Apple paste × Honey × Cinnamon × Her Love = ……?



Sweet Taste



悪魔なら風邪を引かないだろうなんて、そう考えていた時期がにもありました。



「うぁ〜……オレもう死ぬかも」
ダンテが客間のベッドの上でのたうつ。
「……風邪で悪魔が死ねるか」
その横のベッドの上で、バージルが呆れる。
どちらの声も似たり寄ったりのひどい鼻声である。
風邪引き悪魔×2匹。
バージルは風邪で、というより情けなさで死にそうな気分なのだ。

事の発端は、最近の激務。
腕利きのデビルハンターが二人いる、という噂は抑えてあっても自然と広がるもの。
気付けば、到底全部を受けるわけにはいかなくなっていた。
『あたしも手伝おうか?』というの提案はバージルが強く却下したので、二人で相当働かなくてはいけなくなり……。
それでも切羽詰まった依頼だけに絞ってはいたのだが、連続で二週間、二人は依頼に出掛けた。
家に帰って来てもシャワーを浴びて軽く食事を摂る程度、ろくにベッドで眠れない日々。
体力自慢の双子も、さすがにこれには消耗したらしい。
ようやく依頼のラッシュが切れて二人が戻って来たとき、彼らはストレスが溜まりまくりの険悪状態。
普段なら受け流せる軽口が、ただのジョークで終わらない。
あっとが止めに入ろうとしたが、時すでに遅し。
玄関の扉をダンテがエボニーでぶち抜いたのが、挑発の合図。
残りの木枠をバージルが閻魔刀の鞘で薙ぎ払い、そうして始まる兄弟喧嘩。
いつもの喧嘩の百倍は激しい、壮絶な斬り合い。
銃弾や幻影剣まで飛び交う、『それ、依頼の悪魔狩りより本気ですよね?』というフルコース。
そこへ運悪く降り注いできた雨。
折しもその日は、この冬いちばんの冷え込みを記録中。
冷たい雨に長時間身体を晒し、激しい運動で汗を掻き、出血大量で体力は更に低下……
そうして、悪魔達は悪魔らしくもなく、揃って風邪をお召しになられたのであった。



双子が熱で倒れて二日。
二人を館でずっと使われていなかった客間に押し込め、が付きっきりで看病している。
最初はコイツと一緒なんて良くなるわけがないなどなどゴネていた双子だったが、の手間を考えれば、二人が一緒の部屋にいた方がいいに決まっている。
そう納得してからは渋々一緒に休んでくれてはいるが、どちらも不機嫌なのは彼女でも治しようがない。
「はいはい二人とも、タオル替えてあげますよ〜。あったかいエッグノッグもどうぞ〜」
保母さんのような声音で、が絞った濡れタオルを二人の額に置き、ほかほか湯気の上がるマグカップを一人一人に手渡す。
一瞬触れた二人の肌はどちらも熱く、かなり熱が高いに違いない。
(う〜ん……薬は飲ませたから、後は回復に任せるしかないか……)
心配そうに瞳を揺らしたに、バージルが気丈に顔を上げる。
「案ずるな、すぐ治る」
「うん……」
は、汗で張り付いた銀の前髪をそっと掻き上げてやる。
愛しそうに細められた目は熱のためか潤み、バージルの色気に拍車をかけている。
目が、逸らせなくなる……
〜、ストロベリーサンデー作って……」
ふたりの(文字通り)熱い見つめ合いに嫉妬したらしいダンテが、隣りから甘え声を出す。
はぱっとダンテに向き直った。
「治ったらね。今は冷たいもの、だめだよ」
「今食いたいんだよ……」
直もダンテが駄々をこねる。
こちらもバージルに負けず劣らず、色気たっぷりの憂いの眼差し。
再び、目が逸らせなくなる……
(だめだめ、負けるな!)
が、ううんと腕を組む。
まともに目を合わせたら、何でも言うことを聞いてあげたくなってしまう。
そんな彼女の心情に気付いたバージルが、ぎろりとダンテを睨んだ。
「おいダンテ、あまりを困らせるな」
「風邪引いといて、今更かよ」
またも勃発しそうな兄弟喧嘩。
「……よし!」
は、雰囲気を変えるべく立ち上がった。
「お?作ってくれんの?」
「ん〜、ストロベリーサンデーってわけにはいかないけどね。待ってて」



