Simon Says, again




メールチェックしたら、親友からの惚気報告が届いていた。
「わー!ダンテさんからお返し貰ったって。いいなあ」
「お返し?何のだ?」
頭の上の——はソファに座るバージルの足元でノートパソコンを広げている——彼が、本を繰る手を止めた。
真剣に訊ねられてもそれはちょっと恥ずかしい。の視線がぎこちなく泳いだ。
「ホワイトデーの……」
「今日、雪は降っていないな」
バージルは意地悪く窓に視線を流した。
「わかってます」
一応自分もそれを目で追って、はため息をついた。
今日は3月14日、日本で言うところのホワイトデー。
一ヶ月前のバレンタインデーには二人で外食に行ったし、その席にはバージルの手書きリザーブカードとガラスのキャンディポットが飾られていた。はバージルにチョコレートを添えてドライブ用のグローブをプレゼントした。こちらの感覚なら、これでバレンタインイベント終了。
「……やっぱり何でもない」
は静かにメールソフトを閉じた。代わりにインターネットブラウザを開く。
「ね、次どんな映画観に行く?」

バージルは指で彼女の頭のてっぺんに触れた。
「ん?あ、これなんてどう?全米が泣いたナンバーワン」
「却下」
すげなく答えて、の肩を引く。
「“ Stand up ”」
「へ?」
は突然口調が変わった彼を振り仰ぐ。
バージルは僅かに笑んで、きっぱり言った。
「“ Simon says ”だ」
「久々だね」
バ…… サイモンセッズ・ゲームは、一時期彼のお気に入りだった。
「立て」
再びバージルが指令を下す。
しぶしぶ立ちながら、はちょっと上目遣いで彼を見上げた。
「当たり前に命令してるけど、バージル、私が従わない可能性は考えないの?」
「0だからな」
「……ああ!」
は降参と両手を肩まで挙げた。



最初の指令は、「“ Check the drawer ”」。
「引き出しって言っても」
たくさんある。
とりあえずは、目についたいちばん手近の小物入れを開けた。
中にはバージルによって整頓された小物類の上、目立つようにぱたんと畳まれた紙が一枚。上にバージルの文字で、“ Open me ”とある。はそれを開いた。
「“ Up the staircase ”?今度はこっちに従うの?」
バージルは腕を組み、ゆったり頷いた。その笑みを堪えている口元といったら。
「絶対遊ばれてる……」
メモをぷるぷる強く握りながら、それでもは階段を上がった。
最上段には、また手紙。
「“ Look at the door ”」
どうせ次は貼り紙がしてあるのだろう。はドアを手前から調べて行った。後ろからバージルが着いてくる。
「ねえ」
「どうした?」
「このメモ読むと、バージルの声が聞こえてくるんだけど」
ブルーインクの文字だからか、命令口調だからか。
「そうか」
バージルは淡々としたものだ。
「あ」
階段から三つ目のドア、の目線の高さに白い紙がルームプレートのように主張している。曰く、
「“ Step into this room ”」
バージルを見れば、彼は無表情で「さあどうぞ」とばかりに手だけで促した。
ふうと息つき、はドアノブを下ろし、そろりと足を踏み入れる。
「入ったけど……」
中はいつもの寝室、何にも変わった部分はない。──いや。
サイドテーブル、バージルの本の上に四枚目のメモを見つけた。
「“ Turn around and flip the sheets ”……もう」
後ろを向く。模様替えなどしていないそこにはもちろん、普段のままのベッドがある。
これも指示通りにシーツを捲ると、現れた紙がぺらりと告げた。

“ You're trapped. ”

かちゃり。
背後でドアが閉ざされた。
「え!?」
不穏な言葉に振り向く隙さえ与えられず、はバージルの腕に捕まった。
「お望み通り、お返しの時間としようか」
ぴたりと抱き締められたその背中に、声が伝わって響く。はぞくりと震えた。
「……あのう」
「本当に簡単だったが……おまえ、俺以外にこんなにあっさりと従う事はないだろうな?」
「あ、当たり前でしょ!」
くっくっと小刻みな振動がバージルの返答だった。
「だいたいこれのどこがバレンタインのお返しなの?バージルの方が明らかに楽しいでしょ?」
全力で後ろを振り返り、バージルを睨む。
こちらは嬉々として罠に飛び込んでしまった野うさぎ気分だというのに。
バージルは涼しい表情で顎を上げた。
「明日はここで朝食にしようと思っていた」
「え」
「いつものメニューに焼き立てのチーズオムレツ付きでな」
「……」
は唇をぎゅっと閉ざした。ふわふわとろとろの卵と熱々のチーズのコンビネーション、想像したら負けだ。
「特別にカプチーノも淹れてやろう」
黙っていたら、とどめが降って来た。シナモンの香り、鼻の下にひげが出来るほどたっぷりの甘いミルクの泡。
「……うぅ」
「“ Surrender yourself to me ”」
どうだとばかりのバージルの顔。
──完敗だ。せめて大敗くらいで勘弁して欲しかったのに。
は抱きつきながらも最後の悪あがきに挑戦した。
「バージル、私が気に入らない可能性は考えないの?」
バージルは何も答えずただ不敵に笑んで、軽いキスから「お返し」を始めた。







→ afterword

急遽書きたくなった突発短文です。
「お返しは俺自身」──T様、萌えをどうもありがとうございました!!
短いし日記に載せようと思っていたのに、最終地点が寝室の時点で自重しました…

古典的で定番なバージルになりましたが、彼はどんな顔をしてメモを用意したのでしょうか(笑)
でも、楽しくって仕方なかったでしょうね〜

それでは、短いお話ですが、お読みくださってどうもありがとうございました!
2010.3.14