てのひらバージル

あけましておめでとう編




「さ、どれにしますか?」

私の言葉に、バージルはめんどくさそうに周りを見た。
彼の前にたくさん置いたのは、リボンの形のフォーチュンクッキー。
私は占いとかあんまり気にしない方だけど、こういうのは一種のイベントだ。
バージルは適当に1つを指差す。
「これでいいんですね?後悔しませんね?」
にやりと笑ってみせると、彼はどん!と足を鳴らした。
「じゃあ、これを……」
クッキーはバージルの顔より大きいので、私が代わりに割ってあげた。
中から紙を取り出す。
「えーと。『怪我に注意』……だって」
眉を顰めたバージルに、嘘は言ってませんよと紙を提示した。
(怪我……)
じぃっと文を眺めている彼のちいさな背中。
──バージルが怪我?
テーブルから落下?
ミーちゃんの猫パンチで壁に叩きつけられるとか?
それとも、流しの洗面器で入浴中に溺れるとか?
「ば、バージル……」
想像したら何だか怖くなって、そうっと指をバージルの肩に置いた。
「怪我なんてしないでね」
バージルが私を見上げる。
「だって、キミに怪我なんてされたら……私……」
青い瞳と視線が溶ける。
──だめだ。バージルに怪我なんてして欲しくない!
「キミが怪我しても……動物病院なんて、連れて行けないんだからね!」
ふぉんふぉんふぉん ぱりぱりぱりーん!
「冗談だってばー!」
新年早々、青いつまようじを浴びてしまった。
実はこびとをからかうのは、ちょっと楽しい。
「まあ、動物病院はともかく。ほんとに怪我には気をつけてよ」
どうどうとバージルの背中を撫でて落ち着かせる。
思う存分つまようじを飛ばして反撃に満足したらしいバージルが、ちらと顔を上げて足下を指差した。
「何?」
『お前も引け』と顎をしゃくる。
確かに、バージルにだけ引かせているのもつまらない。
「よーし、いいの引いてみせようじゃない」
私はクレーンゲームのアームみたいに、真剣に腕を伸ばした。
ばらばらたくさん散らばるクッキー。
どれにしようか。
……ふと、バージルの前の一個が何だか目を引いた。まるで、それに呼ばれたような感じ。
「じゃ、これ」
ひょいっと摘み上げて、一口齧る。
シナモンの香りの、味はあんまり良くない堅いクッキー。
「おいしくないね、これ」
のんびり味わっていると、バージルが『さっさと紙を見ろ』と腕を組んだ。
「はいはい。……ええっと」
紙を広げると、バージルも傍にやってきた。
ふたりで結果を覗き込む。

「『運命の人はすぐ傍に』……だって」

ふーん。
「どうやら私は怪我しないで済みそうだよ」
からかい混じりにバージルを見て、私は反撃に身構えたが……バージルは肩でため息をついて、くるりと背を向けた。
「なに?」
訊いても、バージルはこっちを向かない。
「何怒ってるんだか。へんなの」
無視を決め込むバージルをよそに、私は猫を抱き上げた。
「『運命の人』だってー。どんな人かなー?」
悪いことは書いてない上にいい気分になったので、私は都合よくフォーチュンクッキーを信じることにしてみた。
もちろん、具体的な人物なんて浮かばない。

私の『運命の人』が判明するのは、もうすこしだけ先のこと……



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