#9




考えてみれば、最初に出逢った瞬間からどうしようもなく惹かれていた。
その場で礼を言えず、遠回りな再会をしたことも、下手したらすげなくあしらわれたことすらも、想いが深まった要因。 更に言えば、彼が悪魔だったことも、純粋にの興味を引いたのだ。
そう告げたら、バージルには『変な女だ』苦笑されたが。
『そんなおまえを欲しい俺はもっと物好きか?』などと、更に悪態が降ってくる。
そしてキス。

身を焦がすようなDevil's kiss。





「……美味しい?」
無言でシーザーサラダを頬張るバージルを覗き込む。
「お前の料理はいつも美味い」
ナプキンで口を拭いながら彼は言う。
「たまに味が濃すぎるきらいはあるが」
口の端を持ち上げる。
「もう!だったらそのときに言ってくれればいいのに!」
拗ねるの頬を、彼はそっと撫でた。
「これからは遠慮なく言う」
が淹れた紅茶を満足そうに飲み干す、不遜なその態度。
(これから)
そう、これからは毎日一緒にご飯を食べられるのだ。
「……泣くな」
思わず潤んでしまったの瞳に気付いて、バージルがすこしだけ慌てる。
「誰に泣かされてると思う?」
下に視線を落としながら、必死でこれ以上涙が出ないように歯を食いしばった。

低く呼ばれ、そっと顔を上げる。わずかな距離を隔てただけで、視線が絡む。
その途端に、の心臓が跳ねた。
きっといつまでたっても、この瞳に慣れることは出来ないだろう。心を見透かすようなアイスブルーの瞳。もしかしたら彼自身が紡ぐ言葉より雄弁に語る虹彩。
思わず見惚れていると、不意に唇がそっと合わせられた。
バージルの唇と舌はアールグレイの味がして、それが妙に恥ずかしくなる。がますます赤くなって俯くと、バージルが髪を梳いてきた。その優しい指の動きが心地よい。
はうっとりと目を閉じた。
「……いいか?」
急にバージルが掠れた声で言った。
聞かれた意味が捕まえられず、疑問符を浮かべながら小首を傾げると、バージルががたんと椅子を蹴って立ち上がった。
その様子に、はしっかりと彼の望みに気付てしまった。
甘い雰囲気も吹っ飛んで、一瞬で血の気が引く。
「だ、だめ!」
バッと椅子を引いて彼から離れると、途端にバージルが不機嫌になった。
「何故?」
「な、何でって……」
はへどもどと辺りを見回した。これ以上無理というくらいに顔を火照らせて、必死で彼から視線を外す。 「び、病院に行って来たの」
「病院?」
バージルが眉を寄せる。
「あの後、ち、血が止まらなくって怖くなって病院に行ったの。……そしたら、先生に物凄く怒られて」
今思い出しても顔から火が出るほど恥ずかしい。
バージルに無理矢理抱かれた後のこと。
気分は最悪だった。
無論バージルが隣りにいなかったこともショックだったが、それはもう夜が白み始めた時点でこうなるだろうと諦めがついていたから、まだ耐えられた。
だから、それよりも現実に身体を襲って来る苦痛の方が大きかった。
何せ腰は痛いし、膝は笑うし、あちこち引っ掻き傷やら噛まれた傷やら、満身創痍。とどめは血だった。待てど暮らせど、月のものでもないのにそれは滲み続けて止まらない。あまりに怖くて、はしぶしぶ病院へ向かったのだ。
診察した女医はかなりのフェミニストで、今すぐ彼氏を連れて来なさい!といきり立った。
「へ、変な物を使う彼氏なんて捨てなさい!ってあたしまで怒られたんだからね!」
「は?……!」
バージルのしろい顔までもうっすら赤くなる。
「とにかく!二週間は禁止、塗り薬まで処方されてるの!だから、だめ!」
早口で言うが早いか、立ち上がる。
食器をまとめてキッチンへ入った。わざとばしゃばしゃ盛大な音を立てて食器を洗う。
洗いながら、は一息ついていた。
これでとりあえず二週間はバージルの色香に当てられずに過ごせるはずである。
正直、あの行為は恥ずかしすぎた。普通にしていたって魔性の魅力が迸るバージルが、本気の色気を出す。
(無理!)
到底では力が及ばない。
だから少しでも、時間稼ぎをしなければならない。すこしでもバージル耐性がつく、そのときまで。
いくら彼でも、怪我で治療中の恋人を無理矢理どうにかすまい。
……そう思ったは、彼が真実、心もどっぷり悪魔だということを忘れていた。

「……塗り薬……?」

ぽつんとしたバージルの声。
はびくりと肩を震わせた。
(も、もしかして余計なことを口走った?)

「それは悪い事をした」

じりじりとバージルが歩み寄って来る。
声のトーンがさっきと違う。
は彼の目を見ないように後ずさった。
「わ、分かってもらえればそれでいいから」
おかしな程に声が震える。
足がシンクにぶつかる。
ふわりとバージルがの両脇に手を付いた。

「……治療をしなければならないんだったな?」

意味深な声。
「だっ、大丈夫!自分で出来るから!!!」
何とか彼の腕をどけようともがく。
それを難なく諌め、バージルが耳にシルクの声を吹き込んでくる。
「どうやって?塗り薬なんだろう?」
「だからっ、自分で……」
バージルがニヤリと嗤う。
「その方がいやらしいとは思わないのか?」
「〜〜〜!!」
爆発するような羞恥心にが頭を抱えると、バージルが笑いに唇を噛み締めるのが見えた。
さっと抱き上げられる。
「なっ何を!?」
「治療の時間だ」
彼はこの上なくご機嫌だ。
は大きく息を吸い込んで叫ぶ。
「バージルの鬼!悪魔!!」
叫ばれた方は軽く吹き出した。
「鬼はともかく、悪魔は否定できないな」
そうだった。
力がくにゃりと抜けたを、悪魔は心底大事そうに抱き締めた。
その瞬間の彼の、とろけるような瞳。
(ああ)
結局最初から勝負はついている。

その後二週間は、塗り薬を持って逃げると、彼女を追い詰めるバージルとのおにごっこ、またはかくれんぼが日課となった。
勝敗は初日同様──言うまでもない。

追いつかれて、笑いながら抱き締められて、
最後は笑顔で彼に屈する。
今日も飽きずに同じ結末。
あーぁと溜め息をつきながら、は思う。
どちらかが本当にいなくなるわけでもないこのかくれんぼなら、いつだって大歓迎。

(──そんなこと、とてもバージルには言えないけれど)








→ afterword

これがいちばん最初に書いたバージルさん夢でした。
バージルさんが酷いことを言ったりしてたり、ヒロインが押しかけ女房だったり、ダンテさんがとにかく可哀想な役回りを負わされていたり(本当にごめんなさい)
とりあえず、『かくれんぼ』は今の自分には忖度の嵐&勢い不足で絶対に書けないお話なのは間違いありません。
未熟さが極まってますが、お客様の時間つぶしになれていたらそれで幸せです。
2019.8.12