#7




バージルは夜を当て所なく彷徨っていた。
(How does it work?)
自分の心の御し方まで忘れてしまったように思える。
何も感じない。
が腕に背中に付けた爪の痕も、まっさらに消えてしまった。
傷跡だけが、彼女を感じる拠り所だったのに。
引き換えに、ただ、ひたすらにギリギリと、心臓が、頭が、身体のあちこちが苦痛を訴えて来る。
当たり前かもしれない。
逃げ出した後から今まで、五回は夜を越えていた。
その間ずっと、現れる悪魔に遺恨をぶつけるかの如く倒し続けていたのだから。
いつものような彼独自の苛烈にして洗練された戦術がある斬り方ではない。身体ごと斬りかかっていくものだから、細かい傷で衣服はもうボロボロだ。
悪魔のものかはたまた彼のものかも分からない血でドロドロと全身まみれ、不快すら疾うに限界を越えている。
それでも自分が何処へ向かいたいのか、答えは出ないまま──
自暴自棄。
今の彼はまさにそれだった。
帰る家も、向かう場所もなく。
(これでは俺は文字通り、通り魔だな)
不意に浮かんだ考えに皮肉な笑みを漏らす。

「こんなときに笑えるなんて、いい気なもんだな」

真上から、よく知る声が届いた。
確かめずとも分かる。
「……ダンテ」
ダンテは、彼にしては重そうな足捌きでバージルの前へ飛び降りた。
を放り出して、こんなとこでお遊戯中かよ」
長剣を構える。
「そんな体力があるなら、オレとも遊んでくれるよな?」
ダンテはいきなり袈裟斬りを仕掛けて来た。
それを避けておいて、バージルも閻魔刀を抜く。
「貴様も虫の居所が悪いのか?奇遇だな。俺もだ」
ギィン。
剣が交わり、金臭い光が飛び散る。
「っ、誰のせいで機嫌悪いと思ってんだよ!!」
「知るか」
一太刀、二太刀。
ダンテの剣捌きはバージルのそれに比べれば手数も多く、忙しない。
だが、今日のダンテはもはや何かに取り憑かれているかのような激しさだった。そのくせ一撃一撃が重い。
遊びなどではない、確かな殺気。
「どうしたよ」
ダンテがバージルの肩を斬る。
鮮血が吹き出した。
「気ィ抜いてっと、あっさり殺しちまうぜ?」
「っ……」
バージルは片膝をついた体勢から何とか立て直し、返す閻魔刀をダンテに振るう。斬るというよりは牽制の意味の強い一撃を、当然のようにダンテはあっさりと躱した。
ザッと砂煙を巻き上げ、互いに間合いを離す。
ダンテが上段に構えた。

「あんたを殺して、はオレがもらう」

「!!」
ガァン!!
なまくらな剣ならば、まっ二つだったろう。
放浪で体力を失っていたバージルでは、今の本気のダンテの剣を受けるだけで精一杯だ。
大剣を止める手首がギリギリ震える。交わった刃が熱せられて赤く輝く。
「貴様が何を考えていようと関係ない……勝手に、しろ」
バージルは自嘲に唇を歪めた。
(どうせ俺はもう、彼女に触れる資格を持たない)
終わったのだ。
始まる前から。
ダンテが目を見開いた。
(──来る)

「勝手にしろ、だと……?CUT THE CRAP VERGIL !!!」

「……ッ!」
渾身のダンテの一振りは受け流し切れず、追撃で右足を斬られた。
「はっ……はっ……」
必死で体勢を立て直す。
汗だか血だかで手がぬめる。地面を踏んでいるはずの足も感覚がない。
はなあ……ずっとあんたを待ってんだよ……」
「っ……はっ……はぁっ……」
「どんな酷い事をされようと……あんたを……」
ダンテが剣を取り落とした。その肩が震えている。
バージルはダンテを真っ直ぐ睨みつけた。

「……ッ、もう、……待っているわけが、ない……」

三度目はない。
いつも自分を出迎えてくれた、彼女のはにかんだ笑顔。
それを泣かせたままで。
──逃げ出した。
胸が痛い。
頭が割れるように痛む。
身体が心が魂が、悲鳴を上げている。
──を求めて。

「……確かめに、行けよ」
ダンテが静かに言った。
どさりとその場に座り込む。
その力の抜け方では、ダンテの方が怪我をしているように見えた。
……いや。
確かに彼も血を流しているのだろう。
ダンテもきっと、彼女を愛している。
バージルは苦い想いを噛み締めた。
(──奴の方が遥かに賢い)

ダンテの促す視線の先に、真っ赤なバイクがあった。
バージルは痛む足を叱咤し、駆け出した。
「借りる」
「貸しは大きいぜ」
ダンテは喉を仰け反らせて悪態をついた。" Stupid "



迫って来る夕闇に浮かぶ月から逃げるように、バージルはバイクを走らせる。
どうか、どうか。
間に合ってくれ。
この想いが完全に闇に飲み込まれて死ぬ前に、どうか。
愛しい彼女の元へと。