負けず嫌い×3。



Kiss the Ring




バリーーーーーン

突然の物音。
「な、何!?」
が音のした部屋に駆け込むと、物の見事に窓ガラスが割れていた。
「どうして……」
風もない日に何故、と辺りを見回す。
と。
「おーい、悪い悪い」
外からダンテの声がした。
「ダンテなの?」
「それ。やっちまった」
苦笑するダンテが示した方向を振り返ると、そこには革のバスケットボールがあった。
なるほど、これがぶつかればガラスなど木っ端微塵だ。
「もう。片付けと弁償、だからね」
ボールをダンテにパスする。
見れば、既に散々遊んでいたらしく、ダンテの裸の上半身からはほかほかと湯気が上がっている。
もバスケしようぜ。ちょうど一人足りねえんだ」
指で示された先のバスケットコートには、屈強なブラザーが4人、楽しそうに談笑している。
「バスケか……」
ふむ、とは腕を組む。
最近運動不足だし、いいかもしれない。
「やる!」
「OK、そうこなくちゃな」
早速おてんばっぷりを発揮し、は粉々の窓枠を身軽にひょいっと乗り越える。
その様子に気付いたお兄さん方が、ヒューッと口笛を鳴らす。
いずれも背が高く、180センチのダンテですら小さく見える。
「何だよダンテ、彼女いるなんて聞いてねーぞ」
「ご機嫌いかが、お嬢さん?」
「身軽なのは分かったけど、バスケできんのか〜?」
次々と声を掛けてくる。
「コイツら、たまに一緒にバスケすんだよ。背の高いのからケヴィーン、パウル、ライ、ロント」
ダンテが親指でメンバーを示す。
「よろしくね。あたしは
気軽に握手を交わしつつ、この感じ懐かしいな、とはそう思った。
以前仕事の依頼を受けるために向かったバーや、情報収集に足繁く通ったクラブ、活気に満ちたあの感じ。
笑顔ににこりと自信を滲ませて、袖を捲くる。
「3ポイントなら任せてよね!」



バージルが依頼から館に戻ると、どこもかしこも真っ暗だった。
「……??いないのか?」
どこかへ出掛けたのか、と思って首を傾げる。
「ショート!ダンテ、リバンッ!」
いきなり外から聞こえたの元気な声に、バージルはぎょっとした。
「OK!」
答えるダンテの声も大きい。
バージルは声の方角を探し……溜め息をつく。
は、ゴツい男達に囲まれて元気良くバスケットボールをしていた。
全く物怖じしていない。
どころか、普段よりも生き生きしているようだ。
……それはともかく。
最初はちゃんと着ていたのだろうカーディガンを腰に巻いて、今はキャミソール姿である。
ヘルシーと形容するには(バージルにとっては)少々無理がある、その姿。
(………………。)
これは厳重注意せねばなるまい。
バージルは無言でコートへ向かった。



ただいま、3on3のスコアは24-40。
とダンテ、そしてケヴィーンのチームがビハインドである。
特別ルールで、の3ポイントシュートには4点貰えるようになってはいるし、いちばん背の高いケヴィーンを加えてのチームなのだが、それでもとダンテの二人分、もともとの身長差がなかなかに痛い。
ダンテの超人的なジャンプ力もある程度は抑えないと怪しまれるので、ゴツいお兄さん方の前に制空権は奪われっぱなしなのである。
「ああ!」
ガコォン!
またもパウルに豪快なダンクを決められてしまった。
こちらの強みは、スピードだ。
速攻するしかない。
「ダンテ!いっくよ!」
エンドラインからボールをダンテにパスする。
一目散に自陣へ走り出し……はぴたりと立ち止まる。
今、自分がボールをパスした相手……青い服だった?

