彼と彼女を目にする時
いつも頭を過ることは
『 if 』
叶わなかった『もしも』
そればかり考える──



Cry for the Moon




「わたしを月へ連れて行って
星たちに囲まれて遊びたいの
木星と火星には春があるのか、教えて
つまり、手を繋いで欲しいの
それとも、キスしてって言わなければ分からない?……」


が歌っている。
彼女が大好きな歌。
甘ったるい内容のリリック。
悲しいことに、彼女が想っているのはオレじゃない。


「……わたしのこころを歌で充たして
そしてこのまま、永遠に歌えたなら
あなたはわたしの憧れのひと そのものだから
だからどうか、嘘はつかないで
それとも、愛してるって言わなければ分からない?」


同じ顔。
同じ体型。
性格は違うけれど、どちらがどちらに劣っているなんて差は付けられないはず。
それならどうして。
何故が選んだのは、オレじゃなくてあいつ──バージルなんだ?


「びっくりした。ダンテ、ここにいたの?」
がキッチンから姿を現した。
「いたらマズいのか?」
つい、棘のある言い方になってしまう。
が慌てて手で否定のポーズを作った。
「違う違う!ただ、部屋にいると思ってたから。今ストロベリーサンデー作ったの。後で持って行こうと思ってたんだけど、どうする?食べる?」
「……食う」
オレはガキか。
「はい、どうぞ」
が用意してくれたサンデーはいつも通りに甘く胸につかえる。
苺の瑞々しさも、丁寧に泡立てられた生クリームも美味しいのに、頭痛を引き起こす。
アイスクリームですら、飲み下すのに苦労する。
何が不満なんだ。
はオレにも優しくしてくれるじゃないか。


「ダンテ?」
がオレを覗き込んで来る。
「おいしくない?」
「別に。フツー」
これではまるで反抗期だ。
ただのガキより性質が悪い。
「うまいよ」
「……何かあった?」
オレの取ってつけたような賛辞では、を騙せない。
こういうときだけ、変に鋭い女。
、さ」
「うん」
予想以上に真摯に見つめられて、内心ヒヤリとした。
そんなに真剣に聞かれたら、ジョークだと笑い飛ばせなくなる。
それでも……
——もう

もしもオレが先にと知り合っていたら
もしもバージルではなく、オレが彼女を助けていたら
もしも、もしも、もしも……

どんなに傷付く言葉を聞くことになろうと、一人で悶々とシミュレーションしているよりは健全だ。
そう正当化して、を見つめる。
オレと同じ顔のあいつが、兄弟のオレですら知らない顔をに見せる
そんなときの、の表情
——オレは、一体どんな顔をしてやり過ごせばいい?

『バージルよりも先にオレと出逢ってたら、オレと付き合ってたか?』

——聞けるわけがない。
もバージルも、どっちも大事に思っている。
それをブチ壊すようなこと。
聞ける、わけがなかった。
ギリッと血が滲みそうなほど唇を噛んで、喉元までせり上がった言葉を殺す。
悲しませたくない。
苦しいのは自分一人で充分だ。
それにオレは悩むタイプじゃない、ってフリはもう慣れている。
だから、いつも通りにすればいい。
ただそれだけだ。
ただ、それだけ。
実に簡単なこと。
オレはいつも通りに笑ってみせる。
「さっきの歌……あれ、いいな。もう一回歌ってくれよ」
「さっきの……?」
目を瞬いて、は首を傾げる。
だけど、オレの本音が伝わったのかどうか。


やがての歌が響き始める。
彼女が大好きな歌。
甘ったるい内容のリリック。
嬉しいことに、今これを聴いてるのはオレ一人。

——君はオレの憧れの女だから。

例え、永遠に手が届かなくても。







→ afterword

ダンテ目線のバージル×ヒロイン夢でした。夢……?
短いですが、これから始まる小説の前に、何としても書いておきたかった話です。
書いたときもそうでしたが、読み返した今も、ダンテが主役の夢も早く書かなきゃ!と焦ります

ヒロインが歌っているのは、個人的に世界一好きな歌「Fly Me To The Moon」。
可愛くてすてきな歌ですよね!

それでは、短いし切ないお話でしたが、ここまで読んで下さいましてどうもありがとうございました!
2008.9.1