足りない言葉と
過ぎた行動
間を取るのは
お互いの



Your Name




それはのどかな、ごく普通の午後のこと。
「あれ?」
あたしは自分の銃と剣がないことに気付いた。
「どうした〜?」
横のソファでテレビを見ていたダンテが見上げてくる。
「んー、ボニー達のメンテナンスをしようと思いたったんだけど、見当たらないんだよね」
ボニーとはあたしの二丁の愛銃、Bonnie & Clydeの片割れ。
ちなみに剣は名をSerenityと言う。
「いくら使わなくても、そろそろメンテしないといざってときにジャムっちゃいそうで」
「確かにな。けど、そういやオレもしばらくそいつら見てないな」
ダンテも自分の周りをがさごそと探してくれた。
次第にその顔が曇る。
「ん〜……ねえな……」
「だよね」
あたし自身、バージルに依頼禁止令を出されてから、しばらく平穏にぬくぬくしていたから、武器のことなんて、ついさっきまですっかり忘れていたのだ。
一応、双子が普段、依頼帰りに一時的に武器を休めておく棚まで漁ってみる。
「ねえか?」
「ない……」
がっくり肩を落とす。
現在休業中とはいえ、デビルハンターが武器をなくすなんて!
情けなさ過ぎる。
「はぁ……」
深々とためいき。
ダンテが同情的な表情を浮かべている。
「バージルにも聞いてみたらどうだ?」
「そだね」
多分むだだろうなぁ、なんて思いつつ。
あたしは重い腰を上げて、今日は読書を楽しんでいるだろう、バージルの部屋に向かった。





