Spring is just around the corner!
Why don't you go to the




Bloom Fest




桜を見たいと言い出したのは、バージルの方だった。
バージルがどこかへ、それも遠くへ外出したいと言うのは珍しいことなので、はかなり驚いた。
「サクラを……っていうと、ワシントンかな?」
分厚いガイドブックをぺらぺら捲る。
その手をバージルが止めた。
「ニューヨークに名所があると聞いた。どちらにしても遠いが……」
気遣うように見つめてくるバージル。
はにっこり笑顔を返す。
「楽しくなりそうだね」



2700本もの桜が連なるその公園。
風雅なその様を楽しもうと一体どこからこんなに集まって来たのやらとバージルが呆れる程、人々がごった返している。
「New year count downみたいだね!」
喧噪に負けないよう、は声を張り上げる。
「俺から離れるなよ」
バージルはそう注意したものの、少し油断すればあっさりとはぐれてしまいそうだ。
僅かに考えた後、ぐいとの手を掴む。
しっかり絡めた互いの手を、自らのコートのポケットに突っ込んだ。
ぎゅっと固定された距離に、は安心する。
「これならはぐれた挙げ句に迷子、なんてならなくて済みそうだね」



人の間を縫うように歩くことにも、ようやく慣れてくる。
見上げた空の両側は、薄い桃色の花で雲が重なっているようだ。
満開は過ぎ、もう散りゆくのみの桜。
風が吹く度、はらはらと花弁が匂いやかに舞う。
広げたの手のひらに、可憐に降り立つ花びら。
「雪みたい」
……雪。
は冬の寒さを思い出す。
初めて体験した、深い雪。
そして、目の前の壮観な桜。
目まぐるしい変化があっても、隣にいる人物だけは変わらない。
季節を共に味わうことが出来るだけで、切ない程に幸せになる……
「暖かくなったな」
バージルも雪を思い出したのか、目を細める。
それと同時に、繋いだ手を緩めた。
「暑いか?」
ポケットの中、ふたりの体温でしっとり汗ばんだ手。
離されそうになった指を、はもう一度絡める。
「バージルが嫌じゃないなら、このままでいて」
「嫌なわけがない」
きっぱりと言い切ると、繋いだ手に力を込める。
「痛いよ、バージル」
「これくらいしておかないと逃げそうだからな」
「逃げないよ」
「どうだかな。ほら、右を見てみろ」
バージルに促され、は素直に右を向く。
目に飛び込んで来たものは。
「クレープだ!食べたい!」
早くもひらりと離れかけたに、バージルは吹き出す。
「おまえのように桜よりも食べ物を好む行動を、日本では花より団子と言うそうだぞ」
「小鳥の歌声よりパンがいいって言うような感じで?……日本人も上手いこと言うんだね」
ぷくっと頬を膨らましたをちらりと見やり、バージルは足を右へ向ける。
「どれがいいんだ?花見に付き合ってくれた礼に、何でも奢ってやろう」
漂ってくるのは、の不機嫌も一瞬で振り払う、あまーい生地の焼ける香り。
「じゃあ、お言葉に甘えて!」
次々とトッピングを注文するを、バージルは愛おしそうに見つめた。



並木からは離れた、静かなベンチに腰を下ろす。
「んー、おいしい」
るんるんとクレープを頬張る。
「バージルもどうぞ?」
フルーツ盛りだくさんのクレープを差し出す。
「いや……」
バージルはの手をそっと退けた。
「俺はこれでいい」
ぺろり、との唇の端にくっついた生クリームを舐める。
「〜〜〜!」
真っ赤に染まったを楽しそうに見つめる。
それから、彼女の髪を撫でた。
ついでにいつの間にか髪飾りになっていた、桜の花びらを摘まみ上げる。
「もう散っちゃうだけなんだね」
並木からぽつんと外れて咲く桜を見上げる。
陽当たりがいい場所で咲き始めたのが早かったのか、ここの桜に花はほとんど残っていない。
「桜って、綺麗だけど寂しいかも……」
心なしかしょんぼりとした声に、バージルが立ち上がった。
「そうでもないぞ」
そうっと枝を引き寄せる。
「花が散れば、新芽が出る。鮮やかな緑も悪くないと思わないか?」
こっそりと覗いているちいさな緑の芽。
「ほんとだ……」
はうっとりと深呼吸した。
胸いっぱいに吸い込む、桜の花の名残の香り。
「また来年、来ようね」
「ああ」
雪のように桜の花びらが降りしきる中、ふたりはそっと肩を寄せ合っていつまでもそうしていた。





「ただいまー」
夜深く、長時間の移動を経てようやく二人は我が家に帰り着いた。
「ダンテ、留守番ありがとう!」
まずは自宅待機のダンテに、感謝を伝える。
「んー」
ソファで寝ていたらしいダンテは、欠伸しながら起き上がった。
「お帰り。マンハッタンはどうだった?」
問いかけに、とバージルは顔を見合わせた。
はにかみながら、が答える。
「……実は、パークしか行ってないの」
「はぁ!?」
ダンテは思い切り目を見開いた。
横のガイドブックをばしばしと叩く。
「自由の女神は!?セントラルパークは!?SoHoは!?マディソン・スクエア・ガーデンは!?ヤンキーススタジアムは!?」
「しつこい。サクラしか見ていないと言っただろうが」
N.Y.名所を並べるダンテを、バージルが一刀両断した。
「信じらんねー!」
ダンテはばたんとソファへ倒れ込む。
、フィフスアベニューで買い物とかしたかったんじゃねぇのか?そんな、老人向けツアーみたいなのじゃなくてさ」
「老人向けツアーって……」
は笑いながら、おみやげを手渡す。
マーケットで包んでもらった、小振りな桜の枝。
「サクラ、とっても綺麗だったよ」
身体を起こし、ダンテは興味深そうに枝を眺め回した。
「へぇ、これがサクラねぇ」
「あとね、庭に植える分も買ってきたんだよ」
「じゃー、来年はうちで花見ができるんだな」
「うーん、そう簡単にはいかないと思うけど」
少しだけ寂しそうに笑ったに、

「「いつか咲くさ」」

口調は違えど、双子が見事にハモった。
「二人がそう言うなら、絶対咲くね」
がうきうきと、枝を花瓶に生ける。
「サクラとストロベリーサンデー!最高だね」
ヒュウと口笛を吹いたダンテに、バージルが溜め息を吐く。
「やれやれ、花より団子がもう一人か」
「ぁあ?」
「バージルにはグリーンティーだね」
「……マジで老人みてぇ」
「何だと?」
「ハイ、そこまで!サクラが呆れて咲いてくれなくなります!」
きっと桜が無事に咲いたときも繰り返すであろう喧嘩を、は笑って止めた。



翌日。
ニューヨークからやってきた桜の苗木は、館の玄関前……冬には雪だるまが並んでいた場所に丁寧に植えられた。
まだ幼い桜も、いつか春の訪れを、季節の移り変わりを三人に見せてくれるだろう。







→ afterword

つらつらとニューヨーク名所をダンテに言わせてみましたが、本当にどこもかしこも楽しそうです。
ダンテとデートならばロックフェラーセンターでスケート、バージルとデートなら自然史博物館かMOMAでまったり……なんて最高ですね!!

お読みくださいまして、本当にありがとうございました!

2008.11.14