つめたい指先も
はなやかな景色も
すべて すべて
ふたりを結びつける
Snowy Days
は窓の側に膝立ちになり、飽きもせずに外を眺めていた。
しんしんと降り積もる雪。
雪の夜は、いつもよりも静寂が際立つ。
更に、闇にはらはらと白い花が降り注ぐ様は幽玄ですらある。
暖かい地方で育ってきたにはそもそも、雪自体が珍しい。
真剣な表情の恋人を、バージルは穏やかに見守る。
彼女の肩がちいさく震えたのに気付くと、バージルは自分のジャケットを着せようとして、ふとその手を止めた。
ソファから立ち上がり、窓へ近付く。
「これは、かなり積もるな」
後ろからを抱き締める。
気持ち良さそうに目を細め、はバージルの腕に頬を寄せた。
「ぼたぼた大粒の雪が降るよりも、小さな粒が絶え間無く降る方がより積もる」
「……ふうん。どれくらい積もるかな?」
「予報では、30インチだと言っていた」
「すごい!明日起きたら、一面真っ白だね!」
興奮してガバッと振り返ったの髪に、バージルはそっと口付ける。
「ああ。だから、明日早起きするためにもそろそろ寝もう。ずっと窓の側では、風邪を引く」
「……うん」
名残惜しそうなに優しい眼差しを送りながら、バージルは彼女から離れる。
暖炉をかき混ぜ、しっかりと火を落とす。
ふたりが寄り添ってリビングを出ると、部屋の温度は途端に下がる。
暖炉からは時折、灰の崩れるささやかな音がしたが、それもやがてしなくなった。
翌朝。
「わぁ〜!!!」
バージルの言った通りの銀世界に、は歓声を上げた。
あちこち、生クリームをとろりとかけたような雪化粧。
地面は全く見えない。
晴れた青空からの恵みの光が、きらきらとはしゃぎまわる。
「夢みたい……」
ほう、と見惚れる。
「見てばっかじゃなくて、触りに行こうぜ!」
窓にしがみついている彼女に、ダンテが手袋とマフラーを投げた。
「わ!」
わたわたと防寒具を受け取るに、バージルがイヤーマフをかぶせる。
苦笑顔のバージルも、さりげなくコートと革手袋を着用済みだ。
きゅ、とマフを押さえたを見下ろし、不敵に微笑む。
「外へ行くんだろう?付き合ってやる」
「きゃーーー!!!」
は子供のように両腕を広げて、雪面に駆け出す。
ギュギュ、と雪を踏みしめる音も楽しい。
無邪気に駆け回るに、バージルはとろけそうな視線を捧げる。
すっかり無言のバージルに代わり、ダンテが声を掛けた。
「おてんばなお嬢さん、はしゃぐと転ぶぜ」
途端。
「うわっ」
ずばしゃっ!
……ダンテの忠告虚しく、は盛大に足を滑らせた。
尻餅をつく瞬間、バージルの腕が彼女を支える。
「気を付けろ」
「あ、ありがとバージル」
姿勢を正し、慎重に歩き出して……
「ぎゃっ」
しかし踏み出した左足が、またも滑る。
今度はダンテに助けられた。
「こりゃ、歩く練習が必要だな」
「公共の道路に出る前に、中庭で雪に慣れろ」
「もうっ!」
双子に口々に揶揄われて、はむくれた。
バージルが、彼女の前髪に跳ねた雪を払ってやる。
「そう拗ねるな。もう噴水は見てみたか?」
「……噴水?」
言われ、中庭後方に首を巡らせる。
「あ、すごい!凍ってるの!?」
中庭の景観のポイントともなっている、クラシックな人魚のオブジェが飾られた噴水。
今この時期は水が凍って鏡のような煌めきを湛えた水面に、つららがアクセントとして輝いている。
音のしない静かな噴水だが、光を反射してえも言われぬ程にうつくしい。
「きれい……あっ!」
へっぴり腰で歩くのを忘れ、また転びかける。
何とか、腕を振り回しバランスを取り、今度は自力で立ち直ったものの。
バージルが、さすがに呆れた視線を寄越した。
「いいか、よく見ていろ」
に背中を向け、悠然と歩く。
「一歩ずつ、ゆっくりと体重を乗せるんだ」
偉そうな、その態度。
自分のためとは言え、なんとなしに『む〜』と膨れっ面になる。
雪に慣れてないんだから、へっぴり腰でも転びまくっても仕方ないじゃない……。
「爪先は確かめるように力を入れるように。理解出来たら、練習あるのみだ」
渋々チャレンジしようとしたの肩に、ダンテがちょいちょいっと触れた。
何事かと振り返り、は目を見開く。
ダンテが悪戯っ子の笑顔で差し出したもの。
それを見て一瞬、吹き出しそうになったのを必死に堪える。
同じものを素早く作り、
「「バージル!」」
ダンテとは声を揃えて、モデルよろしくウォーキング指南をしている彼を呼ぶ。
「何だ?」
「「Dodge this!」」
「!!!」
べしゃっずしゃあっ!!