トントン。
扉をノック。
「なんだ?」
バージルの返答があって、ちょっとびっくりする。
読書にのめりこんでいる彼は、ノックに気付かないこともしばしばで、今日もそうに違いないと思っていたから。
「バージル?」
薄めに扉を開けて、中を窺う。
バージルは閻魔刀の手入れをしているところだった。
「今、大丈夫?」
遠慮がちに声を掛けると、バージルが静かに振り返った。
「ああ。ちょうど終わったところだ」
そろそろと彼に近付く。
バージルによって丁寧に布を滑らされた刃は、油が滴りそうな程の光沢を放っていた。
「綺麗だね」
「どうせすぐに血で穢れてしまうがな」
毒づいてはいるけど、バージルの表情は穏やかで、満更でもなさそうだった。
居心地の悪さを感じながら、バージルの正面のソファに座る。
鞘に静かに刀を戻すバージルからは、閻魔刀を心底大事にしている様子が伝わってくる。
これが本来のデビルハンターの姿。
そう思うと、またどっぷりと落ち込んだ。
向かいのバージルが顔を上げる。
「何か用があったんだろう?」
「うん……」
言い出しにくい。
武器を丁寧に扱っている彼に、「あたしの武器を知らない?」だなんて、いかにも軽蔑されてしまいそうだ。
「その……バージル。」
「どうした?」
歯切れの悪いあたしの様子に何かを感じたのか、バージルが気を遣って真横に移動して来る。
間近に見つめられ……余計に話しにくくなったんですけど……
が、変に心配させてみたって意味がない。
ぐっと拳を固め、向き直る。
「あ、あたしの武器なんてし、知らないよねっ?」
どもりつつも訊ね終わった瞬間、バージルの瞳が丸くなって、そしてすぐ細められた。
ああ、やっぱりこれは軽蔑されている……
「しし知らないに決まってるよね、ごめんなさいっ」
早くこの場から逃げ出したくて、慌てて立ち上がった。
しかし、逃げ出そうとした右手をバージルに捕まえられてしまった。
何、と振り返ると、バージルがおもむろに口を開いた。
「知っている」
……は?
バージルの言葉に、あたしはぽかんとした。
手を引かれるまま、再び彼の横に座る。
「し、知ってるって……」
「俺が隠したからな」
……は?
今……今、この御仁は何と仰いましたか?
「な……何で……」
バージルが口元を引き締める。
「おまえこそ、どうして武器が必要なんだ?」
「そろそろメンテナンスしないと……ほら、バージルだってさっき研いでたでしょ?」
「俺は使うからな。お前は使う必要などないから、手入れも必要ないだろう」
「や!それにしたってSerenityは錆びるし、BonnieもClydeもジャムるし!」
「ジャムる……?ああ」
バージルは、慣れない銃の用語に一瞬だけ言葉を途切らせた。
そこであたしははたと思い出す。
(バージル、あたしが2丁拳銃使いなの、面白く思ってないんだった……)
ただでさえ美学のために火器は使わない彼。
それなのにあたしときたら、2丁拳銃な上に、ダンテよろしく名前まで付けている。
──これは、ちょっと地雷だったかもしれない。
そうっと彼を窺えば案の定、眉間に皺が刻まれている。
「気分が悪い……」
バージルが重い声を押し出す。
「え、な、何……?」
自然と身構えてしまう。
バージルがひたと見つめて来る。
光が差し込まない深海の底のような、その双眸。
経験上、分かる。
こんな色の瞳のときのバージルは──怖いのだ。
ズズズとソファの端へ離れる。
「やややっぱり今日は武器、いらないよ。またね、バージ」「不快だ」
逃げようとしたところを再び捕まえられた。
と、同時に抱き寄せられる。
「!?バージル!?ちょ、ちょっとくるし……」
荒々しい抱き締め方に、背骨が悲鳴を上げた。
それでもバージルの力は緩まない。
ぎゅう、と1ミリも押し返せない程の力。
「ばー、じ……」
「……」
バージルは何も言わない。
何事かと目だけ上げる。
かち合ったのは、不安に揺れている彼の瞳。
どきりと心臓が跳ねた。
そのバージルの表情。
あたしの中のバージルは、いつも強気で強引で傲慢で高飛車で唯我独尊で……
なのにどうして。
いきなりそんな、帰り道に迷ったこどもみたいな瞳をされても困る。
「バージル?」
腕から解放された、と思った瞬間、今度は唇が奪われた。
「ふ、……んっ……んん……」
深く深く舌を絡められて、まともに呼吸なんて出来ない。
両手で耳の下から首までしっかり固定されて、顔も動かせず。
いい加減、酸素が尽きて意識がフェイドアウトしそうになる頃、漸く唇が離された。
それでもまだごく近くにある青い瞳に、カァッと頬が熱病のように赤くなる。
「どしたの、バージル……」
何とか息を整えてそれだけ言ってみても、バージルからの答えはキス。
どうしても意識してしまう水音と、唇の端から洩れる吐息の音だけが、部屋に響く。
酸素不足と羞恥心に苛まれ、意識は朦朧。
だけど、それでも、バージルから注ぎ込まれる熱だけはしっかりと伝わって来る。
それはいつもよりも切羽詰まっていて……
(いったい何が原因?)
ふやけて鈍った頭ではうまく考えが回らない。
……そのうち、何だか腹が立って来た。
だいたい、この半魔の彼は、いつだって言葉が足りないのだ。
いっつもこっちが『何で怒らせたのか』『何で悲しませたのか』『何が彼を不機嫌にさせたのか』などなど、考えさせられている。
振り回されているのは、あたしだけ。
──と、思っていた。
でも、そうでもないのかもしれない。
たった今、思い立った。
さっきのバージルの、あまりにも彼らしくない弱々しい眼差し……

「っ、ん……」
あたしは突っ撥ねていた腕を、バージルの肩に回した。
逃げていた身体を彼に寄せる。
それに気付いたバージルが、あたしをソファに押し倒した。
が、不意に唇が離れる。
そしてバージルは床に視線を落としたまま、……何もしてこない。
やっぱり変だ。
あたしは何度も深呼吸してから、バージルを見上げる。
「バージル。……言ってくれなきゃ、わかんないことだってあるよ」
その言葉に一回だけ瞬きするが、それでもバージルは動かない。
仕方なく言葉を重ねる。
「依頼はもう受けない。本当に、武器を手入れしたいだけだったの。でも、それもバージルが嫌だって言うなら……」
恐らくバージルを不快にさせたのは、あたしが武器を手入れして、また依頼にこっそり出掛けようと企んでいるとか、そんなことを連想させたからだろう。
だったら否定ひとつで誤解は解ける。
その予定だった。
なのに。
「……違う」
バージルが身体を起こした。
あたしもぎくしゃくと起き上がる。
組んだ両手に額を預けるようにして、バージルは何か考え込んでいる。
しばしの静寂。
「名前は、特別なものだ。……そうだろう?」
ようやく発された言葉に、あたしは虚を突かれた。
その意味を咀嚼する。
確かに名前がなければ、相手を呼ぶのに苦労するし、モノはただのモノのままでしかないし……
——モノはただのモノ?
ハッとする。
顔を上げると、バージルが苦笑に唇を歪めてあたしを見ていた。
「お前が俺以外の、それも拳銃の名前をやけに大切に呼ぶのが、気に入らなかった」
背けられる顔。
「我ながら呆れる」
その背中がいつもより何だか薄く、頼りなさげに見えて──
あたしは立ち上がって、バージルを抱き締めた。