キッチンにてエプロンを付け、よし、と腕まくりをする。
まずはりんご、レモン、蜂蜜、シナモンパウダーを用意。
フルーツナイフでしゅるしゅるとりんごの皮を剥いていき、適当な大きさに切り分ける。
その間にミルクパンでお湯を湧かす。
りんごは全部すり下ろし、レモン汁をふりかけ、混ぜておく。
沸騰したミルクパンに小さめのシロップボウルを浮かべる。
そこに蜂蜜を入れ、ゆっくりと湯煎にする。
ほどよくあたたまった蜂蜜に、シナモンパウダーを少しずつ加え、混ぜる。
ふんわりと風味がついたところで、火から下ろす。
すりおろしたりんごをガラスの器二つに盛りつけ、蜂蜜もハニーポットに移す。
「さっ、完成!」
ぱんぱんと手を叩く。
ワガママな我が家の王子様達も、これならきっと喜んでくれるだろう。



「出来たよー」
「待ってました!……って、あれ?」
ガバッと元気よく起き上がったダンテに差し出されたのは、すりおろされたりんご。
「そこに蜂蜜をかけて食べてね。甘いから、バージルは控えめがいいかも」
がりんごの上にとぽとぽ、と蜂蜜を注ぐ。
軽く全体を掻き回してから、器をそれぞれに手渡す。
半信半疑の顔でダンテがりんごを一口、食べる。
「……どう?」
が首を傾げる。
「う……」
「う?」
「美味い!!!!!」
途端にがつがつ食べるダンテ。
がぷっと笑った。
「あはは、よかった。これね、あたしが風邪引いたときにママがよく作ってくれたんだ」
「確かに、風邪によく効きそうだ」
辛党なバージルも、満更でもなさそうにそれを平らげた。
「おかわりは!?」
すかさず空の器を差し出してくるダンテ。
「作ってもいいけど、夕食のチキンスープもちゃんと食べて欲しいから、また明日ね」
そうか、風邪のときの定番メニューはチキンスープだったな。ぼんやりとバージルは思う。
「まあいいか……」
満足して、こてんと枕に埋もれるダンテの額のぬるいタオルを取り替えてやり、は微笑む。
ほんと、子供みたい。
ダンテの眠りを邪魔しないように、天蓋のカーテンを引く。

後ろのバージルが不服そうな声を出した。
……ああ、そうでした。
ある意味ダンテよりも手の掛かる、大きな子供がもう一人。
は苦笑して振り返る。
「二人同時に看病は無理なの」
「……分かってはいる」
風邪のための弱気からか、いつもよりもやけに可愛らしいバージルに、くすぐったい気持ちになる。
こちらも、すっかりぬるくなったタオルを取り替えた。
「お水とか、何か飲む?」
サイドテーブルのピッチャーを見る。
バージルが顔を振った。
「それよりも」
バージルは熱い掌を伸ばし、の頬に触れてくる。
そのまま指で唇を撫で、物欲しそうな視線を彼女に送る。
意味する行為に気付いたは、そっと首を振った。
「だめ。風邪移っちゃう」
……」
それでも頑としてねだってくる、バージルの真っ直ぐな瞳。
いつもよりも情熱的に感じる、その眼差し。
──やれやれ。
あたしを困らせるな、ってダンテには言ったくせに。
は自分の髪が邪魔しないように手で押さえながら、バージルにゆっくりと顔を寄せる。
ちゅ。
ゆっくりと頬に軽く口づけた。
物足りなさそうなバージルが文句を言う前に、さっと身体を離す。
「続きは治ってからね。おやすみなさい」
がカーテンを閉めると、背後からフンと鼻を鳴らすのが聞こえたが、それもやがて穏やかな寝息に変わった。





兄弟喧嘩で吹っ飛ばされた扉の取り替え工事が終わる頃。
破壊工作の張本人達の風邪も完治した。
今や二人は、寝込んでいた時間を取り戻すかのように元気を持て余していた。
そこまではよかった、のだが。
「今回は、本当に迷惑を掛けたな」
バージルが意気揚々とKiss to Cheekの続きをしようと、の頬に触れたとき。
「……熱い。」
頬が紅潮しているようだがと気付いてはいたものの、それはある意味いつものことなので、深く気に留めていなかった。
だが、実際に触れた指は、確かに常ならぬ体温を捉える。
「お前まさか……」
青ざめるバージル。
「えへへ、風邪もらっちゃったみたい……」
がふうっと力を抜いた。
自然と自分の肩に凭れ掛かる彼女に喜ぶ余裕もなく、バージルはを抱き上げる。
その様子に、呑気にトマトジュースを飲んでいたダンテも青ざめた。
「「マズいな……」」
期せずして、双子の声がハモった。