振り返ったバージルの胸と肩に、雪玉が盛大に砕け散る。
「「JACKPOT!!!」」
にっこりと得意満面の決めポーズで、Vサインを作るダンテ&。
「お前等……」
バージルの顔が、平時より白くなる。
「堅苦しい練習より、雪合戦でスパルタ教育しようぜ!」
ダンテが二発目を振りかぶる。
飛ばされた雪玉を今度は難なくかわし、バージルが反撃に出る。
「いい度胸だ」
びしゃーん!
ダンテの三発目はカウンターで跳ね返され、二個分の雪がダンテの顔面にクリティカルヒットする。
「ぷっは!痛ぇな!本気かよ!?」
「ふっ、あれしきの雪玉が本気だったと思うのか?」
「……てっめぇ……!」
「あ、あの、二人とも……」
がおろおろと二人を交互に見る。
ほんの悪戯心で雪玉を投げただけだったのに、いつの間にやら事態はエスカレート。
時を置かず、乱れ飛ぶ雪玉。
強度も数も、そのスピードも、もはやの参戦できるレベルではなくなった。
「……つまんない……」
白い弾幕の中で楽しそうに(視点)、雪合戦を繰り広げる双子。
こうなったら、一人遊びでもするしかない。
「……雪だるまでも作ろうっと」
コロコロ。
まずは小さな雪玉を転がしていく。
ある程度の大きさになると、雪玉に体重を掛けることが出来て姿勢が安定するため、歩きやすくなった。
そうなると雪を踏み締める感覚というのも分かってくる。
(爪先に力……ああ、こういうことか!)
「バー……」
嬉しくなって報告しようにも、白熱した雪合戦はまだまだ続いている。
「……ほんとにもう。」
一応、もこの度の喧嘩の原因に一役買ってはいるのだが、当事者達はそんなこともすっかり忘れているに違いない。
溜め息をつきつつ、はお腹の位置まで大きくした雪玉を玄関の横まで運ぶ。
次は頭だ。
コロコロ。
一個目を作り、コツも掴めてきたので今度はさっきよりも仕上げも早い。
「よしっと、これくらいでいいかな?」
パフパフ、と満足して手袋を叩く。
が、問題に気付いた。
「こんな重たいの、持ち上げられない……」
しかし頭を乗せなくては、雪だるまは完成しない。
今度という今度は、双子の喧嘩を止めよう。
は決意し、白い吹雪に近付いていく。
「バージル!ダンテ!どっちでもいいから、ちょっと手伝って!!!」
声を張り上げるも、弾幕は止まない。
仕方ないので、危険を承知で近付く。
「もう!バージル!!!ダンテ!!!聞こ」
くわっと怒ったに、時速100マイルの雪玉が飛んで来る。
(ぶつかる!)
