ちいさな、
だけれど
おおきな、
なくしもの。




Lost & Found




「あ、れ……?」

ある朝。
は何気無く見た自分の右手に違和感を覚えた。
「指輪、どこ……?」
さーっと血の気が引く。
クリスマスにバージルから貰った指輪が、ない。
「嘘……いつから?」
自分で外した記憶は、皆でバスケットボールをした時だけだ。
あの時は、ネックレスに通して身に付けていた。
「もしかして……?」
念のためそのネックレスを調べてみるが、やはり、ない。
「嘘ぉ……」
その場にへなへなと座り込む。
大事な大事な指輪。
薬指に嵌めていることが当たり前になっていて、なくしたことにすら気付かなかったなんて……
──探さなければ。
絶対、どこかにあるはず。
幸い今日はバージルもダンテもそれぞれ依頼が立て込んでいて、家には自分一人。
「こうしちゃいられない!」
一秒も無駄に出来ない。
は部屋を飛び出した。



玄関、リビングなど、二人が帰ってきたら捜しにくい場所から、しらみ潰しに調べる。
部屋の角、テーブルやソファの下、カーペットの裏。
植物や花瓶も動かす。
「ない……」
無意識の内に料理のときに外したのかもしれない、とキッチンも隈無く探す。
他の水回りも調べるが、それでも見つからない。
「後は、服のポケット……?」
エプロンからパジャマやコートに至るまで、ポケットを裏返してみる。
しかし出てきたのはたった一つ、ガムの紙屑のみ。
半泣きになりながら、各自の部屋もひっくり返して探索する。
が……
「……。」
もう目ぼしいところは捜し尽くしてしまった。
外出時に落としてしまったのだとしたら、自分一人では手に負えない。
既に時刻はいつの間にやら、夕食時。
もう少しすれば、まずはダンテが帰って来る。
一緒に捜してもらったとしても、恐らく結果は変わらないだろう。
──万策尽きてしまった。
(素直に謝ろう……)
ぱたぱたと頬に落ちる涙も拭わず、は唇を噛み締めた。



「戻ったぞ」
「おー」
夜遅く戻ったバージルを出迎えたのは、ダンテだった。
普段ならが(待ちくたびれてソファで眠っていたとしても)必ず迎えてくれているため、バージルは何か引っ掛かりを感じた。
「……は?具合でも悪いのか?」
訊ねられてダンテは、階段を指差す。
「オレも詳しくは聞いてねぇけど、すげぇ落ち込んでる。早く行ってやれよ」
「……」
ダンテに目配せで礼をし、バージルは二階へ上がった。



自室に入ると、が窓際の椅子に座っていた。
バージルの姿を認めると、すぐに立ち上がる。
「お帰りなさい」
下に落ちたままの彼女の視線に、バージルはやはり何かあったのだな、と心を揺らす。
「ただいま」
の傍へ歩く。
よくよく見れば、彼女の頬には泣いた跡。
それをなぞるように、指をやさしく滑らせる。
「……どうした?」
出来るだけやわらかな口調で問う。
おまえが心配する事などこの世界には何ひとつ有りはしないのだから、と言い含めるように。
「バージル……」
沈痛な表情のまま、はそっと右の手を差し出した。
示された右の薬指に指輪がないことに、バージルもすぐに気付く。
「今回は、こっちにもないの」
ネックレスも取り出して見せる。
そこには確かに指輪はなく、バージルのアミュレットの石のかけらだけが寂しく煌めいている。
「どこかで落としちゃったみたいで……ごめんなさい」
言うなり、堰を切ったように泣き出す。
ずっと堪えていたに違いない。
バージルは手を伸ばし、ふんわりとを抱き締めた。
「そんなこと……気に病むな」
「そんなことって!」
胸の中ではもがく。
「あの指輪、バージルがくれて、すごく大事にしてたんだよ!」
「ああ。知っている」
「クリスマスからずっとずっと一緒だったんだよ!」
「それならおまえのネックレスの石は、俺達が出逢った日から一緒だっただろう」
「だけど……!」
むずがるから、バージルは僅かに身体を離した。
「……少し外を歩かないか。気分を変えよう」
優しく瞳を合わせる。
珍しいバージルからの散歩の誘いに、は暫く俊巡したものの、こっくりと頷いた。



三日月が頼り無く、空に引っ掛かるようにして輝いている。
穏やかな夜。
ふたり並んで、館の周りをゆっくり歩く。
つんと胸に凍みるような夜気は、大分の心を落ち着かせた。
「バージル……ごめんね」
声のトーンが変わったことに気付き、バージルはちいさく微笑む。
「形あるものはいつかなくなる。が大事に思ってくれていたのは、指輪そのものではあるまい?」
「うん……」
まだ少し未練含みの
バージルは彼女の冷えた手を取った。
「それでもおまえが形あるものが欲しいと言うなら、今度代わりを買いに行こう」
「……」
形……。
確かに毎日こうして想いを交わしていれば、必要ないものかもしれない。
ただ薬指に指輪があるだけで、例えバージルが離れていても、彼の想いがすぐそこにある気がした。
彼の瞳と同じ色の石。
それがないだけで、妙にふたりの間の距離を感じてしまうのはどうしてなのか。
今は軽く繋いだだけの、彼の左手と自分の右手。
「バージル、……この前、サクラを見に行ったときみたいに手を繋いで?」
は思い切り指を開く。
「As you wish」
バージルはしっかりと指を絡め、それからふたりの手を自分のコートのポケットに入れる。

「「!」」

ふたり同時に、声にならない声を上げた。
繋いだ指がポケットから探り当てたもの。

青い貴石がちらりと光る、指輪。

「……ここにあったんだ……」
「俺が持っていたとはな」
バージルが苦笑する。
恐らく、花見で同じように手を繋いだときに、何かの拍子でするりと抜けたのだろう。
「見て、バージル」
が指先に摘まんだのは、指輪と、それから少しだけ萎れた桜の花びら。
「サクラのおまけつき!何だか得した気分だね」
そう言ったの顔は、文字通り花の咲きほころぶような笑顔。
バージルは数瞬、言葉を喪失うほど見惚れた。
「……俺はおまえのその顔が見られて得した気分、といったところか」
恭しくの右手を戴き、その薬指に指輪を通す。
「指輪があろうとなかろうと、俺の気持ちが変わることはない。だからもう、なくすなとは言わないでおく」
「でも、もちろん、今まで以上に大切にするよ」
は、バージルの手のひらごと指輪に頬擦りした。
やっと、こころの底から安心する。
「……ありがとう」
猫のように寄り添うに、バージルが目を細めて微笑んだ。
再度手をしっかり繋ぐと、ふたりで館への道を歩き出す。
真後ろに伸びたふたつの影はぴったりと寄り添い、つめたい舗道を一幅の幸福な情景に仕立て上げた。







→ afterword

指輪をなくしちゃった!というお話でした。
一応実体験を元にしてますが、私の指輪はこんなロマンティックに見つかることもなく普通に落ちてました

季節外れの作品ですが、お読みくださいましてどうもありがとうございました!

2008.12.6