「楽しんでいるようだな」

「「バージル!」」
とダンテの声が重なる。
「え?ダンテが二人?」
「どうなってる?」
突如として現れたダンテのそっくりさんに、他のメンバーも混乱している。
そんなざわついたコートをすました表情で突っ切り、バージルはにカーディガンをしっかりと着せた。
それが終わると、呆然としたままの彼女の手を引く。
「もう充分だろう?戻るぞ」
「え、でも」
せっかくここから巻き返し、というところだし……。
名残惜しそうにコートを振り返る。
視線の先では、ロントが誘うように指先でボールをシュルシュル回している。
「ね、もう少し待って。5分でいいから」
「そーそー、の言う通り。決着ついてないと気持ち悪いだろ?」
の懇願に同意を示すのはライ。
何がだ!バージルの表情が険しくなる。
「つーかさ、アンタ突然割り込んできて、なんなんだよ?」
のお父様っすか?」
(まずい!)
が不穏な気配に、反射的にバージルの腕を取る。
「わ、わかった帰ろう!ちょうど疲れて来た頃だったんだよね!」
「……あと試合は何分だ?」
「えっ?」
静かに見下ろして来たバージルに、は狼狽した。
(もうちょっと遊んでいていいのかな?)
手元の腕時計を確認する。
「あと5分だけど……」
「そうか」
一つ頷くと、バージルはコート中央に歩き出す。
パウルがその様子に冷笑を浮かべて出迎える。
「お父様はお帰りになった方がいいっすよ?」
「そーそー。バスケは若者のスポーツだし」
どっと笑いが連鎖する。
あわあわと右往左往するしかないを尻目に、バージルが着込んだコートに手を掛けた。

「俺を挑発した事、後悔するなよ」

ばさりと青が宙に舞う。
露になる、筋肉で綺麗に引き締まった腕。

「遊んでやろう」

バージルの唇を、攻撃的な微笑が縁取った。



「バージル!」
「あんた、バスケできたっけ?」
勢いごむとダンテに、バージルはフンと鼻を鳴らした。
「この国にいる内は、避けて通れないスポーツだからな」
グローブを外して脱いだロングコートの上に放り投げる。
「分かってると思うけど、『力』は……」
の遠慮しがちな声に、バージルは遥か頭上のリングを見上げる。
確かに、高い。
が、手を伸ばせば何とかなりそうなそれは絶望的ではなく、かえって闘争心を掻き立てる。
おまけに、『人間並』の力しか使えないとくれば。
「……上出来だ」
ふつふつと笑いが込み上げて来る。
「おい、バージル。マジで大丈夫か?」
ダンテがボールをパスしてきたのを、片手で難なく受け止めてみせる。
「お前達、俺の足を引っ張るなよ」
「「!」」
そして、怒涛の後半が始まった。



開始ものの30秒。
ケヴィーンの代わりにバージルを迎えたダンテ、のチームは、3対4の圧倒的に不利な状態をものともせず、ゲーム展開をガラリと変化させていた。
「何だよアイツ、AIかよ!?」
バージルにドリブル2つで後方へ置いてきぼりにされたロントが呆れる。
そのままリングにレイアップするかと思いきや、バージルは見事なバックビハインドパスで、がらあき状態だったにボールを渡す。
「入って!」
が3ポイントラインからショットを放つ。
Swish!
ボールはリングを掠めもせずに、ネットを揺らした。
「やった、4点!」
「ナイッシュ!」
とダンテがハイタッチする。
「お前さん、背中に目ついてんのか?いいパスだったぜ」
「敵に話し掛ける余裕などないだろう」
ケヴィーンの賞賛を冷たく切り返し、バージルは早速ライをびたりとマークする。
「負けず嫌い、本領発揮だね」
がダンテにぼそりと呟く。
「まーな。けど、オレだって負けなんて御免だぜ!……そらっ!」
ダンテがライからパウルへ回って来たパスをカットする。
こちらもバージルに決して劣らないスピードを見せつけ、颯爽とレイアップを決めた。
スコアは51-52。
残りは1分を切った。
勢いは完全にこちらが逆転している。
(……勝てる!)
が小さく拳を握った。
「確かに負けるより、勝つ方がずっと楽しいもんね!」
すばしっこいのを活かし、パウルのボールを奪う。
「そう何度もファストブレイクは許さねーよ!」
敵に囲まれ、危うくボールを取られそうになるものの、
「バージル任せたっ!」
視界に映った味方に何とかバウンドパスを通した。
受けたバージルは、素早く状況を判断する。
リングの下には、ダンテしかいない。
目標を定め、大きく振りかぶる。
「ダンテ、決めろ!」
その声に、ダンテが不敵な笑みを浮かべた。
「おっかないお兄様のお許しも出たことだし」
フットボールのようなタッチダウンパスを空中で受け止め、
「キメてやるよ!」
ガツン!
そのままリングへボールを叩き込んだ。
……ぼとん。
ボールがコンクリートの地面に落ちる。
「アリウープ……?」
「ダンテ、そんなことできたのか?」
「っつーか、Kiss the Rim?今のジャンプ力は……」
双子の見事なコンビネーションに、ざわめきが静まらないコート。
見惚れていたも、ハッと我に返る。
「は、はいっ試合終了!53-52で、あたし達の勝ちね!」
怪しまれそうな雰囲気を打ち消すため、慌ててがコールした。
「ちっ。1点差かよ」
ロントが悔しそうに唇を噛んだ。
「ダンテに負けるなんて久しぶりだよなあ」
ライが苦笑する。
「ま、たまには勝たせてもらわねぇとな」
ダンテが戯けてボールをリフティングした。
そのまま蹴上げたボールは、ぽかんと呆気に取られたままのケヴィーンの手に飛び込む。
じっとそのボールを見つめるケヴィーン。
未だに、先程の華麗なアリウープが信じられない。
「なあ、
「ん?」
「あの青いの、名前なんてんだ?ダンテとは双子か何かだろうけど」
既にすたすたと立ち去り、コートに袖を通している青い人物を指差す。
恐らくは他の三人も気にしているだろう、本日のMVP。
(バージルは、普通に性格で損してるだけなんだよね……)
もちろん本人は、友達が欲しいとかそんなことは口が裂けても言わないし、考えてもいないだろうが。
「Vergil、だよ」
はにっこり笑って答えると、その人物に向けて走り出した。