愛しい。

こんな風に気弱な彼の姿も、たまには、ごくたまになら、悪くない。
銀色のその髪に指を通す。
バージルの前に跪いて、そっと目の高さを合わせる。
「あたしも同じ気持ちだから、呆れないよ」
「……」
「でも、言われてみれば、あたしの方が怒りたい気分かもしれない!」
「は?」
「だってバージルってば、いつも『おまえ』呼ばわりで、名前あんまり呼んでくれないし」
「……そうか?」
「そうですよ!さっきから一度だって呼んでくれてないでしょ?」



しっとりした声にどきっとしたところへ、キスが降って来る。
そっと触れるだけの、優しいキス。
さっきよりもずっとシンプルで子供同士がするみたいな可愛いキスなのに、ものすごく心臓が慌てている。
顔が火照る。
彼が呼ぶだけで、自分の名前が媚薬になる。
「バージル……もっと呼んで?」
バージルがやっと、いつものように気丈に頷く。
もうさっきの弱い感情なんて欠片すら見えない、青い瞳。
真っ赤に染まっているだろう、あたしの耳に唇を寄せる。
そして、囁くのは魔法の言葉。

……」





それはのどかな、ごく普通の午後のこと。
「あれ?」
あたしは、リビングのテレビのリモコンがないことに気付いた。
「どうした〜?」
キッチンでトマトジュースをラッパ飲みしていたダンテがひょっこり顔を出す。
「ん〜、テレビのリモコンが見当たらないんだよね」
「ああ、それならオレが電池替えて…………どこやったっけ?」
「ええ〜!?思い出してよ〜」
「おっかしーな……」
二人でガサガサとあちこちを引っくり返していると、リビングの扉が開いた。
バージルが威風堂々と現れる。
、俺は刀を手入れするが」
「あっハイ!」
バージルの言葉に、あたしはすっくと立ち上がる。
「というわけで、リモコンはダンテが探しておいてね!」
急に言いつけられたダンテは、何事かと首を傾げる。
「何だよ、刀の手入れなんていなくても出来るだろ?」
「あ。そうじゃなくてね、あたしはあたしの武器の手入れをするの」
「はあ?」
ますます分からない、というダンテの表情。
あの日、武器の手入れをしたいと言ったあたしに、バージルが一つ条件を出した。
……曰く。
『俺が刀の手入れをするときに一緒にするなら、許す』
というもの。
あたしが自分で武器の管理をしたら、また依頼に出掛けそうだから……というのがその理由らしい。
心配性にも程がある。
でも、そんなバージルも、嫌いじゃなかったりする。



「……そんな覚束ない手つきでは、とても閻魔刀は任せられんな」
あたしの怪しい作業に、溜め息をつく小姑のようなバージル。
「そのうち上達しますよー、だ」
べーっと舌を出してみせると、バージルが横を向いて、ククッと楽しそうに笑った。
あんまり見ることができないその表情に見惚れていたら、
「あ。」
自分の剣で指を切ってしまった。
再び呆れ顔のバージル。
でも、その手には既に清潔なガーゼが握られている。
「……手入れも禁止にするか?」
容赦のない、いつもの憎まれ口。
けれど、あたしをひたと覗き込んで来る青は、万の言葉を語る。
だからあたしは、憎まれ口を叩くバージルも、やっぱり嫌いじゃない。
だって。
「あまり心配させるな、
そんな魔法の言葉を使えるのは、バージルしかいないから。







→ afterword

バージルの声で名前を呼ばれたい!という気持ちだけで書いたお話でした。
ダン様の声、大好きすぎます!!!
2008.8.1