「ぅ……」
どれだけ眠っていたものか、気付いたら熱はだいぶ下がっていた。
最後に意識があったのは昼前だが、外はもうすっかり暮れている。
さっきまでは双子のどちらかが必ず傍にいる気配がしていたのだが、夕食時ということもあってなのか、今はどちらもいない。
は喉が渇いて、サイドテーブルのピッチャーからミネラルウォーターをグラスに注ぐ。
砂漠に水が沁み込むように、潤っていく喉。
熱に魘されていたせいもあって、ただの水が随分と甘く美味しい。
ピッチャーに入っていた分をごくごく飲み干したが、まだ足りない。
「も少し飲みたい……」
ピッチャーを持って、のろのろと立ち上がる。
少しだけふらふらするものの、倒れたときよりは全然マシだ。
キッチンへ向かって歩いている途中、兄弟の声がした。
それも、やっぱり怒声。
(また喧嘩してる……)
懲りない奴らだと呆れながらも歩いていると、はふとあることに気付いた。
二人の声はキッチンから聞こえるのだ。
(夕食の準備かな?)
そっと近付けば、会話の内容がはっきりと聞こえた。


「まだ皮が残っているだろう!」
「るっせぇな!んなこと言うなら、あんたが剥けよ!!」
「貸してみろ、全く……。貴様はこっちを温めろ」
「いちいち指示されねぇでも分かってるっつの!」
「フン、どうだかな」
「やるか!?」
「!手元を見ろ、蜂蜜が焦げてるぞ!」
「げ!」
「馬鹿者!」
「……おい、何でりんごがそんな色になってる?」
「は?……!」
「すげー不味そう」
「そうか、変色を防ぐためにレモンを使っていたのか……」
「感心してる場合じゃねぇっつの!!!」


……は、泣きそうになった。
会話の内容からして、恐らく彼らが作っているものは……
(部屋に戻ろう)
そして、知らない振りをして、眠って待っていよう。
風邪のそれとは違う熱が、じんわりとの胸を満たした。



しばらく後。
「……あれ?」
双子が部屋を訪れて、手渡してくれたものを見て、は首を傾げた。
「どうかしたか?」
バージルが心配そうに覗き込んで来る。
「えっと……」
「もしかして、嫌いだったか?」
ダンテも近付いて来る。
は、もう一度手の中のガラスの器に目を落とす。
オレンジゼリー。
美味しそうだが、ミントの葉付きのお洒落なこれはどう見ても、双子作ではないだろう。
「蜂蜜りんごは……?」
が、バージルとダンテ二人を交互に見る。
「「!!!」」
同時に双子がドキリと肩を震わせた。
「……知ってたのか?」
気まずそうなバージル。
「ごめん……さっきお水取りに行こうとして、聞いちゃったの……」
「「Gosh……」」
バージルが額に手を当て、ダンテがどさりとベッドの足元にへたり込んだ。
「捨てちゃった?」
がそっと聞いてみる。
「いや……あるにはあるが……」
「……多分不味いぜ?」
歯切れの悪さまでそっくりになっている双子。
ふ、とは微笑んだ。
「食べたい」
バージルが溜め息を吐きながら、キッチンへ向かう。
ダンテが呆れ顔でを振り返る。
「腹壊しても知らねーぞ」
「まさか」
戻って来たバージルが顔を背けるように器を差し出す。
確かに、りんごは変色してちょっと茶色っぽくなってるし、蜂蜜からは焦げた匂いがする。
それを誤摩化そうとしたのか、シナモンがやけに強く香る。
でも。
正真正銘、双子の心のこもった、手作りおやつ。
ぱくり。
「「どうだ?」」
ごくり、と喉を鳴らす双子。
二人とも、最後の審判でも待つかのようなシリアスな表情。
は、とびきりの笑顔で応えた。
「Sweet!」



双子の献身的な看病もあって、の風邪はすぐに良くなった。
もともと基本的にはジェントルなバージルは、彼女に対してまるでお姫様に接する騎士のような態度を取った。
大事に大事に扱われ、それがずっと続けばいいなあ、なんては思っていたのだが。
現実は勿論、蜂蜜りんご程は甘くなく……

「……待たせすぎだ」

トータルで三週間近くもおあずけだった、『頬キスの続き』。
バージルは、彼にとって蜂蜜りんごよりも甘くて美味なを、たっぷりと味わったのである。
いつまでも強く抱き締めて離さないバージル。
彼の腕の中でぐったりしながらは、バージルはやっぱりKnightじゃなくてDark Slayerだ、と思ったのだった。







→ afterword

看病するのも、してもらうのも、どちらも書きたくてこんな夢になりました。
双子に看病してもらえたら、死んでもいい…(え)

お読みいただき、どうもありがとうございました!

2008.7.14