Star light, star bright
First star I see tonight
Wish I may, wish I might
Have the wish I wish tonight...

"Always be with YOU"




Make a Wish




……ずきずき。

(だめだ……)
読んでいた本を閉じ、立ち上がる。
「バージル、先に眠るね」
隣で頬杖をつき足を組むポーズで読書中のバージルに声を掛けた。
バージルはすぐに顔を上げた。
「ああ。……?」
いつものように何気なくを見るが、すぐに秀麗な眉を寄せた。
「顔色が良くないな。どこか具合でも悪いのか?」
腕を伸ばし、てのひらを彼女のおでこに当てる。
熱があるといっても、せいぜい微熱くらいの体温。
「熱はないようだが」
「あ、うん……ちょっとね。お腹が痛いの」
は少し気まずそうに俯く。
“お腹”が胃よりも下を指すことに気付くと、バージルも事態を理解し僅かに表情を堅くした。
「……そうか」
おでこから手をそっと離し、の髪を梳く。こんな時は、自分の髪が立てるさらさらという音までも心なし頼りなく思えてくる。
バージルは目を細め、先程触れたばかりのの額にキスを落とした。
「何かしてやれればいいんだがな……」
「ありがとう」
は俯いたまま微笑んだ。
バージルの気持ちが嬉しくて、胸の奥がくすぐったい。それを隠すように、ぺたんとバージルに抱き着いた。
応えてバージルも壊れものを扱うようにそうっとに腕を回してくれる。
息を吸えば、胸に満たされる彼の匂い。
──幸せだ。
下腹部の痛みなんて、忘れてしまうくらいに。
ふと、冷えた風に頬を撫でられる。
顔を上げれば、バージルも窓を振り返った。
「開けたままだったな」
空気の入れ替えの為に、ずっと開け放たれたままの窓。
「今夜は星がよく見える。明日も晴れそうだ」
二人で窓辺に立つ。
バージルの言った通り、雲ひとつない夜空が広がっている。
うっとりとそれを見上げ、はいいことを思い付いた。
「ね、バージル」
「今夜は飛ばんぞ」
言わんとしていたことを先に却下され、はぷうっと膨れる。
バージルが苦笑した。
「まさか本当にそう言おうとしていたのか?」
「だって、もったいなくて……」
は空を見上げる。
誘うような、満天の星。
……やはりもったいない。
「ねえ」
じぃっとバージルに瞳で訴えかける。
見つめ合いの攻防の後、ついにバージルが折れた。
「……少しの間、屋根に上がるくらいならいいぞ」
「ほんと!?」
途端にの顔が輝く。
「ただし、毛布と温かい飲み物が条件だ。それから」
「それから?」
バージルは薄く笑う。
「これもおまえの『我儘』。一週間後、楽しみにしている」
「……。」



おともには、毛布とサーモカップに淹れた熱々の紅茶。
館の中でも特に見晴らしが良さそうな尖塔を選んで、その屋根にふたり並んで腰掛ける。
街の外れのここは過剰で醜悪な明かりに邪魔されることなく、星は一粒一粒くっきりと見える。
「あれ、オリオン座かな」
「あまり動くな。落ちるぞ」
ここは高さ的には中二階といったところだが、落下すればもちろんただでは済まない。
バージルがの腰をしっかり支えた。
「具合は大丈夫なのか?」
毛布でぐるぐる巻きにした上からきつくを抱き締める。
「そんなの忘れるくらいに、素敵な気分だよ」
バージルの肩に頭を乗せる。
静かで誰にも邪魔されない、ふたりだけのこの上なく平和な夜。
「バージル、お茶飲む?」
「貰おう」
せっかく持ってきたのだからと紅茶に口を付ける。
心地よい香りなのに夜の空気に馴染んで邪魔にならない、ヌワラエリア。
「あつっ」
蓋つきサーモカップが頑張って保温してくれていたお陰で、紅茶は熱々だった。
「舌、火傷したかも」
苦笑いしながらはぺろりと舌を出す。
そのやわらかな色に、バージルが尊大に眉を上げた。
「治してやろうか」
「え?」
きょとんとしたの唇を、素早く奪う。
渋みが仄かに残る彼女の舌を、自らのそれで撫でるように絡める。
「……っふ、あ……」
突然の深いくちづけに焦ったは、手の中のカップを落とした。
ごとん。ごろごろ……
「っああー!」
お互いに慌てて離れ、落ちて行くカップに手を伸ばす。
ぱしん。
間一髪、よりも腕の長いバージルがカップを捕獲する。
「よかったぁ」
カップを無事に受け取った後、はバージルを上目遣いで睨んだ。
「突然でびっくりしたじゃない!」
「では、宣言すれば何をしても驚かないのか?」
「そういうことじゃ!……っくしゅ!」
ああ言えばこう言うバージルに勢い込んで反論しようとした言葉は、くしゃみに邪魔された。
バージルが毛布を掻き寄せる。
「さすがに冷えてきたな。そろそろ戻ろう」
だが、はふるふると首を振る。
「……もう少し」
すっかり元気じゃないかとバージルは溜め息を吐きつつも、の肩を抱いた。
ぴったりとくっついたまま、空を眺める。

「あ!」
「む」

ふたり同時に息を飲む。
流れ星。
スーッと目映い尾を引き、空を縦断していく光。
(何か)
(何か、願い事しなくちゃ)
は焦る。
流れ星が消えてしまうまでに、三回、願い事を唱えなくては。
(バージルとずっと一緒に……)
「あぁ……」
「見えなくなったな」
夜空は絵画のように元通り、動かない。
「あーぁ」
三回、間に合わなかった。
肩を落とす。
「もういいだろう?中へ入るぞ」
バージルがの腕を引く。
「三回なんて、無理だよね……」
のそのそと立ち上がりながら、はぽつりと呟く。
バージルが静かに振り返った。
「……願い事のことか?」
「うん」
「おまえは何回唱えた?」
問いながら、を抱き上げる。
「え?……一回しか……」
「ならば、ちょうど合計三回だ。間に合ったな」
軽々とベランダへ飛び降り、を床に下ろす。
「合計、って……」
はぱちぱちと瞬く。
「同じことを願ったのなら合計でいいだろう」
一息に答えると、バージルは構わずそのまますたすたと部屋に入って行く。
その早口、早足なこと。
見えないけれど、今、バージルは相当照れているに違いない。

『ずっと一緒にいられますよう』

ふたりで合計三回。
唱えた願い事は、きっと叶う。







→ afterword

昨年4月に書いたものをちょっと手直ししました。
短いお話ですが、お読みくださってどうもありがとうございました!
2009.7.29