バージルの肌は、とてもいい匂いがする。
ありとあらゆる花々から丁寧に抽出したエッセンス、それを繊細な嗅覚を持つ調香師がバージルのためだけに調合した香水のような——もはや奇跡としか思えないこの香り。
子供がバニラに引き寄せられるように、彼の白い胸に顔を埋める。
頬に手に触れる素肌は、陶器の冷たさ硬さ滑らかさ。
「バージル……?」
訝しんだに、バージルは妖艶に笑む。
眇た瞳は飢えた黒色。薄く開かれた唇からは鋭い犬歯が覗く。
「……バージル!」
悲鳴を元から断つ如く、バージルは贄の喉元に歯を立てた。



after the Twilight




「きゃぁあああ!!」
「何だ!?」
薄明かりの下、二つの声がぶつかる。
「……どうした?」
バージルは隣で跳ね起きた恋人の顔を覗き込んだ。後ろ手にナイトテーブルの照明を入れる。わずかな光が広がった。
薄明かりの中、自分を見据える瞳は深く濃い青——は、ひっと息を飲んだ。
バージルの白い肌からは、相変わらずいい香りがする。
「ば、バージル?」
震える手で、彼のシャツの胸に手を当ててみる。……ぎゅっと触れてみれば、堅いと言ってもそれはしなやかな筋肉、指を押し戻す弾力がある。その奥で確かに心臓が命を刻み、あたたかな血が彼の身体を駆け巡っているのが感じられた。
「よかったぁ……」
深く息を吐き出して、ぺたりと頭をバージルに預ける。
されるがままだった彼も、ああと気がついた。
「おまえが何を夢で見たのか分かった」
凭れた彼女の髪を背中へ流す。
「だから寝る前に変な映画は観るなと言っただろう」
「変な映画じゃないよ」
どんなに興行成績が良くても、アカデミー賞を取っていたとしても、バージルが俳優を気に入らなければひと括りに『変な映画』の烙印を押されてしまうのだ。
澄ました顔で、バージルはの髪を梳く。
「落ち着いたか?」
「嫌味のおかげで、ちゃんと現実に戻ってきました」
「それは良かった」
彼女のがら空きの喉元に軽く音を立ててキスをし、バージルはそのまま耳に唇を寄せた。
「……怖くないのか?」
「もう大丈夫だって」
「おまえは俺が悪魔だと知っているのに、本当にそんな余裕があるのかと聞いている」
いつしかバージルの声には愉悦の色が滲む。
「だって……え?」
不吉な予感に、は目を細めた。
「同胞には人間の血を好む者もいる……俺も何度か嗜んだ」
「嘘でしょ?あんまり冗談が過ぎると趣味が悪いよ」
「ここまで自制してきたが、そろそろ限界だ」
バージルは、かちりと歯を合わせてみせた。脈を確かめるように首に手を這わせてくる。ひやりと冷たい指の感触に、ぎくりと心臓が跳ねた。
「ちょっ、ねぇ!!」
「くれるか……?」
真に迫る、苦しげ悩ましげなバージルの声。
その絡みつくようなねっとりした視線はの首から耳元をねぶるように上下する。
「あの……冗談、だよね?」
上目遣いで窺ってみても、彼の痛切な表情は変わらない。
(そんな。本当に?それに、今?こんな急に?)
悪魔に咬まれたら、やはり身体ごとすっかり悪魔になるのだろうか。バージルやダンテを見る限り、昼日中に外に出られないなどデメリットは無いようだが、もしかしたら彼らは何か弱点を隠しているのかもしれない。
けれど、それでも、バージルがこの血を望むなら、自分は——
「バージル……」
両の手を広げてバージルの肩に預ける。
命ごと預けてもいい。バージルになら。
バージルがわずかに目を見開き、そして細めた。
ゆっくりとその飢えた唇がほどかれる。
白い歯が覗き、はいよいよ瞼をぎゅっと閉じた。
熱い吐息が首を撫で──

「…………冗談だ。」

一言で、緊張が破裂した。
「え?……!!」
「まさか本気で……くくっ」
バージルは背中を丸めて堪えている。
「そんな笑わなくても!」
憤慨した。
「すまん。……っ」
「もう!!私は本気でバージルのためなら血をあげても、一緒に悪魔になってもいいと思ったのに!!」
ぴたり。バージルの笑いが止まった。
「……
「もう寝る!」
「すまなかった」
「おやすみなさい!」
“ Enough for now ”
バージルが素早く彼女の腕を掴まえた。
「おまえは今のままでいい」
ぴくり、との肩が震えた。
謝罪にはもったいないくらいの台詞だった。すぐにでも振り向いて抱きつきたいのは山々だが、あと一歩。
「……ちょっと台詞が違う」
「そうだったか?」
「うん。だから、もう一度おねがい」
バージルの溜め息が耳を撫でた。
「おまえはそういう所だけは本当によく覚えているな……」
“ Enough for forever ”
さっきと同じように囁き、バージルは彼女の首筋に歯を立てた。







→ afterword

拍手のお礼文でした。
ヒロインが観ていた映画はもちろん『トワ○ライト』。
あの映画は絶対バージルには不評だと思います。途中で寝るか、延々「情けないヴァンパイアだ、恋人すらまともに守れんのか。、本当にこのヴァンパイアが人気あるのか?」とか文句言ってるか、どちらかじゃないでしょうか(笑)…でもちゃんと大事なシーンのセリフは覚えているといいな!

短い文ですが、お読み下さってありがとうございました!
2011.11.24