クリスマスなのに、お金がない。



Christmas Crisis




は、ペラペラの1ドル紙幣が3枚と小銭しか残っていない自分の財布に絶望した。
「やっぱり、お給料は素直にもらっておくべきだった……」
以前の日当100ドル(今は500ドルにアップした)は、直接バージルからはもらっていない。
バージルはその辺をきっちりしたがっていたが、としては、普通に家事と事務をこなしているだけでそんなにもらっては、世の中を甘く見すぎ!と思ったのである。
そして結局、の「ふたりの今後のために、バージルが貯金しておく」という提案で落ち着いた。
生活費は三人共同のクレジットカードがあるし、何も困らなかったのだ。
クリスマスプレゼントを用意しなければいけないことに気付くまでは。
「1ドルショップで済ませるわけに……いくわけない!」
はぁ。
溜め息が、重い。
解決法は……

1.)豪華なディナーを作って誤魔化す。
2.)クレジットカードでこっそり生活費から着服する。
3.)髪の毛を売る。

1は無難かもしれないが、双子がプレゼントを用意してくれていたらアウトだ。最近、どちらも挙動が怪しいので(特にバージルはバレバレである)多分、用意してくれている……
2は、当たり前だができたらそんなことはしたくない。
3は……、O・ヘンリーの時代じゃないんだから問題外だ!

混乱した頭では、ろくな考えが浮かんでこない。
(諦めて、バージルに相談してみようか)
一瞬そんな考えも浮かぶが、それが出来るなら最初からこんなに悩んでいない。
それにやっぱり、プレゼントはサプライズに尽きる。
今この時期にお金が必要なんて言ってしまえば、さすがにバージルだって気付くだろう。
おまけに、予算までバレてしまうわけで……
「もう……どうしたら……」
絶望でどんよりした視線に、バージルの読み差しの新聞が飛び込んできた。
その上に、無造作に置かれたチラシ。
内容に、の目が釘付けになる。
「これしかない!」





「「教会のボランティア?」」

夕食の席。
の一言に、久しぶりに同じ席に揃った双子がハモる。
「そう。お掃除したり、クッキー焼いたり、募金募ったりね」
二人にそれぞれさりげなくサラダをサーブしつつも、目はどちらにも合わせない。
「ボランティアはいいが……一日中行く必要があるのか?」
訝しがるバージル。
ぎくりとするが、しかしここで動じてはいけない。
ことさらゆっくり、笑顔を作る。
「この時期あちこちの聖歌隊が練習に来たり、ミサが増えたり、教会も忙しい時期らしいよ」
「冬だから、シェルター代わりに泊まりに来るホームレスも増えてるだろうしな」
ダンテが、取り分けられたサラダをもしゃもしゃ食べる。
「そうみたい」
今度は、真面目な顔を作ってみる。
「しかし……」
バージルはどうしても納得がいかないようだ。
「まぁまぁ」
の代わりに、ダンテが説得に乗り出した。
「別に依頼に行きたいってわけじゃねぇだろ?だって、ずっと家ん中にいたら息詰まっちまうよ」
(ありがとうダンテ!後でスペシャルストロベリーサンデー作る!)
思わぬ援護射撃に、は顔を輝かせた。
勢いづいたまま、バージルに向き直る。
「バージル、おねがい……」
「……。」
ぐっと詰まるバージル。

(3……2……1……)
ダンテがいつものように、心の中でカウントダウンを始める。
(0。)

「分かった……好きにしたらいい」
額に手を当てて、降参とばかりのバージルの表情。
「ありがと、バージル!」
最大の武器、きらきら笑顔で紅茶をたっぷりとおかわりさせられて、さすがのバージルも最後は苦笑した。





そんなこんなで、が外出するようになって、早一週間。
めっきり寒くなって悪魔どももやる気が低下中なのか、ここのところ依頼も少ない。
そうしてデビルハンター達はリビングで男二人、不毛にうだうだしている。
暖炉のやわらかな暖かさも、全く慰めにならない。
「……。」
今日何度目になるのか読み返した新聞を無造作に放り出し、バージルは立ち上がる。
もういっそ不貞寝でも決め込むかと思ったのである。
そこへ。
「なあ」
不意にダンテが声を掛けてきた。
こちらも先程までテレビを垂れ流してはいたが、ろくに見ていなかった様子だ。
「何だ」
あまりにも暇だったので、いつもよりは若干気持ちを込めてバージルは弟に返事をする。
ダンテがソファからガバッと起き上がった。
やけに真剣なその表情。
バージルは微かに眉を寄せた。
「どうした?」
「いや……最近、変じゃねえか?」
話題の彼女がいなくとも一応声を落とす。
バージルは何を言い出す、と目を細めた。
「お前だぞ、ボランティアを後押ししたのは」
「いや……それなんだけどさ」
視線を逸らすダンテ。
「教会のボランティアって割に、やけに化粧バッチリな気がする」
「……。」
バージルは、今朝の彼女の出で立ちを思い浮かべる。
……言われてみれば。
確かに唇がきらきらとしていた。
思わず口づけようとしたら、やんわり拒まれ、胸を押し返されたのだった。
帰って来てからねとは言うものの、ここのところはひどく疲れて帰って来るので、気の毒で。

