。
「な、何っ?」
「おめでとうございますーーー!!!」
おろおろするを取り囲むようにわらわらと従業員が集まり出した。
「え?え?」
まだ事態を理解していないに、バージルが台をもう一度指差した。
「『TRIPLE JACKPOT』だ」
「ええ!?7じゃなくってもいいの!?」
「知らなかったのか……」
額に手を当てたバージルを余所に、支配人と思しき立派な体格の男が現れた。
「いやあ、おめでとうございます!本日一のジャックポットですよ!」
小切手を模したどーんと大きいボードをふたりに持たせる。
「賞金の80万ドルです!!」
「そんなにー!?」
「ささ、記念写真を撮りますよ!」
支配人に勧められるままに偽小切手の名義のところにサインをしてから、拍手と羨望の眼差しでもって見守っている周囲の客達にそれを掲げてみせる。
「何か大事になっちゃったね……」
ボードの裏で、はバージルにこっそりと囁いた。
「嬉しくないのか?」
同じように声を潜めるバージルに、ぶんぶんとは顔を振った。
「もちろん嬉しいよ!でもまだ驚いてる」
「一応言っておくが、これは現実だぞ」
「そうだよね……」
信じられないと首を傾げたに、バージルはわざと大きく音を立ててキスをした。
……このとき実は写真が撮られていて、翌日の地元の新聞に小さく載ったことを、幸いにもふたりは知らない。



ホテルの支配人から軽くインタビューを受け、それらからようやく解放される頃には、バージルはうんざりと疲れ切っていた。
精算のためにキャッシャーに向かう足取りはわずかに重い。
「しかし、本当に当てるとはな」
0が振り切れそうなレシートを見て、改めてバージルはの運の強さに舌を巻いた。
「言ったでしょ、私は一攫千金タイプなの」
すっかり上機嫌になったがにっこり笑って、バージルの袖を掴む。
「だからこうしてバージルと出逢えたんだし……」
思いがけない言葉に、一瞬だけバージルは動きを止めた。
隣を見下ろせば、既にぱっと手を離して明後日の方向を見ている恋人。
微笑して、バージルはもう一度の手を取る。
「……『TRIPLE JACKPOT』だったか?」
「ん……」
はちょっと考えてから、バージルと繋いだ手をそのまま持ち上げて、スロットを指差した。
それは先程のマシンではなく、一回の遊戯に1000ドルも使う、このカジノで一番高額な台。
役と賞金が描かれたボードのそのいちばん上を見上げて、そしてはきっぱり一言。
「『777』だよ」
その賞金は──

「……
バージルが掠れた声でに囁いた。
「早く部屋に戻ろう」
「え?だってこれから噴水ショーがあるよ?」
「明日でいい」
「でも、夜の方がライトアップされてるし」
「部屋からも見えるだろう」
「あの、ばー」
腰にするりと回された腕に、はどきりと跳ねた。
……バージルの目を見れば、もう今夜の噴水ショーキャンセルは確実そうである。
「Sir、精算が終わりましたよ」
咳払いと共に、従業員が声を掛けて来た。
しかしそれでもバージルは現実に引き戻されることはない。
仕方なく、彼の代わりにが処理の終わったレシートを受け取った。
「Good luck!」
手続き終了後、キャッシャーガールが親指を立ててウインクしてくれた、が。
(私の運はさっきので使い果たしちゃったんだよー!!)
彼女の心の叫びは誰にも届くことはないまま、ラスベガスの夜は更けていく……







→ afterword

新年あけましておめでとうございます!

あれこれ更新の順番がめちゃくちゃですが、77777hits記念の夢です。
このゾロ目では絶対にギャンブルを書くと決めていました。
そして調子に乗って相変わらずやりすぎています…楽しかったです。
ルールとかは都合よくいろいろ適当です、すみません;
…カジノシーンだけなら別にべガスじゃなくてもよかっ…ただ自分が行きたかっただけでした。

追記)
Winner, winner, chicken dinnerはPUBGでドン勝って訳されてるそうですね。
ドン勝。よく聞くけど何のことだろうと思ってたら、カツ丼と間違えたみたい…すごくかわいいですね!

それでは、ちょっとでもお楽しみいただけましたなら嬉しいです!
どうもありがとうございましたー!!
2009.1.23