「バージル。お疲れさま」
バージルは木陰に寄り掛かって、が近付くのを待っていた。
「たまにはこういうのも悪くないでしょ?」
「……一応肯定しておこう」
「バスケするバージルもカッコよかったよ」
爽やかにタオルを差し出される。
「おだてても何も出ないぞ」
内心の照れはひた隠しタオルを受け取った所で、バージルはの手を見て違和感を覚えた。
いつもあるものが、ない。
、指輪をどうした?」
バージルがプレゼントした指輪。
いつもは片時も外していないそれが、今はない。
「あ」
は首元から、銀のネックレスを取り出した。
「傷付けるの嫌だし、かといってポケットに入れて落としても大変だから、ネックレスに通しておいたの」
目の前にきらりと登場したリングを受け取り、バージルはひとつ溜め息を零す。
「そういう所は用意がいいのだな、『』?」
「あはは……」
バージルはするりとネックレスから指輪を外し、の手を取った。
右の薬指にぴたりと嵌められる指輪。
「あまり外すようなことはしないで貰いたいものだが」
そんな苦い言葉とは裏腹に。
ふわり。
薬指のRingに贈られたのは、甘やかなKiss。
優しく強引に誓わせる、バージルの得意技。
いかにと言えども完敗、である。
「心に留めておきます……」
くたりと力の抜けたと手を繋ぎ、バージルは満足気に館へ戻った。



その日の夜。
「たく!何でオレばっかり!」
現在ダンテはお片付け中。
足元には大量のガラスの破片。
試合後、二人には置いてきぼりにされ。
館に戻ればバージルに『遅い!早く窓ガラスを片付けろ!』と怒鳴られ。
普段なら庇ってくれるも、何故だか今日は大人しく。
まるでさっきまでの華麗なチームプレイが夢だったかのような気分。
「NBAにスカウトしてもらうかな……」
格好良くダンクを決め、試合に勝って気分が良かったのも一瞬で吹き飛び、ほんのり寂しくなったダンテであった。







→ afterword

大好きなバスケを夢に盛り込んじゃいました。
このお話に出て来るケヴィーン以下4人は、NBAセルティックスの選手をもじりました。
が!もちろん、性格はフィクションです(笑)

タイトルは、リングにキスするようなダンクの「Kiss the rim」と指輪にキスする「Kiss the ring」をむりやり引っ掛けました。
バージルの腕のことも書けて最高に楽しかったです。
双子が活躍する爽やかなスポーツもの、また書きたいです。
2008.8.27