「浮気してんじゃねえ?」

はらり。
ダンテの銀髪が一筋、宙に舞う。
「……次は貴様の喉を横切るぞ」
音も無く閻魔刀を抜いたバージルの額には、くっきりと青筋。
「おいおいおい」
ダンテが慌てて両腕を上げる。
「何だよ、地雷かよ?思い当たる節でもあんのか?」
ギィン。
本当に喉元に来た刃を、ダンテはアイボリーで受け止めた。
「悪魔に飽きて、次は聖職者に走ったとか?」
「貴様、いい加減に……」
ギリギリギリギリ……
互いに一歩も引かない金属が熱を帯びて来たところで、ダンテはソファを蹴上げてバックジャンプした。
バージルと距離を取る。
が、別に喧嘩続行のためではない。
「確かめに行こうぜ!」
「……は?」
次元斬の構えをしていたバージルの動きが止まる。
「聖フランチェスカ教会だったよな?そう遠くないし、あんただって気になってんだろ?」
「……。」
バージルは無言で刀を鞘に納めた。
確かに、不必要なまでの化粧の理由は気になる。
しかし、だからと言って密偵紛いのことをするのも気が引ける……
「オレは行くぜ、See ya later」
軽やかにソファを飛び越えるダンテ。
その楽しそうな躍動感。
バージルは呆れて溜め息を吐いた。
「何だかんだと理由を付けて……暇だっただけだろうが」
ダンテよりは随分と重苦しい気分のまま、バージルも館を後にした。





さん?いらしてないですねえ」

聖フランチェスカ教会の老シスターは、柔和な態度で双子に返事をした。
思わず顔を見合わせるバージルとダンテ。
「その方がどうかされたの?」
「いや、何でもないんだ。Thanks」
ダンテはシスターの抱える募金箱に、紙幣数枚を突っ込んだ。
「あらまあこんなに。ありがとう。あなたがたに神のご加護がありますように」
にこにこ聖母のようなシスターとその言葉に、微妙な気持ちになりつつも、とにかく双子は教会を離れた。



「さー、次はどうする?」
行き場をなくして、二人はとりあえず交差点で信号が変わるのを待つ。
今日はやけに冷えると思ったら、雪がちらちらと降り出して来た。
しかし周りがざわざわと騒がしいのは、雪のせいではない。

『絶対モデルか何かだよね?』
『どっちもカッコいい!しかも双子なんて初めて見た!』
『握手してもらえないかなー?』

計らずも、黄色い声の話題の的は自分達。
に嘘をつかれてただでさえ機嫌が悪いというのに、もともと喧噪の苦手なバージルの周囲は、もはや氷点下である。
その表情に、ダンテがぶるりと肩を竦める。
「あんたさ……、もしもがデートしてても、頼むから相手を斬り殺すとかはやめとけよ」
バージルが口の端を歪めて笑う。
「それは刀に言うんだな」
「おい!」
ダンテが更に警告しようとしたとき。
バージルの表情ががらりと変わった。
つられてダンテもその方向を見る。
そこには。

「クリスマスケーキのご予約はいかがですかぁ?」

「「Load……」」
双子がハモるのも無理はない。
飛び込んで来たのは、ケーキの売り込みをするこの時期恒例のサンタクロース。
それだけならまだしも、それは彼らがとてもよく知る人物。
そう。
サンタの正体は、である。
「短ぇ」
ダンテの呟き通り、サンタはサンタでもミニスカートのサンタクロース。
衣装の袖や裾には、ご丁寧にもこもこファー(しかもラメ入り)が付いている。
見た目にも寒々しい脚には、白いオーバーニーソックス。
ふわふわのメルヘンな帽子。
どこからどう見ても、立派なコスチュームプレイである。
「……すっげ……」
初めて見るの格好に、ダンテが感嘆の声を上げる。
バージルはと言えば、全身から色という色が抜けて無表情になっている。
それでも視線はに釘付けで。これは仕方ないだろう。
そしてサンタの格好はどうやら他の人間にも効果絶大のようで、若いサラリーマン風の男やら親父やらが次々とに群がっている。
──ぷつり。
ダンテの隣りで何かがキレる音がした。
「お」
ダンテが声を上げる間もなく、『ビシュン』と音がして、バージルはサンタの背後にトリックアップしていた。
「Keeps fighting、
こっそりと十字を切ると、ダンテはその場に背を向け、家路についた。





