#1




デビルハンターが儲かる世の中なんて、ロクなもんじゃない。
そうは思っても悪魔を狩る仕事がの天職なわけで、それをどうこう言っても始まらないのもまた事実。
だが、いくらなんでも最近の依頼の多さは異常なのだ。
がスラムの雑居ビルの一角に『your little angel』とジョークのような店名の小さな事務所を構えた当初は、『誰が女子供に悪魔狩りなんか頼むかよ』と看板に唾吐くような連中ばかりだったのが、今では大金を積んでの所にやって来る。
世の中物騒になったものだ。
「ま、装備にお金を掛けられるようになったのは嬉しいけどね」
ひとりごちて、最近チューンナップしたオールクロム仕上げの愛銃2丁を太腿のホルスターに差す。
「Are you ready, Bonnie&Clyde?」
モノに名前をつけるだけで、相棒が出来たみたいな気分になれるのは何故だろう。
準備の最後に背中にレイピアを佩いて、ひといき。
「Let's move on guys!」
ひっそりと更けていく夜の中、は駆け出した。
依頼主が、待っている。



指定された場所には、確かに悪魔が巣食っていた。
だだ洩れている、鼻をつまみたくなるような濃密な邪気でそれが分かる。
ここに奴らが現れるのは、きっかり深夜12時だという。
月の満ち欠けの影響か、悪魔が行動できる時間帯というのは、案外狭いのだ。
「あと5分」
既に15人もの人間の血を啜ったという悪魔は、味を占めて現れるだろう。
絶対にやって来る。
そしてそのときこそ、奴らの最期。
は静かにレイピアを鞘から払った。
既にうぞうぞと、濃厚な殺意が集まり出している。
「……来た!」
地面を蹴って、間合いを取る。
目の前に具現化した悪魔の姿を見て、は息を飲んだ。
「アビス!」
驚いた。
こんな上級悪魔まで、地上で暴れるようになったのか。
アビスは他の雑魚と違って打たれ強く、炎を纏った鎌と、素早い動きが特徴だ。
そして必ず、何体も同時に現れる。
「It's a little tough work, don't you think Bonnie?」
ガァン!
最初の一匹目に銀の弾丸を撃ち抜いて怯ませてから、二匹目の肩をレイピアで斬る。
レイピアは、その鋭い切れ味が最大の長所だ。
女の力なんてたかが知れているから、一撃で粉砕するとか首を飛ばすなどという派手なことは出来ない。
代わりに小回りの利くフットワークを活かし、無数の傷を弱点に集めるようにして仕留める。
だから本来、アビスなどタフな相手を何匹も同時に立ち回るのは少々、いやかなり不利なのだ。
だが。
「That's the story of my life!」
クライドが空気を劈く。
起き上がって来た一匹目の首をレイピアで薙ぎ、ソレが息絶え砂に返ったのを横目で確認してから、三匹目を振り向きもせずにボニーで撃つ。
どうやら、今夜の客は三匹で終わりらしい。
それならだけでも何とかなる。最悪、ギルドに連絡を取って応援を呼ばなければいけないと思ったのだが。
四手で二匹目を仕留めて、ふうっと一息ついたところへ。
……ゴォン……
鐘の音が空気を震わせる。
「え……?」
背筋がひやりとした。
新しく現れた黒い大きな影を見上げ、は思わず後ずさった。
三匹目を倒したのも、大した喜びにならなかった。何故なら、新たに乱入してきたのは、
「ヘル=バンガード……!?」
まさに死神。
アビスなんて比べ物にならないほどの大鎌を構え、黒衣を翻らせるその姿。
そんな大物は、さすがにも読み物でしか知らなかった。
「さすがにジョークなんかじゃ済まない」
アビス三匹を仕留めたというだけでも、デビルハンターとしては拍手喝采モノなのだ。
『美人ハンターガール、お美事!』と顔写真つきで新聞の一面を飾っても可笑しくない。
そこへバンガードまで来た日には、自分の命すら守り切れるものかどうか。
「やるしかない、か」
しっかり握っていても、Bonnie&Clydeのグリップが震えた。
情けない。
ザッと地面を蹴って飛翔する。
ありったけの弾丸を撃ち込みながら、バンガードの背後へ回る。
振り上げられた鎌を躱し、レイピアで薙ぐ。
斬っているはずなのに、影を斬っているように手応えが薄い。
これでは致命傷を与えるまで何手かかるか。
おまけに銃をリロードする暇もありはしない。
「くっ……!」
ギリギリで鎌を避けるが、徐々に追い込まれ、不利な体勢になっている。
何とかこちらのペースに持ち込まなければ。
だが、どうやって。
「!!」
一瞬の隙、鎌が左肩を掠めた。
「っ……!!」
浅い傷の割に激しく血が噴き出し、血煙で目前が遮られる。
まずいと思った刹那、もう遅かった。
最早避けられない位置に、鎌の嫌らしい光が映る。
(──もうだめだ)
こんなところで死んでしまうのか。この商売を始めた頃から覚悟はしていた。けれど、まさかこんなにあっさりと。
覚悟を決めて、は目を瞑った。
死のやわらかい誘惑に心を持って行かれる寸前、

「Heads up!」

突然檄が飛ばされて、はハッとした。
(まだ生きてる!)
無事な右手で思い切り地面を押し、身体を反転させる。
間一髪、の居たところに死神の鎌がガツンと轟音を立てて食い込んだ。
そのまま立ち上がろうとして、思わず左手を付いてしまった。
「!!」
鋭い痛みが全身を駆け抜け、反射的に動きを止めてしまう。
バンガードは容赦なく間合いを詰めて来る。
──今度こそ、逃げられない。
死の刃が閃く。

キィン。

ちいさな、澄んだ音がした。
(え!?)
目を捕らえたのは、何か、ちいさな赤い光。
その一瞬後。
『ギィアアアアアァァァ!!!』
死神の鎌は、逃げ損ねたを捕らえなかった。
「……!?」
目の前でもうもうと上がる砂の幕。
ということは。
バンガードが倒れたのだった。
恐らくさっきに檄を飛ばしたその相手に、ただの一閃で倒されて。
「だれ……」
よろりと立ち上がり、何とか前方を見定めようとする。
誰が助けてくれたのか。
こんな、並みのハンターでは到底敵わない悪魔を軽く倒す程の。
──誰?
影が動いた。
「待って!!」
未だ血を流す肩を押さえながら叫ぶ。
一瞬、影が止まった。
互いの瞳が交わる。
若い男だった。
銀色の髪と、夜に滴る青い衣が、霞んだ目にもあざやかに刺さる。背中に負った冴え冴えとした月がよく似合っていた。
「あなたは……」
礼を言おうとして、一歩踏み出す。
が。
彼は消えていた。
ジョークでも何でもなく、一瞬で。
「……嘘、でしょう……?」
どうやって、など考える前に肝が冷えた。
彼もまた、
「悪魔……?」
それは直感だった。
しかし、多分間違いない。
彼が消え去る一瞬前、が見たのは足元の彼の影。
特異な形の黒い影。
ヒトが持つはずもない翼の形、それが現すのは『彼は悪魔』という事実。
「でも……どうしてあたしを……?」
どう考えても、自分を助けてくれた。彼が手出ししなければ、はあのまま殺されていたのだから。
「なぜ悪魔が……悪魔からあたしを……」
震える声に、答える者はない。
……いや。
ただ、一つ。
彼が立っていた辺りに、ちいさな儚い光。
赤い石の欠片だけが、彼女の声に応えるようにきらきらと輝いていた。