……が、雪玉は彼女にぶつからなかった。
「大丈夫か?」
間一髪のところで、バージルが手袋に雪玉をキャッチしていた。
はその場にぺしゃりと座り込む。
「悪い悪い、手元が狂っちまった」
ダンテが頭を掻きながらサクサク歩いて来る。
その手には、まだ投げられていない雪玉。
ぼーっと、双子を見る。
「……どうした?腰が抜けたか?」
バージルが手を差し伸べる。
は、それとは反対のバージルの手……雪玉を持つ方の手を引っ張った。
彼から雪玉を取り上げる。
「?」
同じようにダンテからも、雪玉をもぎ取る。
(まさか)
(怒ったか?)
いつの間にか雪合戦(ただの喧嘩だが)に夢中になって、彼女をすっかり放ったらかしにしていたことを今さらだが、思い出したのだ。
ぎくりと一歩引いた半魔×2の目の前で、は雪玉を構え——
「ミニ雪だるま!」
それを、くっつけた。
「あたしの力作に比べればずいぶんちっちゃいけど、友達がいた方がいいでしょ」
るんるんと、玄関横に放置中の大きい雪玉を指差す。
その朗らかな表情。
双子は、ホーッと胸を撫で下ろす。
「何?どうかした?」
がきょとんとした。
「いや。ああ、頭を胴体に乗せるんだな?」
怒られるかと思っていた、などとは言えるわけがない。
誤摩化すと、バージルは雪玉に向かった。
「へえ。雪だるまねぇ。……っつーことは」
ダンテが手近な木から、適当に枝を2本折る。
改心の作の胴体に、1本ずつ刺す。
「あ、手だ!可愛いね」
苦労して頭を胴体に乗せると、バージルは、の物欲しそうな視線に気付いて苦笑する。
「手袋か……?」
「うん!」
さっきの出来事があるため無下にも断れず、バージルは手袋をに進呈した。
同じように見つめられたダンテが自分のマフラーを飾り、拾った木の実で顔を作ると……
「完成!」
見事にファンシーな雪だるまが出来上がった。
横にはちょこんと、(一応)双子作のミニ雪だるま。
「冬って感じだね」
「……まあな。」
「こうなると、かまくらも作りたいね?」
「そりゃー、もっと雪降らねぇと無理だな」
「ああ」
やんわりと押しとどめたダンテに、このときばかりはバージルも同意する。
「そっか、じゃあそれはまた今度……っくしゅん!」
くしゅんくしゅん!
くしゃみ3連発。
の鼻は真っ赤になっている。
バージルは一瞬心配そうに彼女を見つめたが、すぐに苦笑顔になった。
「遊びすぎたな」
「戻ろうぜ」
三人は雪を踏み締め、玄関へ向かう。
途中、バージルがぴたりと足を止めた。
「どうしたの?」
ふわりと振り返ったに、目を細める。
「歩くのが上達したな」
「おー、そういや転ばなくなったな」
ダンテも目を丸くする。
しかし、その目はすぐにからかいを滲ませる。
「けど、明日は筋肉痛だぜ?」
「何で?」
首を傾げた。
「……雪を歩くのは、土の上を歩くのよりも足を酷使するんだ」
バージルの言葉に、うんうんと頷くダンテ。
「そんな大袈裟な。大丈夫だよ、あたし若いし!」
「それはそうだが……」
「若いとかいう問題じゃないんだぜ?」
「大丈夫だってば。さ、ココアでも飲もう!」
元気よく館に戻っただったが。
……翌日、双子の言う通りにきっちりと筋肉痛になった。
それに対して『ほらな』と口を滑らせたバージルとダンテに、が大層機嫌を損ね……
更にちょうど大雪が降ったこともあり……双子は彼女のためにかまくらを作らされたのだった。
この冬、悪魔退治の依頼に来た客は、瀟酒な館の前に不似合いな程可愛らしく作られ、仲良く並べられた雪だるま2つと、大人三人は余裕で入れるであろう、大きなかまくらを見ることが出来たという。
- → afterword
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これまた半年遅れな内容ですみません。
真冬に雪の降り積もった窓の外を眺めていたら、自然と出来上がっていた作品です。
モデル歩きなバージルがお気に入りです(笑)
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました!
2008.6.30