今日も大盛況。
ぞろぞろと増えていくばかりの列を作り物の笑顔で眺めながら、はそっと溜め息を零す。
久しぶりの仕事。
しかも悪魔退治とは種類が違う慣れない仕事な上に、『キミが来てくれてから、売り上げ倍増だよ!』とケーキ屋の店長に誉められ、臨時ボーナスまで支給されてしまった。
としてはもっと頑張らないわけにはいかなくなった次第である。
とどめは、このサンタクロースの格好。
何気にヒールの高いブーツで立ちっぱなしがいちばんキツいのだ。
今日は雪も降っているから寒くて身体が凍えてしまって、かちこちになるし……。
おかげさまで、正直毎日お疲れモード。
洋館に戻れば、シャワーを浴びてベッドにダイブ、後は泥のように眠るだけ。
(でも、これが本来の労働なんだよね)
楽な仕事で一日500ドル貰っている身には堪える。
が、一文無しの今はそんなことを愚痴っている余裕などない。
クリスマスまであともう少し、頑張るのみ。
すぅ、と息を吸い込む。
「美味しいクリスマスケーキのご予約、いかがですかぁ!」

「一つ貰おうか」

背後から声を掛けられた。
(全く、たまにいるんだよね。偉そうな態度で列を無視する人が……)
思いつつも、営業スマイルで後ろを振り返る。
「申し訳ございませんお客様、列はあちらで……」
振り返って、

時間が止まる。

「ば……」
ここにいるはずのない、バージルが立っていた。
「ど……して……」
「……。」
お互い、声にならない。
どれくらいそうしていただろう。
「おねーさん、順番来たんだけど」
不意に列から声が掛かって、は現実に引き戻された。
「すみません、ただいま……」
バージルも身動きする。
その手がの頭に伸びる。
「!」
思わずびくりと肩が震えてしまう。
無言のまま、バージルはそっとの帽子を直した。
「……家に戻っている」
そのまま、静かに離れて行く背中。
再びお客に声を掛けられるまで、はその場に硬直したまま身動きできなかった。
——触れた指は、氷のように冷たかったのだ。





仕事を終えて、は着替えもせずにそのまま家に走り戻った。
(謝らなくちゃ)
とにかく、ずっとずっと、それだけが頭を駆け巡っていた。
バージルの指の冷たさは、そのままを非難していた。
何も映していないような瞳よりもストレートに、激しく。

(どうして嘘をついた?)

声には出さずともぶつかってきた、そんな言葉。
はいまさらながらにバイトを始めたことを後悔していた。
(……他に何か方法があったかも……)
もっとよく考えてみるべきだった。
こんなにも、バージルの機嫌を損ねてしまうくらいなら。
重たい足取りで、彼の部屋へ向かう。
「あ」
階段を上る脚の白い靴下が目に入って、自分がまだサンタクロースの格好をしていることに気付く。
(どうしよう)
不機嫌なバージルに、サンタクロースの格好で謝罪するのは火に油を注ぐようなものではないか。
本気で謝罪しなければいけないときに馬鹿にしていると思われたなら、更に事態は悪化するだろう。
(でも)
ちらりと廊下の置き時計を見る。
もう11時。
これでも最大限急いで来たのだが、着替えていたら更に遅くなる。
どうしようかと足を止めたところで。
キィ。
奥の部屋の扉が開く。
バージルだった。
「……ぁ……」
は、悪戯が見つかった子供のような声を出した。
扉を後ろ手に閉め、バージルはそのまま寄りかかって腕を組む。
「可愛らしいサンタクロースだ、とでも言えばいいんだろうな」
「……ごめんなさい。」
威圧感に負け、は両拳でスカートをぎゅっと握り込んだ。
沈黙が痛々しく漂う。
はぁ、と重苦しく溜め息が響いた。
バージルが組んでいた腕を解く。
「……あと一週間か。……契約は契約だ。やり遂げろ」
思いも寄らなかったその言葉に、はぱっと顔を上げる。
非難されるか、このまま無視地獄かとさえ思っていたのに。
「いいの?」
見上げる彼女にバージルは、苦虫を噛み潰したような表情をした。
「これ以上、お前を泣かせるつもりはない」
「あ。」
は、気付かないうちにぽたぽた落ちていた涙を慌てて拭った。
手の甲が落ちた化粧でとんでもない色に染まる。
「……酷い顔だ」
苦笑して、バージルは指でのマスカラが落ちた目元を擦った。
その指はもう、冷たくはない。
「ごめんなさい……」
安堵と後悔と感謝と愛情と——ごちゃごちゃの気持ちのまま、はバージルに抱きついた。



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